表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・怪異の掃除人  作者: 長埜 恵
第4章 ミートイーター
102/181

37 ヘタクソな笑顔

 “僕の死体は、どこに落ちるんだろう。”


 まず、やたら冷静にそんなことを考えてから、


 “曽根崎さんが落ちなくて良かった。”


 そう思った。



 僕で良かった。

 曽根崎さんじゃなくて良かった。

 僕は、あの時死んでいたはずだったから。

 それが少し遅くなっただけだから。

 なんてことはない。本当に、なんてことはないんだ。



 死に臨むというのに、僕は何の恐怖も感じていなかった。深馬にしがみつかれた腕を振り払うこともせず、重力の任せるままに、深淵へと落ちていく。


 ――長い腕が伸びた。


「景清君!」


 ガシッと手首を掴まれる。顔を上げると、真っ青な顔をした曽根崎さんと目が合った。


「早くそいつを落とせ! 君まで落ちるぞ!」

「曽根崎さん……」

「しんみりすんな! あー重い! 私に二人分支えていられるだけの力があると思うなよ!」


 いや本当にそうだな。

 説得を聞く人でもないので、僕は頭を切り替え深馬を落とすことにした。


「離せ! このっ! このっ!」

「うぇ……へ、へ……へ」

「ヒェッめっちゃ笑ってる! 怖い! 曽根崎さん、ナイフかなんかありません!?」

「あっても渡す余裕は無いな! 頑張れ!」


 だが、いくら蹴ろうとも深馬は離れない。曽根崎さんが僕を掴んでくれている手も、冷たい雨で今にも滑りそうだ。

 絶対絶命のピンチに、僕はいよいよ曽根崎さんの手に目をやる。いっそのこと、こちらを振りほどいてしまおうかなという考えがよぎった時。


 白く細い手が、僕の腕を掴んだ。


「景清っ! しっかりなさい!」

「柊ちゃん!?」


 なんと、絶世の美女が僕を見下ろしていた。


「なんでここに!?」


 どういうことか曽根崎さんに尋ねたかったが、彼も彼で泣きそうな顔をしていた。驚き過ぎて表情筋が壊れてしまったらしい。


「君は穴を認識できないんじゃなかったのか!?」

「色々あったのよ、色々とね。さ、ボクの魅力と都合の良さに酔いしれたなら、とっとと引き上げるわよ!」

「あ、ああ!」


 ぐん、と僕の体が持ち上がる。見た目によらず、柊ちゃんは力持ちなのだ。

 あっという間に、僕の胸から上までが地面に引っ張り上げられる。柊ちゃんは身を乗り出し、ゴミを見る目で深馬を見た。


「アンタはお呼びじゃないわ」


 僕にしがみついていた深馬に、曽根崎さんから奪ったスタンガンを押しあてる。僕を掴む手が、僅かに緩んだ。


 けれど、そんな気がしたのも一瞬であった。


「!?……ッぐ!」


 強く下に服を引っ張られる。深馬が残る力を振り絞り、僕の体をよじ登ろうとしているのだ。

 なんという往生際の悪さだ。ほんと性格悪いなコイツ!


「……いや……だ……し、ぬ……の……は……」

「痛っ……! ぐ、クソッ……!」


 服の上からだというのに、肉に爪が立てられ、抉られる。深馬に取り付かれた僕は、柊ちゃんと曽根崎さんに押さえられていなかったらすぐにでも落ちてしまっていただろう。

 けれど、このまま深馬を地上に戻すわけにはいかない。ミートイーターが咲いたとはいえ、生への妄執に狂う彼を自由にすれば、きっと酷いことが起こる。

 倒れた藤田さんや、黒い男に向かっている阿蘇さん。彼らに、これ以上の害を加えさせない為にも……!


「も……離して、ください……! 僕ごと、深馬を穴に落として……!」

「バッカ言わないで! 生きるの諦めんじゃないわよ!」

「ああ、柊の言う通りだ! ――景清、耐えろよ!」


 その掛け声と共に、僕の体はまた思い切り地上に引っ張られた。僕が両腕を柊ちゃんの体に回したのを確認し、曽根崎さんは手をほどく。


「貴様が掴まるべきはこっちだ」


 曽根崎さんが視界から消える。同時に、僕の肩に張り付いていた手が、離れた。


 ――何をしたのだろう。

 疑問に思った僕は、柊ちゃんに抱きついたまま振り返る。


 そこで見たのは。


 ――深馬の両手を自分の両手で塞ぎ、穴にその長身を投げようとする、逆さまの曽根崎さんの姿だった。


「………………は?」


 彼の体が、宙を舞う。穴に向かって、飛ぶ。腕の先には深馬がいて、目のあった場所に桃色の美しい花が咲いている。

 スローモーションのように感じられたのは幸いだった。僕は、曽根崎さんを助ける為に手を伸ばそうとしたのである。


 だが、既に曽根崎さんの口は動いていた。

 僕が何らかの行動を取る前に、その不気味な呪文は耳に入り込んできたのである。


 そして、僕の体はピクリとも動かなくなった。 


 ……全身から血の気が引く。頭がガンガンと痛む。息ができない。心臓が煩い。

 そんな、そんな、そんな、そんな、そんな!!


 ――そんな。


 僕は、悲鳴を上げることすらできなかった。


 ――こんなことって。


 雨が、雨だけが、ひたすらに冷たく肌を打つ。閉じることも許されない目が乾き、痛んで。

 彼に最後の言葉さえも届けられない僕は、声も無く叫んでいた。


 ――言い足りないんだ。


 罵倒も、苦情も、感謝も、謝罪も。

 そのどれもこれも、僕はアンタに伝えられていない。

 それだけじゃない。アンタとの間にある何もかも、何もかもが全部、僕にはまだ、足りていないというのに。


「――じゃあな」


 しかし、こんな短すぎる時間の中で、曽根崎さんは別れの言葉を投げてよこす。

 それはもう、見たことがないぐらいのヘッタクソな笑顔を作って。


「君といられて、楽しかったよ」


 そうして、曽根崎さんは。


 底も見えない、穴に。

 あれほど避けたかった、“運命”とやらに。

 未来の途切れた、絶望に。


 深馬と共に、落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化情報】
怪異の掃除人・曽根崎慎司の事件ファイル(宝島社文庫)
表紙絵
小説家になろう 勝手にランキング script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ