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五代記  作者: なっかー
第一部――1章   原点
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第四話 一隻の船

 ほんの少しだけ、難産になりました。


 一人の少年、いや、英雄が目覚める。

 彼の名は新太郎忠氏。

 その横にいるのは近衛京子。

 京子が作ったと思しき朝食が忠氏の鼻腔を刺激する。


 二人には共通項がある。それは、共にはぐれ者だということ。さらに、同じ国に流れ着いたこと。そして、親から高度な教育を受けていること。


 そんな二人の一日は武術の訓練から始まる。

 忠氏はひたすら素振りと藁で出来た人形への打ち込みを繰り返す。

 京子は遠くの小さな木の板に向けて矢を射る。


 もう既に稲刈りは終わり、その他のやるべきことも終わった。だからこそ、武術に打ち込むことができる。


 さて、そろそろ冬支度が必要となる。雪国の冬は厳しい。


 豪雪地帯と言えば現代に於いて真っ先に名が挙がるのは酸ヶ湯などであろうか。また、舞台となっている越中に近いところならば、十日町や湯沢、高田、中郷、大野、それに今庄あたりだろうか。



 ――ここからはあくまでも作者個人の感想だが、雪は心を洗うと同時に汗を流す。あまり雪かきしたことのない人は、なぜ寒いのに汗をかくのかと疑問に思うかもしれないが、雪かきほど重労働になるものはあまりないと思うほどである。寒いのに、耳は赤くなるのに、コートの中は暑くて汗をかく。これがまたかなり辛い。

 県内にもスキー場はあるのだが、交流のある宿あるスキー場に行く年もある。その時に通るのが、上越高田-新井-中郷の豪雪地帯なのだが、年によっては高速道路を下ろされてしまう。その時は国道18号を使うことになるのだがこれがまた混む。高速ができる前は毎回これを使っていたというから驚きだ。因みに最近の下ろされた年はすぐ前の車(車間距離は約3~5m)のブレーキランプが見えるかどうかで、もちろん信号など停止線付近まで行っても見えないときもあった。当然、速度も10km/h程度の超がつくほどの徐行運転なので周りの車のブレーキランプを見ながら走るような形になる。幸運なことに赤色はよく見えた。おかげで赤信号ならばわかったので何とか事故には遭わなかったが、交通情報は恐ろしいことになっていた。

 ただ、雪は悪いことばかりではない。「雪の大谷」というのはご存知だろうか。立山・黒部アルペンルートの途中で、高度が日本一の(広域的な意味での)駅・室堂のすぐ近くにある。その雪の量は莫大で、アルペンルート開通が延期になることも多々ある。そうしてできる雪の巨大な壁は時には20m以上になる。もちろん、真夏に行っても、高さは劣るがそれでもやはり高い壁を見ることができる。ナポリやヴェニス(ヴェネツィア)と同様に、死ぬまでに一度は見てほしい。とにかく圧倒される。


 ――話が大きく逸れたが、雪国の冬事情はかなり厳しい。



 話をもとに戻す。

 時は応仁元年の暮れで、季節風が北から吹きつけてかなり冷え込んできている。

 そしてこの日は村長への返事の期限である。


 忠氏は事前に決断を京子に話すことを決めていた。彼は客間から二つの包みを取ってくると部屋に戻った。



 既に冬の短い太陽は西に傾き始めている昼下がりであった。


「話しておきたいことが二つある」

「ええ。何なりと」

「一つ目は村長の件だ」

 京子は静かに頷く。

「受けぬ」

「ええ?」

「ことも考えたがやはり受けることにした」


 京子はおちょくられたと思ったのか、不服そうな顔をしていた。忠氏はそれを感じとり、説明を始めた。


「初めは面倒と思っておったのだがこの村を回っているうちにここをよりよくしたいと思ったのだ」

「されば私も協力を」

「頼む」

「喜んで」

「助かる」


「このようなやり取りは少し恥ずかしうなります」

「そうか。ところで二つ目は、これからのことについてだ」

「まだ日が沈むまで時があります」

「その事ではない」

「では何のことでございましょうか」

「これから数年間、或いは数十年間の話だ」

「ああ、なるほど」

「仇討ちの後の会話で心配しておったことがあったであろう」

「ええ」

「これを見てほしい」

 そう言って忠氏は二つの包みを出した。

 京子は直方体の形をしているものの方から開ける。その中の桐箱を開けると、異様な雰囲気を醸している、いかにも高価そうな茶器が出てきた。

「これは……」

「我にはわからぬが、恐らく見る者が見れば価値のわかるものであろう」

「む、いや……。ううん」

「いかがした」

 京子は茶器をまじまじと見ている。それは青磁器で、割れているところは何かで留められている。

「あぁ……えぇ? もしや」

「もしや?」

「非常に言いにくくかつ確たる自信もございませんが……」

 お京はもう一度見てから静かにそれを置いた。

「銘馬蝗絆(ばこうはん)かと」

「馬蝗絆か…………ん? 今、何と言った?」

「馬蝗絆にございます。平重盛所有と云われており、割れているので明に代わりの物を要求したところ、『これに代わる名器などない』と言われその割れている箇所を留めて返されたという逸話つきの一級品にございます」


 忠氏は混乱しているようで、一度部屋を出て、それから五分程度で帰ってきた。


「三点よいか」

「ええ」

「一つ、何故それがわかる。二つ、何故ここにある。三つ、お京は何者だ」

「以前、母上と茶会に出たことがあり、その席にて噂を聞いたのです。何故ここにあるのかは存じ上げません。最後に私は何者かを申し上げますと、後九条右府の娘で外祖父は正親町三條實雅で、母上から教わったのは茶の湯、弓、薙刀などでしょうか」



 二人は大名物を前に揃ってため息をついた。


「取り敢えずあまり触れぬようにせねばな」

「ええ」




 二人は拍子抜けしたまま夕暮れを迎えた。



 寝転がって上を見ていると家の前の方から声が聞こえた。



 その声の主は、現・村長であった。



 * * * * * * * * * * 



「おお、あなたでしたか。すみません。少々ございまして」

「何が少々あったのじゃ」

「それはそのうちお話いたします」

「それはそうと、あの件はどうするのじゃ」

「お受けしたく思います」

「ならば頼むぞ」

「ええ。御指導の程よろしくお願い申し上げます」

「無論じゃ」

「ひとつお話があるのですが」

「何じゃ」

「あなたには、長老という職についていただけないかと」

「なんじゃそれは」

「某の補佐のようなものです」

「相わかった」

「では、よろしくお願いします」


「……ところでこれは何じゃ」


 長老殿が例の茶器に手を伸ばすので慌てて制止しようとする。

 しかし、長老殿の手が今にも触れそうだったのでやむを得ず手を叩いて払ってしまった。


「なんじゃ」

「これは我が家の家宝となり申した。家の者以外は指一本たりとも触れさせぬと決めたのでございます」


 後ろで少々乱雑な音がした。おそらくお京が急いて桐箱にしまったのだろう。


「あ、いや……」

「ん? いかが致しましたか」

「なんでもない」

「ならばよいのですが」


(なぜじゃ……)


 そう聞こえた、気がした。



 * * * * * * * * * * 



 村の広場には村のすべての人が集まっていた。


「皆も知っているとは思うが、この度、我が村は新たな長を迎えることとなった」

と長老が音頭をとる。

 長老は新たなる長に話すように促す。

「某は名を新太郎忠氏と申す。これよりは某が長となる。早速だが、残すものは残し、変えるものは変えて、この村を活気付けたいと思うておる。そのためには必ず協力が必要になる。そこを何とか賛同していただきたい」

 忠氏が頭を垂らすと一同がざわついた。

 忠氏は構わず続ける。

「ついては、某と皆とを繋ぐ役割として、前の村長殿には長老という新たな役に就いてもらう」

 忠氏はさらに続ける。

「これよりは七日に一度集まってもらう」


 何故、七日(・・・)なのか(・・・)


 それは七日のうち集まらない六日を分割しやすいからだと後々語っていたというが、その意味が分かるのはかなり後のことになる。

 それはさておき、この集会より始まったことが多いのも事実であり、後世から見れば、時代の転換点の一つだったとも云われる。



 * * * * * * * * * * 



 村長就任、馬蝗絆事件など、時勢が目まぐるしく変わる中、京子の母が死んでから四十九日が経過していた。二人はこの日をもってある決断をしたのだが、忠氏が思うには、その前に一つ、問題が立ちはだかっているように思えた。それは盗賊を斬ったあとに問題として浮上して、そして馬蝗絆事件の日に忠氏が解決しようとしたが、事件で完全に頭から飛んでしまった。


 その問題とは、家格であった。

 京子の出は近衛、つまり摂家である。つまり、忠氏は最低でも太政大臣を輩出できる家格、つまり清華家以上の出でないと厳しい。

 では、何をしようとしているのか。それは、二人の婚儀であった。その話は、どこからともなくそのような話が湧いてきたものであった。


 忠氏は京子にあの日に開けていない方の包みを開けるよう促す。

 京子は包みを開ける。


 そこには数々の品々が入っていた。

 櫛。お守り。当面の資金。服。小刀。そして、書状。


 そこには、様々なことが書かれていた。



 ――前略 太郎


 お前が読んでいるのは、恐らくそのようなときか。無念だが悔いはない。

 何故、斯様な仕儀になったか。それを伝える。とはいえども己が生まれに起因する。

 我が父は、お前の刀の持ち主である。だが、幼少の頃に我が存在は秘匿され、知るものはおらぬに等しい。左様な中であれども付き従うてくれたのが爺である。爺のお陰で生き永らえたと言っても過言ではない。我は、細々と生きねばならぬ世を憎んだ。それ故、お前には他とは一線を画した物事を教えた。太郎、世を変えてくれ。お前には可能だ。草葉の陰から見ておる。




 私は、近衛の家に生まれ、そなたの父は許嫁でした。父上が追われたのを知ってからしばらくした頃、漸く何処にいるかわかり、嫁いだのです。あの時の父上は驚いておられました。しかし来たのは嬉しかったようです。

 父上の話の補足になりなすが、あなたはこの血筋を巧く使いなさい。

 あなたは二人が苦心して教えた理想の子です。それを誇りに思いなさい。




「……よい親を持ちましたね」

「それはそうなのだが、これのお陰でお京とは夫婦(めおと)になれそうなのだ」


 そう言いつつ忠氏は己の腰にある太刀を指す。


「刀の持ち主はな、彼の六代将軍だ。足利は清華家であろう」

「ええ、確かに。ただ、私はあなたの血筋が左様でなくてもお受けしておりましたが」

「では! ……よいのだな」

「ええ。是非」



 こうして応仁元年の暮れ、越中国に一つのほんの小さな家ができた。

 人はそれを船に例える。それに倣えばこの船は荒れ狂う大海原に漕ぎ出したおんぼろの船である。


 そんな出航したばかりの船に二人の訪問者が来た。



「お久しうございます。太郎様」


「…………爺!」


 その人物を見た忠氏は、たまらず叫んだ。


 第一章は完結ですが、小話を入れる予定です。

 また、これからも同様になりますが、章と章の間は三週間ほど空けることになると思います。それまでお待ちください。

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