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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
合作小説
4/181

1 そこはマッシュじゃねぇのかよ

爆散芋様よりDMにて「こんな展開どーよ」とネタをいただいたので、挑戦状として受け取り小説化しました。

ギャグは大体爆散芋様のネタです。読者の方があっさり作者を超えていく、それが「怪異の掃除人」。

「景清君、曽根崎案件だ」


 ある日の事務所にて、僕の雇用主である三十路のもじゃもじゃ頭は、資料を片手に仁王立ちで言い放った。

 自分の名が含まれた、警察では解決できない不気味な事件につけられた名称を、何故彼はこうも開き直って高らかに言えるのだろう。

 僕はリュックサックをその辺りに片付けつつ、呆れ顔で尋ねた。


「……で、何なんですか」

「うん。忠助曰く、隣町の廃工場に何か人間でないものが住み着いているらしい」

「人間でないもの?」

「そうだ」


 最初から人間でないものと分かっているとは、妙な話である。ということは……。


「その通り、目撃者がいる」


 曽根崎さんは、僕に向かって人差し指を立てた。


「しかも、複数人。廃墟マニアとでも呼ぶべき不法侵入者共が、その廃工場に忍び込んだ際に出会ってしまったらしい」

「怪我人は?」

「こけつまろびつ逃げる際にうっかり怪我をしたぐらいで、直接的な被害は無いそうだ」

「それなら無害なヤツなんじゃないです? 放っとくのも一つでは」


 触らぬ神に祟りなしと言うではないか。しかし僕の提案に、曽根崎さんは眉間に皺を寄せて首を横に振った。


「……そいつが人間に近い姿をしているなら、まだ変質者として片付けられたんだがな」

「違うんですか」

「違う。明らかに、人じゃない。放置して情報が拡散すれば、世間がパニックになる可能性もある」

「そんな……。ヤツは、どんな姿をしてるんです」

「……芋」

「は?」

「芋」


 芋?

 ……っていうと、あの畑とかに埋まってる、じゃがいも?


 大量の疑問符を頭に浮かべた僕の顔に向かって、曽根崎さんは断言した。


「今回の敵は、芋の化け物だ。念入りにマッシュしてやるぞ、景清君」


 怪異の掃除人から飛び出したアホみたいな言葉に、僕は両手で頭を抱えたのだった。



+++




 そして僕らは、例の廃工場に来ていた。


「ここに、例の芋がいるんですか……」

「情報によればそうだな。気をつけろよ、ヤツはどこから現れるかわからん」


 曽根崎さんは大量の荷物をドサリと床に置きながら、僕に忠告する。至急退治しろとの命令だった為に殆ど準備する間も無かったのだが、一体あの中には何が入っているのだろう。

 僕の不安をよそに、曽根崎さんは淡々と説明をしてくれた。


「聞くところによると、不法侵入者共はここで酒盛りをしていた際に、芋に出くわしたらしい」

「酒盛りだなんて、廃墟マニアの風上にも置けませんね」

「恐らくだが、そこも芋の癇に障ったんじゃないかな」

「だとしたら、僕は結構ヤツと分かり合えてしまうと思うんですが……」

「というわけで、ヤツをおびき出すために、我々は怒りを買いそうな事をしようと思う」


 そう言いながら彼が取り出したのは、花火セットである。そこそこに、かなりの量があった。


「今からこれを使い、私と君とで存分に遊ぶ」

「……」


 正気か?


 僕のツッコミを待たずに、曽根崎さんは取り出したライターで花火に火をつける。


「ほら、君のだ」

「わぁー、きれい……」


 諦めよう。曽根崎さんは、マジである。


 僕は花火を受け取り、出来るだけ童心に帰ろうと決めた。


 その時だった。


 ドォンという強烈な落下音と共に床を伝った衝撃に、曽根崎さんと僕はバランスを崩しかける。

 何とか体勢を立て直し、急いで花火の火を靴の裏で踏み消した。


「曽根崎さん!」

「ああ、どうやら芋だ!」


 僕らは同時に衝撃の方向に振り返る。そこにいたのは、おぞましくも哀れな姿、そして一目で正気をぶっちぎりそうなインパクトを会得した怪異。


 ――それは、紛れもなく “ 芋 ” であった。


 しかし、ただの芋ではなかった。じゃがいもに筋骨隆々の生脚が4本X状に生えており、そのスネ毛は脂の乗ったおっさんのごとく黒々と生え散らしている。


 その異様な姿に、曽根崎さんは恐怖で口角を上げながら言った。


「奴め……なんてワイルドな足なんだ……」

「たしかに凄いですけども、そんな場合じゃないでしょ!」


 僕のツッコミを合図とするように、芋は強靭な脚をガサガサと駆使して僕らの方に這い寄ってきた。想定した以上のスピードに、僕らは背を向けて逃げ出す。


「曽根崎さん、作戦は!?」

「とりあえず、私についてこい!」


 芋との距離がそれなりに空いていた事も幸いした。角を曲がり、少し走った所で曽根崎さんは僕の腕を掴むと、廃材の暗がりの中に飛び込んだ。鉄臭い匂いが肺を満たすその間に、四本足のジャガイモが通り過ぎていく。


「……行ったな」

「行きましたが……あれ、どうするんです」

「まあ、やりようが無い事も無い。行くぞ」

「げ、また行くんですか」

「ここは奴の縄張りだ。隠れていたとしても、いずれ見つかる」


 曽根崎さんは立ち上がり、スーツの埃を払う。


 しかし、ヤツはまだそこにいた。


 目にも止まらぬ速さで現れたその影は、壁を三角飛びして僕らの前に勢いよく着地する。

 心臓が飛び出そうなほど驚く僕だったが、それをかき消すほどの違和感に気づき、つい声を上げてツッコんでしまった。


「……なんっで脱毛してんだよ!!?」


 芋の筋骨隆々な脚は、美しく脱毛されていた。


「奴め……次はエチケットに気を遣ってきたか……」

「感心してる場合か! 逃げますよ曽根崎さん!」


 妙に呑気な曽根崎さんの手を取り、僕は走り出す。だが、すぐにヤツの気配を背中に感じなくなる。振り返ろうとする僕に、曽根崎さんは怒鳴った。


「上だ、景清君!」


 その声に頭上を見上げると、四本脚を天井に突き刺しながら凄まじいスピードで追ってきている芋が目に入った。


「怖っ!!」


 いや地面這えよ! そこまで落ちる演出好きかよ!


 僕のツッコミが追いつかぬまま、芋はまた絶妙な位置に落下しようと天井から離した脚を広げた。

 だが、その動きはビクリと静止する。奴はそのまま器用に体をねじり、少し離れた場所に体を転がせた。


「……どういう事だ?」


 曽根崎さんも気づいたらしい。僕は、彼の真剣な声に頷いて返す。


「ええ、ヤツは何故か落下地点を変え……」

「いつの間に、奴はあの短時間で網タイツを装着したんだ?」


 そこじゃねぇよ!! いやそれも大いに気にはなるけども!!


 曽根崎さんは、真顔のまま独自の考察を繰り広げる。


「奴め……オシャレを覚えたということか……」

「だとしたら、正直びっくりする程おぞましいですけどね……」

「この短時間でこの成長速度。やはり、アレは野放しにしておくには危険すぎる存在だ」

「あ、そこからその結論にいくんスね」


 顎に手をあてて考えながら、曽根崎さんは本来であれば芋の着地点であった場所に転がっていた缶を、ふと手に取った。


「……これは……」

「危ない!」


 芋が曽根崎さんに向かって飛んできた。いや、厳密に言えば、恐るべき速度で地面を這ってきたのだが。

 それは何かに気づいた曽根崎さんを滅しようと、明確な殺意を持って飛びかかろうとした。


 が、跳躍しようと脚を踏ん張った瞬間、ずべりとその場にひっくり返る。どうやら、たまたまこぼれていた油溜まりに脚を取られてしまったようだ。


「……い、今の内に逃げましょう!」

「わかった!」


 僕らは、もがもがと空に網タイツを履いた脚を蠢かせる芋を残し、退却した。




+++




 闇の中。

 僕らのいるフロアに、奴はスッと芋部分だけを壁から覗かせた。


「あ、今回は落ちて来ないパターンなんですね」


 僕の言葉に芋はピクッと反応し、そっと四本脚を壁に這わせようとした。


「いやいやいや! だからって降らなくていいですから!」


 しばし黙考する芋。やがて壁から脚を離すと、その全貌を僕らの前に露わにした。


 その脚は、筋骨隆々の生足に戻っている。


「奴め……原点回帰で生足に戻って鍛えて来たのか……」


 曽根崎さんが緊張したように言う。よく芋の増筋に気づいたな、このオッサン。


 僕はもうなんでもいいよ、マジで。


 半分戦意が喪失している僕を取り残し、彼は悠々と芋に手を広げた。


「さて、君という怪異をこのフロアにおびき出したのは、他でもない」


 シューという小さな音に、芋は体を小さく震わせた。辺りをキョロキョロと見回し、状況を確認しようとしているようにも見える。目ェどこにあんだよ。


 そして、奴は見つけた。狭いフロアの隅に置かれ煙を立ち上らせる、バルサンを。


 途端に血相を変えて飛びかかった芋は、瞬く間にその脚でバルサンを粉々に踏み潰した。しかし少なくないダメージを受けたようで、苦しんでいるのか脚をジタバタとさせている。


「残念、持ってきたバルサンはそれだけじゃないんだ」


 曽根崎さんの指差す方向に、芋も体を向ける。そこには、一般家庭に常備されている数をゆうに超えるだろう量のバルサンが、もくもくと煙を吹いていた。


 戦況悪しと判断したのだろう。芋は、唯一の逃げ場である僕らの背中にあるドアから逃げようとした。


「今だ、ローションを撒け!!」

「はい」


 曽根崎さんに言われるがまま、僕は預かっていたローションを床にぶちまける。芋の化け物は、ツルーッと床を滑って、とある機械に激突して止まった。


「ぶっちゃけそれほど悪いことをしたとは思わないが、私の仕事はそういうアレなんだ!恨むなよ!」


 叫んだ曽根崎さんは、すかさず芋が挟み込まれたミンチマシーンのスイッチをオンにした。

 みるみるうちに粉砕されていく芋を見る勇気もなく、僕は目を逸らす。


 ……アンタが人であれば、友達になれたかもしれない。

 怪異に生まれてしまった芋を思い、僕は少しだけ胸を痛めた。


 ミンチマシーンの音が止まる。曽根崎さんは、顔に飛び散ったよくわからない液体を袖で拭いながら、僕の元に歩いてきた。


「やれやれ……今回は柄にもなく沢山走ったから、腹が減ったよ景清君。帰ったら何か作ってくれないか?」


 図太い人である。僕はため息をついて返してやった。


「右へ左へ大忙しでしたね……。いいですよ。ところで何が食べたいですか?」

「うーん……そうだなぁ」


 考えながら、曽根崎さんはチラリとミンチマシーンに目をやる。


「……蒸し芋……かな」

「えっ」



 そこはマッシュじゃねぇのかよ・完

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] 芋が可哀想になっちゃいました…… まさかの芋に感情移入。 ポテサラでも食って、この気持ちを供養しようと思います。
[良い点] シュールな笑いが止まらない……! [一言] おいもせんせいのご尊顔を笑わずには拝せなくなりましたwwwww
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