第１６話「英雄亭②」
冒険者のひとりに思い切り殴られたディーノが、
「ごろごろ」と床に転がった。
それを見たニーナが思わず大きな悲鳴をあげる。
「おいおい、殺すなよ、ちょっち力を入れ過ぎだ」
「は！ こいつがあまりにも生意気だからですよ」
一応、手加減はしているだろう。
しかしこの冒険者達は、無抵抗の人間を害し殺すなどなんとも思っていない。
周囲の客、数人が慌てて止めようと駆け寄って来るが、
「くぉらあっ！ 引っ込んでろっ」
「ぶっ殺すぞっ！」
という冒険者達からの恫喝で臆してしまい、近寄らず遠巻きにしている。
と、ここでディーノがむくりと起き上がった。
あれだけ思い切り殴られたのだ。
ディーノは身体の状態を確かめる。
ひどい痛みがあるかと思いきや……
痛くない！
顔が腫れて……否、腫れてない！
何と！ ダメージが……全く無い！！
そして……意外にも笑いが込み上げて来る。
立ち上がったディーノを見て、殴った冒険者は激怒した。
仲間の前で面子を潰されたと感じたらしい。
「てめぇ、何が可笑しい！」
「ははははは、笑かすなよ。すげぇ可笑しいよ。可笑しくてたまらないよ」
「く、くそ、がきぃぃぃぃぃ！！！ 今度こそ殺すぞ、こらぁ！！！」
「いや、殺せないだろ？ だってさ、ぜんっぜん効かないんだよ、おっさんのへなちょこパンチ」
ディーノはそう言うと、心の中で補足する。
あいつの……『凶悪弾丸パンチ』に比べれば、全然な。
「て、てめぇ！」
「ほらほら、凄んだって、あんたのおとぼけ顔なんて全然怖くないよ」
ディーノはまたも心の中で補足する。
『飢えた悪鬼』みたいな、あいつに比べればな。
同時に心の中には、冒険者達へ対する大きな怒りが湧き上がる。
ごうごうと派手に燃え盛る炎のような怒りではない。
冷たく燃える、静かな非情な怒りである。
だから口調も淡々と静かなものである。
「おい、おっさん、王都に居るんだったら、ここの決まりくらいは知ってるよな」
「はぁ！？ 決まりだとぉ！ 何じゃ、そりゃ！」
「決まってるじゃないか？ 法律！ 正当防衛だって事だ！」
ディーノはそう言うと、殴った冒険者と同じように、
拳を無造作に相手の顔面へ叩き込んだ。
どぐおああっ！
しかし、ディーノが殴られた時とは、比べものにならない音がして、
毒づいていた冒険者はあっさり宙に舞った。
「ごろごろ」と転がり、そのまま動かなくなった。
「安心しろ。ちゃんと手加減したよ、殺しちゃいねぇさ」
既に気を失っている相手なのか、呆然としているリーダー達へなのか、
ぽつりと呟いた、ディーノはまた笑う。
「はは、だが、これじゃあ、ほんのちょっとだけ過剰防衛かな？」
「このくそがき！ ぶっ殺してやる！」
激高したリーダーは叫ぶと、剣を抜いた。
配下の男達も殺意を宿した目で、ディーノを睨み付けながら次々に剣を抜き放った。
魔導灯の明るい光が、何本もの刀身を眩く光らせていた。
だが……
「あ～あ、俺は素手なのにとうとう抜いちまったなぁ、じゃあお前等をぶち殺しても文句はないなぁ」
まるで動じず、唄うように告げたディーノは、相変わらず笑っている。
自分でも不思議だった。
殴られたダメージは全く感じていない。
多勢に対してたったひとりのこの状況でも、
恐怖など全く無し……なのだから……
それが幼馴染？ ステファニーの超が付くパワハラのお陰だと思うと、
可笑しくてたまらないのだ。
何だよ……結局、鬼のあいつも俺の心と身体の『師匠』ってわけか。
笑えるな、大笑いだ。
よし！ そろそろケリをつけるか！
ディーノが改めて戦闘モードに入ろうとした瞬間。
リーダーの背後から、いきなり巨大な茄子色の手が伸びた。
憤り毒づくリーダーの頭をむんずと！ 鷲掴みにする。
みししっ！
巨大な手が掴んだと同時に、不気味な音を立てて、リーダーの頭蓋が鳴る。
「あうああっ！」
あまりの痛さに悲鳴をあげるリーダー。
そのままリーダーの大柄な身体が呆気なく持ちあげられ、宙に浮く。
冒険者達が驚いて見れば、いつの間にか、
リーダーを3回りくらい上回る、身長２ｍ近い巨躯の男が背後に立って、凄まじい目で睨み付けていた。
一方ディーノは、片手ひとつでリーダーを持ちあげた男を見て、懐かしそうに微笑む。
「あ、ダレンさん」
ダレンと呼ばれた男は、一瞬、訝しげな表情をしたが……
一転、にこやかな顔付きとなる。
ディーノは感じる。
男からは……
懐かしいぞ！ という強い感情が波動となって伝わって来る。
「おう、お前はディーノか？」
「ああ、そうだよ」
「うん！ 懐かしいな！ でっかくなった！」
リーダーを吊り下げたまま、英雄亭の店主――ダレン・バッカスは、
成長したディーノを、しみじみと眺めていたのである。
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