3.裏切り
今やすっかり日課になっている朝のランニングから帰ってきた俺は城内の雰囲気がいつもとは異なることに気がついた。
それは感じられる方が珍しいくらいの小さな違和感でも何かが違うと俺の感が言っている。
城内を歩くと視線を感じる。それもいい視線ではない、いつもとは違う何かを含んだ視線だ。だが周囲の人間は一見変わらないように見える。
俺はそんな普通に考えて警戒すべきことをスルーした。ここは今の俺の全てだからだ。俺の守るべき場所であり、同時に俺もこの場所に守られている。愛すべき恋人がいて、頼ってくれる人がいて、人々の笑顔がある、それはどうしても、否定出来なかった。
俺は水魔法を応用したシャワーのようなもので汗を落とした後、自室で装備の手入れをしていると、部屋のドアがノックされた。
俺はスキルである『千里眼』を使い、ドアの前の人が使用人の一人であると分かると声をかけ、部屋に入れた。『千里眼』の訓練のためにことあるごとに使っている。
「どうした?」
「王からの伝令でございます。」
「どうした?」
「謁見の間に集合せよ、とのことでございます。隣国の王がいらしたようで。」
何か緊急事態でも起きたのだろうか。戦争の道具である俺を呼び出す程のことなのだから余程のことか。なら直ぐに向かった方がいいだろう。
準備が終わり次第向かうと伝え、使用人がいなくなったのを確認すると俺は正装に着替えた。
10分後、俺が謁見の間に入ると城内とは比べ物にならないほど異様だった。
まず皇帝さんと教皇さんの近くに魔法使いと見られる杖の持った者が20人近くいる。壁の向こうにもいる。合計すると50人くらいだろうか。あのローブは皇国切っての精鋭たちだったはず。
俺を呼ぶ原因になった隣国の王様はいない。控え室にでもいるのだろうか。
俺は警戒すると同時に装備を部屋に置いてきたことを後悔した。だが俺が皇国から攻撃を受ける心当たりはない。だから最大限の警戒をしていなかった。
「シンヤ!やっと来ましたか!」
そんな声と共に聞き慣れた声が不意に聞こえてきた。俺の『気配察知』は常時働いていて壁の向こうの魔術師も見抜いているのにも関わらず。
「遅かったですよ!全く!」
俺が遅れたことに頬を膨らませながら不満を口にする彼女は普段と変わらないように見えた。だが違う。具体的には分からないが何かが違う。そう思った瞬間には遅かった。
俺の腹には俺の守るべき恋人の持った剣が深々と突き刺さり、背中から抜けた。
あまりの出来事で脳が追いついていない。情報が脳を通り抜ける。
俺の痛覚が戻るのとアリスの口が三日月を描くように裂けたのは同時にだった。腹を中心に痛みが全身を駆ける。
「こんなのを私は2年も相手していたんですか?本当にお父様も人使いが荒いですね〜。飛んだ汚れ仕事じゃないですか。」
倒れ込んだ俺の頭を踏みつけながらそんなことを言ったアリスは俺の知る誰もに心を開き、表裏のない人とはあまりにも、違い過ぎた。




