表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五代記  作者: なっかー
第一部――1章   原点
8/28

第三話 仇


 互いを睨みながら、間合いをはかる人物が二人いた。

 一方は、年が数えで十五の、大きな太刀と小さな太刀の二本をその腰に指した少年。

 もう一方は、声や気配、それに姿がとても優美で二十四、五歳ぐらいの、その頬に深い傷を負った女だった。



 * * * * * * * * * * 



 半歩だけ、前進すると、相手の女は少しだけ動く。

 その仕草や立ち居振る舞いから察するに、かなりのやり手だと思われる。


 間は二間半ほどになっただろうか。目には女が素早く反動をつけているのが見えた。

 咄嗟に身を逃がす。

 その直後、かつて自らがいた場所に敵の太刀が飛ぶように来る。

 すかさず抜刀して斬りかかる。抜刀は父上の究めた奥義の一つ。

 敵はこちらから見て左側に素早く避ける。

 存外、拍子抜けした感覚だった。

 斬れたのは腰のあたりに二寸ほどだけだった。

 直ぐに振り向くと、敵はすでに動作に入っていた。

 すかさず構える。

 獣のように襲いかかってくる敵の太刀を横へ払い、前に出る。

 進み出る間に、敵は己の太刀を戻していた。

 そのまま鍔迫り合いになった。


 向かってくる太刀は払う。

 敵が隙を見せれば警戒しつつ突っ込む。

 そんなことを繰り返していた。

 体感としてはとても長いものであったが、おそらくそれは短い勝負であっただろう。


 いくつもの打ち合いを繰り返しながら、徐々に劣勢になっていくのが手に取るようにわかる。

 負けるのかもしれない、と一瞬だけ思った隙に追い詰められた。


「そうだ。あの世へ行く前に教えてやろう」


 敵は唐突に言い出した。



「お主、義忠はわかるか」



 突如として、頭の中に走馬灯が駆け巡る。様々な日があった。


 生まれた日。

 初めて歩いた日。

 結構泣いた日。

 剣術を習い始めた日。

 京を離れた日。

 最後の三人での日。


 それらの日々は本当に幸せなものだった。


 走馬灯はまだ続く。


 忘れもしないあの日。

 目が覚めた。

 魚を釣った。

 焼いて食べた。

 歩き始めた。

 道に迷った。

 優しかった父上はそれを軽く誤魔化した。

 笑っていた。全員が。

 父上が照れ隠しに刀の柄で小突いた。

 そんな父上を母上は窘める。

 その次の瞬間。


 ――囲まれていた。

 父上に押し出された。

 駆けていく中で視界に入った、如何にも首領と思しき敵。

 そう、敵だ。

 あの顔はここで見た。

 そして気がついた。


 目の前にいるのは、父上を殺した仇。

 京子を斬ろうとして、そしてまさに今、自分も斬らんとする憎き(かたき)


 その憎むべき、忌み嫌うべき、消し去りたい二人は同一人物。

 そう気づいてから、はっとした。


 あの時の感覚が蘇る。

 あのとき。

 母上が殺されたとき。

 そう、矢が飛んできたとき。


 本能で身を思いっきり引いた。直後、すぐ近くを矢が轟音を立てながら掠める。

 それから体を横に一回転して全速力で離脱する。


 ふと、見上げると、敵は口を開いて愕然としていて、目を大きく見開いていた。

 その両腕の先の方、つまり手首の近くに、手錠のように矢は刺さっていた。


 奥を見ると見たことのある人物がいた。


「母上……」

 ――に初めは見えたがそれはやがて近頃随分と見慣れた姿になった。


 お京が、大弓を構えて仁王立ちしていた。それは、まるで母上の背中を見るように、安堵を覚える出で立ちだった。



 すぐに現実に戻った。これはお京が作ってくれた好機。これを逃すともう次はない。

 全体重を乗せて突っ込む。しかし仇は手首を拘束されながらも避ける。


 次に移ろうとするとき、仇は矢を食いちぎり、二本目の刀を抜いた。


 それに合わせてこちらも刀を抜く。

 その手に不思議なくらいの力を感じる。



 これが名刀・へし切土師部(はじべ)の力。


 その昔、足利義教が寝返った者を手討ちにするときに、その者が机の下に潜り込んだのでその机ごと叩き斬ったという逸話つきの逸品。

 正宗十哲の一人、郷義弘の作という。

 なんでも、硬く焼きを入れたことから、古代の土師部を連想し、そう名付けたそうだ。



 一瞬、刀のことを思い出していて大丈夫なのかと不安になったが、周りの景色が信じられない程に遅くなっていた。

 そのまま、ゆっくりと、外さないように、斬りかかる。




「――父上の仇…………覚悟」


 刀はブンと音を立てて真っ直ぐに仇の首へと飛ぶ。


 パンッ、という爆発音のような音がする。


 その直後、今までとは違った、柔らかい、グニャリとした感覚が刀を伝わってやってくる。


 次に来たのは、手応えがないという感覚。


 ドサッという音がして、我に帰る。



 * * * * * * * * * * 



 呆然と、していた。


 お京が、寄ってくる。


 村の人たちが、見ている。


 拍手が、沸き起こる。


 よく、わからない。




 気づいたら、村長のところにいた。


 村長は手を握ってきた。そして、こう言った。

「――村長になってくれんかのう」


 意味がわからない。

「……何故に御座いますか」


 村長は驚いた顔をした後、少しだけおどけた顔をしている。


「聞いておらんかったんか。確かに、気が抜けたようじゃったがのう。ならば、もう一度説明しよう。あやつは、あの女は、ここらでは名の通った盗賊じゃ。いつも荒らされ放題。少しでも抗おうものならすぐに刀を突きつけられる。噂によれば、隣国でも悪事を働いているとかいうて、近頃だとお偉いさんを殺したのだとか。その方も剣術は目を見張るものであったらしいがな。とにかく、あやつを倒したことで貴殿、いや、新太郎様はこの村に留まらず、ここら一帯の英雄に御座います。それ故の話に御座います。どうか、お引き受けくだされ」



 藪から棒とは、まさにこのことである。頭が高速で回る。しかし、結論はすぐにはでない。これは当たり前だ。ならば、言えることは一つしかない。

「……しばし、考えさせてはもらえぬか。前向きに考えておく」


「では、お心が決まり次第、お申し付け下され」


 取り敢えず今日は帰って寝たい。身体中がだるい。そんな感情が脳を支配している。

 だから、重い身体をなんとか動かして、帰った。



 家に帰ると、お京が出迎えてくれた。

 お京の差し出した書状を読みはじめると、さ先程までの疲れが吹き飛んだ。


「覚書…… 捕った櫛を売る。十二貫文。 毒を買う。六貫文。 お上との契約。銀二千匁。 書状を爺さんに売る。二十貫文。」


 父上の件は、恐らく二千匁のもの。そんなに高いとは、驚きだ。でも、爺さんって、もしかして……


「あの、これは何の書状でしょうか」

「ん? ああ、あの悪女の取引のようだ」

「銀二千匁とは、なかなかの値ですね」

「まあな」


 ひとまず黙っておくことにした。


「そうだ。母上の喪が更けたら……」

「ええ、ただ……」

「案ずるな」


 再び疲れがどっと出たので、そのまま客間に入ると深い眠りについた。


 戦闘シーンは難しい……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ