第8話 行方
「……それで、その突然変異とスライムに一体何の関係があるんですか?」
マーク博士から突然変異に関する事を聞いても、今回のスライムの件とは関係の無い話にフランは思えた。
「……もしかして、カタストロフィ関連ですか?」
「カタスト……何だって? ラック」
唐突にラックから出たその言葉にフランは聞き返す。
「驚いたわ……。まさかラックがそれを知っているなんて……」
余程意外なことだったのか、レナは驚きを隠せないようだ。
「……ラック、何処でその名を……」
ただマ-ク博士は何故ラックがその言葉を知っていたのか、疑問心が拭えないようだった。マ-ク博士がラックを見る目は遠く険しい表情を浮かべる。
フランはその場にただ立っている事しか出来ず、早々に言葉の意味を知りたかった。
「ずっと前。西の街に行った時に話しているのを聞いたんです」
ラックはまだ学生寮にいた頃、兄のグレイと共に西の街に行った。
その際、ある男達の会話を聞いてしまった。
その話によると、モンスターを人工的に巨大化させることでこのアストリア大陸全土を始めとする他の大陸を含めた破壊を計画しているいう衝撃的な内容だった。
始めは如何にも胡散臭い話だとラックは思ったようだったが、兄のグレイと共に調べるうちにどうやらカタストロフィと名乗る組織が存在しており密かに噂として広まって来ていると分かっていたようだった。
後、これは口外すべきことではないと思ったラックとグレイは今まで他の誰にも言わなかったそうだ。
しかし兄のグレイがその組織を調べると言い出して1人育った村を出て行ってしまったという。
マ-ク博士が疑問に思ったのは、今回話題に上がった突然変異が自然に起こったものかそれともカタストロフィによってされたものなのか、それが目に止まったからだった。
「ーーそうじゃったか……。しかしなぁ。ラックもお前さんの兄も無茶なことをしてはいかん」
「分かってますって!」
「それで兄は今何処におるんじゃ?」
「……実は分からないんです」
ラックがそう言うとマ-ク博士は頭を抱えた。それは余程重大な事だったようでマ-ク博士の表情がそれを顕著に表していた。
「ラック、よく聞くんじゃ。もしかしたらお前さんの兄はもうーー」
「博士! 兄は生きてますよ! そりゃ兄はまだまだ新米の勇者でしたけど腕っ節は強かったんですから!」
ラックの兄グレイは村を出て行ってから未だに連絡はついていない。それは今から5年前の事でラックはその兄を探す為に必死だった。
そんなラックを見ていたフランとレナは、知らなかった彼の一面を知った。
「そうだよおじいちゃん! ラックのお兄さんは生きてる!」
「そうですよマ-ク博士!」
「……そうじゃな」
マ-ク博士はそう返した。
「おじいちゃん! もう話は終わったよね!?」
「あ、ああ終わったよ」
「行こうフラン、ラック!」
レナは2人の背中を押してマ-ク博士の部屋から出て行った。
「……カタストロフィ、よもやもう動き出しているのか」
マ-ク博士は椅子に深く腰をかけて何かを考えているようだった。
--その夜、フランとラックは部屋から出て来たマ-テリーに挨拶を交わして、今後のことについて話し合っていた。
「なぁフラン」
「なんだ?」
「俺、今日お金が必要だって言ってたよな?」
ラックは今日、タルマンの森で取ったルピマ鉱石を売ろうとしていたがそれは断念されていた。
「それがどうかしたのか?」
「……いややっぱりいいよ」
「何だよそれ!」
何故急にそんなことを言い出したのかフランは突っ込んだ。しかしラックの返答は無く、俯き加減に椅子に座っている。
そんなラックを見かねてかフランから話を切り出した。
「ラック俺達親友だろ? 隠し事はしないって約束だ」
「そうだったな」
ラックにとってフランは唯一の親友だ。同じ村で育ち、同じ経験をして。そして同じ学生寮へ。
確かに全てが全て互いに知っているわけではなかったが、話してもいいことは隠さないという約束だった。
「それでラックはお金貯めてどうしたいんだ?」
「……実はなフラン--」
その後フランはラックから事情を聞いたーー
その説明によるとラックの兄グレイは現在も行方が分かっておらず、捜索依頼も5年前の当時から出していた。
しかしそれはつい最近に至るまで有力な情報は無かったが、ラックが研究所に実習生として来る前に行った街で住人よりこんな噂を聞いたようだった。
それは研究所より遥か西の都にある、イエロに兄の名前であるグレイを名乗る人物がいたと聞く。
西の都イエロ。
特に勇者達の間でも話題に上がる場所の一つであり、兄のグレイも行方不明になる前までよく其処へ行きたいと言っていたそうだった。
ただ目的のカタストロフィを探して村を出たと聞いたラックは、初めその都とグレイは何の関係も無いと思ったそうだ。
しかしグレイに関する情報が一つでも出て来た以上居ても立っても居られなかったラックは行動に移したようだった。
問題はその都まで行く為の資金と入門料。
今フラン達がいる研究所から西の都イエロまでの距離は、ビッグヒッポスに乗って行ってもひと月はかかる。しかも例え乗って行けたとしても、途中で降りながら街や村に行く事になる。
それは単なる休息も含めて絶えず情報収集が必要になるからだ。
特に西の都イエロはアストリア大陸の主要地域の一つで外界から来る情報が交差する地点。
そして何といってもイエロの最大の特徴は情報に対して対価が発生するということ。それはイコ-ル情報を持たぬ者は入れないということを意味しており、それが情報収集が欠かせない要因だ。
さらにもう一つの壁はイエロに入る為の入門料。
貴重な情報が集まって来るイエロは外から来る人間達に対して高額な入門料を必要とする。情報が時として何よりも巨大な武器となる事だと、イエロに立ち入る人間全てに課せられる条件だからだ。
その入門料。
現在では150万ゴ-ルドとされており、それはイエロに集まって来る情報の質により半年周期で変わる。数十年前までは情報や入門料にお金は必要無かったのだが、それは唐突に決まったようだった。
そしてラックはそんな西の都イエロにいるかもしれないグレイに再び会う為、旅の資金と入門料を貯める必要があった。
ルピマ鉱石。
売れば5万ゴ-ルド程と目指す資金には到底及ばないが、それでもあるに越したことはなかった。しかしそれは敢え無く断念されてしまい、ラックはどうしたものかと1人悩んでいたようだった。
「--ということだよフラン」
「なるほどな」
「ただな……」
ラックはまた難しそうな表情を浮かべる。
「? まだ何かあるのか?」
「保証が無いんだよ。ーー例え、お金が貯まってその都に行っても、グレイがいるかなんて分からない」
それは全うな言葉だった。
「まぁ確かにそうだけど、準備しておいても損は無いと思うぜ」
「……そうだな。ありがとうフラン。何か話して楽になったよ」
「ラック。良かったらこれやるよ」
ラックがお金を貯める目的が分かったフランは、机の上に置いてある片手で持てる程のケ-スを渡した。
「これは? --いいのか?」
開けるとそこには数枚のお札とゴ-ルドがある。
「俺もな、勇者になるっていう目的の一環で貯めてたお金だったけど。今思うと急ぎすぎてたのかもしれない」
しかし実際勇者になる多くの人間はフランと同じかそれ以上前から準備を始めている。その為、フランの言った事は勇者を兄に持つラックにとって強がりにしか見えなかった。
それでもフランから受け取ったお金を貰ったのは、そんな彼の気持ちを踏みにじらない為だった。
「ありがとう。でもフラン、勇者になるのは諦めるなよな」
「当たり前だろ!」
その夜、フランとラックは互いの目的を再認識した。
◇
--そして、フランとラックが話し終わった1時間後。
ところ変わって此処はモンスター休息場。マ-ク博士は表情に落胆の色を隠せないでいた。
「な、何故……一体、何があったというんじゃ……」
マ-ク博士はモンスター達が休んでいる筈の場所に、彼らの姿がないことに愕然と肩を落とす。
マ-テリーから預かっていたグリフォンは無事だったものの、岩の怪物ストーンマン、森の悪戯妖精ピクシ-、他にも居なくなってしまったモンスター達が多数。
「……そんな、あの子までも……」
そしてマ-ク博士を特に落胆させたのは、新たに発見された子竜の姿が無かったことだった。
「いやいやいや! 儂がこんなことではいかん!」
急ぎ足にマ-ク博士が向かった場所は備え付けの送受信可能のテレホフォンだ。
ピー
『こちらウィリス警察。どうかされましたか?』
電話を鳴らして1コール。
出たのは研究所から最も近い街の保安官、ホワイト・ノ-ス巡査。
「ホワイトさんか!? 実はな儂の研究所のモンスター達が急に居なくなってしまってのう!」
『落ち着いて下さいマ-ク博士。ゆっくりで良いので事情を説明していただけますか?』
マ-ク博士のその慌てぶりは、ホワイト巡査にとってもただ事ではない事態だと直ぐに理解したようだった。
その後マ-ク博士は起きた事を説明。後、ホワイト巡査を含めた複数人の保安官が来る事になった。
「それにしても大胆な犯行ですね」
ホワイト巡査はモンスター達が居なくなった場所を確認する。
「全くです! ただでさえ勇者さん達に居なくなったモンスターの返金をしている最中だというのに……」
現在マ-ク博士の研究所は勇者達に対する返金の真っ只中。今回の件でさらに借金額が膨らんでしまった。
「フラン、どうかしたか?」
ラックは1人考え込むフランに聞いた。
「いやな、いくらなんでも俺達に気付かれないで出来る事なのかなって思って」
「確かにそうだよな」
モンスター達が居なくなったのは今から1時間以上前。そして研究所にいたのは、マ-ク博士、レナ、フラン、ラック、ルナ-ド、マ-テリーのみ。
その間怪しい行動をとった者はおらず、マ-テリー以外それぞれが互いに何をしていたか分かっていた。
マ-ク博士は研究室でモンスターの生態調査をまとめた資料の作成、マ-テリーから預かったグリフォンの強化をしていた。そしてそれを手伝っていたレナ。
フランとラックはマ-ク博士から呼び出された後、大破してしまったB通路がどのような状況になっているのかを見ていた。
研究所の警備員であるルナードは入り口付近にある個室で警備中。それはフラン達が研究所を外から確認する為に出た時、ルナードが居るのを見ている。
最後にマ-テリーだが、彼はモンスター達が居なくなるまで客室用の部屋にいたようだった。
ただマ-テリーが本当に部屋にずっと居たのかを証明する者は誰もいないのが、ホワイト巡査には引っかかったようだ。
しかし、マ-テリーが研究所に来たのは仲間であるグリフォンの強化の為。ましてやマ-テリーを昔から知っているマ-ク博士にとって、モンスターを盗むなど到底考えられないことだと主張した。
また仮に誰かがモンスターを盗んだとしても一体何処に隠しているのか分からない状況。
「これは弱りましたね。--マ-ク博士。ここ数日もしくは1週間の間に何か研究所に変化などありましたか?」
ホワイト巡査は腕を組み変えて聞いた。
「変化と言えば、新しい捕獲装置を設置してもらったくらいじゃ」
「捕獲装置……ああ、モンスター達を逃がさない為のものですね」
新しい捕獲装置は昨日、商人のストライトと商売仲間であるリトルによって数時間程で研究所に置かれた。
「その捕獲装置、少し見せてもらってもよろしいですか?」
ホワイト巡査は少し考えた後そう聞いた。
「構いませんよ」
--その後、研究所にある捕獲装置AからDを見て回るものの特に怪しいものは見つからなかった。
「マ-ク博士、捕獲装置を提供した者の名前を教えて頂けますか?」
「ええ。ストライト・ウッドと名乗る者で、もう1人は確かリトルと言ったかな」
「ストライト……何処かで聞いた名だ」
そう言うとホワイト巡査は部下から名簿を受け取り確認する。
「--ストライト……こいつだ。--マ-ク博士、落ち着いて聞いて下さい」
「……ゴクリ」
マ-ク博士は生唾を飲み込む。
「ストライト・ウッド。表向きは捕獲装置を専門的に扱う商人として、此処ルマ平原を主要に活動しています。しかしですね、奴にはもう一つの顔があります。--これを」
ホワイト巡査は持っていた名簿をマーク博士に見せた。
「……これは」
マ-ク博士は直ぐにその言葉の意味を理解した。
《闇ブロ-カ-》
この通り名を持つ人間は本来なら禁止されている食物、物、情報などの仲介人として、それに引き換え金銭を受け取っている。そして最も大きな額が期待出来るのがモンスターの仲介料。
ただそのモンスターの捕獲レベルによって仲介料は当然異なり、また、闇ブロ-カ-の中でも特に狙われやすい対象とされている。
そして偶然なのか、一昨日ストライトが研究所を訪れたことで捕獲装置が設置された。
マ-ク博士は直ぐにストライトに電話をかけてみるが出る気配は無かった。
「仕方ないですね。今の時間帯は営業していないのでしょう。明日また来ますから、その時、ストライトとそのもう1人も呼んでもらえますか?」
「分かりました」
その後ホワイト巡査達は帰って行った。
「おじいちゃん……」
「心配するなレナ。マ-テリーのグリフォンも無事でトマトも無事だったじゃないか!」
マ-テリーは横にいるグリフォンの頭を撫でる。
トマトは初日、起こした風でフランを吹き飛ばしたなど到底考えられないほど愛くるしく尻尾を振っている。
レナはそんなトマトをぎゅっと抱きしめて無事だったことを再確認した。




