第210話「ヴィオラ村」
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やがて……
ディーノ一行は第一の目的地、ゴブリンに襲われているヴィオラ村へ到着した。
牽制役を命じたケルベロス、オルトロス兄弟の働きに違いない。
途中、襲撃どころか、敵の影すら皆無であった。
ここでひとつ補足である。
冒険者ギルドの登録は、本名且つフルネームの登録が必須である。
しかし貴族のみが、ファーストネームによる登録が許されていた。
各国においてのギルド共通、貴族のみに許された特権である。
一応本名でも登録は可能だ。
しかし貴族の冒険者達は、各所に秘密にしてこっそり小遣い稼ぎをする為、
登録証に記載されているのはファーストネームとランクのみの者が多い。
但し、グレーヴは少し違っていた。
亡き妻の姓をファーストネームと共に登録証へ記載しており、愛娘のエレオノーラも同様であった。
不可解だとは思ったが……
単に「粋な事をする」とディーノは思い、あまり気に留めなかった。
さてさて!
正門前で各自が名乗り、来訪の趣旨を告げ、門番に通されて通ると、
防護柵の向こうは広大な牧草地が広がっていた。
その牧草地では所々で羊が群れを成し、のどかに草を食んでいる。
4人が傍らを通っても、我関せずという雰囲気で全く動じない。
この牧歌的な風景だけ見れば、300体ものゴブリンに襲われ、救助を求めている村とは思えない。
更に4人が進むと、村の家々が見えて来た。
全て石と木で造られた家である。
石畳ではなく土が踏み固められただけの村道を、ニワトリの群れが速足で駆け、
犬が数頭、嬉しそうに尻尾を「ぶんぶん」 振っていた。
ふと見れば、民家の屋根で猫が一匹、二匹とのんびり昼寝をしている。
ディーノは既視感を覚える。
楓村、ポミエ村を思い出し、懐かしくなる。
しかし……
そのようなのんびりとした雰囲気を打ち消すように、
村は重苦しい雰囲気に包まれていた。
そう、村の大広場では複数人数の葬式が一度に行われていたのである。
喪服を着た大勢の村民が祈りを奉げ、顔を伏せていた。
泣きじゃくる者も大勢居た。
エレオノーラが名と職業を告げた上で、傍に居た村民に問う。
「おい、一体どうしたのだ」
「はあ? どうもこうもねぇよ、冒険者の姉ちゃん、見ての通りさ」
中年男の村民は、ぶっきらぼうに言い捨て、大袈裟に肩をすくめた。
いつものエレオノーラなら、失礼な村民の態度に反応、
怒り心頭になるところだ。
しかし、「ぐっ」とこらえ、不器用に頭を下げた。
「す、すまぬ。私達は今来たばかりだ」
「そうか……ゴブリンのクソに村の子供が3人も喰い殺されたんだ」
エレオノーラの低姿勢さを見て、心をほんの少しだけ開いたのだろう。
村民は「もう涙も出ない」という感じで言い放った。
「く、喰い殺された!? ゴブリンに!! こ、子供が! さ、3人もか!?」
さすがにこの悲惨な状況では……
エレオノーラも傍若無人な振る舞いは出来ない。
それにディーノと出会ってから、エレオノーラは心身共に人間として著しく成長していた。
村民へ告げるべき言葉も、しっかりと分かっている。
「そ、それは気の毒だ……私達は、そのゴブリン討伐の依頼を受けて赴いた冒険者4人組だ。全力を尽くす事を約束しよう」
「全力ねぇ……まあ……せいぜい頑張ってくれや」
「分かった……」
せいぜい頑張ってくれ……
暗い表情の村民から、遠回しに「期待していない」と言われ、
エレオノーラは子供の死というショックに加え、力なく俯いてしまった。
その間……
ディーノは他の村民に村長の家を聞き出していた。
グレーヴとシグネに村長宅の場所を告げ、先に行くように促し、
ディーノは急ぎエレオノーラの下へ駆け寄った。
村民と話した後に、エレオノーラが俯いたのを見ていたからだ。
そのエレオノーラは俯いたままである。
歯を食いしばっているのかもしれない。
何か、辛い事があったのは明白だ。
このような時は下手に優しくしない方が良い。
素っ気ないくらいがちょうど良い。
「エレオノーラ、行こう。この村で、俺達がやれるだけの事をやろう」
ディーノが促すと、エレオノーラは、ようやく顔をあげた。
さりげなくディーノが見れば、悔し涙がにじみ、
エレオノーラの目は真赤である。
当然その悔しさは、先ほどの村民へ向けられたものではない。
『戦う者』として無力なエレオノーラ自身へ向けられたものである。
しばしの沈黙……
エレオノーラは、どうにかという感じで口を開いた。
「……ありがとう、ディーノ。私と一緒に戦ってくれるのか」
対して、ディーノの答えはエレオノーラが期待したモノとは全然違った。
「当り前さ、エレオノーラは大切な仲間だもの」
「はあ!? 私が? 大切な仲間だと?」
「はい! 仲間です」
「むむむ、大切の次に来る呼び方が、全く異なっているようだが……ふ、ふん……まあ、とりあえずこの場はそれで良いだろう」
「ははは、エレオノーラに賛成です。この場は良しとしましょうよ」
「ふふっ、笑ったな? 後ほど名称を妻としっかり修正させた上で、絶対お前にお仕置きしてやる。憶えてろよ」
苦笑したエレオノーラは……
小さく頷くと、ディーノの真横に寄り添うように並び、
しっかりと歩き出したのである。
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