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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第4章 ミートイーター
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6 医師・烏丸

 一方その頃、阿蘇は藤田の付き添いで警察病院を訪れていた。

 検査着を着せられた藤田に、放射線科医は低い声で告げる。


「では、今から脳を輪切りにします」

「オレの命もここまでか……。阿蘇、オレの命日には毎年墓に可愛い女の子を供えてくれよ」

「誰が約束するか、そんな犯罪。はよCT行ってこい」


 MRIも後に控えているのである。余計なボケを挟むんじゃねぇ。


 阿蘇に小突かれつつも、藤田はその後一通りの検査を無事に終えた。大きく息を吐いて椅子に座り込んだ所を見るに、それなりに疲れたようである。

 一時的に目隠しを取ったその顔に、阿蘇は缶ジュースを押しつけた。


「どーぞ」

「お、サンキュー」

「体はどうだ?」

「今の所は平気だよ。アッチの方も元気いっぱい」

「アッチの方は聞いてねぇ」


 プルタブを引く音がする。喉が渇いていたのか冷えたジュースを一気に半分ほどまで飲んだ藤田は、唇を離すなり顔を歪ませた。


「あっま」

「文句言うなら返せ」

「飲みますいただきます。……なぁ阿蘇、今回オレを診てくれるお医者の先生についてなんだけど……」


 おずおずと藤田が切り出す。そんな彼の不安の中身を、阿蘇はすぐに察した。彼は、自分の中に潜むだろうおぞましい何かを無関係な医師に見せていいのか躊躇っているのだ。

 ……藤田の懸念は正しいが、心配無用だ。

 阿蘇は首を横に振り、小さく笑う。


「センセのことなら気にするなよ。この手の事件になったら呼ばれる医者だから、ヤベェもんにも慣れてんだ」

「何その可哀想な職業。転生してもその医者にだけはなりたくねぇな」

「以前兄さんと仕事してた事もあるぐらいだし、神経の太さは折り紙つきだよ。ただ、その分ズバッと物事を言う人だから傷つくんじゃねぇぞ」

「まぁ、はっきり言ってもらえる方がいいっちゃいいけど……」

「ああー、ここにいましたか」


 気力の無い声に不意をつかれた藤田は、危うく缶を取り落とす所だった。

 なんとかキャッチし声のした方を向くと、細身で小柄な白衣の男と目が合う。気怠げな眼差しを誤魔化そうともしないその男は、やはり気怠げな口調と共に軽く頭を下げた。


「このたびは御愁傷様です。僕は烏丸道雄(からすまみちお)。あなたに関しては、田中さん及び曽根崎から聞いています。専門は外科ですが、診ろと言われればとりあえず何でも診ます。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします。自分は藤田直和です」

「はいどうも。立ち話は面倒なので、どうぞこちらに。診断結果について詳しく話します」


 年齢不詳な見た目をした烏丸は二人に背を向けると、ペタペタと黒いサンダルを鳴らして歩き出す。阿蘇は藤田に残りのジュースを飲み干すよう促してから、急いで彼を追った。

 診察室に入ると、既に烏丸はキャスター付きの椅子に腰掛け、机に片肘をついていた。横のモニターには、藤田の脳の断面図と思われる写真が表示されている。


「あれは……」


 阿蘇はすぐに気がついた。

 何枚か並べられた写真。そこに映し出された目から脳に繋がる視神経の周辺に、何か太い蔓のようなものが巻きついている。

 それは神経に沿って、根を張るように深く脳に食い込んでいるかに見えた。


 隣で藤田が息を飲む。恐怖に怯んだその身は一、二歩彼を後ずさりさせ、無意識に古傷の残る左腕を掴ませていた。


 そんな彼の目を下から覗き込んできたのは、烏丸である。


「あー、その分だと本当に見えてるんですね。いや普通、ここまで神経ヤられてたら何かしらの視覚障害なり何なり出るんスわ。そもそも死んでたっておかしくないぐらいで……。痛みも無い? ふーん、本当に? もしかして痛覚なんかも麻痺してるんですかねー」

「先生……これ……オレ……」

「見ての通りの診断結果ですよ。視神経と脳、それらによく分からん異物が這っている。開いてみないことにはアレですけど、見る限りだと後頭部まで及んでるように見えますね」

「……」


 烏丸の抑揚の無い説明に、藤田は黙り込んでしまう。その横顔は、青ざめていた。


「……先生。コイツは、手術で除去することは可能なんですか?」


 見兼ねて問いかけた阿蘇に、烏丸は嫌そうな顔をする。


「ここまで侵食されてんだ。引き剥がそうと強引に脳を抉れば死ぬって分かるでしょ? 半身麻痺が残ったとしても、生きているなら手術大成功の部類ですわ。何も症状が無いんなら、経過観察でほっとくのがベストだね」

「でも、ほっといたらいつか植物が体を突き破って死ぬんです」

「うん、だからそれ “ いつか ” でしょ。その点、手術はやった瞬間死ぬから、そっちの方が致死性は高いよね。まー僕はどっちでもいいから、やれって言われりゃやるけど。でも僕は脳神経外科医じゃないし、そういう意味でも死ぬ可能性は高いってリスクは踏まえといてほしいな」

「え!? アンタが執刀するんですか!?」

「当たり前でしょ。こんなん他の医者にやらせて、その医者がショックで使い物にならなくなったらどうすんの。言っとくけど、医者というリソースは貴重だよ。育てるのも維持するのもだ。こんなワケのわからん、レントゲン見ただけで夢に出そうなバケモノの相手なんざさせられるか」

「ええー……はい」


 烏丸の言い分に、藤田は大人しく引き下がった。が、その困ったような目は阿蘇に向けられている。


 ……うん、いや、こういう人なんだよ。

 兄さんとは結構気が合うんだけどな。


 烏丸は短い天然パーマの頭を揺らし、足をブラブラとさせた。


「同症状を訴える患者もいないし、当然過去に類似案件があるはずもない。挙句、医者としておススメできる措置は経過観察のみときた。何の力にもなれず申し訳ないね」


 申し訳ないとは心にも思ってなさそうな言い方である。

 ……違うか、少しは思ってるか。嘘だけはつかない人だから。


「……いえ、現状を知れただけでも十分です。ありがとうございました」


 対する藤田は力無く頭を下げ、立ち上がった。その手には、先程までポケットにしまっていた目隠し用の布が握られている。

 帰ろうとした藤田であったが、その前に烏丸に呼び止められた。


「それじゃ藤田君、また明日同じ時間にね」

「まだ何かあるんですか」

「経過観察って言ったでしょ。進行速度はどれほどのものか診なきゃいけない。それを調べときゃ、君以外の同じ患者が来た時に役に立つかもしれないし」

「……分かりました。明日また来ます」

「はいよろしくどうぞー」


 気の抜けた返事に応えることもなく、藤田は早足で診察室を出る。

 少し離れた場所で目隠しをつけようとする藤田の手を、追いついた阿蘇が取った。


「……何」

「……お前、大丈夫か」

「ん」


 こちらを見ない藤田に、阿蘇は一層強く手を握る。


「まだ今日死ぬと決まったわけじゃない。レポートだって、兄さんから一部預かってるんだろ。だったら、あの教授よりは時間稼ぎができるかもしれない」

「レポートって……やっぱ気づいてたか。察しがいいヤツめ」


 そう言うと、藤田は唇の端を持ち上げて笑った。

 ……どことなく、無理をしているように見えるのは気のせいではないだろう。


 そんな阿蘇の読みに気づいたのか、藤田は彼に向き直ると、取られている方とは逆の手で阿蘇の頬を軽く摘んだ。


「そんな顔するなよ。お前の顔見られるの、これで最後かもしれないんだから」

「……藤田」


 呼んだ名に応えるように、彼は微笑む。それは、自分の見慣れた自然な笑みだった。

 ス、と藤田の手が阿蘇の頬に添えられる。


「顔、よく見せて。小さい頃からずっと見てきたけど、やっぱオレお前の顔好きなんだよ」


 温かい手の平が阿蘇の頬を撫でた。妖艶な手つきの先に、吐息が迫る。

 目の前にある幼馴染の端正な顔が、ゆっくりと近づいてきていた。


「阿蘇」


 小さく名を呼ばれる。

 ――阿蘇は、何か観念したように目を閉じた。


 その次の瞬間。


「ラァッ!!」

「ぎゃふぅっ!?」


 阿蘇の右アッパーが、藤田の顎に炸裂した。

 藤田は吹っ飛んだものの、すぐに立ち直ると顎を押さえつつ抗議する。


「何すんだよ!?」

「こっちのセリフだわ!! 何してくれようとしてるんだテメェ!!」

「濃厚なキッス」

「油断も隙もねぇーっ!! だから俺お前嫌なんだよ!!」

「うるせぇ口だな、塞ぐぜ?」

「そういうトコだっつってんだろ!!」


 性懲りも無くやって来ようとする藤田を蹴たぐり、踏みつける。病院内でやっていい事ではないが、今は人払いされているのか周りに誰もいないので問題無い。


 さてはお前、結構元気だな!?


「アッチの方もね!!」


 そういやンな事言ってたな!!

 どうでもいい伏線回収すなや!!


 更に蹴ってやろうと足を上げた阿蘇だったが、それを察したのか藤田は彼に向かうのをやめて廊下にあぐらをかいた。そして、突然真面目な目をして言う。


「――ミートイーターを目の当たりにしてショックはショックだったけどさ、だからといって生きるのを諦めるつもりはないよ。曽根崎さんにも相談したし、レントゲンも撮った。目隠しだって、焼け石に水だったとしてもする」

「俺の苦肉の策を焼け石に水扱いすんな」

「生きてる限り、オレは打てるジャブを片っ端から打ってくつもりだ。だから阿蘇、そこんとこは心配しなくていい」


 ――それならいいんだよ。それなら。


 阿蘇は宙に浮かせていた足を下ろし、鼻を鳴らした。


「よし、そんじゃ帰るか」

「あ、待って。目隠しだけさせて」

「手伝うか?」

「いい、いい。一人でできる」


 藤田が目隠しをするのを待っていると、携帯電話が鳴った。画面に表示されているのは、上司の丹波部長の名である。

 ということは、急な応援要請などだろうか。藤田から少し離れ、阿蘇は電話を取った。


「はい、阿蘇です」

『お休みのところすまないねぇ。今いい?』

「ええ」

『悪いね。ちょっと君に頼みたいことがあって連絡をしたんだけど』


 相変わらず飄々とした話し方をする人である。頼みとは一体何だろう。

 首を傾げる阿蘇だったが、その感情の読みにくい声色から発せられた次の一言に、彼は思わず身を固くした。


『――実はね、怪異の掃除人に取り次いで欲しい死体が上がったんだ』


 ――その死体が、何者なのか。阿蘇はそれが誰か知っている気がして、黙したまま彼の言葉を待ったのであった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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