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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第4章 ミートイーター
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4 目隠し

 すっかり陽が沈んで闇に染まった世界となれば、例え知った場所でも異界のようである。


「……立て続けに妙な事が起こったもんだなぁ」


 困ったような嘆息と共に、「景清君」と曽根崎さんは僕の名を呼んだ。そこでようやく電気をつけ損ねていたことに気づき、僕はソファーから立ち上がってスイッチを入れる。


「あ、明るくなった」


 朗らかな声を上げたのは、ハンカチで目を覆われた藤田さんだ。彼の隣にいる阿蘇さんによって、植物が目を突き破らないよう処置されたらしい。

 今ではだいぶ見慣れたが、最初見た時には「コイツいよいよそんなプレイを」と驚いたものである。


「まあ確かに、そういうプレイと思えば結構興奮できる」


 この人、ちゃんと自分の窮地を理解してんのかな?


 呆れる僕をよそに、曽根崎さんは提案した。


「明朝、警察病院でレントゲン写真を撮ってみよう。何か分かるかもしれない」

「すいません、ありがとうございます」


 頭を下げる藤田さんに片手を振って返し、事務机の椅子で足を組んだ彼は言った。


「……しかし、本当にあれこれと起こったもんだよ。頭を整理するというわけでもないが、ここらで一つ話をまとめてみようか」


 特に誰の反対も無かったので、曽根崎さんはそのまま続ける。


「事の発端は、南米の植物学者が発見した不気味な植物だ。藤田君、これは具体的にいつの事だね」

「ざっとレポートを読んだ限りだと、一ヶ月ほど前ですかね。で、教授が訪れたのが一週間前です」

「もし教授が植物を植えつけられたのだとしたら、その一週間前だろうな。そして教授と学者が語り合った翌日、学者は亡くなった。確証は無いが、状況的に彼も植物に蝕まれたのだと考えていいだろう」

「はい」

「それから日本に戻った教授が学会に出た際に、藤田君と接触。結果、藤田君も寄生されることとなった」

「種を仕込まれたと」

「うん、何故言い換えた」


 真面目な話をしている最中なので、他意はないと信じたい。


「……まあいい。更に次の日になると、強い地震と共に我々にしか見えない巨大な穴が出現した。そこで忠助は、男が目から植物を出し、かつ恣意的に穴に落とそうとする瞬間を見てしまった」

「……調べたら、確かに藤田の言ってた教授だったよ。神菅(みすが)大学のウェブサイトに載ってた顔写真と同じだった」

「それなら間違いなさそうだな。教授は博士と同じ道を辿り、死んだんだ」


 長く節くれだった指で机をコツコツと叩き、断定的に曽根崎さんは結論づけた。もう片方の手は、無精髭の残る顎にあてられている。


 何か考えているらしい。


 一方、ソファーに座る阿蘇さんの顔色は悪かった。

 この状況を放置しておけば、自分の友人が残酷な死に方をしてしまうのだ。当然、平常でいられるはずなどないだろう。


 そう、それが事件の当人であれば尚更なのであるが――。


「ところでさ、目隠ししてたらオレ一人で何もできないよね。困ったな。これはもうオレが慣れるまで誰かと一緒に住むしかないと思うよね。トイレとかお風呂とか補助してもらって、あわよくばベッドでもその体を共に……」

「だからなんでアンタはそんなに元気なんだよ!!」


 朗々とのたまう藤田さんに、彼が当事者であるということを大いに踏まえた上で僕はツッコんだ。


 もう何なんだよ、この人!

 つーか今あわよくばっつったぞコイツ!!


 勿論そんな僕のツッコミなど効くはずもない藤田さんは、阿蘇さんにうやうやしく頭を下げた。


「そんなわけで阿蘇、不束者ですがよろしくお願いします」

「兄さん、俺と日替わりでいいからコイツを頼むわ」

「本当に嫌だ。目隠ししたのは忠助なんだから有給休暇取ってでも面倒見ろよ」

「そこを何とか」


 無益な押し付け合いが始まった中、流石に親戚の責任を感じた僕も割り込む。


「じゃあ僕が藤田さんの世話を……」

「景清君はダメだ」

「景清君はいけない」

「なんでです」


 即座に却下され、やむなく引き下がった。


 ……なんかあれだな、悪い親戚から兄二人に守られる弟の気分だ。

 どちらかというと、血が繋がっているのは藤田さんの方なのに。


 とんでもないことが起こっているはずなのだが、いまいち緊張感の無い空気なのは藤田さんのせいだろうか。


「ま、その話は後でするとして……しかし、どこから調査したものかな」


 天を仰ぎ、ぐるりと椅子を回転させて曽根崎さんは呟く。


「レポートは一晩で読んでしまえることを考えると、その後に行動を決めるのも手か」

「あ、じゃあレポート渡しときます」

「とりあえず受け取っておこう。が、藤田君。君は今日ここに泊まりなさい」

「事務所にですか?」

「ああ、色々話も聞かせてもらいたいからな。忠助、今晩の彼の処遇はそれでいいだろ?」

「助かる。それなら俺も残してきた仕事を片付けられるしな。藤田、いい子だから大人しくしてるんだぞ」

「オレは幼児かな?」


 藤田さんの返しに阿蘇さんは特に何も言わず、立ち上がる。そうと決まったのなら、とっとと仕事に行こうという算段なのだろう。

 一方仕事のない僕は、曽根崎さんに指示を仰ぐことにした。


「何か僕にできることはありませんか?」

「いつもなら帰って寝てろと言うが、今の君にそれは言えないな。藤田君のことも心配だろ?」

「ええ」

「え、景清そんな素直にかわいい反応してくれんの? 待って叔父さんボイスレコーダー起動させてなかったもっかい言って」

「こんな身内でも一応心配です」

「うん。だったら、もうしばらくここにいるといい。私がレポートを読んでいる間、藤田君の相手をしてやってくれ」


 そんなことでいいのだろうか。あまりにも簡単な仕事に少々肩透かしをくらった僕だったが、承諾した。


 阿蘇さんが荷物を携え出て行った後、曽根崎さんは資料の束を丸めて机を打つ。


「じゃ、私は今からレポートを読む」

「ご飯はどうします?」

「食べる。食べながら読む」

「行儀悪いですよ」

「いいだろ。君しか見てる人もいないんだし」

「藤田さん目隠ししてますからね……」

「ちょっと曽根崎さん、言っときますけどオレ目が見えなくてもヤラシイ気配はすぐ気づきますからね。景清に手を出したその瞬間、目隠し引きちぎってでも混ざりますから」

「新たな特技披露すんな面倒くせぇ!」


 早々に彼ら二人と関わるのを諦めた僕は、それから黙々と夕食の準備をした。藤田さんは目が見えないので、自然と僕が食べさせる流れになる。

 雛鳥のように口を開けかけた藤田さんだが、何を思いついたか僕の方に顔を向けた。


「……ねぇ景清。こうしてみると、なんかアレだよね」

「なんです、また変なこと言うつもりですか」

「いや、もの当てゲームみたいだなって」

「あ、確かに。じゃあこれなーんだ」

「えーと……あ、ササミのシソ巻き!」

「正解です。はいもう一個」

「やったー」

「お味はいかがです?」

「……オレ今、ササミと幸せを一緒に噛み締めてる」

「良かった良かった」


 呑気な人である。一時は心配したけど、この分だと今日は放って帰っても大丈夫かな。


 時計を見ると、もう夜の十時を回っていた。

 曽根崎さんも、もぐもぐと口を動かしながらレポートに目を走らせている。


 ――出会った頃と比べたら、ちゃんと食べるようになったものだ。


 彼の姿に、少しだけ感慨深い思いを抱いた。


「……そろそろ、お暇しようと思います」


 夕食も終わり、食器も片付けた所で二人に声をかけた。藤田さんは僕を振り返ると、口元をにっこりとさせる。


「ご飯ありがとね。気をつけて帰れよ」

「ええ、ありがとうございます。また明日……えーと、どうしましょう。午前中は講義が無いので、朝なら来られますが」

「ぜひ頼む。そうでないと、多分私と藤田君は朝食を食べ逃すからな」

「いやアンタの視力は健全なんですから、それぐらいこなしてくださいよ」


 とは言うものの、給料が出るのであれば特に断る理由も無い。僕は曽根崎さんと朝八時に事務所に来る約束をすると、ドアを開けたのだった。









「……曽根崎さん。ありがとうございました」


 景清が去った後の事務所で、藤田はゆっくりと頭を下げた。それに曽根崎は、いつもの無愛想で返す。


「構わんよ。君と相談をし双方が納得した結果だ」

「それでも、オレの事情に付き合わせたのは事実です。……まあ、阿蘇にはバレていたかもしれませんけど」

「そうだったとしても、知らないふりをしてくれただろ。ならば我々はその期待に応えねばならない」

「期待ね」


 藤田は皮肉めいた笑みを浮かべる。


 ――植物学者と教授、そして藤田。この三人の犠牲者の共通項から導き出される仮説を立てた藤田は、事務所に来る前に曽根崎だけに連絡をしていたのだ。


 この事は彼らに言わないで欲しい。だけど、どうかそれらを知った上でレポートを読み解き、自分を植物から解放する方法を見つけて欲しい。


 それが、藤田が曽根崎に依頼した内容であった。


「まだ具体的な寄生方法が分かったわけじゃない」


 レポートから顔を上げず、曽根崎は言う。


「君の見出したという関連性も、それこそただの偶然の一致かもしれないんだ。不確定要素を気に病むのはおススメしないぞ」

「ですが曽根崎さんも警戒したからこそ、オレと二人きりでここに残ったのでしょう」

「……」


 文字列を追っていた曽根崎の眼球が、動きを止めた。


「阿蘇や景清と同じ空間にいれば、彼らも寄生されてしまうかもしれない。かといって、レポートだけ引っぺがしてオレを一人放置させれば、そこを起点に新たな犠牲者が生まれるかもしれない」


 藤田は、他人事のような口調で言葉を並べていく。それを無表情のまま聞いていた曽根崎だったが、彼が話し終わるのを待って口を開いた。


「……君の思う仮説は二つだったな。一つは、植物を宿した者と長く共に過ごした人間は、その植物に寄生される。もう一つは、レポートを手放した宿主は翌日植物に食い破られて死んでしまう」

「ええ、おっしゃる通りです」


 藤田は頷いた。


「そしてその論で言えば、レポートを手放すオレは明日死に、オレと一晩を過ごす曽根崎さんは即ち植物を寄生させる事になります」

「そうだな」

「曽根崎さんは、それで良かったんですか」


 静かな藤田の問いかけに、やはり曽根崎は淡々と答えた。


「構わない。まだ不確かな情報であるというのは勿論だが、何より君が寄生されたというなら、次の犠牲者は弟か景清君になる可能性が高いからな」

「……」

「君の体をモルモットにアレコレ対処法を試せるんだ。今ここで私が多少のリスクを負ってでも調査する意味はあるよ」


 冷たい言葉だった。だが、藤田はその回答に安堵し、微笑む。


「……オレと曽根崎さんの目的は同じということですね」

「そういうことだ」

「でも、オレも死ぬのは御免です。できる事ならするんで、どうか助けてくれませんか」

「請け負うよ。私もまあ、君には生きていて欲しいと思ってるしな」

「曽根崎さんからそう言われるなんて光栄ですね。阿蘇の事はそれなりに大切にしてるとは思ってましたが」

「私だって血の通った人間さ」


 藤田には見えなかったが、曽根崎は表情を和らげてくれた気がした。

 そんな彼の対応に、阿蘇から話を聞いた時から続く胃の腑が締め上げられるような恐怖が、少しずつ溶けていくのを藤田は感じた。


 ――ずっと耐えていたのだ。自分の中によく分からない何かがいて、それが阿蘇や景清を害するかもしれない事実への恐ろしさに。


 ――変わったよなぁ、この人。


 そう思っていると、曽根崎は立ち上がり、事務所のドアに鍵をかけて振り返った。


「とりあえず、ドアは私にしか開けられない仕様にしておいた。いざとなれば、私だけ逃げて君を閉じ込められる。だから安心して植物を吐き散らすといい」

「……」

「え、なんだよその顔」


 ……やはり、根はばっちり自己保身を優先する人であるが。


「当たり前だろ。何かヤバい事になったら私は全力で逃げるぞ」

「まあそれぐらいの方がこっちも気が楽ですけどね」

「そうだろ。お互い回す気は少ない方がいい」


 曽根崎は机に戻ると、またレポートの束を手に取った。


「なんせ、これから君と過ごす夜は長いんだ」


 そうして、煌々と灯りがともる事務所をよそに、次第に夜は更けていくのであった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
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