第十一話 世界はあなたの色になる
お久しぶりです。
お京の話が終わると、その場にいた者は皆、疲れ果ててしまった。そして、忠師はまた明日来ると言い残して帰っていった。
言いたいことを全て言って魂が抜けたお京は部屋に戻っていった。
残された喜代なる女を、まず立ち話は辛いだろうと思い、客間に通した。それから一つ尋ねた。
「それでお主は如何なる者なのだ。お京も知っておったようだが」
「私は、京様の侍女だった者にございます」
「ほう。侍女とな」
少しだけだが、驚いた。それと同時に信憑性があるのかどうか、という点が重要だった。
「はい。私はもともと、正親町三條様の許にてお仕えしておりました。そちらの娘様が近衛の家に参られなさった際に、私は正親町三條様から同行するようにとの命を受けました。それからそのお方、つまり京様から見てお母上にあたる方にお仕えし、やがてそのお方がお産みになられたのが、京様です」
「つまり怪しい者ではないということだな」
強く念を押してみると、強く否定された。
「断じてそのようなことは。そもそもわざわざ京様に会いに参るほどでございますのに、聞くことこそが愚かにございましょう」
その表情、口調から、彼女を敵に回すのは宜しくないと判断できる。そこにはまるで、京様の夫に相応しくなければここで京様を連れて帰ることをも厭わぬ、と言わんばかりの迫力があった。
しかし、そのようなことには所謂"お京を狙われること"には慣れていた。
「ならば、我が誠に愚かであるか確かめてみてもよいぞ」
沈んだ、重い声で言い放った。
すると喜代は、はっとしたかのような仕草を見せた後に謝り、そして話を続けた。
それから暫くして纏まったことは、以下の内容であった。
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一つ。喜代を京子の侍女として迎えるということ。
二つ。喜代の給与は京子持ち(すなわち忠氏持ち)とする。
三つ。喜代は忠氏がいない場合に於いて、京子の身柄の保全を第一に行動する。
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特に三つ目については、彼女自身がまた、己やお京と同じく、武芸を嗜んでいたことによるものである。
また、彼女には新居の侍女部屋が完成するまでの間、客室を貸し出すことになった。
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喜代がお京の侍女となった翌日、忠師は再びやって来た。
彼を迎え入れると、脇に抱えている風呂敷包みが目についた。
「その包みには何がある」
と問うと忠師は冗談を交えつつ答えた。
「さすが若様。勘が鋭いです。これらは某が京にて受け取った、殿宛の書状にございます」
さっと一つを取り上げて見てみると、何やら図柄が文章に添えられていた。
「それは以前、御殿を頼まれたときの者の書状です」
「成る程。お京にも信のおける侍女ができた故、久方振りの上京でもするか」
「何と書かれていたのでしょうか」
「また話をつけたいと言うている。こちらから出向いても吝かではあるまい。京でしておきたいことが些かある。その序でならば良かろう」
「わかりました。では次はこちらを」
次の書状にも似たようなことが書かれていた。
「これも京にて済ます」
「では次はこちらを」
さっと目を通すとまたこう答えた。
「京で会うて決める」
「はっ。では……」
結局、書状のおよそ半数は京へ行ってから決める案件となり、傍から見れば茶番としか思えない状況になった。
そして、側からは声をかけられた。
「何度も私の名前を連呼してくださったせいで恥ずかしいですわ」
頬は綺麗な桃色に染まっていたが、目は悪戯をするときのものだった。
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京へ出立する日の前の晩、お京とは話し込んでしまった。
「お京ならば何事も起こらないというのはわかる。だが、真のことを言えば、己がいない間のそなたが気がかりでならんのだ」
情けなさたっぷりの声でふと零した言葉に、お京は芯の通った声で答えた。
「私とて真は行きたいです。されど、それではこの家は誰が守るのです。主人のいない間、留守を守るのも奥方の役目にございましょう。以前、もしもの時は互いの背を預け合い、守り抜くことを誓いました。形は違えど、此度の件はこれと同じです。一方は京で、もう一方はこちらで。互いに支え合うのです」
「いや、それでも……」
「まあ。あなた様という御方はそれ程までに私を信じて頂けていないのですね。私などには背を預けられないのですね」
返す言葉がない。
「お気持ちはわかります。されど私は足利新太郎忠氏の妻であることに誇りを持っています。それを金繰り捨ててまでついていこうとは思いません」
その言葉は優しい音色のようで、夢の世界の一歩手前まで落ちた。
「お京……」
「はい」
「すまなかった。これからも末永く頼る。覚悟しておけ」
「言われなくても覚悟はとうに出来ております。無論、私が頼ることのことの方が多いでしょうけれど、私としては、あなただけには、背のみならずどこでも預けられます」
「そうか」
「はい」
空には、欠けたることもない望月が空高くに浮かび、野を、人家を照らしていた。
――――この夜、お京とならば、この日ノ本さえ動かすことができると、確信した。
世界は、どの様にもなる。
この世界を二人の思うように染め上げると、密かに誓った。
Prologueと1章を少しだけ改稿しました。2章完結までに、「爺の名は」と「西の……ローマ?」を入れ替える予定です。