第2話 捕獲装置
「おはようございます、マ-ク博士。一昨日の件のことは考えてくれましたでしょうか?」
丁重な挨拶と共に、身なりをきっちりと整えたその男は捕獲装置を専門に扱う商人、ストライト・ウッド。右手には黒いアタッシュケースを持っており、ニコニコしながらマ-ク博士に語りかける。
「ストライトさんですね。ええ、その件、了承ということで良いでしょう」
「これはこれは! 話のわかる方で助かった!」
「助かった?」
マ-ク博士がそう聞き返すと、ストライトはすっと表情を変えて話し始める。
「おっと言い方がおかしかったですね、説明させていただきますーー」
ストライトによると、この捕獲装置を売るという商売も昨今は右肩下がりで、それは近年になって徐々に現れて来たようだった。
その主な理由の一つに、アストリア大陸にある研究所の多くが優秀な捕獲装置製作者を雇っているからだ。
研究所が捕獲装置製作者を雇うのは、継続的な支援は元より自分達が調査や預かっているモンスターに詳しいことが大きな理由となっている。
それは捕獲装置を作るとなると、必ずモンスターに関する知識が必要になるからだ。
その為、捕獲装置を売る商人より高いコストにはなってしまうが長い目で見るとそれが回り回って研究所に良い結果となることが容易に想像出来るからだった。
しかしマ-ク博士の研究所は、当初から作って置いてある捕獲装置のせいで勇者達に返金を繰り返す度に、研究所の資金は減るばかり。
さらには新しい捕獲装置を研究所に置こうにも撤去する費用もそれなりにかかってしまう。
そうしたことが原因だとマ-ク博士も自覚しているようで、今回の捕獲装置購入に踏み切ったようだった。
「ーーと言うわけです、マーク博士」
「なるほどのう。まぁ、わしも状況が状況じゃ。今回は、ストライトさんのところで捕獲装置をお願いしよう」
「ありがとうございます。--それでは、こちらにサインを」
ストライトは一枚の契約書を渡した。
マ-ク博士はさっとサインを済ませて、本題である捕獲装置のことを聞いた。
「それで、一昨日言ってた捕獲装置のことなのじゃが」
「ええ! 勿論ありますとも! 本日中に設置させていただきます!」
意気揚々とするストライトは、商売が成立したことに舞い上がる。
「頼むぞ。それと、料金は無しで良かったんじゃの?」
「勿論です! --ただ、一昨日言った条件は守ってくださいね」
マ-ク博士は一昨日、ストライトとある条件を交わしていた。
それは無料で捕獲装置を提供する代わりに、捕獲が成功したモンスターの調査をさせて欲しいというもの。
ただ本来はモンスター調査は研究所が行うもので、一商人がすることではないとマ-ク博士も疑問には思っていた。
しかしそれは、今後のビジネスの展開を考えているらしく、調査したモンスターに合わせた捕獲装置を取り扱っていきたいという方針だった。
これは捕獲装置を売る商人の多くが、本や人伝えによって得た知識のみで捕獲装置を取り扱っているからだ。
その為最終的な判断は購入者によってされる。
ストライトが考えるのはその購入される確率を少しでもあげるように、顧客が望む捕獲装置を取り扱うことがモンスターの調査をする目的だった。
「分かっておる! まぁこうして会ったのも何かの縁じゃ。宜しく頼むぞ」
「ええ」
その後、ストライトとマ-ク博士は研究所にある捕獲装置を見て回った。
現在マ-ク博士の研究所には、AからDまでの捕獲装置が置いてあり、前のアルファベットに行く程捕獲性能は高く、後ろに行く程低くなる。
また各捕獲装置を起動する為のエネルギーも異なり、当然、性能が高い方が必要とするエネルギーも大きくなる。
「こ、これは何ですか!? マ-ク博士!」
ストライトはスライムによって大破されたボロボロの穴を見て驚く。
「い、いや~、これはじゃの……今朝、ちと色々あってな」
「色々って……。--! マ-ク博士」
ストライトはその周辺にあるぐしゃぐしゃになった捕獲装置を見て理解した。
「なんじゃ?」
「これは捕獲装置ですよね。それで、何らかのモンスターによって捕獲装置は壊された、そうでしょう?」
「…………」
「マ-ク博士、私もただ捕獲装置を売っている商人じゃありません。状況に合った捕獲装置提供は元より、少しくらいモンスターに関する知識くらいはあります」
そう答えるストライトに対して、これは隠しきれないと判断したマ-ク博士ははぁっと息を吐いた後話し始めた。
「これはのう、スライムがやったんじゃ」
「スライムって、まさかあのスライムがこれを!?」
その反応からストライトはスライムが自爆することを知らなかったようだった。
「油断大敵、というやつじゃな! 次からは気をつけるわい! わっはっは!」
マ-ク博士は事の重大さが分かっていないようで、ケラケラと笑っている。
「マ-ク博士、笑っている場合じゃありませんよ。この辺りはルマ平原の中でも比較的安全な地域なことは確かです。しかしですね、いくら安全と言っても中には危険な野生モンスターだっています」
「分かっておるおる! ストライトさんが言わんとしていることは、この穴からそういうモンスターが入って来る可能性があるってことじゃろ?」
「分かっているなら何故そんな呑気に……、ハッ! もしかして衝撃でどこか頭でも打って」
ストライトはマ-ク博士の頭を心配した。
「違うわい! --儂はな、確信しているんじゃ」
「確信? 何をです?」
ストライトは首を傾げる。
「じきに分かる」
「……そうですか。マ-ク博士が何を考えているか分かりませんが、忠告はしましたよ」
「そりゃどうも」
とマ-ク博士が言うと、納得していないのか、ストライトはやや不機嫌そうな表情になる。
それは商人としての性なのか、理由無き論弁に対してだった。
「まぁそう気を悪くせんでくれ。じきに分かると言ったじゃろう?」
「いや、私は別に気にしていませんよ」
「そうか? なら良いんだがの。--では今から捕獲装置を置いてもらいたい場所を案内する。着いてきてもらえますかな?」
「……はい」
その後、マ-ク博士はストライトと共にA通路奥にある研究室に向かった。
--そして此処は研究所唯一の癒しの場所リビング。
フランとレナはマ-ク博士の用事が終わるまで待機していた。
「レナ。マ-ク博士の用事いつ終わるかな」
「知らな~い。おじいちゃん、この研究所の事になると周りが見えなくなっちゃうから。私達を待たせていることなんて忘れてるかもね」
レナはソファ-の上で、『モンスター図鑑』と書かれたタイトルの本を読んでいる。
「はぁ、この調子だと今日も自習になるかな」
「良いじゃない自習。その方が自由に学べるし」
「レナ、いくら自由でもな、それが正しい学び方とは限らないだろ?」
「フラン、学び方に正解なんてないのよ! そりゃあ研究所のル-ルはあるけど、殆どの事は日々の過程で学んでいくの! だから今は、この自習っていう時間を使って自由な学びをする!」
バタンと読んでいた本を閉じてレナは言った。
「分かった、そうするよ」
フランはレナが先程まで読んでいた『モンスター図鑑』を手に取り開く。
するとそのフランの行動にレナは驚いた表情を浮かべる。
「何だよ」
「え? ううん! 何でもないよ!」
レナは首を横に振りその場から離れた。
「分かってるよ! 俺みたいなモンスター無頓着人間が本を読むなんて珍しいもんな!」
フランは自分がモンスターに関して全く興味がない事をしっかりと理解していた。
「ん、じゃ、じゃあフランは勉強頑張ってね! 私はおじいちゃんの様子見て来るから!」
そう言い残してレナは研究所の何処かにいるマ-ク博士の元に向かった。
「ったくレナのやつ。俺だってたまには勉強くらいするさ!」
フランはモンスターに関する情報が載っている分厚い本をパラパラとめくる。
(お、これは今朝のスライムだな。何々?)
そのペ-ジには現在分かっているスライムの情報が書いてあった。
(なるほどな。あの自爆は本当に身の危険を感じて起こしたものなんだな。可愛そうだったけど、スライムも俺と同じで生きるのに精一杯なんだ)
フランは今朝スライムが起こした出来事について考えていた。
そしてしばらくの間『モンスター図鑑』を読んでいたフランはいつのまにか眠ってしまった。
◇
「フラン! フランってば!」
肩を揺すられる感覚と共に聞こえて来たのはレナの声だった。
「ん……レナ」
目覚めるとそこには見覚えのある顔がもうひとつある。
「お目覚め?」
彼はフランと同じくこの研究所に来た実習生、ラック・ナイクス。
「ラック、今帰って来たのか」
ラックは今朝、フランが起床する前既に近くの街まで食料の買い出しに行っていた。
「ああ。あの化け犬の食料のせいで遅くなったけどな」
「ちょっとラック! 化け犬だなんて失礼じゃない! あの子にはトマトって言う名前があるんだから!」
「トマトね~。ほんと初めはそんな可愛らしい名前から想像出来なかったよ。まさかあんな化け犬になるなんてよ」
「あー! また化け犬って言ったわね!」
レナは逃げるラックを追った。
「はは、ほんと騒がしい研究所」
フランは慣れたような素振りだった。
まだ一週間しか経ってはいないが、フランはこの研究所の雰囲気を掴みとっていた。
「待って待ってレナ! 謝るから! トマト、トマトちゃんだろ!」
ラックは走るのをやめてレナに言い放つ。
するとレナは走る速度を落としながらラックに歩み寄る。
「そ、トマトよ。もし今度化け犬なんて言ったら……分かってるわよね?」
「わ、分かってるって! トマトちゃん、あの子は可愛いトマトちゃん!」
ラックは作り笑いを見せるレナに、何とも言えない恐怖を感じつつそう言った。
「わざとらしい! 普通にトマトで良いのよ!」
レナはバシッとラックの頭を引っ張いた。
「いてっ! 分かった! 分かったから! これからは普通に呼ぶ!」
「そう分かれば良いのよ。ーーそれでトマトにご飯はあげた?」
「あげたあげた! 美味そうに食べてたよ!」
これ以上レナを怒らせないようにとラックは必死だった。
「そ、ありがとねラック!」
レナは作り笑いではない笑顔をラックに見せる。
「あ、ああ」
ラックは思わず表情が緩んでしまう。
レナはそんな事に全く気付かず、フランのいるソファ-に戻って行った。
「はぁ~」
その深い溜息はラックの気持ちを十二分に表している。
(分かってる、分かってるよ。レナはフランが好きなんだろ)
それはラックの心の叫びだった。
同じ幼馴染として昔からレナの事が好きだったが、長く時間を過ごしていくうちに自分には好意が無い事は理解していた。
ラックは複雑な気分の中、フランとレナがいる場所までとぼとぼと歩いて行った。
「な~ラック、街ってどんな感じなの?」
フランは戻って来たラックに聞いた。
「別に普通だよ。俺達が育った村より売ってる物が多いくらい」
「ふ~ん、そうなんだ」
「えらくどうでもよさそうな返事だな」
ラックはソファ-にどかっと座った。
「そんなことないよ。俺も気分転換に街行ってみたいなって思って」
「やめとけやめとけ! 街なんか行っても、食いもんと俺達とはなんの関係もない武器とか防具しか売ってないから」
ラックが食料の買い出しに行った街は研究所から2km先にある。
ルマ草原には10m強程ある巨大な馬が引いている馬車が多くの人にとっての移動手段となっている。
ラックはまだ太陽も登らない明朝からその馬車に乗り街まで行っていた。
「ま、ラックがそう言うんならやめとく。俺は大人しく研究所にいるよ」
フランは昔からそうだった。
親友のラックが言うことは間違っていないとある種の信頼関係があった。
それは単に幼馴染というだけでなく、似たような価値観を持っているからだった。
その様子をレナはテ-ブルに頬杖をつきながら見ていた。
「2人ってほんと仲が良いんだね。私ちょっと嫉妬しちゃうな」
レナは思わず口を滑らせた。
「嫉妬? レナが、誰に?」
フランはレナが言ったそのワ-ドにつっこんだ。
「え? ううん! 何でもないよフラン! それよりおじいちゃん今日は一日中忙しいみたいよ!」
レナはさっと話題を切り替えた。
その様子を見ていたラックはやっぱりといったような溜息をつく。
「捕獲装置の設置だろ? そりゃあんな装置置くの一日中かかるだろ」
ラックは不貞腐れた態度で言った。
「何不貞腐れてんのよ」
「べ、別に!」
ラックは本心を見破られまいと必死に取り繕う。
フランはラックの気持ちを分かっているのかいないのか終始無言だった。
「……だったらさ、俺達3人でタルマンの森に行かないか?」
ラックは唐突にそう言った。
「3人で?」
「確かあそこって高く売れる鉱石があるんだよな」
「ルピマ鉱石ね」
レナはそう答えた。
「そうそれ! そのルピマ鉱石探して、街で売ったら良い金儲けになるぞ!」
ラックのテンションは既にタルマンの森へ行く事に舞い上がっていた。
「ラックってば分かってる? そのルピマ鉱石があるところ」
そうレナが言うとラックは顔を横に振った。それを見てレナは、はぁと溜息を吐いて話し出す。
「いい? ルピマ鉱石ってのはタルマンの森の奥の滝、その上にあるわ。そして其処には怪鳥ルピマ-グがいる。そこんとこ理解出来た?」
ルピマ鉱石。それは捕獲レベルCプラスのモンスター、ルピマ-グが好む鉱石。
ルピマという名前はこの怪鳥の名前からとったもの。
ルピマ-グは本来、ルマ草原東を主な生息域としていたが、この天敵のいない北西タルマンの森までやって来て住むようになったとされる。
ルピマ鉱石は元々タルマンの森で取れる鉱石ではなく、ルピマ-グが住処を離れてまでとって来るものだ。
何故ルピマ-グがこの鉱石を好むのかは未だに解明は出来ていないが、この鉱石が高く売れるのは多くの人が認知している。
「お、おうよ! だからその滝まで行って取れば良いってだけだな!」
その単調な解釈にレナは呆れた表情を浮かべる。
「……ラック、あなたのその単純な思考回路が羨ましいわ」
「単純で悪かったな!」
レナは軽くラックをなだめつつ、フランに顔を移す。
「フランは……知らないわよね」
フランは答える時間もくれないことに少しばかりショックを受ける。
「えっと、知ってた?」
申し訳無さそうにレナは尋ねた。
「コイツだろ」
と、近くに置いてある『モンスター図鑑』を手に取りその怪鳥が載っているペ-ジを2人に見せる。
「そう! このモンスターよ!」
レナは直ぐにペ-ジを開いたフランに驚きを隠せない。
「さっき偶然見たんだよ。なんか聞いたことある名前だなって思ったから」
「やるじゃないフラン! ほら、勉強しといて損はなかったでしょ?」
「まあね。--でこの怪鳥。捕獲レベルCプラスってのは高い方なの?」
「ん~まずまずと言ったところね。あのスライムが恐らくEプラスだから、それよりは遥かに強いって事にはなるわ」
このモンスターの強さを表す指標はSをトップとしてEマイナスまで存在する。
今回3人の間で話題になっている怪鳥ルピマ-グは捕獲レベルCプラス。
特別捕獲が難しいモンスターではないが、此処らの地域では強い部類に入っていた。
「それだと俺達だけでタルマンの森に行くのって危なくないか?」
「それはそうだけど、ルピマ-グは滅多に人間を襲ったりしない」
ルピマ-グはその見た目とは反対に比較的安全なモンスター。
主に木の実や葉などを食べて生活しており、人間を襲うようなことは滅多にない。
それでも捕獲レベルCプラスとなっているのはその体の大きさと自身を守る為に行う攻撃からだ。
「でも肝心のルピマ鉱石ってのはルピマ-グの巣の中にあるんだよな」
フランはペ-ジの下部に書かれている《ルピマ-グの習性》という項目を見て言った。
「そう、それが問題よ。ルピマ-グの巣は、滝の上にある樹のさらに上の方にある。これを取るとなると、そうね……まず、無理ね!」
「じゃあ、諦めるしかないのか……」
ラックは無理だと断言したレナの言葉に肩を落とす。
「まあそもそも! ルピマ鉱石を取るなんて考えないことよ! 価値は確かに高いけど、無理をして取りに行く程のものでもない。それに、普段は大人しいルピマ-グもルピマ鉱石を狙ってる人間には容赦なんてしないわ!」
「ラック、レナの言う通りにしよう。別に俺達にルピマ鉱石なんて必要ないだろ?」
「……そうだな」
その言葉に力は無く、ラックは1人その場から離れて行った。
「ラック! 何処行くんだ!? まさか、1人でタルマンの森に!?」
「違うよ。朝早かったから眠くなって来て。ちょっと仮眠して来る」
そう言ってラックはリビングを離れて、2階にある部屋に向かった。
「全く、子供なんだから!」
「まぁまぁ。きっと朝早かったから疲れてたんだよ」
「フラン分かってないわね。疲れてたんならタルマンの森に行くなんて言わないでしょ?」
「それはそうだけどさ。だけど……」
「だけど?」
「いや、何でもない!」
レナは疑問そうな表情をしていた。
しかしフランが言おうとした、男はロマンを求める生き物などと言おうものならきっと笑われたに違いない。
「変なフラン」
(はは……。まぁレナには悪いけど今回はラックに同情するよ)
それはフラン自身も内心はタルマンの森に行きたかったからだった。
すると研究所の方に大きな貨物を数台引いた巨大な馬、ビックヒッポスが向かって来ているのが見える。
「あれは……」
「どうやら来たみたいね」
レナは窓の外を見てそう言った。
「来たって何が?」
「来れば分かる! 付いて来て!」
レナは足早に動く。
フランも直ぐにソファ-から立ち上がり、先に行ってしまったレナの後を追って行った。




