禁じられた言葉①
人の秘密を聞くのも、人に秘密を話すのも、結構しんどい事なのだとつくづく思う。
「あ~…リュート様…」
「なんだ?そういえば、話したいことがある、といっていたな?」
食事を終え、コーヒーによく似た飲み物で一服、といったところでようやく本題を思い出したみはるは、ゴクリと一つ唾を飲み込んだあと、おずおずと口を開く。
「実はですね…リュート様のお父様について、どんな方だったのかお聞きしたいなと思いまして…」
「…あぁ、セイン殿の件だな。君には迷惑をかけて申し訳ない」
「!い、いいえ大丈夫です!それにあれはリュート様のせいじゃないですよ!」
全ては人の寝込みを襲って来るような#変態__セイン__#が悪いのだ。
「だが、君に危害を加える可能性のある人物をここに招き入れたことは事実だ。
そして、君を危険にさらした彼を罰することが私にはできないのだから…」
その口ぶりは、できるなら罰したかった、と言っているようなものだが、少し疑問に思う。
「…セインさんって…何者なんですか」
「……王家に仕える一族、とだけ聞いている」
「…王家ですか…それはまた」
随分厄介な名前が出てきたものだ。
「でも、リュート様のお父様のお友達、なんですよね?」
なぜ、リュートの父はそんな物騒な相手とお友達になったのか。
アイリーン曰くだが、穏やかな優しい人だったという触れ込みなのに。
「私がその事を知ったのは父の死後だった。
それまでは、ただの父の同僚だと思っていたよ」
「つまり、身分を隠して近づいてきた、というわけですか…」
「恐らくは父も、初めは何も知らず付き合っていたのだろう。
…最も、あの父の事だから知っていたとしても何ら変わらなかったのかもしれないが」
ほんの少し、苦笑の混じるその口ぶりは、アイリーン同様、リュートの父への隠しきれない愛情が滲む。
「他者に対して冷徹な部分があったかと思えば、一度信じたものはテコでも動かない、そんな頑固な一面もある人だったからな。
「そう…ですか」
冷徹な部分、とやらに関してはアイリーンは言及していなかったが、恐らくリュートの父は、アイリーンに対しては文字通り優しさしか見せることがなかったのだろう。
愛ではなかったのかもしれないが、少なくとも情で繋がっていたに違いない。
「君に似てるだろう」
「私?」
ふと、リュートの視線がみはるを射抜く。
「よく、似てると思ったよ。
一見、底抜けのお人好しのように見える割に、君はよく人を見ている。
だから、自分に対して悪意や敵意を持つ人間のことは徹底的に排除するだろう?」
「それは当たり前じゃありませんか?ただ、臆病なだけですよ」
誰だって、自分に外をなす人間を懐に入れたいとは思わない。
傷つきたくないから近づきたくないというのは、ただの臆病者のいいわけだ。
「臆病…か。確かにそうとも言えるかもしれないな。
だが、君は自分を傷つけるかも知れない相手だと分かっても、一度情を持った相手を簡単に切り捨てることはできない。だから、自分を守るために選別をしているわけだ。本当に信じていいのか?それを見極めるために」
その点で言えば、私は合格だったのかな、と笑うリュートに、みはるは言葉が出ない。
「…人を試して、ダメだったら見捨てるって、それ最低じゃありませんか」
「誰だって、多少の下心を抱えながら生きてる。
与えたものの対価を、無意識に求めるのは当然だ。たとえ、それが愛情だろうと」
自分がこれだけ愛しているのだから、愛されて当然だと。
そう、思ってしまうのはある意味仕方のないことだろう。
「今考えれば父は、そういった感情をほとんど持たない人だった。
愛されて当然、そんなことはかけらも思っていなかった。
ただ、自分が愛したいから愛する、大切にしたいから大切にする。
それだけで満足だと臆面もなく言えるような人だったよ。
……君のように」
「買いかぶり過ぎです」
「いや、違うな。…父もまた、臆病だった。
逆を言えば、自分が誰かに愛されるなんて、考えてもいなかったんだ。
だからこそ、見返りを求めず、惜しみなく与えることができた。
相手から自分へ与えられる対価など、どうでもよかったんだ。
…だがそれも誰彼構わずというわけではない。
だからこそ、慎重に選んでいたんだろう。自分が愛するに値する人間を」
「それだけ聞くと、ひどく傲慢なようにも聞こえますね」
自分は欲しがらず、与えるだけ与えて、選別する。
「君はそう思うか?」
「はい」
思うのではなく、実際そうではないか。
「だがね、私や…私の母は、その父の愛情を飢えるように欲したんだ。
いくら求めても求めたりぬほどに。
…そして父は、与え続けた。決して尽きぬと信じることのできた、唯一の愛を」
「…対価を支払う必要のない愛情なら、たとえ自分が対価を支払えなくなったとしても、尽きることがないと安心できた?」
つまりは、そういうことか。
「君はやはり優秀だ。
母にとっての対価とは、自身の美しさだったのだと思う。
父に出会うまでの母は、その美しさゆえに多くの男に求婚されたが、彼らが母に求めたのは、「母の愛」ではなく、「<若く美しい>女からの愛」だった。
若さも美しさも、いずれは失うものだと母はわかっていた。
だからこそ、父だけは信じたのだろうな。何も持たずとも、父だけは永遠に愛してくれると」
「…若さや美しさがなくなっても、その人がその人であるなら、何も変わらないと思いますけどね」
見かけが大切なのも事実だろう。
だが、言うではないか。美人は三日で飽きる、と。
人は美しいだけの人形を一生の伴侶になど出来はしないのだから、当然だ。
「それを当然と言える君は、やはり父に似ている」
フッと笑ったリュートに、みはるはどこか既視感を覚えた。
―――懐かしい?
…彼のそんな顔を、いつどこで見たのだったか。
「済まない、話がそれたな。
なぜ、王家に仕える人間が、わざわざ正体を隠してまで父に近づいたか。
君が知りたいのは、それだろう?」
「……はい」
まさか彼が、いわゆる王族の密偵だったとは思わなかったが、問題なのはそこだ。
「…私がそれを聞いて、何か不都合な事があるなら…」
話さなくていい、そう言おうとしたみはるの口を、すっと伸ばしたリュートの手が塞ぐ。
「君に聞かれて困る事などないさ。
私にとっては厄介でしかない話だが、これからは君にとっても他人事ではなくなる。
いずれ話す必要があるとは思っていた」
口を塞がれたまま、じっとこちらをみつめるみはるの耳元にそっと唇を寄せ、リュートは続ける。
「彼が父に近づいた理由、それは父が先王の庶子だったから。
……現国王の、義理の兄だ」