プロローグ
月明かり以外の一片の光もない静かな夜。
周りを黒い木々に囲まれた小さな広場に1人の青年が立っていた。
目の前には小さな台座に刺さった赤黒い刀身を満月の光で不気味に光らせる剣がある。
青年はよろつく足で赤き剣に近ずき、無数の血の手形の付いた柄に手をかけた。
瞬間、途方もない痛みが身体中を襲い、血を吐いた。しかしそれでも青年は剣から手を離さずに、さらに台座から剣を引き抜こうと力を入れた。
剣はそんな青年を試すように問いをなげた。
「何故力を欲す?」
青年は自身に残った魔力でさらに力に入れながら震える声で答えた。
「殺すために。俺を裏切り、全てを奪った人間共を。運命を作った神を。そのために俺は…全てを喰らう闇にでもなって…」
青年は周囲の夜の闇よりもなお深い黒い前髪から覗かせる緋色の眼から光を失わせながら答えた。
しかしその答えは途切れた。
剣が少しづつ抜け始めたからだ。
「その覚悟は我を受け取るに相応しい。受け取れ。我が力を。その闇で世界に反逆しろ。」
「もちろんだ。そのために、すべてを打ち倒し、全て《俺》を取り戻す。」
青年は嗤いだした。
そして剣を持てる力の全力を出し、引き抜き、己の心臓に突き立てた。
痛みと共にそのほとんどを失ったはずの魔力が体を満たす。
剣は青年の体へ吸い込まれるように消えた。
何かを確かめるように手のひらを見つめていた青年は顔を上げると元来た道を引き返した。その足取りは来た時とは違い一歩一歩を踏みしめるようなしっかりとしたものだった。
胸に空いていたはずの穴はいつの間にか塞がっていた。




