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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第4章 ミートイーター
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8 更新期限

「茶番だなんて酷いことをおっしゃる。ちょっとしたジョークではありませんか」


 カツカツと靴が鳴る。

 曽根崎の前に現れたのは、全身を黒いコートで覆った男であった。


 まるで夜の闇を切り取ったかのような異質の姿に、曽根崎は臆する事無く吐き捨てる。


「ジョークだと? それこそ気味の悪い冗談だ。私は貴様と “ お友達 ” になった覚えは無い」

「ああ、その冷然たる態度が崩れないのも、私以外のご友人ができたからでしょうかねぇ。なんと寂しいことでしょう。共にゴールしようと友人と約束したマラソン大会、一人置いていかれたならこんな気分になるのでしょうか」

「御託はいい。さっさと本題に入れ」


 唸るような曽根崎の一言に「それでは遠慮なく」と男は笑う。そして、目深に被ったつばの広い帽子を片手で持ち、頭を下げた。


「目的はただ一つ。――私はここで今一度、曽根崎様との “ 契約更新 ” についてお話ししたく存じます」


 ――来たか。


 曽根崎は敢えて背筋を伸ばすと、ネクタイを締め直した。


「やはり、あの穴は貴様の仕業か」

「そう捉えていただいて結構です」

「だとすると、今回の “ 玩具の試練 ” はえらく派手にしたもんだな」

「既にお気づきでしょうが、あの穴は関係者以外の目に触れることはありません。それを考えるとなかなかどうして小規模なものですよ」


 嫌味の応酬すら、男は楽しんでいた。


「ともあれ、あの穴を閉じない事には次々と犠牲者が出るのでしょうね。曽根崎様のお友達がうっかり落ちないとも限らない」

「心配せずとも綺麗さっぱり解決してやるよ。で? 貴様との契約更新はその後にとでも言うつもりか?」

「ええ。大事な話は他事を片付けてから、ということです。このたびは……そうですね。あちらの解決の目処が立った後、契約期限が切れる前に私に触れることができれば、更新の話ができると致しましょうか」


 男は、歯も舌も無い真っ黒な口を開けて嘲笑する。


「……貴方が契約を続けるにしても、続けないにしてもです」


 曽根崎は品の無い舌打ちをした。

 ……どうもヤツを相手にしていると、こちらの考えを見透かされるようで気分が悪い。


 そんな曽根崎の様子を一顧だにすることも無く、男は付け加えた。


「ところで確認なのですが、更新をしない場合のリスクについてはご承知の上でしょうね?」

「勿論」

「ちなみに期限が切れた場合も……」

「心得てると言ってるだろ。まったく、よくもまあこんなに分が悪い契約を結んだものだと自分でも嫌気が差すよ」

「おや、弱音とは珍しい」


 男の揶揄に、曽根崎は鼻で笑って返した。

 ――更新期限までに試練を解決し、その後ヤツと接触して契約交渉をしなければならない。何においても不可解な存在である、あの男とだ。

 無茶な話だ。残り時間を考えれば、どんなに脳をフル回転させ睡眠食事を削って動こうとも、間に合いそうもないというのに。


「……それで、契約期限日はいつだったっけな」


 分かってはいたが、曽根崎は男に尋ねてみた。

 男の口は、いよいよ耳まで裂ける。そして、地を揺るがすようなおぞましい低い声が、そこから漏れてきた。


「――あと四度、日が沈むまで」


 その回答に、曽根崎は目を伏せて一つ深呼吸をする。


 ――よし、いいとも。こなしてみせようではないか。


 覚悟を決めた彼は姿勢を正して顔を上げ、男を泰然と眺めた。


「最後に一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「あの植物も、貴様の仕業か」


 その問いに、男は普通の少年のような明るい笑い声を立てた。


「こう見えて、花が好きなのですよ」


 それが本心であるかどうかなど、曽根崎に分かるはずもなかった。










 タクシーを降りた曽根崎は、眉間に皺を寄せて巨大な穴を遠巻きに見ていた。


 理由はシンプル。歳を取りたくなかったからである。


 弟の話によれば、あの穴の付近は時間の流れがおかしいのだという。

 ただでさえ色々と曲がり角な年齢であるのだ。今以上歳を取り急ぐのは避けたかった。


 それにしても、何故人々はこの巨大な穴を目に入れることなく、無意識に避けられるのだろう。

 そう思った曽根崎がよくよく観察してみると、周りの建物が微妙にねじ曲がっていることに気がついた。

 どうやら、穴を中心とした周りの空間が少しずつ歪んでいるらしい。例えば一枚の布の中心に縦に裂け目を入れ、両手で押し開いたら同じ状態になるだろうか。


 とはいうものの、穴を認識する自分は、他の人のようにこの “ 歪み ” に沿う事はできないようだ。これは恐らく、穴に近づけた阿蘇、植物を植えられた藤田、そして穴を視認できた景清も同様と思われる。


 ……どうしたものか。


 顎に手を当て思案する曽根崎は完全に油断しており、背後から迫る一つの影に気がつかなかった。

 後ろに立つ影は音も無く彼に近づくと、その首にスッと手をかける。


「しーんじっ!」

「うわぁっ!」


 背中に飛びつかれ、曽根崎は思わず穴に向けて二、三歩たたらを踏んでしまった。冷や汗を流してしっかりその分だけ戻ると、彼は静かな怒りをこめて振り返る。


「……柊……!」

「あら、怒ってる。なんで?」


 毎度お馴染み絶世の美女は、曽根崎の肩で可愛らしく小首を傾げてみせた。

 が、彼女の美麗に慣れきってしまった彼にその愛らしさは届かない。むすっとした顔で曽根崎は左右に揺れた。


「重い。早く降りろ」

「なによぉー、こんな美女に抱きつかれるなんて役得以外の何者でもないでしょ? ボクが話しかけてあげなきゃアンタ、遠くからマンホール睨みつけてるただのヤバい人になってたわよ」

「悪かったなヤバい人で」


 柊を振り落としながら、曽根崎はふと彼女の言った内容に違和感を抱く。


 ――彼女には、あの穴が見えていないのか?


 尋ねかけて、思い出した。そういえば、柊と藤田はまだあの男に直接会った事は無いのである。

 今回の事件に無関係である以上、彼女が穴を認識できなくてもなんら不思議ではなかった。


 巻き込まないで済むのなら、それに越したことはない。そう判断した曽根崎は、穴に背を向けて話題を変えた。


「ところで、今日も君は取材か何かか? 記者の真似事までせにゃならんとは、編集の仕事も楽じゃないな」

「なんたってうちは少数精鋭だもの。取材はその通りなんだけど、最近この辺でオカルトな話が続いたもんだからね。ちょっと気になって見に来てみたのよ」


 オカルトな話?

 少し興味を惹かれた曽根崎の空気を見逃さず、柊は説明を始めた。


「なんでもねぇ、昨日ここにゾンビが出たらしいのよ」

「へぇ、ゾンビが」

「そ。しかもそれ、全身ボロボロに怪我したオッサンゾンビだったんですって。何人も目撃して実際通報した人もいたそうなんだけど、この辺に来た時に忽然と消えたらしくって」

「……あー……」


 心当たりあるなぁー……。


 遠い目をする曽根崎に、柊は目敏く突っ込んでくる。


「さては何か知ってるわね!?」

「知ってるが今回は教えてやらんぞ」

「じゃあこうしましょう。今から行く取材にアンタを関わらせてあげるから、アンタは情報を寄越しなさい」

「ちょっと待て、どうして交換条件を出せば私が折れると思ったんだ」

「フフン、この内容を聞いたら、きっとシンジも食いついちゃうわよぉ?」


 艶やかに笑い、柊は黒い長髪をかきあげる。ふわりと花の香りが辺りに漂った。


「今朝ね、女の人からうちに電話があったの」


 柊は、人形のように美しい顔をにんまりとさせる。


「私には街に開いた巨大な穴が見える。どうか話を聞きに来てくれないかってね」

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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