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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第4章 ミートイーター
66/181

1 AM7:00

 阿蘇忠助は、大学時代から住む1LDKの自宅で目を覚ました。

 簡素なベッドの上で身を起こし、わしわしと頭をかいて欠伸をする。


 ――また、悪い夢を見たような気がする。

 しかし、その内容はイマイチ判然としない。


 ならば忘れたままにしておいた方がいいだろう。ベッドから降り、気怠い体を引きずってドアを開ける。


 何か、踏んだ。


「……」


 足を上げ、その下に敷いてしまっていたものを見る。


 何故か、泊めた覚えの無い腐れ縁の男が床に倒れていた。


「……ええー……」


 うつ伏せに突っ伏す藤田の服装は、乱れ気味ではあるがスーツである。……あれか、また上司の研究に振り回された挙句の学会か。頻繁にではないが、彼の仕事柄たまにこんな事があったりする。


 いや自分の家に帰れよ。


 ため息をつき、爪先でヤツの背中を蹴った。


「おーい、藤田ー」

「んぐ……」

「ベッド空いたぞ。そっち使え」

「オレ汚れてるし、ここでいい……」

「邪魔なんだよ、そこにいられると。メシ作るから」

「……何作んの?」

「味噌汁目玉焼きベーコン付き」

「オレも食べていい?」

「じゃあシャワー浴びてこい。服貸してやるから」

「あーい……」


 恐らく、深夜から朝方あたりに来たのだろう。多少の睡眠は取れたらしい藤田は、ノソノソと風呂場に向かっていった。


 適当な服を放り投げておいて、顔を洗い、朝食の用意に入る。

 ……昨日、卵を買い足しておいて良かった。塩胡椒を目玉焼きに振りながら、ぼんやりと思う。


 味噌汁の味見をしようとした時、背中にズシリと何か濡れたものが当たった。

 振り返らずとも分かる、ヤツの頭である。


「阿蘇ー」

「火ィ使ってる時に来んなや」

「使ってなかったらいいの?」

「まあ右アッパーで相手するぐらいはできるからな」

「撃退する前提かよ」

「なぁお前さ、俺んち来るなら事前に連絡入れろっつったろ。あんまりそれするなら鍵取り上げるぞ」

「色々限界だったんだよ。まだ夜も明けてなかったし」

「それでもメールぐらいしろ。お前からの連絡を俺が取らない事あったか?」

「いっぱいありましたが」

「そうかもしれない。ほら口開けろ」

「何これ」

「昨日作った大根の煮物」

「わーい。……えふっ!」

「ヒヒヒ、目ェ覚めるだろ」


 からしをたっぷりつけた甲斐があったというものだ。

 藤田は離れ、適当なコップに水道水を入れてがぶ飲みしていた。


 ここで一通りの品ができたので、まだ少し涙目の藤田に皿を渡す。


「オラ、運べ」

「……うぇーい」

「落とすなよ」

「落としたら体で支払います」

「何? 臓器売った金で賠償してくれんの?」

「もっとマイルドに捉えて欲しい」


 そして料理がテーブルに出揃った所で、二人で両手を合わせ、食べる。

 早速箸をつけた目玉焼きの半熟加減がいい按配だった。俺はこれぐらいが好きである。


 それを見ていた藤田が、半ば呆れ顔で言った。


「……ほんとお前、料理になると細かいよな」

「何だよ」

「オレの目玉焼き、固焼きじゃん」

「あ? 藤田そっちのが好きだろ」

「好きだけどさ、面倒じゃない? やってくれるのは嬉しいけど、オレも半熟でいいよ。郷に入れば郷に従う」

「いいから食えって。俺が言うのもアレだけど、抜群に美味いぞ」

「美味いのは知ってるよ。……あーでも美味い。ほんといい。味噌汁も胃にしみるんだよなー。疲れに直接効く感じ」

「そりゃ良かった」


 自分の料理を喜んでもらえるのは素直に嬉しい。誰かと食べるメシも好きだ。日頃色々とストレスのかかることもあるけれど、こうして食べられる内は大丈夫なのだと実感できる。


 阿蘇忠助は、食事というものが好きだった。


「……そういやさ、何か変な話聞いたんだ」


 一足先に食べ終えた藤田が、麦茶のコップを片手に言う。阿蘇は、三杯目のご飯を飲み込んでから聞き返した。


「変な話?」

「おう。昨日まで行ってた学会で、別大学の教授から聞いたんだけどね。なんでも南米の方で、限りなく植物ではない植物が発見されたんだとさ」

「はぁ」


 それ、俺にも分かる話かな。

 つい生返事になる阿蘇だったが、藤田は構わず続ける。


「植物の定義ってのはまあ、陸上植物だのアーケプラスチダだの色々小難しいことがあるんだけどね。とある植物学者が見つけたそれは、定義されるどんな広義の植物とも逸した点があった」

「何?」

「まず、葉緑素を持たない」


 それ、別に珍しくないんじゃねぇの?

 そう尋ねると、藤田は嬉しそうに目を細めた。


「阿蘇は素晴らしい生徒だよな。そう、例えば菌類と共生している植物なんかは、光合成して栄養を作らなくていいから、葉緑素を持つ必要が無いんだ」

「ってことは、他にも理由があるんだな?」

「うん。むしろここからが本題なんだけど……」


 声を潜めて、藤田は顔を阿蘇に近づける。それを阿蘇は、ヤツの額を片手で押さえることで阻んだ。

 阿蘇の手の下で、藤田の真面目な目が光る。


「――そもそも、その植物を構成していた細胞は、どう見ても動物として定義されるものだったんだ」

「……へぇ」


 それは奇妙な話だ。阿蘇の頭の中で、動物の細胞を持ったカラフルな植物が、平然と南米の大地に植わる光景が浮かぶ。

 同時に、一つの疑問が湧いた。


「……なぁ、もうそれ植物じゃなくて動物なんじゃね?」

「と、思うだろ。でも、それはずっと植物面をして地面に根を張ってるんだ。まるで動物の血管のような維管束だってある。だけど、そいつは動物ならば持ってるはずの消化器官なんざ無いから、結局維管束は空っぽのままなんだ。ご丁寧に雄しべや雌しべもあるが、それは人間のまつ毛に似てたかな」

「……いや、それでもだろ。ここまで聞いた限りだとむしろ植物の特徴が無ぇじゃねぇか」

「さっき維管束っぽいものや根があるっつったろ? 見た目や構造自体は限りなくただの植物なんだよ。それを踏まえると、動物として考えた場合 “ あまりにも足りない ” 。どんなものでも生きていく為の体の作りってのがあるんだけど、それがその植物には無いんだ」


 熱弁する藤田に押されながら、阿蘇は寝起きの頭を働かせる。


「……えーと、つまり、なんだ。植物としてなら生きていける構造だけど、それが動物の組織使ってるから無理って話?」

「そうそう、そんな感じ! な、変な話だろ?」

「変な話だ。何にせよ大発見じゃねぇか」

「本来ならな」


 藤田の手が阿蘇の手にかけられ、下ろされる。阿蘇は、彼の纏う重い雰囲気に眉をひそめた。


 彼の形の良い目は、真剣だった。


「――その学者は、もうこの世にいない」

「……は?」

「彼は、自分の研究室で眼球をくり抜かれて殺されていたんだ」

「……」


 唐突な展開に、阿蘇は思わず箸を口に運ぶ手を止めた。


「当然、学者が発見したという植物はどこにも見当たらない。残されていたのは、幻想小説のような彼の研究レポートだけ。学者は、麻薬をやった末に密売組織とトラブルを起こして殺害されたのだと、現地警察に処理されたよ」

「……表向きは……ってか?」


 阿蘇の一言に、藤田は口元を緩める。


「そう、表向きは。事実、学者の死体から麻薬の痕跡は発見されなかった。だけどそうしておくことが一番収まりがいいからね」

「なんで警察の裏事情まで知ってんだよ」

「その教授が現場にいて、賄賂握らせて聞き出したんだってさ」


 ……そりゃあまた、よくできた話で。


 流石に都合が良すぎる展開だ。すっかり藤田のペースに飲まれ夢中で聞いていた自分が恥ずかしくなり、阿蘇は座り直した。


「あ、信じてないな、阿蘇」

「信じられるかよ。せいぜい兄さんの小説のネタにするのが関の山だ」

「聞けって。まだこの話には続きがある」


 藤田に腕を掴まれた。それが自分を引き止めるもののように感じ、阿蘇は戸惑う。


「……教授は、その植物学者と旧知の仲だった。彼に呼ばれて現地に赴いた教授は、何らかの恐怖に怯える博士からレポートのコピーを預かったんだ」

「……」

「翌日、学者は殺された。教授はそのレポートのコピーを託されたことを警察に言わず、守るように胸に抱えて日本に帰ってきた」

「……なら、今その教授とやらがレポートを持ってんのか」

「ううん」


 ガサリ、と紙がこすれる音がする。見ると、藤田は鞄の中から資料の束を取り出していた。


「――オレが持ってる」

「なんで?」


 驚くよりまず疑問の方が早かった。

 それに藤田は、爽やかに笑って答える。


「教授と熱烈な一夜を過ごしたついでに盗んできました」

「あ、だからスーツ乱れてたのか」

「隙だらけでした」

「お前そういうのやめろってあれだけ……」

「お説教は後だ。……なぁ阿蘇。教授は、この研究結果を公表するつもりだったよ」


 また、藤田の顔が真面目なものに戻る。そうなるともう責められず、阿蘇は続きを促さざるを得なかった。


「オレは止めたんだけどね。……なんせ動物の細胞でできた植物だ。大いに人間の興味を掻き立てるものだし、うまくいけば莫大な研究費も獲得できるかもしれない」

「……そうだな」

「でもオレは、本当にこれは人の目に晒していいものだろうかと思ったんだ」


 藤田の問いに、阿蘇は何も答えられなかった。

 単に知識不足なだけではない。今まで関わってきた不気味な事件が、彼の口を重くしていたのだ。


 黙ってしまった阿蘇に、藤田は追い討ちをかける。


「……話は最初に戻るけど、この植物は葉緑素を持たない」

「それがどうしたよ」

「葉緑素を持たないなら、自分で栄養を作ることはできないから何かに寄生するしか生きる手立ては無い。動物の細胞とはいえ、構造自体は植物だからな。ならば、どうやってここまで成長したのか」


 ――目の前の男が、何を言いたがっているのか。

 考えを巡らせ一つの回答にたどり着いた阿蘇は、息を飲んだ。


「まさかお前……この植物は、動物に寄生してここまで成長したって言いたいのか?」

「ご名答」

「そんなバカなこと」

「事実レポートではそう推測されてたし、オレもそれは正しいと思ってるよ。動物に寄生して生きてきたのなら、全身動物細胞で構成されているのも納得できる」

「でもそれなら尚更ヤバイだろ。研究費でも何でも突っ込んで早く撲滅しねぇと」

「関われば関わるほど被害が広がるものだったら? 事が公になっていればそれだけ世間はパニックになるぞ」

「……じゃあ」

「うん、一度曽根崎さんに見てもらう方がいい」


 また、曽根崎案件である。


 のっぴきならない事情とはいえ、また兄の力を借りねばならないと思うとうんざりした。一弟しては、叶うなら彼の生活を脅かすことなくそっとしといてやりたいのだが。

 しかし、彼の問題解決能力の高さはお墨付きだ。加えて、他に頼れる人がいるわけでもない。

 それもよく知る阿蘇は、葛藤を顔には出さず残りの白米をかきこんだ。


「……いつも面倒をかけるね、阿蘇」


 そんな彼の胸中を察する幼馴染は、小さな声で謝罪の言葉を口にしたのだった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
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