第261話「悔い改めよ」
翌日朝……
「ディーノ君! 元気でなぁ!」
「またアラウダ村へ来てくださいね~!」
「おふたりともお元気で~!」
オーナーのハンプス、そして宿ガールの可憐なヨハンナから見送られ……
ディーノは妖精猫の戦友ジャンと共に、狐亭を出発した。
清々しい朝の空気の中、ディーノは頭上を見上げた。
今日も天気は快晴。
雲ひとつない青空。
爽やかな風が頬を撫でる。
出発するには最高の日よりである。
『ああ、気持ちが良い朝だ』
『全くだにゃ』
旅は道連れ。
ジャンが居てくれると、ディーノの心が休まる。
しかし下手に褒めると、鼻が天を向きかねない。
なので、敢えて褒めたりはしないが、たまには「ありがとう」と、言おうと思う。
ぱかぽこぱかぽこ……
がたがたがた。
荷馬車を曳く馬達もじっくり休み、飼い葉と水もたっぷり貰い、
元気いっぱいである。
気合を入れ、「ぐいぐい」と前へ進んで行く。
……やがて荷馬車は村道から街道へ出る。
ここから北へざっと100㎞の地点に位置するのが、迷宮都市フォルミーカである。
のんびりし過ぎるわけではないが、急ぐ旅でもない。
馬が疲れない程度に走るのが良い。
御者台のディーノは馬の行く気に任せる。
街道を行き交う旅人はさほど多くない。
必要以上、余計な気を遣う事はない。
最低限のマナー。
挨拶をして来る人にのみ、ディーノはお辞儀で応え、馬車を進めて行く。
旅は順調……だが、好事魔多しという。
ディーノは数百m先に悪意を感じる。
複数の人間が自分を待ち受けている。
多分、5人ほど……絶好のカモと見て、襲撃するつもりなのだろう。
山賊か、強盗、おいはぎの類。
もしかしたら食い詰めた貴族や傭兵かもしれない。
当然ジャンも気付いている。
『ディーノ、どうするにゃ?』
『……懲らしめる』
『ふっ、お前は人間を超えた魔人にゃ。手加減はしとくにゃぞ』
『了解』
短く答えたディーノは、そのまま荷馬車を走らせる。
いろいろと思考を巡らす。
多分、いきなり急所を狙い、矢を射ち込む事はないと考える。
矢を放って来ても、威嚇くらいのレベルだろう。
相手が潜んでいる近くまで来た。
ひょお!
ひょお!
ひょお!
矢が射かけられた。
やはりというか『脅し』である。
矢が降ったのは馬の足元であり、驚かせる為だった。
しかし、敵の思惑通りとなり、驚いた馬は臆し、止まってしまう。
と、ここでお約束。
ばらばらばらと、むつけき男、6人が現れた。
いわゆる山賊だが、正体は食い詰めた傭兵のようだ。
剣と弓矢で武装している。
リーダーらしき男が叫ぶ。
「おい、くそガキ! 武器を捨て、馬車から降りて来い。抵抗すれば命はねぇ!」
「……………」
ディーノは、一見素直な態度で男に従い、荷台に剣を置き、無言で降り立った。
「よっし! 両手をあげろ。そのまま這いつくばれぇ」
「……………」
しかし、ディーノは手を挙げただけ。
それ以上の指示に従わなかった。
リーダーの男はいらつき、脅して来る。
「どうした、くそガキ! 言われた通りにしろや。這いつくばらんと、殺すぞ」
瞬間!
ディーノは稲妻が煌めくように動いた。
どか!
がす!
ぼこ!
がん!
どむ!
ごん!
肉を打つ鈍い音がした。
当て身を喰らった山賊達は抵抗する術もなく気絶し、全員その場で地へ伏してしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハッと気が付いた山賊達は岩だらけ、何もない寒々しい荒野に居た。
見覚えのない場所であった。
どこか現実離れした場所でもある。
……実は山賊達はまだ目が覚めておらず夢を見ていた。
だが、単なる夢とは思えないほど、リアルな世界なのである。
そう、ディーノから当て身を喰らい気絶した山賊達は、特別な魔法をかけられていた。
天へ還ったロランから、ディーノが受け継いだ禁断の『夢魔法』である。
『こ、ここは!?』
『どこだぁ!』
『一体、俺達はどこに居るんだぁ!』
と、そこへ重々しい声が響く。
『お前達が今、居るのは冥界だ』
『そうだ! 地獄の入り口だ!』
『冥界!?』
『じ、地獄!』
『い、嫌だぁ! お前ら、誰だぁ! す、姿を! み、見せろぉ!!』
『ここだ!』
『俺達をよっく見ろ!』
いきなり何もない空間から声の主が現れた。
現れたのは二頭の魔獣である。
一頭は、3つの首に、ドラゴンの尾と蛇のたてがみを持つ巨大な魔獣。
もう一頭も体格は同じくらいの巨大な漆黒の魔獣であった。
双頭で、たてがみ一本一本と尻尾が蛇である。
山賊達の前に現れた二頭の魔獣は、ケルベロスとオルトロスだ。
それも本来の大きさと姿である。
この姿はこの世界では良く地獄の絵画に門番として描かれており、
小さな子供でも知っていた。
逃げようとする亡者をむさぼり喰らう事も……
『うっわ! ケ、ケ、ケルベロスぅ!!』
『ぎゃ! オ、オ、オ、オルトロスぅ!!』
『やっぱぁ、ここは地獄なんだぁ!!』
『お前達は、今まで犯した数多の罪により冥界へ堕ちる』
『悔い改めよ! これ以上、罪を重ねると更に厳しい責め苦となる。罪滅ぼしの為には、少しでも善行を積む事だ』
ケルベロスとオルトロスはそう言うと、「ずいっ」と間近へ迫った。
山賊達とはもう数mしか離れてはいない。
駄目だ!
俺達は喰われる!
山賊達は、必死に逃げようとした。
しかし!
何故か身体が動かず、逃げる事が出来ない。
凄まじい恐怖が、心身ともに山賊達に満ちた。
『ひ~!』
『うわわわ~!』
『た、助けてくれぇ~!』
ここで、魔法が解けた。
山賊達は『本当』に目が覚めた。
覚めた目で見やれば、頭上には青い空が広がっていた。
もしや現実世界へ戻った!?
た、助かった!?
しかし、地獄へ足を踏み入れた恐怖は、まだたっぷりと残っていた。
身体は?
……何とか動きそうだ。
に、逃げるしかない!!
「「「ぎゃあああああああああああああああああ~~っ!!!!」」」
絶叫をあげ、脱兎の如く逃げ出した山賊達を見て……
馬車と共に繁みに隠れたディーノ、ジャン、そして召喚されたケルベロスとオルトロスは、「ざまあ~~」と思い切り笑っていたのであった。
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