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第259話「代わりに俺が」

『よし、帰還リターン!』


 ディーノが心で言霊ことだまを詠唱すると、

 召喚されていたファイアドレイクのファイは「ふっ」と消え失せた。

 ルイ・サレオンの魔法指輪内にある異界へと戻ったのである。

 

『成る程、やっぱケルベロス、オルトロスとほぼ同じ召喚方法か。戻る異界が違うだけ。パイモン様が仰った通りだ』


 ディーノが納得して頷いた、その時。

 ぐ~!

 と、計ったように腹が鳴った。


 宿へ戻り、メシを食おう。

 そう決めたディーノは繁みに潜む双子姉妹へ、念を押す。


「ウッラさん、パウラさん、後でギルドマスター宛の手紙に、証人のサインお願いします。約束ですからね」


 対して、姉妹は無言でディーノを見つめていた。


「……………」

「……………」


「あの~、俺、腹減ったんで、狐亭へ戻りますから」


「……………」

「……………」


「じゃあ、また後で」


「……………」

「……………」


 よほど強烈なインパクトだったのだろう。

 ウッラとパウラはず~っと畏怖の眼差しで、ディーノを見つめていた。


 ちょっち、やり過ぎたか……

 

 でも……

 ファイアドレイクの脅威が去った事を知らしめる為。

 依頼を完遂したと、証明する為だったから。

 まあ……仕方ない。


 ディーノは苦笑し、狐亭へ入って行った。


 しかし!

 狐亭でもウッラ達と同じ反応が相次いだ。


「うっわ~」

「わ~」

「ひ~」


 ディーノを見た客達は、悲鳴を上げて逃げ惑い、

 自分が泊まっている部屋に閉じこもってしまった。

 「がちゃがちゃがちゃ」と、施錠される音が相次いだ。


 「し~ん」という擬音がぴったり。

 ディーノの周囲は、あっという間に人の気配が消えてしまった。


「あの~。俺自身は、全くの人畜無害なんですけど……」


 ディーノは苦笑したが、狐亭は静まり返っている。


「とは、言ってもファイのインパクトが強すぎたから無理か。ま、良いや。何とかなるだろ……でも腹減ったなぁ~」


 ディーノは呟くと、視線を走らせる。

 気配を感じる。

 ロビーの片隅にヨハンナが隠れていた。


 見やれば、ヨハンナはやはり怯え切っている。

 ファイアドレイクを間近で見たショックが抜けていないらしい。

 

 そのファイアドレイクをテイムしたディーノにも、

 底知れぬ怖さを感じているようだ。

 

 ヨハンナが可哀そうになり、逆にディーノは明るく声をかけた。


「あ、居た~、ヨハンナさ~ん」


「わああっ! ド、ド、ドラゴン使い~~!!」


「怖がらせてごめんなさい」


「……………」


 ディーノが謝っても、ヨハンナは震えていた。


「本当にすんません」


「……………」


「あのぉ、ところで、俺の昼メシは? 腹減ったんですけど」


「ちゅ、厨房に、オオオ、オーナーが! いいい、居ますっ!」


「厨房でオーナーに、メシ貰えば良いっすか」


「は、は、はいっ!」


 仕方なくディーノが厨房へ入ると、オーナーが居た。

 歴戦の元ベテラン冒険者とはいえ……

 さすがにファイアドレイクのインパクトは、とんでもなかったらしい。


 調理の為に入ったのではない。

 厨房へ……逃げ込んでいたようなのだ。

 頭を抱えて震えていた。


「あの~、オーナーさん?」


 ディーノが声をかけると、オーナーは頭を抱え尻を向けたまま叫んだ。


「うわああああ! ここまで来たのかぁ!! ド、ド、ドラゴンテイマーぁぁ! この宿を壊さないでくれぇ~~!!」


「いえいえ、壊しませんって。そんなに驚かせてすみません」


 ディーノは謝った。

 だが、オーナーは怯え切っていて、動かなかった。


「……………」


「ところで、メシ頂けますか?」


「ひ、ひえ? メ、メシ?」


「はい、俺、腹減りました。メシ下さい」


「だ、だめだ! こ、こ、腰が! ぬ、抜けてっ、つ、つ、つ、作れねえ~~!!」


「え~。困ったなあ」


「ううう………」


「よっし! じゃあ、代わりに俺が作りましょ。メニューはこの紙に書いてある奴ですか?」


 ディーノは調理台の上にある紙を指さした。

 今日のランチメニュー……と書いてあった。

 

 しかし、オーナーは尻を向けたままである。

 まともに答えられない。


「あううう……」


 難儀した時は、言葉よりとりあえず行動。

 ディーノのモットーのひとつだ。 


「よっし! このメニューなら、バッチリ作れます! コックコート借りますよぉ」


 ディーノは革鎧を脱ぎ捨てた。

 畳んで、脇へ置いた。

 手を念入りに洗ってから、かけてあった予備らしきコックコートに着替える。


「……………」


「じゃあ行くっすよぉ!」


 腕まくりをしたディーノ。

 オベール家、英雄亭で鍛えに鍛えた、ディーノの技が冴えわたる。


 とんとんとんとん!

 じゃじゃじゃっ!

 じゅ~ううう!

 じゅわわわぁ!


「……………!!!???」


 ようやく身体の向きを変え、コック姿のディーノを見た狐亭のオーナーは、

 目をみはり、ポカンと口を開けていた。

 

 ディーノの調理は、まさにプロ。

 手際の良さ、堂に入った立ち居振る舞いは、ただ者ではなかったからだ。


 オーナーの様子、そして調理の音が響き渡る厨房が気になったのだろう。

 こちらも恐る恐るという感じで、ヨハンナがそ~っと顔を出した。


「あ、あの~、オーナー、ディーノさん?」


「あ、ヨハンナさん、ランチ4人前上がりましたっ!」


 何?

 どういう事?


 という顔で、これまたオーナー同様、ヨハンナはポカンとした。

 

「は、はい~?」


「驚かせたお詫びにどんどん行きますから」


「は? どんどん?」


「ええ! すんませんけど、俺のせいで逃げ込んだお客さん達を、部屋から呼び戻して貰えます?」


 出来立ての料理から立ち昇る湯気。

 その湯気の向こうで、ディーノはにっこりと笑ったのである。

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