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水も滴る悩めるオヤジ

「え~っと…。今日はお越しいただいて有難うございます」


時間を迎え、現れたのは予定通りの二人。

それにみはる、リュートを加えた4人がテーブルに肩を並べる。

まず最初に、と頭を下げたみはるをじろりと睨んだのはアイリーンだ。


「今さら雁首並べて話すことなんてないわよ」

「俺も…まさかそっちのお嬢さんが来るとは思っても見なかったなぁ」


困った顔を見せるセインは、ちらりとリュートを気にしているようだ。


「関係者には一度に集まっていただいた方が早いかと思いまして…」


みはるの言葉に当たり前の様子で席についているリュートには、なんの動揺もない。


「あ~あれか…?こりゃ、俺のつるし上げってこと?」


睨み付けるアイリーンに対し、気まずげな様子で首を傾げるセイン。


「だったら先に謝っとく。こないだはすまなかったな、嬢ちゃん」

「いえ…」

「そんな事の為にわざわざこのメンバーで集まらせる必要なんてないでしょう。馬鹿なの?」


神妙な面持ちで頭を下げたセインを鼻で嗤うアイリーン。

聞いていた話の通り、彼女とセインとの仲は相当険悪なようだ。

最も、明らかな敵意をむけるアイリーンに対し、どこかセインの方は彼女に負い目があるような様子だ。


「ミハル、その様子じゃご領主に直接話を聞いたんでししょ?貴方にしては上出来よ。正解だわ」

「…!リーデルグのお嬢さん、あんたまさか…」


リーデルグ、と聞きなれない名称を口にして鋭い視線を向けたセインだったが、みはるとリュート、二人の動じない様子に、「…話しちまった、ってことか」と大きく頭をかく。


「参ったな、こりゃ。薮蛇だったか」

「リュートさんの血筋に関する話は、本人に直接聞かせていただきました。

…その上で、お二人に聞きたいことがありまして…」


まずは食事にしましょうと促すみはるだが、当然ながら手を出すものはいない。


「二人とも、話は後だそうだ。冷めては料理人に悪い。まずは乾杯でもしようか」


それまでだまっていたリュートが初めて口を開き、目の前に置かれたグラスを取り上げる。

琥珀色の食前酒が光を反射し、リュートの手の中でとろりとした光沢を放つ。


「…懐かしいわ。王都でよく好まれた酒ね。あの人も好きだった」

「厨房の人間がうまく手に入れてくれた。さぁ、グラスを」


促すリュートに、まずはアイリーンが目を細めながらそれを手に取る。

みはるもまた同じだ。

残されたのはただ一人、セインのみ。


「こりゃ、いけねぇなぁ。悪酔いしそうな酒だ」


じっと目の前のグラスを見つめていたかと思うと、大きく首を振る。

そしてゆっくりと、一見なんの関係もないような話を口にし始めた。


「なぁリュート…。俺はお前をアディの奴から頼まれたと思ってるんだ。

あいつは不器用な馬鹿だから、なにも言わずに逝っちまったが…それがあいつの供養だと思ってな」


その言葉に対して、バンっとテーブルを叩き、怒りを顕にしたのはアイリーンだ。


「白々しい。あの人の供養ですって?一体どの口がそんな事を…。

言っておくけど、ミハルに余計な手出しをするるもりなら覚えておきなさい。

どんな手を使ってでも潰してあげるわ。それから…あなたが軽々しくあの人の名前を口にしないで。

この…裏切り者!」

「裏切り者…か。久々に聞いたな、そりゃ。

だがな、お嬢さん。あんたがそこの娘に肩入れすんのもアイツの為だろう?

だったら…なにがリュートの為になるかわかるんじゃ」

「御託は結構。裏切り者のいうことに聞く耳なんてないわ。

…ミハル、あなたもこの男の言うことなんて気にする必要はない。彼が選んだのはあなたなんだから」

「アイリーンさん…」


おろおろと二人の様子を見守っていたみはるだが、どんどん険悪な空気になっていく二人に口を挟む好きがない。


「お嬢さん。あんた前もそう言って身を引いたな。だがその結果はどうだ?どうなった?馬鹿なアイツの最期を知ってるだろう。アイツは本来彼処で死ぬような男じゃなかったんだ…。俺は…いつかあいつが…」


パシャッ…!


「…食卓を汚してご免なさいね。お許し頂けるかしら」


自身の前に置かれていたグラスの中身を全てセインに向けてぶちまけたアイリーンは、口許をきゅっとつり上げると、主人であるリュートにその非礼を侘びる。

その肩は今もまだおさまりきれぬ怒りに震えているようだった。


「…嬢ちゃん、せっかく招待して貰ったってのに悪いね。

こういうことだから、今夜はここまでで勘弁してくれるかい」


ポタポタと酒の滴をたらしながら、平然とした様子のセインは、慌てて駆け寄ってきた使用人から大きめなナフキンのようなものを受け取るとそのまま立ち上がる。

料理人と二人、この食事会の為に残ってもらっていた数少ない使用人が、おろおろとした様子でリュートを窺っている。


「…そのまま返すわけにはいかないだろう。湯あみの用意ができているなら、先にセイン殿をそちらに案内してくれ」

「は、はい!」

「おいおいリュート。本気か?俺がここに留まるのを嫌がってたんじゃねぇの」

「先に失礼をしたのがこちらの人間である以上、礼を尽くすのが領主としての役割だ」

「…こちらの人間、ね」


アイリーンを身内とし、その上で明確にセインとの線引きを見せたリュートに、皮肉げな笑みがこぼれる。


「そんな男、そのまま放り出せばいいのよ」


あくまでも強硬な姿勢のアイリーン。

どうすべきか悩み、リュートの横顔を見上げたミハルだったが、このままではいけないと思い立ち、勢いよくたちあがる。


「待ってください。湯殿へなら、私がお連れします。招待したのは私ですし…ここの女主人になるわけですから」


リュートがアイリーンの行動に謝罪すると云うのなら、みはるもまたそれに倣う。

アイリーンは領民で…守るべき存在だ。

例え旧知の仲であったとしても、セインはあくまで領主の客人である。


「いいですよね、リュート様」

「…あぁ」


一瞬の躊躇いを見せた後で頷くリュート。


「嬢ちゃん、お前…」

「風邪を引きますよ、セインさん。着替えはリュート様のものを出してもらうのでそれを使ってください。二人は先に食事を。私もすぐに戻りますから」

「…わかった」

「じゃあ、頼むとするかね…」


渡された布で未だ滴る酒の雫を拭き取りながら、セインがみはるに従う。

アイリーンは最後まで何か言いたげにこちらを見つめていたが、それを見ぬふりで扉を出た。

きついアルコール臭がその周囲に漂い、酒に弱いみはるなど匂いだけで酔いそうだ。


「しっかし遠慮なくやってくれたな、おい。こんなのは久しぶりだぜ、全く…」


くっくっと声を殺してセインが笑う。


「全部頭めがけてかけてきやがった…最低だな。まあ、あん時よりゃ、マシだが…」

言葉の割には何故かその表情は明るく、文句というよりはただの愚痴になのかもしれない。

その顔にどこか見覚えが有るような気がして、妙な既視感に一瞬くらっと目の前が揺れた。



―――いつも馬鹿ばかりしているように見えて、誰よりも臆病な男だった。

   


   最期に、あんな顔をさせるつもりなどなかったのに―――――



あぁ。



「いつも貧乏くじばかりだな、お前は…」



ぽろり、と口からこぼれた言葉は、みはるの意識には存在しないはずの言葉だった。


パッ…。



「あ‥れ?」



確かに、先ほど何か口にしていたはずなのだが。

自分が何を口走ったかまったく思い出せず、はたと立ち止まる。

幸い、少し離れて酒の雫と格闘していたセインにはみはるが零したセリフは届かなかったのだろう。

立ち止まったみはるに、「なんだ、迷子にでもなったのか?」と揶揄する声をかける。

その声に、ようやく我に返ったみはるは、とりあえず先ほどの事は忘れることにして、小さく笑う。


「迷子…ある意味そうかもしれませんね。私の場合、もう帰れそうにはありませんけど」


帰れない。いや帰らないと決めたのだ。


「…なぁ、嬢ちゃん。あんたの故郷がどこだかは知らねぇが…。

なんとかして俺が必ず嬢ちゃんを故郷に送り返してやるって言ったら…リュートの元を離れてくれるかい」


懇願するようなセインの言葉に、みはるはただ「無理ですね」と答える。


「頼む。あいつと、別れてやって欲しい」

「嫌です」


首をふり、縋り付くようなセインの瞳を正面から見据えた。

―――正直、昨日リュートとの話し合いがなければ、きっと自分はここで揺らいでいたのだろう。

だが、彼の為にもう、揺らぐわけにはいかないのだ。

帰れないことに心を痛める時期はもう終わったのだ。

リュートとともにここで新しい家族を作る。

それが、たとえセインを突き放してでも叶えたいと思うみはるの願い。

そんなみはるの決意は彼にも十分伝わったのだろう。


先に目をそらしたのはセインの方だった。


大げさに天を仰ぎ、「あ~あ」と漏らす。



「…くそ…まったく、親子揃って厄介な女にばかり惚れやがって…。

俺がどれだけ苦労してきたと思ってんだよ…バカ野郎…」


それはみはるに対してではなく、ただの泣き言だったのだろう。

もう、ここにはいない親友への。


みはるがその言葉に対して返せる答えは、ない。

彼の望みを叶えることが、みはるにはできないのだから。



「幽霊でもなんでもいいから戻って来いよ…アディ…。てめぇの息子の話だぞ…。

なぁんで俺がこんな苦労しなきゃなんねぇんだよ…なぁ?」


両手で顔を覆い隠してこぼした、小さな、ほんの小さな彼の囁きに。


今はただ、気づかないふりをした。


―――見えない刺だけが、心の中に突き刺さる。

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