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五代記  作者: なっかー
序章
2/28

Prologue


 元弘元(1331)年より続いた元弘の乱は、東勝寺合戦で終わりを告げた。鎌倉幕府は滅亡、執権の北条家の血筋もほぼ途絶えた。これにより、再び日本に平和が訪れるかと思われたが、実際にはそうならなかった。貴族や近しい者にばかり親しくする後醍醐天皇に、倒幕で活躍した武士たちの多くは失望した。

 このとき、武士を取りまとめていたのが足利尊氏であった。


 足利家は清和源氏の名門だった。また、幕府討伐の功労者でもあった。その功績により、彼の諱、高氏は後醍醐帝の諱「尊治」より偏諱を受けて尊氏となったほどで、それ故に周囲からの人望も厚かった。


 やがて尊氏は弟の直義や重臣の高師直の力を借りながら後醍醐天皇を吉野へ追いやり、光厳天皇をたて、幕府を開いた。これにより、南北朝時代が始まった。


 南北朝時代は長きにわたって続いた。そして、観応の擾乱にも代表される室町初期は混迷を極めた。

 三代将軍・義満の頃には南朝と北朝は一つに纏まり、幕府もまた権勢を誇った。少しの間だけ、幕府には安定が訪れた。

 しかし、六代将軍・義教の治世は荒れた。義教は父である義満に倣い、将軍に権力を戻そうとした。ところが、この頃には守護や寺社勢力が力をつけていた。時代はすでに変わっていて、彼の政策はうまくいかなかった。そして、嘉吉の乱が起きた。いや、起きてしまった。義教は暗殺され、将軍の権威はまたもや失墜した。


 八代将軍・義政の頃に、それは一層激化した。

 将軍の預かり知らぬところで守護同士が勝手に派閥を組み、その家の中でも家督を争い、他の家の家督争いに介入する言家が出てくるなど、複雑に関係し合った。まさにそれは、カオスであった。


 そして、彼の大乱は起こるべくして起こった。



 応仁・文明の乱



 この大乱において、戦は各地で起きた。播磨や畿内はもちろんのこと、加賀や関東でもおきた。関東はそれ以前にも荒れていたが。

 やはり京への被害は甚大だった。上京の大半が焼け、かつ多くの守護が各々の領国へと帰っていった。結果として、将軍の権威はさらに失墜し、また細川京兆家の専制を招いた。



 * * * * * * * * * * 



 大乱の戦火から逃れんとする一家が東へと逃れていた。理由は単純で、西の方からどこの者かはわからぬ追手が来ていたからだった。混乱に乗じて暗殺でも企んでいる者がいたのだろう。その者らに対し、この一家は巧みに追手をかわしていた。しかしその距離はやがてじりじりと詰まり、いよいよかと思ったとき、彼らは既に美濃へと来ていた。父親はかなりの家柄の出で、地理に精通していた。そして彼は思った。山の多い飛騨ならばうまく逃げられるかもしれない、と。

 その父親の判断は正解であった。もう追手は追って来なかった。かといって、戻るのも危険と思われた。北に行けば開けた土地がある。そこで農家となり、その上で立て直し、そこで何か大きなことをしようと思った。それ故に、この一家は北へと向かった。



 それから数日後のことだった。


 「…………」

 「金目の物を出せ!」


 その一家、父親と母親と息子一人、は盗賊らしき者たちに囲まれていた。


「ございません」

「むっ。そこそこ良さそうな出で立ちじゃがのう」

「渡せるものなどは、何一つとして」


 そう言い放った直後、父親は母親と息子を力強く押し出した。

「行け!」


 このような事態を未然に想定して打ち合わせていたのか、母子は包囲の薄いところを突破して逃げ、父親ひとりが残った。

 一対三十以上。勝敗は始まる前にはすでに決していると思われた。

「……流師範が意地を見よ」

 そう言って一の太刀を抜き放った。その直後、最も彼に近かった三人の死体が転がっていた。二の太刀でもう二人が死あっさりと命を刈り取られた。


 盗賊たちは数秒、唖然としていたが、すぐに正気を取り戻すと、首領と思しき者の命令で、一斉に動いた。

 その首領は声や気配、それに姿がとても優美で二十四、五歳ぐらいの「男」のようだった。その男のもと、盗賊団は非常に統率のとれた動きをした。程なくして、父親は追い込まれた。


「あとは頼む」

 彼の悲痛な叫びは逃げていた母子にも届いたであろう。

 彼は逃げることもできた。しかしそれでは、追手が母子の方にも向いてしまう。彼らはもう十分に逃げただろうが、万が一のこともある。彼はもともと、己の身の上の関係で、いつ何があるかもわからぬ身であった。それ故、婚礼のときに、何があっても必ず守る、と誓った。男に二言はない。彼は喜んで、盗賊団にとっての確実に仕留められる格好の標的となった。なぜなら、彼は残された家族のためにできることがそれくらいしかできなかったから。ただその一心だった。


 しかし彼は、叫ぶのと同時に何か踏ん切りがついた。彼は何とか立て直そうとし始めた。彼の血塗られた太刀にはすでに刃こぼれが生じていた。切れ味も悪くなっていた。敵はまだ十人以上いるだろうと判断した父親は愛用していた太刀を近くの小川のようなところへと投げ捨てた。敵に奪われるのも嫌だったからだ。そして二本目の太刀を出した。切れ味は抜群で、太刀の動きも良好だった。一本目よりも小ぶりなので小回りがよく利く。

 さて、この父親、剣の腕はかなりのものであった。追い込まれた中から徐々に盛り返してきた。彼の周りの屍の山は少しずつ、しかし確実に大きくなっていった。



 暫くして、血まみれの一人の男が乱戦を制した。最早、血塗れで鬼のようだった。その男は疲れ果てていたが、最後にまだ一つだけ、やらなければならないことがあった。男が近づくと首領はゆっくりとその血塗られた男に薙刀を向けた。首領が前に動くと直後にその柄を切り落とした。


 その直後だった。

「むっ!」


 盗賊たちの刀には毒が塗ってあった。それが今になって効いてきた。今まで倒れた数多の味方たちの命懸けの斬り合いで生じたその隙を、首領は見逃さなかった。


「はっ」

 首領は太刀を抜き、容赦なくその男を斬りつけた。その太刀には毒は塗ってなかったが、それは深い傷を追わせ、その男にとってそのまま致命傷となった。


 その父親は最後に、力を振り絞って、首領の美しい頬に深い刃傷をつけて、絶命した。



 * * * * * * * * * * 



 先ほどの母子はかなり遠くまで来ていた。そこで母は思い立ったように息子に二つの包みを差し出した。


 一つは大きめの箱が包まれているもの。叩くと良質の木の音がして、振ってみると中に硬いものが入っているのがわかる。

 もう一つは小さめの何か。母親曰く、中に大切なものが入っているので、ここぞというときに使えとのこと。


「父上から預かったものです。中は事が落ち着いたら見てもよいですが使いどころを考えて使いなさい。使い方の如何によってはあなたの生死を分けるかもしれません」

 母が釘を刺し、子がそれを仕舞った丁度そのとき、二人の間を一本の鏑矢が通って行った。両脇から屈強な男どもの鬨の声が聞こえてきた。二人は、すわ敵襲かと思ったが、どうもその両脇がにらみ合っているのを見ると、二人は小競り合いに巻き込まれたようだった。だとすればすることはただ一つ、逃げるのみである。

 しかし子は偶然、ほんの僅かな時間だけ、硬直した。

 それが吉と出たか凶と出たかはこの後の歴史が知っている。

 硬直などせず、子が逃げていたならばいたであろうところに流れ矢が飛んできた。

 そこには偶然、すぐに状況を把握して動き出した母がいた。

 矢は無残にも、子の目前で母の体を貫通した。

 もしも子がそこにいたら二人とも串刺しにしていたであろうほど、強い矢だった。


 母親は口から血を出していたが、懐から包みを出してこう言った。

「これを母の形見と思い、大切にしなさい」

 子は涙をこらえながら頷いた。

「そうそう、それから……」

 母親は子の耳元で何かを囁いたが、程なく、子の腕の中に倒れた。


 子は暫くの間、さめざめと泣いた。だが、一人の男がほくそ笑みながら近づいてくるのが視界に入ると正気に戻り、その男を素早く斬った。本能で動いた。


 それから小川へ行って亡骸と刀を洗うと、立ち上がった。彼はもう元服もしている立派な成人なのである。二人の遺志を継ぐことにした。

 彼は自由になった。することなど何もない。京に戻っても何もない。それならば、都から離れたところで何か大きなことでもするという父親の遺志を継ぐことにした。地方で農作業をして過ごしたいという母親の遺志を継ぐことにした。

 彼は空に手を伸ばした。

「父上、母上、見ていてください。必ず御家を復興させ、名を轟かせ、このような事など起こらぬ世にします」

 大望をもって、可能性を夢見て、少年は、北への一歩を踏み出した。


2018/3/16 一訂

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