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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 ミートイーター・裏
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6 験担ぎ

『曽根崎君の死は、丹波部長を通して彼に伝えてある。もうじき遺体安置所に到着する頃だ、用があるなら会ってくるといい』


 田中さんにそう指示され、僕らはタクシーで警察病院に向かっていた。その彼とは勿論……。


「忠助のことだな」

「ですよね」


 やはり、阿蘇さんは未来から来た僕らについて知っていたのである。となると、当然藤田さんに寄生したミートイーターの除去方法についても知っていたことになり……。


「その辺、どこまで伝えるかは吟味しなきゃならない所だがな」


 曽根崎さんは、顎に手を当てて考えていた。


「とはいえ、相手は忠助だ。概ね話しても大丈夫だろうよ」

「曽根崎さんって、すごく弟さんを信用してますよね」

「彼には裏切られたことがないからな。疑う余地もない」


 発言だけは格好いい。だけど捻くれ者の僕は、「やってること自体は殆ど下請け企業への無茶振りと変わりないな」と思っていた。

 けれど、僕らの望む未来の為には、阿蘇さんにその負担をかけるしか無いというのもまた事実であり。


 ……申し訳ないの一言で終わらせるには、あまりに酷な“お願い”だ。


 僕は曽根崎さんに知られぬよう、肺に溜めていた重い息を吐いた。


「……そういや、深馬の前に死体を置いた時、曽根崎さんは何してたんですか?」


 気持ちを切り替える為、引っかかっていた事を彼に尋ねる。曽根崎さんは、何か思い出すようにもじゃもじゃ頭を傾けた後、答えた。


「彼に記憶を曇らせる呪文をかけていた。いくらミートイーターの種を植えられている最中とはいえ、見たことを覚えられていれば計画がオジャンになるからな」

「なるほど。上手くいったんです?」

「いったんじゃないかな。何故なら歴史自体は既に確定している。我々はそれをなぞりつつ、観測していない面の辻褄を合わせていくだけでいいんだ」


 そういうものなのだろうか。

 考えていると、ふと彼のグレーのネクタイが目に入った。あれ? マンションで着替えたはずなのに。


「まだそれつけてるんですか」

「え? ああ、ネクタイのことか。そうだけど……」

「げ、やっぱり湿ってる! 風邪ひきますよ! 今からでも外して……!」

「うわわ! 大丈夫、大丈夫だから!」


 手を伸ばそうとする僕を狭い車内で器用にかわし、曽根崎さんはネクタイを庇って隅に逃げる。

 なんでだ。一回川に浸かってるんだから、衛生的にも問題あるかもだぞ。

 僕が睨むと、曽根崎さんは今にも泣き出しそうに顔を歪めた。困っているのだろう。


「……ほら、君と約束したじゃないか」

「何をです」

「……汚しても、手放さないようにすると」

「ああそれ。別に反故にしてもいいですよ」

「そんなあっさり」


 いや、そんなもんだろ。そこは臨機応変に対応してくれよ。いい大人だろアンタ。

 そう思ったが、どうも彼は本気で言っているらしい。曽根崎さんにしては珍しく、少々たどたどしく言葉を紡ぐ。


「……なんだろうな、験担ぎとでも言えばいいか。君に助けられた際に、君から貰った物を身につけていた。それが私には、とても印象深く思えたんだ」


 グレーのネクタイの端を摘んで、言う。


「穴に落ちた君が、具体的に何をしてくれたかはまだ分からない。けれど黒い男が絡んだ話だ。恐らく壮絶で、過酷で、運も絡むような出来事を経たのだろう。……そうやって君が繋いでくれた首を、君から贈られた物で巻いている」


 骨張った指が、首を撫でた。


「そのことが、不思議ととても心強いんだ」

「……」


 タクシーのエンジン音と、すれ違う車の走行音。耳を澄ませば色んな音が聞こえるのに、何故か僕は彼との間に横たわる静寂を感じていた。

 けれどそれも一瞬で、空気はパチンと弾ける。曽根崎さんは真剣な目でこちらを見た。


「だから、誰に何と言われようと三日間はこのネクタイを手放さない。故にこれを外そうというなら、たとえ竹田景清だろうと容赦はしないぞ。全力で抵抗し、拒否してやる」

「いやもう本末転倒になってますよ。僕です僕。それプレゼントしたの僕」

「知らん。貰ってしまえば私のものだ」

「仕方ありませんね。では代わりに、僕がネクタイになってあげるって事で手打ちに」

「その首サイズの輪を作った両手を下ろせ。絶対絞める気だろ君」


 僕の手を押し退け、曽根崎さんは付け加える。


「それに、私はこの色のネクタイを他に持っていない。だからこれをつけていれば、君もすぐ三日後の私と分かるだろう」

「それは……そうですね」

「よし、決まりだな。三日間、私はこのネクタイで過ごす」


 彼の言葉に二の句が継げなくなって、僕は唇を引き結んだ。……反論の余地が無いわけでは無い。ただ、すっかり言う気を無くしまっていたのだ。


 自分があげたものに、願いが込められている。

 もしかすると、そんな未知の光景に驚いていたのかもしれない。


「……大袈裟なんですよ、ネクタイごときで」

「ごときとか言うな。私は気に入っている」

「そ……っれはすいません。光栄です」

「だからここは一つ、魂が宿るまで使い倒してみようと思う」

「表現は気持ち悪いな……」


 ……まあ、そこまで言うのであれば、後でこっそり借りて水で濯ぐぐらいはしてやろうか。

 なんとなくムズムズとした感情を胸に抱きつつ、僕は窓の外を見たのであった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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