8話 目指せウエストロッド
どうやら、この世界で生きていく上で、個人用携帯端末と言うものは絶対必要だということがわかった。
見た目は完全にスマホだが、性能は元いた世界のスマホの非じゃないくらい高性能で、この世界の人々の生活にかなり根付いている。
「ステータス見るだけのアイテムじゃないんだな……」
「まあね、亡魔獣倒した時とかも、自動的にこれに記録されてお金が報酬として入るようになっているしね」
「そうなのか、モンスターがなんで人間のお金を落とすんだよ! とかいうネタの問題は解決だな……」
一呼吸おいて、決断する。
job職業より先にこの世界でやること。
「よし、決めたぜ、デジコ、その結晶はとりあえず渡すから、そのかわり俺に個人用携帯端末を買ってくれないか?」
「別にいいけど、最新式のやつでも50万くらいで買えるけど、残りはそのあと渡せばいい?」
「そうだな、その50万って端末だけの値段だろ? やっぱ使用料金とか月々払うんだろ?」
「ううん。これは、最初に買ったらそれっきりだから、そういうのは無いわよ。壊れたら修理代高いけど」
「まじか、永久使用料込の値段ならいい感じだな、修理費聞くのはこえーが」
月々の支払いにお金を入れておく必要があると思ったが、その心配はなくなった。
最新式があるということは、毎年、機種変更の度に買い換える可能性があるが、ひとまずアルヴィアールが持っていた東亜製のスマホが見た目も使い心地も良かったのでそれにしたいと思う。
街についてからカタログや他社製品をみて気が変わる可能性もあるが、どの機種もとりあえず亡魔獣を討伐した時の自動振込機能と、それに伴うお財布ケータイ機能、job職業管理機能はついているらしい。
自動振込とか経験値とか何をどう判断して処理が行われるとかはさっぱりわからないし、デジコもそのあたりの仕組は適当で気にしていない様子だった、というか、手に入れたばかりのヌメロドロの結晶が過去最高にいい感じだったらしく、相当気に入ったみたいで、俺がスマホの事を聞いても、生返事しか返ってこなくなっていた。
とりあえず解ることは全ては“マニア”と呼ばれる凄い奴が作ったという事と、そいつならどんな仕組みで出来たとしても、当然だ。と皆が納得するということである。“マニア”へのこの世界の信頼性は凄そうだ。
宝物を燥ぎながら見る姿は小学生を通り過ぎて幼女みたいで微笑ましいが、俺も早く自分のスマホを手に入れたくて仕方なくなっていたので思い切って声をかける。
「よし、じゃあ早速スマホ買いに行こうぜ、たしか瞬間移動出来るjobスキルが魔術師はもっているんだろ? さっそくそれで街まで送ってくれよな!!」
勢い良く言ってみるが、思いがけない返事がかえってくる。
「ん? 出来ないわよ」
「お? テレポート覚えてないのか?」
「覚えているけど、テレポートは個人用だから、スギボウは歩きになっちゃうけど、使っちゃっていいの?」
「…………置いてかないで下さぁぁぁい!! 街まで連れて行って下さい!!」
「ええっ……めんどくさぁ……」
渋い顔をしながらも、一緒に街へと行ってくれるみたいだ。
アイテムはもう渡してあるので、それを持ち逃げしようと思えば出来るスキルがあるのに、しないで付き合ってくれるあたり、やっぱりこの世界の人間は良いやつだなと、改めて感じる。
デジコが鞄から何かアイテムを取り出した。
それを口元に寄せていく、笛の様だ。『ピィー』と甲高い音が響き渡る。
「おおっ、す……げぇ……色……」
「私はこれに乗っていくけど、スギボウは騎乗訓練とか受けたことある?」
「え……っ? 乗る!?」
笛で呼び出されたのは、見たことのない色をしたアルパカだった。騎乗訓練はあるのかと尋ねるがそれすら上の空になる程の毛色にビビってしまった。
(ショッキングピンクのアルパカ……ぱねぇ……これが女子力ちゅーやつか……)
「そいつも亡魔獣……なのか? こんな色の動物初めて見たぜ。騎乗訓練に該当するかわからんが、一応原付きの免許なら持ってるぜ」
「そうなんだ、この子は騎乗生物っていう人が乗るために作られたどちらかと言うとホムンクルスの系統かしら? ま、試しに乗ってみる?」
「お、おう……男が乗るには勇気のいるボディカラーだ……な――!?」
「だ、大丈夫!?」
俺が乗りかかろうとすると、突然暴れだし鼻をモガモガ仕出し、ツバを吐き出すアルパカ、その様子をみてデジコが理解する。
「スギボウ臭いから乗せたくないみたいね、しょうがないからやっぱり歩いて♪」
「そんなに臭いのか……今の俺って……」
「臭いわよ」
「ガガーン……」
口では乗りづらいと言っていたが、本当はアルパカに乗ってみたかったなぁ。
デジコが慣れた様子でアルパカの首に掛けられた手綱を掴んでひょいと乗ると、先ほどの俺との態度とは一変してご機嫌に歩きだすアルパカさんだった。
それを追いかけるように俺も歩きはじめ、雑談を交わしながら目的地の街を目指す。
「この世界の動物ってみんな亡魔獣って言うんだと思ってたんだが、違うのか?」
「そんなわけ無いでしょ、ちゃんと野生動物もいるわよ、この辺なら……カブリコ豚とか見たでしょ?」
「あー……、あの豚かよ!! 亡魔獣だとおもったけど、あれはただの野生動物だったのかぁ、わっかんねぇなぁ……。て、か……、カブリコ豚ってなんちゅー名前つけられてんだよっ、うけるっ!!」
パンティーを被る豚だから、カブリコ豚。そのネーミングがツボにハマって爆笑するが、同時に「じゃあ、あのパンツはどこから調達してきたものなのだろうか」と、新たな謎が生まれる……。
「うん、今はこの世界来たばかりだからわかんないかもしれないけど、そのうち見分けがつくようになるわよ、亡魔獣っていうのは独特の“匂い”があるから」
「匂いねぇ……そういやヌメロドロはなんか嫌な匂いだったかもなぁ」
鼻腔に付いた途端に、憎悪の念と嫌悪感が神経に障る嫌な匂いを思い出す。
「亡魔獣によってはすぐに襲い掛かってくる獰猛なのもいるから、匂いを嗅ぎ分けれたら不意打ちを受けることは、避けられるわよ」
「そうだな……」
「……?」
(俺って、イヴの匂いに鼻が麻痺気味だからなぁ……ってあれ? イヴってどんな匂いだっけな? 飼い犬の匂いを忘れるはずがないんだが……急にど忘れしたぞ……んんんっ?)
日常的に嗅いでいた愛犬のイヴの匂い。
あれだけ臭いとネタにしていた匂いを突然に忘れてしまった理由は、今の俺にはわからなかった。
歩きはじめて3時間程たっただろうか、街に近づくに連れて道は整備され、歩きやすくなってはきたが、最近めっきり歩かなくなっていたせいか、足腰がパンパンになってきた……。
「ふぅ……、それにしてもテレポートのスキルは個人用ってのは面倒くさいよなぁ、今みたいに仲間でつるんでる時の移動とか不便だよな? テレポート使えない職は急いでるときとか置いていかれるのか?」
「ん~、一応、複数の人物を同時に移動するスキルもあるわよ、聖職者専用だけど。あとテレポートが場所指定で使えるようになるには、ある程度スキルのレベルを上げる必要があるから、期待するほど使えるスキルでは無いわよ」
デジコの話を聞いて、以前アルヴィアールから聞いた、job職業におけるスキル取得制限の話を思い出す。
「スキルは50までしか覚えれないっていうやつか……。そうか、亡魔獣とかと戦っていくには戦闘用スキルのが大事になってくるもんな。職業に個性があるのは良いと思うんだけど、専用スキルって事は、仲間に聖職者がいなけりゃ結局みんな徒歩移動になるのか……」
腰を抑えながら、顎に片手を添えて考えながら歩く。
「そんなこと無いわよ、街にいけば転送専用で働いている聖職者とかいるし、移動はそこまで不自由しないわよ」
「なるほどな、job職をいかした仕事ってやつが、ちゃんとある訳だな」
「そういうこと」
戦闘を礎にjob職業に就くものだと思いがちだが、この世界の人はこの世界なりの生活があって、job職もそれに合わせて取得するのかもしれない。
(デジコはこの世界では何の仕事をしている人なんだろうな……って、街が見えてきたぞ)
日が傾き、段々と風が涼しく感じるようになってきた頃、ようやくウエストロッドの街、ステイビアに聳え立つ巨大な木が見えてきた。
街を臨むように広がる見通しの広い平野の中心に横たわるようにある街道、牧歌的な風景が広がり、同じように街へ向かう人間もちらほら見え始め、なんだかホッと安心してくる。
アルパカに乗っている人は見かけなかったが、四頭立ての帆馬車には追い抜かされていく、自動車のたぐいはまだ見かけない。スマホはあるのに、車は無いのだろうか。
街は巨大な塀で囲われていて、門が一つあり、警護する屈強な剣士風の人物が立っている。
デジコがハッとして、思い出した風に声を出す。
入るための手続きなどあるのだろうかと不安になる。
「……スギボウは、端末……今日中に手にいれたい?」
「そりゃ早いほうがいいけど、でもデジコだって仕事あるんだろ? 何時迄も俺に付き合わせるわけにいかないし、都合が悪けりゃ俺の事は先延ばしでもいいぜ」
「端末の店はまだ間に合いそうだけど……、登録する役所が……多分もう閉まっちゃってる予感が……」
「は? じゃあ、手に入れても使えないかもしれんのか!?」
「うん、ごめんね。うっかりしてた。とりあえず、店まで行ってみようか?」
「おう!」
ちなみに、入るときはなにも止められること無く入れてしまった。街を護る門番がそんなことで大丈なのかと逆に心配になりそっとデジコに確かめる。
「……俺、普通に入れたけど、ここの番兵だいじょうぶなのかね」
「ああ、あの人達は小さい子が外にいかないように見ているだけだからね」
「過保護かよっ!!」
外は亡魔獣が蔓延る世界なので12歳未満の子供は出入りが禁止されているとあとで知るのでだった。