第十話 この大地の片隅に
ほぼ1ヶ月ぶりの投稿になってしまいました。ブックマークしていただいている皆様、申し訳ありませんでした。
この広い、母なる大地のもとに、我ら人の子は在る。
自然というものに対して、人は余りにも無力である。
その雄大な自然の中で、勝てないながらも人は踠き、抗う。
しかし自然は、時に美しくもある。
それは例えば、二人の前に広がる、春の歌のようなものである。
* * * * * * * * * *
「ねぇ」
「どうした、お京」
並び立つ二人の間に桜色が舞う。
「桜は何故、これほど綺麗なのでしょう」
「桜か……桜は美しいと同時に儚くもある」
「それも無常観なのでしょうね……」
「確かに日ノ本の人間は、好き好んでいるな。我も含めて」
「私も」
麗らかな春の朝日が、少しずつその光を強めながら一本の大きな桜の木を照らす。
「一度でいいから、吉野の桜を拝んでみたいものだ」
「どのような見晴らしなのでしょうね」
「それはもう、我らの想像を越えているのだろう」
そのような会話をしている二人の後ろで、唐突に足音が鳴る。
それを聞いてまず最初に振り返った忠氏が一言。
「お主はいつからか忍びか隠密かになったのか。答えよ」
問われた男は、白髪も混じり始めた眉を顰めて答えた。
「それは……」
「もしや何者かに誑かされたか。まあ、仕方なかろう。あちらの方は、そのような能には長けておる故」
「……」
その男は、如何にも答えにくそうな顔をしながら口を開こうとして、また遮られた。
「あちらに失望したが故にこちらに来ることにしたが、お主がそれでは、これまた厄介なことになる」
男は、ようやく話した。一気に、吐き出すように。
「――恐れながら、京子様(との会話)に夢中になっておられたが故に私めなどに気が付かなかったのでしょう。気配など消してはおりませぬ。それどころか申し付けられたことをほぼ為して参りましたのに、その言われようは耐え難きものにございます」
忠氏は、軽く笑ってから言った。
「戯れ言じゃ。お主もまだまだだな」
「さ、左様で……」
少しだけ狼狽した忠師に、軽く助けを出す。
「だが、お主自身も身のこなしが上達したのではないか。相手はかなりのやり手であろう。それ故か、気付かなかったのは、確かだ」
「このようなやり手になられるとは……昔の若様から変わりましたな」
「無論、変わらぬわけがなかろう。それに、これでも清和源氏の名門の末席にはおる……はずだ。ただ、我がこのように言葉を操るとき、それは大切な誰かを守るためであって、その辺り、向こうの方々とは異なる」
「あの若様が、今はこのような殿に……」
「まあ、良いではないか。今宵はゆるりと休め。話は明日聞く」
「では」
そう言ってかなり足を重そうにしながら、忠師は去っていった。
それからしばらくして、今度は京子が口を開いた。
「相当お疲れのようね」
「ああ。色々と注文をつけてしまった」
「でもきっと、うまくいったのでしょうね」
「うむ。どれだけ厳しかろうが成し遂げるのが忠師の称賛に値するところだ」
「そろそろ戻りましょう」
「そうするか」
二人の去ったあとには、枝に残っていた花びらたちが静かに舞っていた。
* * * * * * * * * *
目が覚めて身体を起こすと、もうすでにお京はいなかった。
そのまま立ち上がり、朝食を食べに向かう。この頃は随分と暖かくなったもので、肌を撫でる空気の感触がとても心地よい。
土間の方を見ると、お京は既に朝餉を作り終えていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「どうしたらお京のように早く起きれるものだろうか」
「私は身体の方から勝手に起きますよ」
「むっ。ならば『人によりけり』ということか」
「そこは私とてよくわかりません」
「まあ、また今度考えてみるか」
「そうしましょう」
朝餉が終わると忠師の来訪に備えた。恐らくもう少しで来るだろう。そう思っていたときだった。
「京さまー」
朝の静かな時間に聞こえた奇妙な、しかもお京の名らしきものを読んでいるとあって一気に緊張が高まる。
明らかに駆けているであろう足音は次第に近くなった。その女の声と思しき叫び声は、足音が家の丁度前で止まったのと同時に止んだ。
それに続いて、聞きなれた、男の声が聞こえた。
「お待ちくだされ」
向かいにいるお京は何故かはわからぬが、少しだけ驚いたような顔をしていた。
それからまもなく、まずは忠師が入ってきた。彼の後ろには、恐らく忠師が京から連れてきたと思しき女がいた。
その女について色々と邪推をしていたが、忠師が話を切り出そうとしたとき、女とお京が同時に口を開いた。
"京様!"
"喜代!"
一体、何なのだ。それが、目の前の光景に対して抱いた思いだった。
「お、お京……」
そんな声も虚しく、二人で話に花を咲かせ始めた。
「京様もすっかりと大きゅうなられました」
「喜代の方が小さいのでしょう」
「私は……その……昔から変わらないのでございましょう」
「ほんに喜代は変わっておらぬのう」
「姫様が変わられたのではないですか」
「それはそうでしょう。私とて育ちはします」
「それにしてもここまで変わられておられたとは、思いもよらぬことにございます」
「そうなのかのう…………どう思います?」
お京はそう言って突然こちらを振り向いた。無視するだけ無視して、都合のいいときだけ話しかけるところが、全く虫のいいというか、要領のいい奴である。
「知らぬ。まだ出逢うてから一年も経っておらぬが故、左様なことはわかりかねる」
わざとらしく首を傾げ、両手を掌を上に向けながら答えてみると、お京は相変わらず困った顔をした。
「あの……」
そこで喜代という女が問うてきた。
「どちら様でございますか」
お京は急にはっとした顔になり、こう言い放った。
「こちらは旦那様です。私の素敵で特別で大切で麗しくて恋しくて離したくない、素晴らしくてこれ以上にになくて最早この日ノ本すら変えてしまうほどについていきたいけど支えてあげたいし、でも支えてほしい、そんな旦那様で…………」
喜代なる者が訪ねて来たのは朝方であったはずだが、お京の話が終わった頃には既に日は西に傾きかけていた。
京子節は、これからも出てきます。
京子節の特徴は以下の通りです。
・洗脳されている
・口調が急激に崩れる
・たまにフラグを立てる
などなど……