2-4.特訓しよう 3
これは以前投稿した「2-2.特訓しよう」を加筆修正したものの後半部分になります。
ご了承ください。
「よく来たね。待ってたよ」
ユウカは修練所で優雅に昨日と同じ液体ををすすっていた。
テーブルには空になったポットが二つあり言葉通り待っていたことをうかがわせた。
ジンはゆっくりとユウカに近付き、
「ユウカさん。私はコハルやユキノ、家族のために戦う。それでいいですか?」
問う。父からの言葉と母の優しさを胸に秘めて。
「うん。それでいい。誰かにとって別の誰かが大切なのさ。そのことに気づけただけで今は十分。合格だ。さて、ジンは覚悟を決めた。きみ達はどうする?」
ユウカはカップを皿に戻してテーブルに肘を突いた。そして顔の前で手を組みながらコハル、ユキノに目を向けた。
「「戦います。全てをかけて」」
コハルとユキノは手をつなぎ、声を揃えて宣言した。いままでにも見たことのある双子なりの覚悟表明であった。
「よし。じゃあ、はじめようか。......おーい、入って来て」
うん、うんと満足げな表情を浮かべながら、イスから立ち上がり、修練所の奥に声をかけた。
待ちかねたかのように奥から赤い外套を身にまとい、フードを被った二人が出てきてジン達と向かい合うように立った。
背格好から一人はジェミニでもう一人はアリエスだろう。
「ジンには、ジェミニ。コハルくんとユウカくんはアリエスだ。じゃ、あとはよろしくね」
ひらひらと手を振りながら、そう言い残してユキノは修練所を後にした。
ジンと向かい合って立っているジェミニがフードを取る。先ほどと変わらない綺麗な瞳に一瞬釘付けになる。
だが、ジンには美しい瞳に魅入られそうになる衝動を抑えて言わなければならないことがあった。
「ジェミニ、さっきは―」
「よろしくね。“ジンさん”」
ぺこりと頭を下げ、ジェミニが屈託のない笑顔を浮かべて挨拶したことにジンは度肝を抜かれた。
「ん、どうしたの?“ジンさん”」
「いや、怒ってないのか?」
明らかに先ほどとは違うジェミニの態度に困惑する。
(どういうことだ?目の前のジェミニからは怒りや嫌悪の感情が見えない。ポーカーフェイス?......にしては表情が豊すぎる)
「『怒っているか?』......まさか“別”のジェミニに何かしたの?だったら、僕に謝ってもだめだよ。だって、」
ジェミニは急に抑揚のない口調で言葉を続ける。
「僕たち“記憶を共有してないから”」
ジンは人生で初めてと言える程、言葉で震えた。くらったことはないが、重いボディブローのような衝撃が走る。
「まあ、記憶以外も共有してなかったりするんだけどねー」
あははと、笑いながら話すジェミニの言葉はジンには届くはずなかった。
ジェミニの言葉がフラッシュバックする。
自分が考えている以上の地雷を踏んでしまったことに気づく。再び後悔がこみ上げ、自責の念に駆られた。
「どうしたの?突っ立ってないで、はやくはじめようよ」
ジェミニが呆然と立ち尽くすジンに声を掛け、何かを投げてよこした。
「これは......竹刀?」
拾い上げて観察するが別段変わったところの見られない竹刀である。とりあえず、体育でやった剣道の要領で構えてみる。
(ふむ......悪くない重さだ)
ブンブンと振り回して感触を確かめる。重すぎず、軽すぎない重さであった。
「実はね、これは一定以上の力を加えると先が折れる仕組みになっているんだ」
ジェミニが竹刀を地面に叩き付け、得意げに説明する。確かに竹刀の先が曲がっている。ジェミニが地面から離すと元通りになった。
「......で、これで何を?」
「戦うんだよ。敵は骸骨を想定するけど、そもそもこれまで剣を握ったことなんてないでしょ?だから、―」
ジェミニがジンに突進し、竹刀を振り下ろす。
その攻撃をジンがかろうじて、竹刀でガードした。
「体で覚えてね。ジンさん。でないと、死んじゃうかもよ」
ジェミニは目のハイライトが消え、狂気の笑みを浮かべていた。
(マジかよ。こいつ......本気だ)
ジェミニを押し返し、バランスを崩させる。
(力は上。行ける!)
「もらった!」
ジンがバランスを崩したジェミニの頭めがけて振り下ろした。
だが、
「甘いよ。ジンさん」
ジェミニは振り下ろしたジンの竹刀を簡単に受け流し、がら空きの胴に一撃を入れる。
そこから、振り返って素早く背中にもう一撃。
バランスを崩した状態でダメ押しの一撃。
ジンが倒れる。打たれたところにそこまでの痛みはなかった。
(いまのは......フェイクか......全然見えなかった)
「それと言い忘れたけど、今の僕はかなり弱いよ」
ジェミニが倒れたジンに言葉を投げつけた。
「笑えない冗談はよせよ。ジェミニ」
竹刀を杖にして、立ち上がり再び構える。再び教科書通りの構えをとる。
「いやいや、ほんと。そもそもジェミニ自身の戦闘能力が低く創られた。それに、僕は“コピー”だ。オリジナルに比べものにならない。......まあ、どうでもいいけどね、続けようか」
ジェミニも構える。
ジンは状況を観察した。
ジェミニの経験からなる自然体というべき構え。
竹刀のリーチはおそらく同じ。
身長は自分のほうがかなり高い。
戦闘経験は相手が上。
遮蔽物のない一対一の真剣勝負。
(何かないか。漬け込める隙のようなもの。......何か......)
「ん?来ないの?じゃ、僕から!」
ジンに仕掛ける気がないと察したジェミニは先ほどと同じ突進で間合いを詰めた。
手を変えて来るという思いこみからジンの反応が一瞬遅れる。
「せいっ!」
ガードが間に合わず、頭に打ち込まれた。
「これで、四回だね」
いたずらなあおりの笑み。ジンの心を揺さぶる。
「まだまだぁ!」
ジンは負けじと向かって行った。
◇◇◇
「今日はこのぐらいにしようか」
「つ、疲れた......」
ジンが地面に大の字になって寝転がった。
ずっと動きっぱなしでこれ以上は体が動きそうになかった。
「はじめは動きが硬かったけど、少しは見えたんじゃない?」
ジンの顔を覗き込むジェミニは息一つ切れていない。
結局、ジンは一本も取れなかった。
「まあ、なんとなくはな」
「毎日鍛錬あるのみだね。はい、これ飲んで」
ジェミニが見たことのあるペットボトルを差し出した。
「これは?」
「数少ない既存品のスポーツドリンク。他の二人の分も。あと......もう飲めなくなるから味わってね」
「ありがとう」
ドリンクを受け取り、喉をごくごくと鳴らして飲み干す。
(うまい......これが犯罪的というやつか......)
ふと、コハルとユキノの方に目を向けた。
コハルはジンと同様に寝転んで、思うように行かないのかジタバタしていた。
一方でユキノの方はまだ、戦っていた。この修練所の雰囲気に似合わないもこもこのなにかと。
「おつかれ。特訓はどうだった?」
まだ戦闘中のユキノを後回しにし、ジンがコハルにドリンクを渡し、進捗を尋ねた。
「んーだめー、全然かたちにならない。やっぱり“勇気の具現化”といってもよくわからない。イメージできないよー」
コハルは上半身だけ起き上がって、答えた。
ジンもコハルの隣に腰を下ろした。
「やっぱり、最高!」
コハルがドリンクで喉を潤した。全部飲み干しもう既に空になっていた。
「あの時、橋の上ではできていたじゃないか」
「覚えてないからイメージができないの。ねぇ、ジン。私の能力についてもう少し何かない?」
「んー、何か......」
ジンが橋で見たコハルの様子を思い浮かべた。
金属でも布でもない不思議な素材で構成されているドレスのような服。
まるで火焔をまとったかのようなその姿は彼女が普通の人ではないこと如実に表していた。
知っているはずの彼女が遠ざかるような感覚を感じながらもその光景が目に焼き付いて離れなかった。
「......焔とか?」
あえて言葉にしろと言われればこの言葉以外は思いつかなかった。
「なるほどね......。焔......。勇気......。来て!
≪フレイムート》!」
コハルが立ち上がり、胸の前で祈るような仕草を取り、叫んだ。
一瞬のラグの後、コハルの右手から炎が放出され、剣の形に変化する。
橋で見たのとは違う、刀身が鮮やかな朱色の剣。柄の部分にはいつもつけていた髪留めに似た装飾が施されている。ただただ美しい。暴力的なまでに目の前の剣は美しかった。
「で、できたぁぁーー!」
コハルの嬉しそうな声が修練所内にこだました。
「す、すごいじゃないか!コハル!」
ジンは感動と興奮でいつの間にか立ち上がっていた。
「いや、これもジンのおかげ、ありがと」
ジンは屈託のない笑顔を向けられて、恥ずかしさがこみ上げて思わず視線を逸らした。
「いや、私は別に何も......」
ただ単純に照れ臭かった。
「素晴らしい!おめでとう、コハルくん。第一関門は突破だね」
拍手と共に後ろから声を掛けられた。
「ユウカさん。いつからそこに?」
「ついさっきさ。もう少しかかると思っていたんだが......本当に素晴らしい!」
どこからか現れたユウカが興奮気味にコハルを褒め、頭をわしゃわしゃと撫でた。
コハルは気持ちよさそうにされるがままである。
「ふぅー。満足。満足。さて、きみたちにはまだ、特訓メニューを詳しく伝えてなかったね。......一つ目はさっきみたいにジェミニやアリエスと戦うこと。もう一つは......はい、これ」
しばらくコハルの頭を撫でた後、満足げに外套の内側からUSBメモリのようなものを取り出し、ジンとコハルに渡した。
見たところただのUSBメモリ。
プラスチックとも違う不思議な素材で出来ているが妙に軽い。
メモリの下部と側面にスイッチのような出っ張りがあった。
「これは何ですか?」
渡されたものを手で弄びながらコハルが尋ねた。
「見たまま“メモリ”さ。今は空だが、横のスイッチを押すと注射器になって、メモリ内のマナを体内に注入することができる。まあ、非常時の回復アイテムと思ってくれ」
「それはわかりましたが、これでなにを?」
「さっき言ったように特訓さ。コハルくんは一日三本、ジンは一本を目安にこのメモリにマナをチャージしてもらう」
「私の能力の本質は“吸収”のはず。自分のマナをこのメモリに“放出”し、ためることなんてできるんですか?」
ジンがユウカの言葉を思い出して何気ない疑問を口にした。一度自分の能力を定義されると他のイメージわかなかったのだ。
「ジン。“できるか”じゃない。“やるんだ”。イメージすればどんなこともできる可能性が生まれる。確かにきみの本質的に相性は悪いかもしれないがやってみてくれ」
真剣な眼差しでユウカが答えた。この言葉には有無を言わさない迫力がこもっていた。
「......わかりました。やってみます」
「おっと、言い忘れたがマナをチャージする時はこのメモリの下のボタンを押してくれ。チャージすると色が変わるから一目でわかる。こんな感じで」
ユウカが実演を交えて説明する。確かにメモリの内部の色が黒から白っぽい色に変わった。
「メモリを使うタイミングはどういう時ですか?」
「んーまあ、その時になったら言うよ。ただ、これを使う時はよっぽどの時。基本は使ったらだめだ。わかったかい?」
「「わかりました」」
ジンとコハルが声を揃えて返事をした。
「じゃ、私はユキノくんの方を見てくる。そろそろ、やめさせないとオーバーワークぎみだからさ」
そう言い残してユウカはユキノの方に向かった。
(メモリか......一体どうやってこんなものを?マナを貯められることから、作ったのは最近か?)
ジンがメモリを手の上で転がしてみる。
無機質な何かよくわからないもの。感触がどこか石化した祖父母達に似ているような気がした。
「あっ、ユキノ!」
コハルがこちらに近付いて来るユキノに気づいて大きく手を振った。
「おつかれ、ユキノ。はい」
「あ、ありがと。ゴクゴク。ぷはぁー、おいしい」
ユキノは受け取ったドリンクをCMかのように迷うことなく一気に飲み干した。
「やっぱりしみるよなー」
「運動後のドリンクほどおいしいものはないわね。異論は認めないわ」
「異議あり!お風呂上りの牛乳もいいと思います」
「それもいいな」
「だねー」
久しぶりの三人でのやりとりに心のそこから安心する。ああ、世界は変わってしまったが、二人は変わってないのだと。
「ところで、二人はどんな特訓をしてたんだ?」
「これですよぉ」
ジンたちの後ろに急にアリエスが現れた。
「あ、アリエス」
「ふふ、いい表情です。ジンさん。ここで、私の能力を説明しましょうか。先ほどお二方に戦ってもらったのはこれです」
アリエスが指を動かすと指の動きに合わせて骸骨らしきものが滑らかに動く。ただ、目の前の骸骨はもこもこだった。
「なぜ、骸骨がこんなもこもこに?」
「まあ、そこ気になるよね」
「普通はそうよね」
コハルとユキノがうんうんと頷く。
「私は自分の毛にマナを通すことがでるんですよ」
「それで骨を操っていると?」
「はい。使い方次第です。まあ、特訓なのでもこもこ仕様にしましたぁ。簡単な動きならもっと増やせますよ」
そう言いながらアリエスの後ろで骸骨は器用にダンスを始めた。
ヒップホップ系の激しいダンスを一糸乱れぬ動きで再現し、見事に踊りきって見せた。
「なるほど、一対複数戦闘の特訓か」
その動きを見たジンがあごに手をあてて、ふむふむと納得した。
「はい。私の方では一対複数。ジェミニの方は一対一の交互で特訓してもらいますね」
「ところで、アリエス。このコミュニティにお風呂ってあるの?私、体洗いたいんだけど」
コハルがいつもの感覚でアリエスに尋ねた。運動の後に汗を流したいという、必然的願望であった。
しかし、
「ありませんよ。そんなもの。お湯を沸かすので、タオルで体を拭いてください」
アリエスはばっさり切り捨てた。
「「そ、そんなぁ」」
コハルとユキノが見事にシンクロしてうなだれる。
「そんなに大事ですかぁ?」
「そりゃ、大事よ!」
「私達はずっと湯船に浸かってきたし、何とかならないかしら?」
「うーんそうですねぇ......あ、コハルさんならなんとかできるかもしれません」
少し考えた後、アリエスは一つの可能性を示した。
ジン達が覚悟を決めて特訓を開始します。
そこで出てくる問題が風呂問題です。
文明に肩まで浸かっていた現代人なら避けて通れないでしょう。
さて、コハルはどうするのか?
次回に続きます。