2話 ヌメロドロの結晶
「綺麗だなぁ……」
片手を後頭部に枕がわりに置いて、天を仰ぎながら、先程スライムを倒した時の戦利品と思われる光る石を月明かりに照らして見詰めている。
日が沈む前までは、赤みを帯びた色をしていた石は、月の光が進入すると緑を帯びた青色に変わる不思議な光学特性が見られる石だった。
あの後、疲労回復してから残留物が無いか調べて歩き回っていると見つけた輝く結晶は、普段宝石など興味がない俺すら惹きつける魅力があった。
「売ったら、どれくらいの値段で売れるんだろうな」
ちょっと散歩に行って、すぐに帰るつもりだったので、財布もスマホも家においてきたままだ。
あったとしても、日本円が使える保証も無いし、スマホも充電器がないのですぐに使えなくなるだろう、当然電波も無いだろう、どの道持って来ていたとしても意味が無かったのだと諦め、とりあえず、現地調達した最初の資金源としての有力候補がこの石になる……と、思ったが。
「はぁ、寒ぃ……このままじゃ死ぬっ! 腹も減った!!」
これからのことを考え暫し思い老けていたが、腹が減るだけでいい案は出なかった、日没後急激に冷え込む夜の風に煽られ、生命の危機を感じる。
「腹時計的に、現実通りだと今は8時くらいか? やっぱ9時のドラマまでには帰れそうにねぇな、行くか!」
これと言ってドラマは好きで見ている訳ではないが、行動に移すにはそれなりの理屈をつけるのがポリシーだ、自身を奮い起こし立ち上がる。
夜の帳に包まれ、月明かりのみがさす人気の無い荒野に一人佇み、遠くの明かりを探す。
あわよくば街の明かりが見えるかもしれない。
スライムの様な奴が、頭蓋骨を被っていたということは、人間もいるだろうという一縷の望み。
「見えた、この光はたぶん街の明かりだ。行ってみるか」
そう言って、遠く見える光を目指し歩き始める。
長く険しい道のりになりそうだが、気分は高揚していた。
もし、次にスライムが現れたとしても今なら落ち着いて対処出来る気がしていたし、無意識に有難がっているこの月明かりが、自分のよく知る月と同じ姿をしていたことで安心していた。
少し……少し違うだけでここは地球なんだと思い、見えている光の先には必ず同じ人間がいると信じていたが。
「また森か……」
行く手を阻むように再び現れた巨大な森に侵入するべきか迷っていると、木々の上を狼煙のように立ち上がる煙が見える。
(火事……ではない、何か火を使っている奴がいる。人か?)
野営している人間がいるなら、運が良ければ仲間に入れるかもしれない。それに、この世界のことを知る人物がいるならば合って話したい。はやる気持ちがあり、焦って光のある方へ飛び込んでしまう。
「あ、あのっ――こ、こんばんは? かな? すみません、ここで迷っちゃって、野営一緒にしたいんですけど!?」
火を扱う事が出来るのは、人間という固定観念から、普通に話しかけた……が、一斉に振り向く人影は、炎の影の相乗効果もあって一層不気味な姿をした、怪物……だった。
(何だこいつら……緑色の体毛に、長い耳に鋭い牙……これは、よくRPGとかにいる……)
「オークか!?」
「オークだと? 吾輩たちは高貴なる一族デューロックだ!!」
「うおっ!? 化物が喋った!! ってマジかよぉ!」
見知らぬ世界でようやく会話できた最初の相手がよりにもよって豚鼻の怪物だったなんて、マジでへこむ。
というか、人語を話し、火を扱うくらい知性がある危険な相手と対面した事のほうがやべーんだけどな。
ハイテンションに話しかけたのに、今はシベリア超特急で下降している気分だ……。
だが、俺の体型を舐めるようにみたデューロックが相談を始め、その会話を聞いて我に返る。
「おかしらァ、今日は大収穫ですね、こいつも捕まえて今日の晩飯に追加しましょう」
「そうだな、こいつはさっきのヒョロガリと比べて肉付きも良さそうで美味そうだぜ」
「ん? こいつも……だと? 俺以外にも人間がいるのか?」
「ガハハ、そうだお前のように吾輩達の村にはいった間抜けを一匹捕まえたんだ、もしかしてお前、そいつを助けにきたのか?」
口を開く度に、獣臭い口臭を撒き散らすデューロック、そいつの口から出た“囚われの人間”というワードを聞き漏らさなかった。
「ほぉ……ふふ……、ふふふふふふ」
「ほぉ……って、なんで嬉しそうなんだ……き、きめー……」
(これは、囚われの美女を救い出し、その子といい関係になるフラグに違いない!! 来たぜ!! きたきたあ!)
スライムを倒した時の不思議な力が自分にはあるという自信が俺を囃し立てる。
間違って潜り込んだ失敗をもみ消すついでに、劇団員みたいな芝居がかった台詞を叫んで見る。
「そうとも! 俺はその子を救いにきた勇者様だ! その子を引き渡せ、 ぶっとばされる前になッ!」
ちなみに俺は小学校の頃演劇クラブをやってたんで、長めの台詞も噛まずに言えるし、クサイ台詞だって恥じらいはないんだぜ。
しかし、デューロックの反応は今一つで、むしろ引いてる……。
「……あの人間、雄でありませんでした?」
「人間のなかには雄同士で交尾するやつがいるらしい……こいつも……ヒエェ」
「え゛っ? 男?」
暗がりの向こうから、檻に閉じ込められていた人間が、こちらの状況に気が付いて叫んだ。
「うわあ、どなたはんか知りまへんが、助けに来てくれて、ありがとうおまんねんわ!」
「…………野郎かよ……、しかもなんで関西弁やねん!」
ツッコミを入れた所で次回に続く。