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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第3章 彼女を覗く窓
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13 監視穴

「何から話せばいいかな」


 目的地までは四十分。タクシーの運転手に行き先を告げた曽根崎さんは、小さな声で僕に推理を語っていた。


「時系列に沿って説明していこうか。二カ月前、二つの事件が幕を開けた」

「ええ。連続失踪事件と、光坂さんストーカー事件ですよね」


 曽根崎さんに口を寄せ、同じくヒソヒソ声で答えた。

 今の僕がどう見えているかは分からなかったが、会話の内容も含めて目立たないに越したことはない。


 曽根崎さんは、鬱陶しい髪の毛を揺らして頷いた。


「そうだ。そしてそれが、奈谷氏にとって第一の監視穴を開けた日にもなった」

「監視穴?」

「便宜上の呼び名だ。光坂さんが今いる場所を覗くことができる不思議な穴と捉えてくれればいい。これを奈谷氏が作れたという事が、二つの事件を結ぶ前提となる」


 この時僕の頭に浮かんだのは、昔図書館で読んだ某国民的SF漫画であった。猫型ロボットが出した道具、あれは確か、板に穴を開ければ見たい場所が見れるというものだったが……。


 曽根崎さんの頭でも同じものが想像されているのか、「しかし」と続く。


「この監視穴は、ただ光坂さんを見る為だけに終わらない。人の死という大きなリスクが伴うんだ」

「人の死……? 失踪ではないんですか」

「後で話すが、六回目の事件では死体が出た。この事実から、今までの犠牲者も同様の目に遭っていると考えてまず間違いないと思う」

「……」

「君は前回の村で起きた事件を連想しているのかもしれんが、それは少し違うぞ。今回は一人死ねば十分というわけではない点で差異がある」

「あ、そうか。二回目の失踪事件では二人いなくなってるんでしたっけ」

「その通り。つまり、 “ ある行為 ” を取りさえすれば、その場にいた誰もが巻き込まれる可能性があったといえる」


 その “ ある行為 ” とは、流石の僕でも予想がついた。


「――水晶を覗くことだよ、景清君」


 曽根崎さんの声が少し大きくなる。名を呼ばれた僕は焦ってタクシードライバーを見たが、彼も心得たものでこちらにはまるで無反応であった。


「……奈谷氏から与えられた水晶で過去視をした結果、何者かに襲われ失踪した。これが、連続失踪事件の裏側だ」

「でも、その人がいつ水晶で過去視するかなんて分からないじゃないですか。ただの人間に人のタイミングを操るなんて……」


 そこまで言って、あ、と口を押さえた。

 僕はバカだ。まさしく、自分はそれをやられたばかりではないか。


「そうだよ。ここで黒い男が関わってくる。ヤツは今回、どういう風の吹き回しか知らんが、かなり忙しく動いているぞ」


 曰く、奈谷が光坂さんに繋がる穴を作りたい時に、犠牲者がまんまと水晶を使うよう、ヤツが誘導しているのだという。死体の後始末や証拠隠滅など行なっているのも例の男と仮定するなら、これはなかなかの入れ込みっぷりだ。


「水晶を持って行かずにその場で割ったのは、ある意味黒い男から私への挑戦にも見えるな。まあそれはどうでもいいが」

「奈谷さんに監視穴を作る能力を与えたのも、黒い男でしょうか」

「可能性は高いな」

「……人が死ぬリスクを、彼女は」

「知っていただろうよ。ヤツは、そういったリスクを好んで伝えたがるからな」


 曽根崎さんが付け加えた一言に、黒い男のいやらしさがよく滲み出ている気がした。だが、奈谷や黒い男への怒りに支配される前に、僕は努めてヤツらの顔を頭から追い出した。


「……それじゃここまでをまとめると、二ヶ月前に黒い男に出会った奈谷さんは、人が死ぬリスクを理解した上で光坂さんに繋がる監視穴を作るようになったという所ですかね」

「概ね正しいと思う」

「ところで曽根崎さん、この死人が出るリスクというのは、穴から光坂さんを見るたびに発生するのでしょうか」

「いや、それは違うだろう。光坂さんが視線を感じたのは五回にとどまらない。何十回とあるんだ」

「そうでしたね。じゃあ、その五回は……」

「新規の監視穴を作った回数と考えるべきだな。恐らく、一度作った穴はその場に固定されてしまうんだ。だから例えば占い館にいる彼女を見たい場合、光坂さんが占い館にいる時に新たな穴を作る必要が出てくる」

「なるほど。そうやって光坂さんへの監視穴が増えていき、そのたびに失踪者が出ていたんですね。……」


 ふと窓の外に目をやり、考える。一つ思い至ったことがあった。


「曽根崎さん。僕は事務所で水晶を使って過去視をしましたが、その時は何も起きませんでしたよ」

「そこだ。景清君が事務所で水晶を使った際に、君は……というかあの場にいた者全員は、本来であれば死ぬはずだったんだ。しかし実際は何も起きなかった。これはどういうことか」

「えーと……僕は本当にたまたま拾っただけなので、向こうは僕が持っていることを知らなかったとか?」

「あり得るが、それよりも有力な説がある」


 曽根崎さんの目は、じっと前を睨んだままだ。


「偶然、時同じくして、奈谷氏は別の者に水晶を使わせていたからだ」


 六件目の被害者のことである。


「奈谷氏は、『光坂さんとプライベートで会う』という私の一言に反応したのだろう。彼女が占い館を出てしばらくしてから、様子を見るべく穴を開けた。そして、そこで折悪く……」

「折悪く?」

「……私の机の上に、事件の資料が置かれてあったのを見たんだ。自身が目をつけられていると判断した彼女は焦り、第七の事件を起こそうとした」

「僕の事件ですね」

「そして、君に水晶を使わせようと黒い男が派遣された。その結果、第六の事件現場の後処理をする者がいなくなり、現場に死体が残ることになったんだ」


 曽根崎さんは、いとも容易く謎を紐解いていく。

 ……僕が水晶の事を伝えていれば、彼はもっと早くこの答えに到達することができたのかもしれない。そう思うと、温度の無い横顔に胸が痛んだ。


 だが、今は後悔を胃に満たしている場合ではない。僕は拳を握ると、曽根崎さんに尋ねた。


「でも、奈谷さんはそんなに焦って何を見たかったのでしょうか。光坂さんはあの後すぐ家に帰ることは想像できたでしょうから、あえて穴を開ける意味は無かったと思います」

「いい質問だな。まさしく、そこに追い詰められた奈谷氏の思惑が絡んでくる」


 道が大きなカーブに差し掛かり、上体が少し曽根崎さんに傾いた。ここでやっと曽根崎さんは僕に目をやり、僕の鼻先を人差し指で突く。


「彼女の目的は一つ。君を使って私という邪魔者を消し、光坂さんに会いに行くこと」


 彼は断言したが、その目的の意味が僕には理解できなかった。


「会いに行くって……光坂さんを殺す為、とか? いや、でもなんで? どうして今更……」

「その辺りは、直接本人に聞いてみるしかないな」

「どうして曽根崎さんにはそれが分かったんですか?」

「追い詰められたストーカーが最後にすることなんて、君にだって簡単に想像がつくだろう」


 ――そうか。奈谷は、“ 最後 ” にしようとしているのか。

 光坂さんの穏やかな笑みが脳裏をよぎり、焦燥で落ち着かなくなる。


 そんな僕に、曽根崎さんは低い声で言った。


「……いくら急いだところでたかが知れてる。それに、もう打てる手は打った。あとは彼女の無事を祈るしか無い」


 打てる手、とは柊ちゃんのことだろう。


 何も言葉が出てこず黙って曽根崎さんを見たが、彼は評者のように口を動かすだけである。


「――嫌い虐げる人間を、しかし一方では監視し、執着し続ける。はてさて、その心の底にあるものは一体何なのだろうな」


 発言とは裏腹にまったく興味が無さそうな曽根崎さんは、夜のネオンに照らされながら窓の外を眺めていたのであった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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