第九話 春の歌
分量がやや少なめになりました。恐らく、次の更新までに修正すると思うので、その際は活動報告にてお知らせいたします。
尋問に、感情はいらない。否、いれてはいけない。
足を攫ったといっても、斬れた訳ではない。
手首を落としたといっても、完全に落とせた訳ではない。
だから、暫くの間は生きながらえるだろうと信じて多くのことを吐かせたい。
それだけを肝に銘じてから、尋問を始めた。
* * * * * * * * * *
飛騨の山中、あの女の襲撃、そして今回の蛸入道。
このようなことが続くのは、やはり怪しかった。
忠氏は、すっと刀を入道の首に当てた。
「全て吐け」
雪でしんとした大地に、低い声が響く。
入道はそれに対して顔を顰めることで反応した。
「ならば都合の良いことのみで許す」
忠氏は無言で入道を睨む。
入道は無言で俯く。
「誰がためにした。何者に命じられた」
「…………オオカシラ」
忠氏は意外にあっさりと吐いた入道に驚くと、発言しやすいように刀を少しずらす。
尤も、今まで刀をずらしていなかったのは、そのようなことにはならないだろうと予測していたからなあのだが、入道は刀を少し動かしただけで顔を青くしたので忠氏はさらに驚いた。
「オオカシラとは何者だ」
「委細は知らぬ。だが、奴……あの御方もまた何者かに命じられている」
そうか、と納得した表情になる忠氏は、さらに探りを入れた。
「オオカシラはどのような人物だ」
「盗賊の鑑」
「成る程。では、外見ではどのように見える」
「掴みどころがない」
「ほう。では記憶にないと申すか」
「いや、そのような訳では……」
入道は忠氏の機嫌を損ねたと思い、慌てて弁明をする。
「確か……身は大柄で、顔は……これといったところはなく……」
忠氏は、決して忘るまじと頭を必死に動かす。
「確か、額に十文字の傷があった」
忠氏は待っていたと言わんばかりに一気に威圧を緩めると入道に問うた。
「お主は、このまま生き恥を晒すか、ここで潔く散るか、どちらが良い」
流石にもうこれ以上吐くようなことはないと判断したのか、用済みと言わんばかりの冷酷な発言をする。それは、生死の間で生きてきた人間にとっては至極当然のことなのだが、そうでない人間にとっては異なる風にとられることもある。
入道は、そのことを知ってか知らずか、後者を選択した。
「ならば、刀は捨てよ」
入道の刀が地面についた後、高くあげられた鉄の刃が風を切った。
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入道の始末を終えて家に帰った忠氏は、同じく帰った京子を見て、その白い肌についた赤を小川で出来うる限り落とした。
それから数日が経ってから、忠氏は京子の異変に気付いた。
その原因は彼にあった。
というのも、どうも京子が体を強く打ちつけた所為で痛むようであるからであった。
通常ならばしないようなことなのだが、彼は急ぎ忠師に頼み、医者を連れてきた。
その医者は、呪術のようなものを使う医者ではなく、実力は折り紙付きであった。
結局、医者は数日の安静のみを命じて帰っていったが、忠氏とは少し面識を持った。
そうこうしているうちに、一度流れ出した時の流れは止まることを知れず、雪はあっという間に引き、やがて春が訪れた。
花が咲き、虫が鳴く春の中、麗らかな日差しの下に、一本の桜の木が、美しく、その花を咲かせていた。