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五代記  作者: なっかー
第一部――2章   家
12/28

第五話 爺の名は。

Episode2と入れ替えました。


 話は少しだけ遡る。



 村長になった翌日、忠氏と京子、長老の三人は村を視察していた。



 * * * * * * * * * * 



「ここはどのような場所なのだ、長老殿」

「はい。ここは西を呉羽山、東を神通川に挟まれております。南には井田川があり、稲作に適しております」

「ほう。そこまで把握しておられるのか。さすが長老殿だな」

 やはりこの人は只者ではない。

「いえいえ。この程度は造作もないことですよ」

「歌枕に聞こえた婦負川に鵜坂川ですね」

「趣があって良いな、お京」

 ふと思ったことを口にしただけなのにお京は……

「あら、そのような感性をお持ちでしたか」

などと言った。

 お京は悪者のような顔をしている。からかっているのだろうか。ならば乗ってやろうじゃないか。

「ふっ。ははっ。そうか、そうか。知らなんだか」

 そう言って、わざとらしく顔を引き攣って笑ってみせると、お京も苦笑いを見せた。



 ――このとき、お京とは何か通じるものがあるのやもしれない、と忠氏は思った。ずっと世話になっているのもそうだが、考え方やそのもととなる境遇が似ている気がしたのだった。その影響かは定かではないが、この頃を始まりとして、彼と京子は会議のようなことをよくするようになった。



 帰路では、左から順に、長老殿、自分、お京、という並びで歩いていた。


 他愛もない話をしていたそのとき、左側からカチャ、という音が聞こえた。

 続けて、物騒な物音がした。具体的には、木と鉄がこすれるような。

 耐えられなくなって、思わず声をかけてしまう。

「長老殿」

「何でしょう」

「賊でも現れたのですか」

「見当たりませぬが、如何なされましたかな」

「いえ、何でもありません」

 ……などと会話している最中に、確かに聞こえた。刀をしまう音が。


「ときに長老殿」

「はい」

「このようにしたら良いというような考えはお持ちではないでしょうか」

「何をでしょう」

「村を、です」

 ふと疑問に思ったことを口に出しただけにも関わらず、長老殿は思案に耽っていた。親身に考えてくれている証拠だと思いたい。


「そういえば昔、お主と似たような若者がおりました」

 いきなり彼からの話が始まりそうだったので、口からは、ほう、という声を漏らしてしまった。

「そやつはのう、お主のように才気が溢れてはいたが、お主よりは血気盛んでありました。あやつはもう数年で村長かと言われるほど人望もありました。わしはあやつにこう答えました」

「何と」

「まず、村を見て回りなさい。次に住む者の心を考えなさい。そして、村の回りを見なさい。とな」

「なるほど。力を尽くしてみます」

「期待しております。まあ、お主はわ、いや、なんでもない」

「何を言わんとしたか、気になりますな」

「ま、まあ、そのうち、な?」

という彼は明らかに慌てていた。

「そのうち、ですね。忘れませんから」

「わかったわかった」


 そうこうしているうちに、家に着いた。

 挨拶を言って別れと、長老殿も挨拶をして別れていった。


 そして、お京と家に入ろうとしたときに思いついた。

「お京」

「はい」

「家を大きくしないか」

「それは如何なる意味でしょう」

「そのままだが」

「私とあなたはまだ夫婦(めおと)でもありませんが」

「むっ、左様な意味ではない」

「では、如何なる意味でございましょう」

「家を建て直そうという意味で言うたのだが」

「どちらの家を立て直そうとなさっているのでしょうか。近衛であれば並大抵の力では再興できませんよ」

「近衛は摂家なれば安定であろう。故に左様ではない」

「では」

「今、目の前にある建物の話をしているつもりなのだが」

「あっ、左様でしたか。失礼いたしました」

「いや、よい話を聞いた」


 そうして、笑いながらお京と家に入った。



 * * * * * * * * * * 




 (わたくし)から見たあの方は、何か近しいものを感じる人なのだと思います。だってそうでしょう。若い間に落ちこぼれた者同士なのです。少なくともそこらの貴族よりは苦労しているでしょう。ここに来たところでそれは変わりません。そう、困ったときに助け合える、背中を向けあって互いに背後を守りながら生きていく、そんなことができるのはあの方だけだと思うのです。私は、あの方と一緒にどこまでもついていくことに決めたのです。


 お京は、少し頼りないときもあるが、信念は曲げない。お京には感謝しかない。最早、生活は彼女なしには成り立たない程に依存している。そして何より、彼女は命の恩人だ。あの時の矢は、恐らく一生忘れないだろう。はっきりと言おう。あのとき、お京には、惚れた。



 あの方は、少し不器用なところがあって、周りへの気配りが足りないところがあります。でも、それは私が補います。何かあったときは、もし万が一そのようなことがあれば、運命を共にします。例え地獄の果てに堕ちようとも。その程度の覚悟はあります。


 お京は、普段は強いが、ここぞというときに弱い。もしそれが原因でお京が危機に陥ったら、そのときは力ずくで救ってみせる。だから、だから……



 ――――共に歩むことに決めたのです。




 * * * * * * * * * * 



 さて、漸く安定してきた二人に、客が来た。

「お久しうございます。太郎様」

「…………爺!」


 忠氏が爺と呼ぶ人物は、彼がまだ京の都にいたころに世話を焼いてくれていた、彼にとって馴染みの深い人物であった。しかし、京を離れたきり、会っていなかった。


「ここにおるのは我が一子、直師(なおもろ)にございます」

 紹介された直師は、以後お見知りおきを、といいつつ、律儀に(こうべ)を垂れていた。

「以後、親子共々精一杯尽くす所存にございます」

と彼は言う。

「ところで殿は」

と爺が尋ねる。

「……」

 けれども正直、どうやって答えればいいか、わからない。軽く答えられるような内容ではない。


 しばしの沈黙が訪れた。

 それを破ったのは、お京だった。

「ここに逃れる途上で……」

 

「……」


 この人物は、何十年もの長きにわたって上の世界の人々と闘ってきた人物であった。その言葉の端々に滲み出ているものからも何かを感じ、そして悟った。

「それは誠に無念です」

 そこから先のことは、この男は何も言わなかった。



 忠氏に爺、と呼ばれているその人物は、少し間を置いてから、不格好な笑顔でこう言った。

「ならば、これからは太郎様が主ですな」


 そうまでされると黙っては居れない人物が一人いる。

 忠氏その人である。

「いつまでも爺などと呼んではいけぬな」

「ならば是非、諱でお呼び下され」

「わかった。頼むぞ、忠師」



 ――高忠師(こうのただもろ)。この人物とその子孫はG()E()の成立に欠かせない存在になっていく。


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