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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第4章 ミートイーター
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11 死体

 信じられなかった。否、信じたくなかった。

 あとほんの三日で、今平気な顔して隣にいるこの人が死んでしまう。三日後からその先、僕が生きるこの世界のどこにもこの人はいなくなってしまうのだ。


 なんで。


 なんでそれがこの人でなければならないんだ。


「……阿蘇さん。本当にその死体は、曽根崎さんだったんですか」

『……そうだ』

「信じられません。僕も直接目で見て確認します」

『やめておけ。落下死体なんて正視に耐え得るもんじゃねぇぞ』


 狼狽を露わにする僕に、初めて阿蘇さんの声に色が宿る。


『……穴はどれほど深かったんだろうな。叩きつけられた兄さんの死体は、車に轢かれたカエルみてぇに潰れてたよ。担架に乗せて死体回収なんてもんじゃねぇ。コンクリートに張り付いた肉片をヘラで剥ぎ取っていくんだ』

「……ッ!」

『君にそんな兄さんの姿は見せられない。死体が出たってだけで声を荒げるほど動揺するなら尚更だ』

「そ、それは少し驚いただけで……」

『ダメだ。遺体の資料は後で兄さんに渡しとく。君はそれで満足しとけ』

「だけど……!」

『景清君!』


 しつこく食い下がる僕に、とうとう阿蘇さんの堪忍袋の緒が切れた。


『いいから聞き分けろ! 君だけがそのアホを失うわけじゃねぇんだぞ!』

「……!」

『……そんでもクソ兄を殺したくねぇってんなら考えろ。情報を集めて、なんとしても三日以内に事件を解決するんだ。……最悪、穴を塞げば兄さんがそこに落ちることも無くなる。そうすりゃ助かるかもしれねぇ』

「……でも、もう死体は出てしまって……」

『穴塞いだ瞬間、不思議と消えるかもしれねぇだろ!』


 殆ど暴論である。だが、阿蘇さんの有無を言わさぬ口調に、僕は黙るしかなかった。


「……だとすると、その三日後までは何しても私は死なないってことになるのかな」


 そして一番鷹揚に構えているのは本人である。藤田さんにしてもこの人にしても、当事者になると逆に現実感が無くなるのだろうか。

 落ち着き払った曽根崎さんにようやく気持ちが鎮まってきた僕は、電話の向こうの阿蘇さんに謝罪する。


「……すいません。僕、阿蘇さんのことも考えず取り乱して……」

『……気にすんな。むしろうちのクソ兄のことなのに、そこまで考えてくれてありがとう』

「……いえ」


 ぽんぽんと背中を叩かれる。それから、頭をわしわし撫でられた。実際にしてくれているのは曽根崎さんだが、多分阿蘇さんがここにいても同じことをしてくれたのだろう。僕は、大人しくうなだれた。


「ま、死ぬかどうかはその時になってみないと分からんよ」


 僕の頭に手を乗せたまま、曽根崎さんは言う。


「忠助の判断は正しい。結局の所、三日後まで我々はやれる事をやるしか無いんだ」

「……はい」

「あと、自分の死体を見るのはやっぱり怖い」

「あ、それもあるんですね」

「そりゃそうだよ。人として生まれたからには、何の痛みもなく幸せに死にたいに決まってる。……で、だ。忠助に聞いときたいんだが、例の教授の死体は眼球と全身の骨が無くなっていたと言ってたな」

『ああ』

「その点、私の死体はどうだったんだ?」


 僕にとって、教授の死体の情報は初耳だった。しかし二人の会話に水を差すのも気が引け、口を閉ざすことに決める。


『……眼球も骨も残ってたよ。まあ、やっと認識できるぐらいの無残なもんだったけど』

「そうか。ふむ……」


 少し考えていた曽根崎さんだったが、ふと顔を上げた。


「……教授と私の死体は、それぞれ別の場所で発見されたんだったな」

『おう』

「ちょっと頼みたいことがある。ここ四日間における、全国の変死体を洗い出して欲しいんだ。全身の骨が抜かれているか、あるいは突然出現した不自然な落下死体か。そんな類似の遺体が、あと一つ二つ見つかるかもしれない」

『なるほど。落下地点がバラバラなら、この周辺以外で発見される可能性もあるな。分かった、田中さんにも連絡してあたってみる』

「あまり無理するなよ。調査とはいえ、やることは情報収集だ。他の人間に任せられるなら、忠助は休め」

『まぁ藤田の面倒も見なきゃいけねぇしな。兄さんも根詰め過ぎて死ぬ前に倒れるなよ』


 そう言い終えると、阿蘇さんは電話を切ろうとする。が、その前に「そうそう」と思い出したように付け加えた。


『今日、警察に人を跳ねたって自首してきた男がいたよ。そいつトラックの運転手でさ、スーツの男を跳ねたものの怖くなって逃げ出したんだとよ』

「ひょっとして、そいつが教授をボロクタにした犯人か」

『事故を起こした日時を聞くにそうだろな』

「まったく、そんな瀕死の状態になってまで、よく教授は穴の元まで行ったもんだよ。そうまでして穴に植物を落としたかったのかね」


 二人のやり取りを黙って聞いていた僕だったが、ここでふと昔読んだ記事の内容が頭をよぎった。それはとある虫に関するもので、不気味で変わった生態がやけに心に残り、覚えていたのだ。

 寄生された宿主は脳を操られ、虫の行きたい場所へと誘われる。

 その虫の名は、確か――。


「……ハリガネムシ」

「なんだって?」


 突然虫の名前を挙げた僕に、曽根崎さんは首を傾げる。だが、電話の向こうのある人は違った。


『ハリガネムシ。カマドウマやカマキリなどを宿主にする寄生虫だね。何食わぬ顔で宿主の体内で過ごし、最後は脳を操作して自身の産卵場である水場へと誘導させる面白い生態の生物だ』

「藤田さん」


 アンタいたんですか。

 そんな言葉が喉まで出かかったが、ほぼ罵倒だったので飲み込んだ。


 そうとも知らぬ藤田さんは、明るい声で僕を褒めてくれる。


『よく知ってたねぇ、景清。でもなんでいきなりハリガネムシ?』

「え? いや、ええと……」

「なるほど。ハリガネムシよろしくミートイーターも宿主の脳を操り、穴へ誘導したのではと言いたいのか」


 顎に手をあてた曽根崎さんが、僕の思考を引き継いでくれた。


「それなら、瀕死の状態の教授が穴に向かえたことにも説明がつく。本人は満足に動けずとも、脳にしがみついたミートイーターが指令を出し、体を動かしていたんだ」


 淀みなく推理を進める曽根崎さんだったが、「しかし……」とたちまち難しい顔をして嘆息する。


「それなら、博士の死はどう決着をつければいい? 博士は高所から落下することもなく、ただ眼球を失って死んでいた。かつ、藤田君も寄生されてから一日以上経つが、まだ穴に惹かれる様子は無い」


 曽根崎さんの言う通りだ。僕の読み通りなら南米にも穴が出現していないとおかしいし、藤田さんも平気でいられるはずがない。

 推理が外れてしょんぼりする僕だったが、意外にも阿蘇さんがバックアップしてくれた。


『目隠しが効いてるからってことはないか? それをしてるからこそ、中に潜むミートイーターも外に出られないと思ってるとか』

「あー、考えられないこともないな。ここまで来ると案外真実かもしれん。今まで心の中でバカにしててすまんな」

『まだしてるだろ。ぶっ飛ばすぞ』


 あの対処法、阿蘇さんは自信満々だったらしい。

 曽根崎さんは彼の脅しを無視し、僕の顔を見つめた。


「君もそう気を落とすんじゃない。一概に全ての理屈に通るわけじゃないが、仮定としては実に有力な説だよ。死体からミートイーターが消える理由も見えてこない今、いくつかの憶測をもって推理に繋げていかなければならないからな。……だからどんな突拍子の無い発想でもいい。景清君、気づいたことがあればなんでも言ってくれ」

「……ええ、わかりました」


 頷いた僕に、曽根崎さんは無表情に頷き返してくれる。

 そうして一区切りついた所で、阿蘇さんが場をまとめた。


『ま、何にしても情報が足りねぇな。さっき兄さんに言われた事はこっちで調べてみるから、一晩ほど待っててくれ』

「うん、頼んだぞ」

『おう』


 そうして今度こそ、電話は切れた。


 情報の重さに疲れ果て、僕はどっとソファーに倒れ込む。そんな僕を上から覗き込み、曽根崎さんはオヤツをねだる子供のごとく「味噌汁」と一言呟いたのだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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