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続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第6章 ミートイーター・裏
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2 助かった理屈

「とりあえず、着替えないとな」


 あれからしばらく泣きじゃくっていた僕だったが、それにくしゃみが混じり始めた所で曽根崎さんがそう提案した。が、立ち上がろうにも腰にしがみついた僕が邪魔で動けない。

 曽根崎さんは、何ともいえぬ顔で僕を見下ろした。


「景清君、どきなさい」

「うびゃむぶえぶだばシャーッ!」

「イヤイヤするんじゃない。このままだと風邪引くぞ」

「オルァッ!」

「ぶっ! だから! 腹を殴るな!」


 一向に離れようとしない僕への説得を諦めた曽根崎さんは、ズルズルと引きずって歩き始めた。

 やめろ、擦れる擦れる。膝から下が擦れる。


「ところで私はまだ現状の把握がさっぱりできていないんだが、そろそろ説明できそうか?」

「僕はすごく頑張った……」

「私もその辺りを理解したいんだよ。……うん、よし分かった。こうなりゃ落ち着くまで存分に抱きついて……」

「……」

「何故突然離れた?」


 そういえば曽根崎さんに抱きついている現状は嫌だな、と思っただけである。彼から手を離した僕は、河川敷に力無く横たわった。

 けれどそうしているだけなのもアレなので、僕は冷たい地面に体を預けたまま口を開く。


「……曽根崎さんが穴に落ちた後、僕も試しに落ちてみました」

「あ、始まった。つーか君、なんて無茶を……!」

「うるせぇボケェこっちのセリフだ黙って聞けボケェ」

「すいません」

「とにかく、落ちた先で僕は黒い男に会いました。そして……」


 ふと、僕は顔を持ち上げて曽根崎さんを見上げた。彼は少し離れた場所で、表情一つ変えずに僕の話を聞いている。

 ……心当たりは無いのかな。それじゃあやっぱり、僕の出会った慎司は、この人ではないのだろうか。

 詳しく説明するべきなのかもしれない。けれど僕にとって一人の女性の末路を語るのは辛いもので、かつ僕が過ごした一週間を目の前の人に直接否定されてしまうのはなんだか嫌だったのである。


 だから結局、こう答えるしかなかった。


「……色々ありました」

「色々」

「そう、色々です。……そこでやっと戻ってきたと思ったら、僕の隣で曽根崎さんが落ちてました」

「うわぁ」

「で、アンタを捕まえてパラシュートを開いて、なんとか無傷で三日前の世界に落ちてくることに成功したというわけです」

「なるほどなぁ」

「……本当に分かってるんですか?」

「何となくだが。つまり我々はこれからの三日間、表の我々と同時存在して生きていくってことだろ。実際どう考えても辻褄が合わないことがいくつかあったんだ。……ああそうか、ならばあれは全て、裏で私達が動いていたとなると……」


 曽根崎さんは水に濡れた前髪をかき上げ、何やら考えているようだった。


「よし、不明な点は多々あるが、取るべき行動のいくつかは目処が立てられそうだ」

「はい」

「それにはまず着替えたい所だがな。今の時間帯だと私は事務所にいたから……」

「一度各自家に戻って、後で合流します?」

「いや、君の家にはまだ君がいたはずだ。私の家に来なさい。適当な服を貸してやる」

「えー」

「露骨に嫌そうな顔をするな」

「サイズ合わないじゃないですか」

「何とかなるだろ。この時間だとまだ店も開いてないし、それまでの繋ぎだと思え」


 それはまあ、その通りなのであるが。

 ……上の服は何とかなるんだよ。問題はズボンだ。思えば慎司に借りた時も盛大に裾が余ってしまい、微妙な顔をされたものである。

 つーか曽根崎さん、スーツ以外にも服持ってたっけ?


「もう一人で立てるな?」


 曽根崎さんに差し伸べられた手を黙って取り、僕は立ち上がる。そこでふと、疑問が頭をもたげてきた。


「……そういや、アンタの方はどうやって助かったんです?」

「ん、気になるか?」

「一応。まさかそれも黒い男の手引きとか……」

「ハン、奴がそこまでやってくれるようなタマかよ。これは紛れもなく私の力だ」


 歩き出しながら、曽根崎さんは背広の襟を整え胸を張る。格好つけているようだが、その肩に大きめの水草がついていたのではサマにならない。

 取って彼のポケットに入れてやると微笑まれた。迷惑している時の顔であったが、気にせず僕は問う。


「その私の力って何です?」

「呪文で仮死状態になってたんだよ。穴に落ちても骨を抜かれていなかった准教授と、同じ条件になってみようと思ってな」

「准教授……というと、あの深馬に刺されて穴に落とされた人でしたっけ」

「そう。彼の特徴は二つ。ミートイーターに寄生されていない点と、穴に落ちる前から死んでいた点だ。私の場合前者はクリアしていたからな、後者を満たしてみることで無理矢理条件を合わせてみたんだ」

「でも、仮死状態なんてどうやって……」

「簡単だよ。自由を奪う呪文を自分にかけて、心臓やら呼吸やらの生活反応をギリギリまで抑えればいい」

「ああそれなら……って、ええ!? そんなことできるんですか!?」

「案外できてしまった。そしてもう二度としたくない」


 曽根崎さんはうんざりと言い、びしょ濡れの頭を犬のように振った。

 やめろ! 僕に散るだろ!

 ……が、それはそれとして彼の対応は正しかったのだろう。事実、黒い男は“神の御前を生きて通ることはできない”と明言していたのだ。

 それを伝えると、曽根崎さんは靴に入った水を捨てて言った。


「へぇ、そんじゃ私はだいぶ危ない所だったんだな。まあ、全ての条件を満たした深馬が隣にいたのも大きかったのかもしれんが」


 確かにそれはそうかもな。未来でも深馬の死体は骨が抜かれていたし。

 僕はうんうんと頷いた。


「……しかし、君という奴は」


 そうして信号待ちをしている間、ふいに曽根崎さんの声のトーンが変わった。

 ……これは、怒られる展開だろうか。

 そう思って身構えたが、どうも曽根崎さんの様子がおかしい。口を開け、閉じ、また開けて……をひとしきり繰り返し、最後はがくりとうなだれてしまった。


「……君という奴はなぁ」

「な、何ですか」

「なんでそう……そうやって自分の身を顧みないかなぁ。君がそんなことでは、私はおちおち死んでもいられない」


 やけに物騒な言葉が出たものである。徐々に増えてきた人波の中で、僕は言い返してやった。


「なら生きてくださいよ。以前そうお願いしたでしょう」

「その方が良さそうだな。まさか穴にまで落ちてくるとは」

「僕を舐めないでください。アンタを殴る為なら、僕は獄卒すらけたぐり倒しますよ」

「君は私が地獄に落ちる前提で話すんだな。別にいいけど」


 ため息をつく曽根崎さんである。言いたいことはあるようだが、自分の行動も大概なのでおちおち言えないらしい。

 けれどその上で開き直ったと見え、彼は腰に手を当てるとお説教モードに入った。


「しかしそれでもだよ、景清君。君はどれほど自分の命が大事か分かっていない節がある。どうしてそんなことをした? 何故自分の命を張ってまで私を助け……」


 ところが、そこでふいに言葉が止まる。訝しげに思ってそちらを見ると、彼は口元に手を当てて固まっていた。

 一体どうしたというのだろう。


「……曽根崎さ」

「ハクション!」

「ンだよクシャミかよ!」

「ああそうだとも、クシャミだよ。まずいな、感覚は薄いが寒くなってきた気がする。早く着替えないと」

「あ、言われたら確かに……ふびゃうっ!」

「それクシャミか」


 ああそうだよ、クシャミだよ。移ったんだよ、アンタのが。

 当の曽根崎さんはというと、せっかくのお説教がクシャミで台無しになったというのに、何事も無かったような顔をしている。


「とにかく帰ろう。せっかく助かったというのに、風邪をこじらせて寝込んだとあってはシャレにならない」

「はい、そうしましょう」

「……そうだ、景清君」

「なんです」


 曽根崎さんはこちらを見ずに、早口で言った。


「改めて礼を言わせてもらうが、助けてくれてありがとう。またこうやって君と話せることが、今は何より嬉しいよ」


 そう言い残すと、曽根崎さんは軽やかな足取りでさっさと前に進んでいく。


 数秒経って、それが照れ隠しだったのだと察した。


 やっぱりあのクシャミ、それなりに恥ずかしかったんじゃねぇか!

 顔見せろ顔! 今どんなツラしてやがんだ!


 ……でも、それはそれとして、僕も同じことを思わないではなかったですよ、などと。

 そういう言葉は胸にしまって、真っ黒な彼の後ろ姿を追いかけるのであった。

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【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
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