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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
???
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無題

 ――しかし、それにしてもこれはやり過ぎだと思う。


 ガラス張りの窓からミニチュアみたいな街を見下ろし、僕は曽根崎さんに設けられた自分の現状に冷や汗を浮かべていた。


 ――なんで自分、この人とホテルのスイートルームにいるんだろう。


「多少極端だが、こうでもしないと君と二人きりになれないと思った」


 冷蔵庫からワインボトルを取り出した曽根崎さんが、言い分をのたまう。

 いや、その理屈ならビジネスホテルとかでもいいじゃねぇか。


「変に安い所だとまた誰かに会うかもしれんだろ。金で解決するならそうするよ私は」

「ひどい無駄遣いだなぁ」

「君との事だ。安いもんだよ」


 ――そこまでしてもらう価値は、僕には無いですよ。


 そう言いかけたが、事実ホテルを借りてしまった後なので今更どうすることもできない。


 僕は黙ってふかふかのソファーに身を沈め、曽根崎さんを待つことにした。


 ふいに、ワイングラスのフット部分を額に当てられる。


「……景清君も飲むかい?」

「僕がお酒弱いの知ってるでしょう」

「たまには酒の力を借りるのもアリだろ」

「曽根崎さんザルじゃないですか」

「酔い潰れてもベッドがあるから泊まっていけばいい。まあ私は帰るけど」

「帰るんかい」


 こんな豪華な部屋で一人とかちょっと怖いな。三条とか呼んだら来てくれるだろうか……。ダメか、アレ酔い倒してたもんな。


 あれこれ考えている内に、曽根崎さんが隣にやってきた。

 ソファーに深く腰掛け、ワイングラスを片手に持つその姿は、秘密結社の幹部のようである。

 人相の悪い顔が、僕を見てニヤリと歪んだ。


「……やっと話せるな」

「ええ」

「君ならもう気づいているかもしれないが、私の件とはまあ、例の男とのことだ」


 ――ああ、早速本題だ。僕の肩が、ピリッと緊張する。


 曽根崎さんはワイングラスをテーブルに置き、手を組んだ。

 真っ黒な瞳に、憂いが落ちた気がした。


「……私が以前、自らの命を救う為にあの男と呪文の契約を結んだ話はしたな?」

「はい」

「実は、あれは永続的なものではないんだ」


 永続的なものではない?


 不可解な面持ちの僕に、曽根崎さんは語る。


「…… “ 更新 ” が必要なんだよ。まだ自分は愉快なオモチャであるという証明を、ヤツに示さなければならない」


 ――なんだ、それ。


 不穏な説明に、僕の胸はドキドキと変に脈打っていた。


 更新。


 でも、おかしいじゃないか。

 それだったら――。


「……やめてしまえばいいんじゃないですか?」

「うん?」

「更新ですよ。だって、呪文を使えば使うほど狂気に取り込まれるんでしょう?」

「その通り。しかも、呪文を持っていれば黒い男が “ 試練 ” を仕掛けてくるというオマケ付きだ」

「それじゃ尚更やめてしまいましょうよ、更新なんて」

「……そうだな」


 曽根崎さんは頷く。


「私も、今回はそうしようと思ってるよ」


「……?」


 何か。

 何か、違和感があった。


 だが、どうしてもその正体が掴めない。僕は体を起こし、彼を真正面から見るために立ち上がろうとした。


「ねぇ、曽根崎さ……」


 その時である。


 突如、自分の立っている場所がガクンと揺れた。


「な、な、な、なんだ!?」

「地震だ! 景清君、そこの柱に掴まれ!」


 言われた通り、僕は急いで柱に捕まる。ワイングラスは倒れ、高級そうな絨毯にシミが広がっていく。室内のどこかで、ガチャガチャといくつかの食器が割れる音がした。


 横揺れの地震が収まるのに、そう長くはかからなかったように思う。揺れが止まっても僕はしばらく柱に抱きついたままだったが、やがて恐る恐る手を離した。


 テーブルの下に隠れていた曽根崎さんの無事を確認し、僕はわざとらしく顔をしかめてやる。


「……今日は、厄日ですね」

「ああ、本当に」


 長い体を折り曲げ、曽根崎さんはのそのそと出てくる。それから、背を伸ばすついでに何気なく外を覗いた。


 瞬間、彼の動きが、ピタリと止まる。


「景清君」


 立ち尽くす彼に、名を、呼ばれる。

 振り返った曽根崎さんの顔は、不自然に笑っていた。


「……曽根崎さん?」


 何だ? 何があったのだ?


 ――いや、本当は分かっている。

 彼は今、とても怖がっているのだ。


 ……何に対して?


 動けない僕に痺れを切らしたのか、曽根崎さんは僕の肩を抱き強引に窓の近くに寄せる。


「見ろ」


 聞き慣れた低い声が、先ほどまでそこにあった僕の日常を溶かしていく。


「どうやら、厄日は今日だけに終わらないようだぞ」


 ――僕は、そこで見た光景を生涯忘れることはなかった。


 いつもの風景。お天気カメラで見るような、ミニチュアの街。

 なんでもない、強いて言えば高級ホテルの最上階から見下ろせるちょっとだけ特別な景色。



 そこに突然、巨大な穴が出現していた。



 まるで面白くない冗談だった。バグみたいな闇がそこにあったはずの都市を丸ごと飲み込み、ぽっかりと口を開けているなんて。



 夢でも見ているのか。

 そうに違いない。

 だって、こんな事があるはずがない。



「……あ」


 気づくと、僕は曽根崎さんに抱えられていた。足に力が入らなくなり、崩れ落ちてしまったのだ。

 脳に混沌とした闇が広がっていく中、曽根崎さんの声がする。


「気をしっかり持て、景清君。これは、間違いなく現実だ。でなきゃ、私と君が別の世界に来てしまったんだ」


 見上げると、彼の目はまっすぐに僕に向けられていた。その漆黒の強い光に、少しずつ自分の正気が戻ってくる。


「不確かな事に目を向けるな。確かな事だけ見ようと意識しろ」


 そして、彼は断言した。


「大丈夫。一緒にいるんだ。他でもない私と君が、ここに一緒にいる。今手っ取り早く信じられる事実はこれだけだ。だけど、街中に穴が開こうが世界が滅びかけていようが、君と私は今ここにいる。だから、大丈夫だ」


 ……なんだよ……その意味が分かるような分からないような理屈は……。


 ふわふわとした根拠だが、それでも僕にとっては大きな理由になった。一つ深呼吸をすると、足に力を込めて立ち上がる。


 曽根崎さんが、僕を放した。


「……もう、平気か」

「ええ、おかげさまで」

「よし、ならば色々と調べてみるとしよう。今回は手こずるかもしれんぞ」

「覚悟しておきます」


 曽根崎さんは微笑んでいた。それが本心からではないと知っていながら、僕もつられて笑う。


「行きましょう」


 一歩、彼と共に踏み出した。


 ――そこに広がっていたのは、底知れぬ奈落だとも知らずに。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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