1話 ケンタとイヴの散歩
もう、夕刻になる頃だと言うのに、太陽は南西の方で高々と地面を照らしていた。
その光が反射して、未だに空気は暑い湿度を保ったままで、たまに涼しい風が吹く程度。
今年の夏は、梅雨が例年より遅く明けたおかげで、コンクリートに固められた街は異様な熱をまとっていた――。
俺の名は杉木泰弘。
公立黒曜高校に通う高校三年生で、家族は、母親との二人暮らし、犬が2匹。父親は小さい頃に失踪し、生死不明と聞かされている。
趣味は、ゲーム。
特に格ゲーが好きかな? RPGも好きだぞ、主人公の名前は普段あだ名で呼ばれているスギボウって入れてるな。
部活には入っていない、受験生の今の時期だから入ってないとかじゃなく、筋金入りの帰宅部だ。
理由は、まぁそうだな、さっき言い忘れたけど一番の趣味に犬の散歩ってのがあるからだ。
母子家庭で育った俺の、幼い頃からの大切な家族、こいつらと過ごす時間が俺の癒やし。
今日も愛犬を連れて散歩する。
「あっち~なぁ、お前たちは熱くないのかよ……ってヤベ」
夏休みに入ってからだらけて過ごしていたせいで下半身には脂肪が付きはじめ、太ってきたせいか多めに汗がでる。そして一瞬の気の緩みから、リードが手から滑り離してしまった。走ることが大好きな犬たちは、枷が外れたように自由を求め走り去っていった。
「こらっ! 俺は奴隷商じゃねえぇぞ! ケンタ!! イヴ!! 戻ってこい!! っ、あいつら……絶対俺のこと舐めてるな……ちくしょー……」
犬は、本能的に群れ意識をもっているらしく、よく順位付けの話はよく聞くが、どうやら俺は格下に思われているらしい……、いつも散歩に付き添っているのに……あんまりだぜ。
夏バテも相まって気が滅入ってしまうがそうしている余裕は無い、ミニチュアダックスのケンタ、ヨークシャーテリアのイヴ、2匹とも毛色はブラックタンで、日が暮れると闇に溶け込んで見えなくなる可能性があるから、早く見つけ出さないとヤバイ。
2匹はそれぞれ明後日の方向に行ってしまい、両方を追うことは出来ない。
「しゃあねぇな、イヴから探すか……」
イヴは……見た目は普通の犬といえば普通なのだが、ちょっと変わった特徴がある。
……臭いのだ。
お食事中の方には申し訳ないが、イヴはう○ちをしたあとそれをあむあむする癖があり、そんなお口で家のコンセントを齧ってしまい、口の中がバーニングウ○チ状態に陥り、それ以来ちょっと想像しないほうが身のためですよってレベルで臭いのだ……。
「イヴに舐められたりしたら、えらい目に合うからな……クリーニング代どころじゃ済まされないぜ……」
ケンタのほうも問題行動がある犬なのだが、それ以上に危険なイヴを追う。
「こっちの方……に行ったよな……あれ?」
イヴを追いかけ、いつもの散歩コースから外れた所までは自覚している。しかし夏の日差しは変わらずに風景だけが都会から瑞々しい森の中に変わっていた。
都会といえども、自然はまだ豊富な方だったが、ここは明らかに違う景色。自生する植物もどこか違和感を感じた。日本では見かけない珍しい不思議な花が群生している。
「どこだ……ここは、イヴ……?ケンタぁー! ムニムニー! ムニムニー!!」
愛犬を探すために、一歩、また一歩と森の奥へと入り込んでいく。
ムニムニと言うのは、俺がトチ狂って叫んでる訳でない、理由は知らないがイヴが好きな言葉で、部屋で隠れている時“ムニムニ”と言うとよく出てきた。今回もいつもの習慣を頼りに使ってみるが出てこない。この近くには居ないという事だろうか……。
太陽はだんだん西に傾いていくが、日差しは容赦なく、涼しい風も強くなってきたが気温は高いまま。
だんだん目眩がして来るようになってきた頃、生い茂る草の間から小さな影が見えた。
「あ、いた。手間かけやがって、帰るぞぉ、ムニムニムニ~……!?」
見知らぬ土地でようやく見つけた愛犬の影に一安心したのもつかの間、草陰から現れたのは見慣れた愛犬ではなかった。
「うわああっ!! ず、頭蓋骨ッッ――!?」
人間のモノと思われる白骨化した無残な頭部。だが異様さはそこだけじゃない。
「スライム――!? スライムがドクロを被っているッ!?」
影の正体は、自身の愛犬より一回りは大きかった。ヌメヌメと蠢くその体は血の様に赤い悍ましい粘体で不気味な黒い目玉があり、俺をギョロリと睨みつけた。
“スライム”というモンスターはゲームでよく雑魚魔物として登場するが、その姿はだいたい可愛くデフォルメされていたり、透明感がある綺麗な魔物だった……よな。
こいつは、異様な悪臭を放ち、生々しく人の頭蓋骨を戦利品のように被っていてマジでコエー。
「なんなんだこいつはッッ!! くっ……来るなぁッ!!」
動き事態は鈍い、うっかりと近接した者のみを狙うタイプの生物? いや、生物なのかどうかも判別出来ない異形な姿。だが、こいつは確実に俺を捕食しようとしている、と本能が告げている……。
突然の非・日常的な光景を前に竦み上がり戦慄していたときだった、視界に嫌なものが入り込んだ。
「う……うそだッ……い、イヴ!?」
それは、先程離れてしまった愛犬と思われる見慣れた黒い毛……、粘性に包まれ毛玉となって溶解されている姿だった……。
「いっ――――てめぇぇ!!!! イヴを食いやがったな!!!!」
その時、愛犬を殺され激昂した俺の脳内に謎のキーワードが響いた。
その言葉を口にする。
――――『うおゑんゐん しゃらべっぽ!!』――――
……どれほどの時間が経過しただろうか。
意識が戻ると、先程までは木々の生い茂る深林だったが、今は荒れ地の荒野と化していた。
足元には巨大なクレーターが出来上がっている。
「これは……? 俺がやったのか? イ、イヴ……」
次々と展開される光景に、完全に置いていかれるような脱力感と虚空。
呼吸が乱れていたことさえ忘れていて、記憶を辿るようにゆっくりと落ち着きを取り戻していく……。
最後に見たのは、朱く輝く光が自分自身を包み込んでいたような記憶。そして、あの毛玉は、もしかしたら別の生き物の毛だったかもしれない……と思い始める。
確認したくても、スライムは跡形もなく消え去っていた。
それをやったのは、自分自身。愛犬を殺されたと思い、怒り、聞こえた謎の言葉を口に出した途端世界がひっくり返った感覚があった。
「俺は……なにを……? ぐぅ!?」
仰向けで倒れていた体を起こそうと上半身をひねった途端、全身に奔る痛み。
「……力を……使った反動……ってやつか……」
力……、そう呼ぶしかないこの疲労感の原因と思われる謎のパワー。
中学の頃は憧れていたリスクを伴う代わりに手に入れる無敵の不思議パワー。
それを本当に使う日がきて、ありふれた台詞を言う日が来るとは……。
思わず顔がにやけてしまう。
「ははは……。笑っている場合じゃねぇよな……」
起こそうとしていた体は脱力に負け、再び空を見上げる。
森がなくなって広がった視界から見える雲は、橙を通り過ぎて紫に近い色を帯び始めていた。
新作が別の大陸で生まれた別主人公で、彼の一人称視点作品として始める予定なので、以前投稿していたものですが、この作品もスギボウ君の視点として書き直すことにしました。
ついでに再監修して面白くできそうな所はがっつり変えようと思いますのでまったりと、よろしくお願いします。