禁じられた言葉②
「つまり…リュート様にも、王族の血が流れてる…って事ですか」
「そういうことだ」
庶子、ということはつまり、愛人の子供。
「ちょっと待ってください。えっと、あまりそういう話には詳しくないんですが、例えば正妃の産んだ王子ではなくても、側室が産んだ子供なら正式に王子と認められるんですよね。
ってことは、リュート様のお母様は…?」
「王宮で侍女として働いていた下級貴族の女性だそうだ。
…先王の気まぐれで手をつけられ、子を身ごもった」
「…下級貴族。でも、王様に気に入られたなら、寵姫とかになって側室に上がるものなんじゃ?」
たとえ位が低くとも、王の寵愛があれば権勢を誇れる場合もある。
「言っただろう?ただの気まぐれだと。寵愛するほどの情もない。
強いて言うなら、丁度その時期は、正妃の懐妊が発表された頃だったそうだ」
「…つまり、奥さんが妊娠中のちょっとしたお遊びだったと」
女性側からすれば、ふざけるなという話である。
ついつい、冷え切った声になるのは仕方ないことだ。
他人事であってもそうなのだから、関係者であるリュートなど、さぞや腸が煮えくり返ることだろう。
「勿論、そんな事を正妃に知られれば激怒するのは間違いない。
祖母の口を封じ、子を堕ろさせるつもりでそれを配下に命じた」
「…でも、そうはならなかった」
なっていたのなら、リュートは現在ここに存在していない。
噛み締めるように口にするみはるに一つ頷き、リュートが続ける。
「当時の側近の一人に、祖母を庇ったものがいたらしい。
彼は言葉巧みに王を説得し、秘密裏に子を産ませるとそのまま祖母を城下に匿った」
「なぜその人は庇ってくれたんでしょうか?」
勿論リュートにとっては命の恩人に当たる人物だが、その行動に疑問は残る。
「さぁな。詳しいことは私も知らされてはいない。
考えられるとすれば、同時期に生まれてくることになる正妃の子供のスペアにするつもりだったのかもしれないな。…出産にはリスクが伴う」
つまり、死産であった場合の予備として確保しておきたかった、そういうことだろう、と。
あまりに非人道的な考え方だが、確かにそれならば納得もいく。
「あれ…?でも、確かリュート様は「王の兄」だとおっしゃいましたよね…?それだと弟になるんじゃないですか?」
妻の妊娠中の浮気だとすれば、当然正妃の子の方が先に生まれてこなければおかしい。
「亡くなったんだ、正妃の子は。産褥で、母子ともに命を落とした」
「…!」
「現在の王は、その後に生まれた側室の子だ。
あくまで噂だが、正妃の子が王となるのを阻止したい一派が王妃に毒を持ったのではないかと言われている」
リュートの話によれば、その理由は、正妃が他国の王女であったことが大きいそうだ。
正妃に子が生まれ、その子が王となれば、次代の王は他国の王族の血をも同時に持ち合わせることとなる。
つまりは、それによって他国から干渉されるかもしれない、その事を恐れたということだ。
子を産んだ側室は、古くから王家に使える公爵家の娘らしい。
「でも…正妃がなくなり、側室に子供が生まれた後も、リュートさんのお父様は生かされたわけですよね」
スペアとしての価値は、もうないはずだが。
「その頃には父はすでに死んだものと考えられていたんだ。祖母ともども、な。
匿っていたはずの城下の屋敷で火事が起こり、子を抱えた女の焼死体が発見されていたそうだ」
「火事…」
それが、ただの事故である確率はどれほどだろうか。
「実際に、祖母はそこで焼け死んだ。
…だが、父だと思われた子の死体は、別人のものだった」
それも後から分かった話で、当時は完全に死んだものとして扱われていたそうだ。
「誰かが、すり替えた…」
「そういうことだろう」
あっさりとうなづいたリュートだが、それが誰の仕業なのかは彼にも知らされてはいないようだ。
だが、知ったところで一体なにが変わるというのだろう。
事実はなにも変わらない。
「その後市井でただの孤児として育った父が、なぜ王の庶子であるとわかったのか…。
その辺は厄介な話になるので後にするが、自身の兄と呼べる存在が生きていることを知った現在の王が、先王にも秘密裏に父の存在を見つけ出し…そして監視の為に人を送り込んだ」
「それがセインさん、ですか…」
あぁ、話がようやく繋がった。
つまり彼は、王家の人間であるリュートを、身元も分からぬ怪しげな女の手から守るつもりでここにやってきたのだろう。
高貴な血を継ぐものが、それを知った妙なやからに利用されるのを防ぐために。
「彼は私が貴族の娘と結婚して王都に戻ることを望んでいたようだが、実際問題それは難しい話だった。
私はただ、与えられたこの領地を豊かにし、民とともに静かに暮らしていく、それを望んでいたしな」
君のおかげでそれが叶いそうだ、と微笑まれ、みはるの顔が思わず赤くなる。
だが、現在の国王がリュートの父親自身の兄だと知っていたのだとすれば、リュートが領主の地位を与えられ、辺境とも呼べるこの領地へと送られたのも納得がいく。
本来であれば甥と呼ぶべき存在をただ市井に野放しにするわけにもいかず、かと言って傍に奥には危険すぎる。
そんな判断の結果が、王都から遠く離れた土地へ彼を逃がすことだったのだろう。
王としては、まだ情け深い配慮なのかもしれない。
後は一体いつ、リュートが自身の血脈を知り得たか。
アイリーンは、セインによって聞かされたのだろうと言っていたが…恐らくは違う。
「……とりあえず、話は納得しました」
今はそれを追求しても仕方ない、ありがとうございました、と話を切り上げたみはるは、そのまま無言で椅子から立ち上がると、その場に思い切り膝をつき、見事な土下座を披露した。
「…ミハル?」
「すみませんでした!!!!」
ガバッと下げた頭を、リュートが困惑げに見下ろすが、みはるが顔を上げる様子はない。
「聞づらいことを話させてしまって…。
こんな話、当事者に聞くことじゃないってわかってたのに…」
「…ミハル…」
「話してくれて…信用してくれて、ありがとうございますっ!!」
本当は、もっとはぐらかされかと思っていた。
まさか、こんなとんでもない話だとは思わなかったが、何か深い理由があるのだとは気づいていたから。
それをすべて話してくれたのは、彼からの信頼の証であることは間違いない。
ならばそれに答えなければ、ここは女が廃るというものだ。
みはるのすぐそばに膝を折ったリュートの手が、その肩に乗せられるのを感じながら、みはるはぐっと顔をあげた。
「実は私も、まだリュート様に内緒にしていたことがあるんです」