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第245話「3人の父」

 悍馬かんばステファニーと駿馬しゅんめエレオノーラが、

 宿命ともいえる邂逅を果たしてから数日後の午前……


 ディーノはエレオノーラの父、グレーヴ・ガイダル公爵の書斎に居た。

 たまたまエレオノーラとシグネは所用で留守、屋敷に不在であった。


 室内にはディーノとグレーヴはふたりきり、向かい合って座っている。


「ディーノ、また女子抜き、気を遣わないヤロー同士で話したいと思ってな。忙しい中、悪いが、時間を貰った」


「こちらこそ、ぜひお話ししたいと思ってました」


「ほう、成る程。ところで、ディーノ」


「はあ……」


「何だかよ、エレオノーラとシグネちゃん、いや……まもなくあの子は正式にウチの養女となるからシグネか……このところふたりともやけに元気で、気合が入ってるんだよ」


「そうなんですか」


「おお! シグネはともかく、エレオノーラなんか、絶対に別れたくないと、ひどく悩んでいたのに、一変した。ディーノ、お前を快く送り出したいとか、急に言い出しやがってよ」


 ヴィヴィ、ステファニーと会ってから、エレオノーラとシグネは全く変わった。

 目が輝いて、表情は晴れやか、何事にも積極的だ。


「まあ、そんな感じですね」


 曖昧に答えるディーノ。

 勘の良いグレーヴはすかさず突っ込む。


「おいおい、ディーノ、お前、理由を知ってんだろ?」


「いや、特には……いずれ公爵へ話すんじゃないですか、ふたりから直接」


 ディーノは再び曖昧に返した。

 さすがに何かあると感づいたのか、グレーヴは追及しては来ない。


「ふ~ん……まあ、良いけどよ」


「はい」


「ところで、お前は、やっぱ旅に出るんだよな?」


 グレーヴはいきなり話題を変え、且つ単刀直入に尋ねて来た。

 

 ここははっきり肯定しておかないといけない。

 

 そう考えたディ―ノは大きく頷く。


「はい、今日冒険者ギルドへ行って、例の依頼の状況を確認してから、出発したいと思います」

 

 だが、「しれっ」と言ったディーノの言葉にグレーヴはすぐ反応する。


「おいおい、例の依頼って、あのファイアドレイクと吸血鬼か?」


「はい、ちょっと腕試しで挑んでみようと」


「何だよ、軽く腕試しって言うけどよ。猛炎を吐くドラゴンに最強のヴァンパイアだぞ、……ホントお前は常識外れというか、凄すぎる」


 ここでそれ以上、依頼の話をする必要はない。

 不毛な自慢話になりかねない。

 なので、ディーノは話題を変える。


「まあ……依頼へ挑んだ後は、そのまま迷宮都市フォルミーカへでも行ってみようと」


 ディーノが旅の予定を告げると、グレーヴはすかさず喰い付いて来た。

 目が少し遠くなる。

 旧い記憶を手繰っているようだ。


「おお、迷宮都市か! うん、うん! 俺も大昔、若い頃に行ったよ」


「へぇ! そうなんですか?」


「おお! まだガキの頃、オヤジと大喧嘩して家出したんだ。困らせてやろうと思ってな、思い切り遠くへ行った。迷宮都市フォルミーカはよ、混沌カオスを絵に描いたような、ヤバく、おもしれぇ街だった。」


「子供の頃、迷宮都市へ家出なんて、公爵こそ常識外れじゃないですか」


「いやいや、さすがに深入りはしないし、探しに来た家臣にすぐ連れ戻された」


「ははは、ですよね」


「おうよ! ディーノ、お前ほど命知らずじゃない。……で、話を戻すが、エレオノーラとシグネを嫁に貰うってのは心に留めといて良いんだな?」


「ええ、旅から戻って、まだ俺を好きでいてくれるならと、ふたりとは話をしました。公爵には申しわけありませんが、俺の嫁に頂戴します」


 ディーノの微妙な言い回しを聞き、グレーヴはにやりと笑う。

 

「ふっ、分かった。おおやけにはしないが……エレオノーラとシグネ、ふたりともお前と婚約済みって事にしとく。女子ふたりの心は変わらんだろ」


「……想い人は、ひとりだと思っていました。だけど、エレオノーラとシグネが嫁になるとしたら、立てていた人生の予定が大幅変更です。まあ嬉しい悲鳴ですけど」


「ははは、人生の予定は未定。先行きなんてどうなるか、誰にも分からんもんさ」


「はい、この際だからお伝えしますと……前々からの公爵のご指摘通り、嫁がもっと増えるかもしれません」


「構わんよ、英雄は色を好むって言うじゃねぇか。貰った嫁を全員大事にしてやればいい。まあ父親としてはエレオノーラとシグネが最優先だがな」


「了解です」


「ふっ、迷宮都市への家出話で思い出したが……」


「…………」


「俺がお前と同じ年の頃は、ちょうど反抗期真っ只中だった」


「…………」


「お前と話すようにざっくばらんに、オヤジと腹を割って話をしたりしなかった」


「…………」


「ディーノ、死地を共にしたせいもある。お前とはとても心が近しく感じる。エレオノーラの口癖じゃないが、父親として俺はお前を手放したくない」


「…………」


「ギルドのお前の口座にこの前完遂した依頼の報奨金に加え、俺から餞別を入れといた。金貨500枚だ。自由に使え」


「助かります。ありがとうございます」


「おう! ま、気を付けて行って来い。いつも言う事は一緒だが、無茶だけはするな。待ってる奴が俺やエレオノーラとシグネを含め、大勢居るぞ。これからお前が助ける奴らだけじゃなくな」


「はい、必ず無事で戻ります」


「おっし! 信じてるぞ、ディーノ。ははははははは!」


 明るく笑うグレーヴは、まるで実親だ。

 

 うん!

 亡き実父クレメンテは勿論だが……

 ディーノに邂逅し、思い残すことなく天へ召されたダニエル・アルドワン、

 そして異国ロドニアで巡り会った豪放磊落なグレーヴ・ガイダル……

 

 俺には素晴らしい父が3人も居る!


 ディーノは心の底から嬉しくなり、グレーヴへ深く頭を下げたのである。

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