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第263話「やられたわ」

 迷宮都市フォルミーカは……

 ロドニア王国の中でも特異な街である。

 この街は多額の税金を納めるのと引き換えに、ある程度の自治を認められていた。

 

 住民が選んだ市長により、治められており、司法もロドニアの法律に独自のローカルルールを加えている。

 治安の維持を担う衛兵隊も独自の組織があった。

 

 街の構造も変わっていた。

 地上部分にも建築物は若干あった。

 

 だがこの街の主要部分は地下に造られた都市にある。

 更にこの地下都市はいにしえに造られた深き地下迷宮の上に造られている。

 

 街中に迷宮の入り口がぽっかりと穴を開けており、成り上がり希望の好奇心旺盛な冒険者達を誘蛾灯のように集め、中へ入れと誘っているのだ。


 フォルミーカがまだ小さい街だった頃……

 ある日、迷宮を探索したクランが超レアな宝物を発見。

 持ち帰って、一生暮らせるくらいの莫大な富を得た。

 『フォルミーカドリーム』と言われる言葉が流行り出したきっかけを作った出来事であった。


 こうなると、世界各地から大勢の冒険者が集まるのは必然となる。

 冒険者達が必要とする施設と仕事、生活物資が必要となり、それらを扱い、ひと山当てようとする商人達も数多来訪する。

 

 フォルミーカは迷宮を探索した冒険者達が得た魔物の部位、謎めいたレアな魔道具及び宝物の売却により、更に莫大な金も生み出した。

 結果、この街は著しい発展を遂げて来たのである。

 

 さてさて!

 この街のレンタル馬車屋に荷馬車と馬を返却したディーノは、地上部分をジャンと一緒に歩いていた。

 

 その先には、巨大な地下への入り口がある。

 一般の都市と同様、屈強な衛兵が立ち辺りを睥睨へいげいしていた。

 

 ディーノのやや後方には……

 精悍且つ美貌の双子姉妹、姉ウッラと妹パウラが歩いている。


 あれれ?

 どうしてディーノが、双子姉妹と一緒に居る?

 という疑問はご尤もである。


 結局、ディーノはこの姉妹の同行を受け入れる事にした。

 そして一時的にクランを組む事もOKしたのだ。


 少々図々しいのは難あり。

 だが、悪意の波動をふたりは発していなかった。

 

 当然ディーノは彼女達の要求する下僕になどならない。


 戦友達には「またも女難か」と揶揄された。

 だが、まあこんな出会いもありかもしれない。

 と、ディーノは思う。 


 ウッラとパウラは……

 自分とはタイプが全く違う冒険者だろう。


 しかしランクAに認定されているのは伊達ではない。

 たったふたりだけで、『吸血鬼の始祖とその軍団』を倒すのは容易ではないからだ。

 走力しか認識してはいないが、確かな実力に裏打ちされていると、

 ディーノは見ている。

 

 味方としての戦力には充分過ぎるし、ふたりからは先輩冒険者として学ぶべき部分もあるやもしれないと考えたのだ。

 第一、この街の事情に精通しているという、彼女達の言葉が決め手となった。

 

 地下都市への入り口手前で立ち止まり、振り返ってディーノは問う。


「ウッラさん、パウラさん。ちょっち質問して良いですか?」


「何だ?」

「何か、聞きたいの?」


「この前も言っていましたけど、おふたりは、このフォルミーカへは何度も来ているんですよね?」


「ああ、前回から少し間が空いたが、何度も来ている」

「表と裏を知り尽くしているわ」


「成る程、さすがです! じゃあ、俺のフォローをお願いしますね。誇れる先輩として頼りにします」


「うむ、誇れる先輩か、そう言われると悪い気はしない、私達に任せておけ」

「良き先輩として、ディーノ君をしっかりバックアップする」


 さりげなく、立場が逆転していた。

 ディーノをいいように使おうとしていた双子姉妹の思惑であったが、ディーノの方が一枚も二枚も上手だったようだ。

 ステファニーとエレオノーラの図々しさに鍛えられた?経験は見事に活きていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 冒険者ギルドの登録証は、身分証として世界で通用する万能アイテムといえよう。

 一般の冒険者でも所属が明確となる。

 もしも記載されたランクがB以上、つまりランカーなら対応が全く違う。

 相手の接し方も変わり、一目置かれる。

 そしてランクA以上の一流と謳われる上級ランカーならば、尚更である。


 入り口で頑張るこわもての衛兵がランクAの登録証を見せたウッラとパウラには満面の笑みを、そしてディーノへも若干の微笑みで問題なく通してくれた。


 衛兵の愛層が良いのは、明確な理由があった。

 ランカーは身元がはっきりした実力者というだけでない。

 拝金主義の傾向があるこの街にとって、

 一般の冒険者より多く金を落としてくれる上客であるからだ。


 3人と一匹は魔導灯が照らす階段を下りて行った。

 降りて、すぐ出た場所が大きな広場となっている。


 広場は大勢の者達でごったがえしていた。

 様々な種族、そして老若男女が混在していた。


 ディーノのふるさとのヴァレンタイン王国王都セントヘレナ、ロドニア王国王都ロフスキでもそうだが、大きな街の正門付近には、到着したばかりの旅行者に対するアプローチがもの凄い。


 中でも多いのが、宿屋の勧誘である。

 旅行者の多くは、まずその日の宿を確保し、食事及び観光へという心理が働く。


 この世界では宿の予約という概念があまりない。

 魔法鳩便等で手紙を送り、予約をする事が無くはない。

 しかし、殆どの人がそのように金と手間をかける事をしないのだ。


「お~、ウッラさん、パウラさんじゃないですか。ようこそ! フォルミーカへ! 久々ですね!」


 声をかけて来たのは30代後半のイケメンであり、ある宿の呼び込みをしていた。

 ウッラとパウラは顔を見合わせる。

 何かを思い付いたようだ。


「おい、ディーノ! 宿は決まった!」

「ディーノ君、この人の宿にお世話になるから」


 片やディーノも何か勘が働いたらしい。


「了解です! 宿代ゴチになりまっす!」


「な? 宿代ゴチ?」

「ディーノ君は、私達にたかるのか?」


「ええ、おかしいですか? 俺年下ですし、折角、良き先輩が出来たので、大いに甘えたいです」


「うむ~……」

「ふふ、やられたわ、成る程ね」


 唸るウッラ。

 だが、パウラは納得したようである。


「あの~……どうします?」


 宿屋の男が聞くが、パウラは手を横に振った。


「あ、ごめんなさい。また次の機会に!」


「そう……ですか」


 ……男が案内するウッラ達が既知の宿はきっと宿泊料金が高めの宿なのだろう。

 ふたりはディーノへたかろうとしたが、叶わず、切り替えたに違いない。


 少し歩いてからディーノは言う。

 柔らかな笑みを浮かべている。


「ウッラさん、パウラさん、リーズナブルで、比較的安全な良い宿をご存じでしたら、改めて案内をお願いします。宿代は割り勘で」


 ディーノの『依頼』を受けたウッラとパウラは顔を見合わせた。

 宿代を割り勘という『譲歩』に納得したらしい。


「う、うむ!」

「了解!」


 そしてウッラは渋々、パウラは元気良く返事をしたのである。

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