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五代記  作者: なっかー
第一部――2章   家
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第十二話 プレゼント

たぶん、今までで二番目に長いです。


 あさが来た。

 外に出て空を見上げると、澄んだ空が、輝くときを今かいまかと待ち構えていた。

 今日という一日が、いい日となるように心の中で祈った。されど、この日ばかりは気の進まない日である。


 これから暫くの間、味わうことのできない匂いが流れてきたのにつられて家の中へと戻る。

 品目を見てみると、いつもはない昆布が見えた。確か、意味は「よろ"こんぶ"」のはずだから、験を担ごうとしているのだろう。


 喜代という侍女が現れてから、家のことをする機会がぐんと減った。否、減ってしまった。

 率直に言えば、かなり楽しみにしていただけに残念だが、そのお陰で大きく前進できると思えばそれもまたいいと思える。




 出立の頃合いになった。

 同行してもらうのは忠師・直師父子、家にとどまるのはお京と喜代、村をまとめるのは長老殿、その補佐に嘉兵衛、という陣立てになっている。

 笠をかぶり、着け心地を確かめた後、笠を上げ、お京に挨拶をする。

 あの太刀、

 それから喜代に視線を移し、念を押す。喜代は静かに頷いていた。


「では、行ってくる」


 一言だけ残してすぐさま歩き始める。

 後ろは振り返らない。

 あの温もりに戻りたくなってしまうだろうから。



 * * * * * * * * * * 



 慣れぬ旅は辛い。そう思いながら今日の目的地、放生津についた。

 放生津には畠山家の重臣で、射水、婦負二郡の守護代である神保家の城がある。

 実はこの放生津はかつて、執権北条家の傍流であった名越時有の拠点であった。

 鎌倉幕府の滅亡、そしてその後の建武の新政の混乱の最中(さなか)、女子供は奈古の浦で入水し、他の一族郎党は城に火を放ち、果てた。

 このことは太平記に記されていた。


 この城は、今は神保長誠が治めている。

 本来であれば彼は陪臣であるはずなのだが、身分を明かしていない立場として、一領民として生きていることに不思議と因縁を感じる。

 そのような放生津は、もしかすると越中最大の町かもしれない。かつて住んでいたころの都には遠く及ばないものの、ある程度の活気はある。


 しばらくの間、町を回っていると様々な情報が入ってきた。どうやら、かの大乱の前哨戦とでも言うべき御霊合戦の前後から色々と忙しく動き回っているという。

 途中、殿と呼ぶ忠師に対して旅の最中はその呼び方はやめるよう言った。

 忠師は若様と呼ぶことに決めたようだった。

 若様ならば、正体が明らかになりそうでも誤魔化しが効きやすいだろう。


 それから、これから必要となりそうなものを買い足し、その後はそこそこのところに泊まった。



 * * * * * * * * * * 



 出発から長い時間がかかったが、ようやく京についた。

 そこには、京を出る前とは全く異なる風景が広まっていた。その上、よろしくない匂いが鼻につく。

 京には未だに多くの軍勢がいるが、万が一の場合は差している土師部でうまく抜け出す心積もりでいる。

 背負っている荷物――最低限の必要なものと、売るための刺繍が入った行李――を一度背負い直したそのとき、唐突に声をかけてくる男がいた。


「貴様、随分と身なりがいいな」

「それがどうかしたか」

「金目の物を置いていけ」


 その一言で、少しだけだが、京の現状を理解した。


「忠師」

「はっ」

「如何すればよいかのう」

「お好きなように」


 この爺さんは、どうも少し腹黒いようで、斬り捨てを願っているようだった。


「何こそこそとしてんだ」

「早く金を出せ。さあ」


 掴みかかってきそうだったので、咄嗟に賊の頭を殴った。

 すると見るも無惨な姿で倒れたが死んではいないようなので放っておくことにした。

 周りからいくらか歓声が聞こえたが、どうも元気のない声だった。



 ――町は、京は、日ノ本の都は、かつてないほど荒廃していた。人心は荒み、人々はまともな食事にさえありつけるかどうかもわからないまま、明日への希望など無いに等しかった。物盗りが横行し、人命は軽んじられ、あちこちで火の手が上がる。そのような状況でありながら、その元凶は一向に終わる気配を見せていない。


 将に、この世は終末を迎えんとしていた。



 * * * * * * * * * * 



 忠師と親しい商人の許に泊めて頂き、一晩が過ぎた。

 朝一番に向かったのは、家を頼んでいる職人のところであった。


「お久しぶりです」

「まだそれほど日も経っておりませんでしょう」

「そうですか」

「それで本日は」


 この職人の腕はそこそこ評判なのだが、それよりも特筆すべきは、気さくで話しやすい点である。


「この書状を受け取って飛んできました」


 彼はその書状を読むと、早速話し合いの方へと移った。

 細かいところを何点か詰め、翌日に決定をする運びとなった。



 次に向かったのは、大口の商人のところであった。


「持って参りましたよ」


 身なりのよい商人にそう声をかけたのは忠師だった。

 彼は行李から出した刺繍を眺めながら、小さな声を漏らしていた。


「これはよい品でございます。このご時世ですから売れる相手は限られておりますが、高い値で買い取らしてもらいます」


 ほくほくとした顔をしながら、お京の刺繍を受け取っていた。

 細かいところ詰めて代金を受け取った際に、このような忠告を受けた。


 ――盗られないようにお気をつけください、と。



 その次の目的地へ向かう途中、さりげなくぶつかってきた男がいた。

 如何にも不審だったので振り向くと、その男は走って逃げていった。

 懐からは、先程の商人にもらった囮の銭入れがなくなっていた。



 次に向かったのは、以前世話になった医者のところだった。

 腕は確かなのだが、これといった評判は流れてこない。

 試しについて来ないかと聞いてみたら、かなり喜びながら是非、と言った。

 これから堺へと参る故、堺から帰ってくるまでに準備を済ませてほしい、と言っておいた。



 京での長居は不要だろうと思われたので、泊まらせて頂いている商人に、明日去ることを伝えておいた。



 * * * * * * * * * * 



 翌日、世話になった商人にお礼を述べ、そして気持ちばかりの刺繍を手に握らせてから、堺へと向かった。去り際に握り飯を渡してくれた。本当に人のいいことである。



 数日が経ち、堺に着いた。

 堺でまず目に入ったのは、京とは比べ物にならないほどの活気だった。子どもたちが元気そうに駆けまわり、荷物を持った人が人混みの間を器用にすり抜けていく。

 これほど活気のある風景を見たのは初めてのことだった。


 場の雰囲気というのは、心に非常に大きな影響を与える、などと言い訳をしているが、その所為なのだろうかはわからないが、少し気持ちが高ぶって来た。

 そして、いくつかの屋台へと繰り出していく。


「若、お待ちくだされ」


 そう叫ぶ忠師の声は、目の前にある櫛を選ぶのに夢中で耳にほとんど入ってこなかった。


「これでよいか」


 独り言を呟きながら、あの人のことを思い浮かべる。

 これを手にしたあの人を想像して、顔が綻ぶ。

 よし。帰ったらこれをお京に渡そう。


 ――そう決めた後、当初の予定通り、残りの刺繍を売り捌いてから京へと向かった。


第二章はあと一話です。これからもよろしくお願いします。

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