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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 ミートイーター・裏
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37 それでは

 一際強い風が吹いて思わず目を閉じた後、体を雨が打つ冷たい感覚に身を震わせた。

 怖々目を開いて、辺りを見る。大きく口を開けた穴と、灰色の空。僕らは、元の世界に戻ってきていた。


「そ、曽根崎さん……」


 だが背の高い男に話しかけようするや否や、思いきり両肩を掴まれた。真正面から曽根崎さんに顔を覗き込まれ、ヒッと仰反る。


「あのクソ野郎に何を聞かれた!? 何と答えた!?」

「ちよちょちょ痛い痛い痛い!」


 そして近い。けれど離れようにも、がっしりと爪を立てられていては身動きが取れない。

 たじろぐ僕を無視して、いつもの不審者面に怒気を立ち上らせた曽根崎さんは更に詰め寄ってきた。


「あのクソボケは更新のたびにワケ分かんねぇ問答を出してきやがるんだ! それには必ず答えが用意されている! うまく答えられればいいが、そうでなきゃまんまと男の玩具として惨めに嬲られるだけだ! 今までだって、その犠牲になった奴が何人もいると私は知って……!」

「そ、そうだったんですね。で、でもとりあえず落ち着いてください! 僕が答えたら大正解って言われたんで、ひとまずは問題無いかと……!」

「あぁ!? 何と聞かれたんだ!?」

「え、えーと……願いを何でも一つ言えって言われて……!」

「チッ、相変わらずクソみてぇな申し出だな。で、君は!? 何と答えた!?」

「あ、あの……明日穴に落ちる僕の前に現れて、穴に落ちた曽根崎さんの所へ連れて行けって答えました……!」

「……は? 私の元に?」


 先ほどの勢いはどこへやら。ぽかんと口を開けたまま固まる曽根崎さんに、僕は身振り手振りでアセアセと詳しい内容を伝える。彼はその内容をしばらく吟味した後、そろそろと僕の肩から手を離した。

 それから、顎に手をやりため息混じりに言う。


「……君は、本当に頼もしい男だな」

「お、お褒めに預かり光栄です」

「いや、本気で言ってるよ。……すごいな。あんな状況で咄嗟に正しい回答を導き出せるとは。本当に危ない所だったんだよ。恐らく、その願い以外を要求していれば、とんでもない事になっていただろうから」

「とんでもないこと?」

「ああ。歴史の辻褄が合わなくなるからな」


 ピンときていない顔の僕を見て、曽根崎さんは淡々と説明してくれる。


「君は願いを叶えられたからこそ、無事に穴を通り抜けられたんだろ? それが無かった事になるとは即ち、君は穴を通り抜けられず、私はそのまま落下死してしまう結末に繋がる」

「で、でも僕と曽根崎さんは既にこの三日間を観測してきました。いくら整合性が取れないとはいえ、これを覆すのは不可能では……」

「決定的に整合性が取れないにも関わらず、歴史はその性質を持って修正しようとしてくるんだよ。ならば何が起こるかというと……」


 曽根崎さんは、顎に手を当てて唸った。


「……まあ、良くて夢オチかな。私の場合は地面に叩きつけられる直前に見た幸福な夢。君の場合は、穴に潜むバケモノに正気を吹き飛ばされる中、脳の防衛本能が見せた夢といった所か」

「良くてそれですか。なら悪かったら一体……」

「考えたくもないな。もしかしたらもっと酷い事が起こり得るのかもしれない。様々な面が結合され、本来なら出会うはずの無い無数の同一観測者が互いを認識できるようになるなど……」


 いや、これ以上考えても詮無きことだ、と首を振る。そして、曽根崎さんは改めて僕に向き直った。


「とにかく、これで契約は更新された。私は契約解除による致死率の高い代償を払う必要も無くなり、これからも生き続けることができる」

「……良かったです」

「君の勇気ある行動の全てが、私の命を繋いだんだ。無論私だけじゃない、藤田君の命だってそうだ。忠助の身を削る努力だって、君が繋いでくれたお陰で真っ当に報われた。君は胸を張って、己の所行を誇るべきだよ」

「そんな……そんな大層な事ではありませんよ。実際、僕は失敗ばかりしてましたし……」


 事実、僕が曽根崎さんのように賢くて、もっと上手くやれていれば周りの人に負担をかけないやり方が取れていたと思うのだ。慣れない言葉を与えられて戸惑う僕だったが、それに曽根崎さんが答える前に切羽詰まった声が割り込んできた。


「景清! 曽根崎さん!」


 聞き慣れた声に振り返り、己の悠長さに血の気が引く。

 そこに立っていたのは、血まみれの阿蘇さんを背負い息を切らせた藤田さんだった。


「と、突然黒い男が消えたかと思ったら……二人とも大丈夫か!?」

「はい! あ、阿蘇さんは……!」

「大丈夫、息はある! ただ、意識が……!」

「分かりました! 救急車まで手伝います!」


 曽根崎さんにも手を貸してもらい、三人がかりで阿蘇さんを運ぶ。服が酷く汚れているのもあって、どれぐらいの怪我をしているのかは目視で全く分からない。けれど、見たことないほどぐったりとした阿蘇さんにじわじわと不安がこみ上げてきた。


 だが、それは阿蘇さんだけでなく藤田さんに対しても同じである。何せ先ほどまで瀕死状態だった人だ。時々顔を顰めて痛みに耐えるようにして走る姿に、僕の胸まで苦しくなっていた。


 ――かつて僕らの観測した地点は、もうとっくに過ぎてしまっている。つまり何の歴史も定まっていない今、突然藤田さんの容態が悪化したり、阿蘇さんの身に異変が起こる可能性はゼロじゃないのだ。


「烏丸先生! コイツをお願いします!」


 待機していた救急車に阿蘇さんを運び入れ、藤田さんは叫んだ。それを受けて、ベッドに寝かされた阿蘇さんの服をハサミで裂きながら先生は頷く。


「そりゃそうするけど、彼何したの?」

「普通なら死ぬレベルの外傷や出血を治しながら、また怪我をし続けてました!」

「マジで何の意味も分からん。つーか彼の“治す”がどのレベルで行われてるかすら把握できてねぇんだけど、輸血とかいる系?」

「分かりません!」

「そ。ざっと見た所大きな怪我は無さそうだけどね、そんな特殊な状況ならここチンタラしてるわけにゃいかねぇや。とっとと病院行くよ」

「わ、分かりました! ならオレも付き添って……!」

「付き添う以前にアンタ患者だから。余裕で即入院だから。つーわけでロックさん、サイレン鳴らして警察病院まで超特急!」

「う、うむ!」


 救急車のエンジンがかかる。二人のことが心配でその場に留まろうとした僕だったが、曽根崎さんに強く腕を引かれた。


「さて、ここは先生に任せて私達は降りるぞ。我々にはまだ仕事が残っている」

「仕事?」

「そうだ。穴を塞がなきゃならないだろう」


 指摘されて「あ」と声を上げた。そうだ、契約の更新自体は終わったが、まだ事件は解決しきっていない。穴は残ったままなのだ。

 彼は僕を引っ張りながら、烏丸先生を振り返った。


「では先生。弟と藤田君をよろしくお願いします」

「あいよ。ついでにドア閉めといて」

「承知しました」


 こちらを見もしない烏丸先生に手を振り、曽根崎さんは外に出る。片手でドアを閉めるなり、慌ただしく救急車は走り出した。

 それをじっと目で追う僕に、彼は少しだけ気遣ったように言う。


「……恐らく大丈夫だろう。忠助は息をしていた。外部からの刺激にも反応があった。しばらくは病院から出られないだろうが、命に別状は無いと思っていい」

「……はい」

「ただし精神の消耗は著しいがな。彼が目を覚ましたら、私が行って処置してやらんと……」

「それって、今回の記憶を消すって事ですか?」

「消しはしない。一部ぼんやりと曇らせるだけだ。どんなに楽しい夢でも、起きてしばらくすればイマイチ曖昧になったりするだろ? 私の呪文は、そうやって実際に起きたことを夢にするものだ」

「……夢に」


 その言葉に、何故か胸の奥が痛んだ。だが今は、痛みの正体を突き止めるよりも優先すべき事がある。


「それでは行こう、景清君」


 雨に濡れた前髪をかき上げ、曽根崎さんは濃いクマを引いた鋭い目で僕を見た。


「私の命は、君や忠助、藤田君らによって繋がれた。ならば怪異の掃除人として、開けっ放しのだらしない口ぐらいはこの手で閉じてやらねばならん」


 その言葉に、四階建ての空きビルを見上げる。僕は短い同意を返し、歩き出した曽根崎さんの後に続いたのであった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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