やり取り
●ショウタが東京に引っ越して一週間後のこと。
「ゴメンね、ユリ。お父さんがお金がかかるからダメって言うんだ」
そう言われたユリは、あまりのショックに、その後の話に耳を傾けることはできなかった。
ユリはショウタとの連絡手段を無くした。
否、本当に無くしている訳ではない。なぜなら、ユリから電話を掛ければ向こうは料金を払わずに済むからだ。
しかし、幼さ故か、その事実を二人は知らない。
ユリの家族はその事実を教えなかった。なぜなら、家族はユリがショウタと連絡を取れなくなった理由を知らず、[取れなくなった]ではなく、[取らなくなった]と勘違いをしていたからだ。
一方、ショウタの父親もその事実を教えなかった。なぜなら、電話の向こうの相手…つまりユリに、ショウタを奪われる気がしてならなかったからだ。
しかしユリは、新たな連絡手段の扉を、最後の電話を終える直前に作った。
ショウタが別れを告げる直前、ユリは我にかえり、あることを言った。 それは、ユリのケータイのメールアドレス。 声を震わせながら、ユリは丁寧にその暗号を何度も繰り返し伝えた。
ショウタはそれを電話越しに聞きながら、紙に書き記した。途中、鉛筆が何度も折れた。
そして、全てを書き記し、二人は別れを、
「ケータイを買ったら、メールをしてね」
「一番最初に送る。 絶対」
「絶対だよっ!」
「うん」
告げた。
●それから三日後の夕方。 ユリのもとに一通のメールがきた。それは、知らないアドレスからだった。
ユリは少し不審に思いつつも、メールを開いた。
送信者:○○○○○@ezweb.ne.jp
件名:(non title)
本文:ショウタだよ!(^^)!
ケータイ買ったo(^^)o
父上様を説得するの
大変やったわ(-_-;)
ユリはベッドの上で飛び跳ねた。驚きと喜びを隠せていなかった。 まさかこんなにも早く再会するとは、夢にも思っていなかったからだろう。
ユリは自らの高鳴る鼓動を感じながら、返信メールを打った。 頬が若干赤い。
件名:Re:
本文:お! ケータイ買ったんや
(*^_^*)
良かったわー(〒_〒)
やっと連絡とれるように
なったね☆
これからは
毎日メールするけん!
覚悟しぃよー(^_^)//
ユリは焦りながらも、なんとか打ち終えた。 そのときの焦りが若干メールに現れていることに気付かず、そのまま送信した。
ショウタのアドレスを記録して、次のメールを待った。
●数分後。 ユリのもとに、返信のメールが届いた。
送信者:ショウちゃん
件名:Re2:
本文:お前こそ覚悟しろ(^_^)v
ユリは「覚悟しよう」と思った。
●翌日の昼。 ユリは学校に居た。そして今は昼休み。
ユリは、もしメールが届いていたら、他の子に見られたくないという思いから、女子トイレに入った。
そして、サイレントマナーモードにしておいたケータイのチェックをした。
案の定、メールが届いている。ショウタからだ。
それも、届いた時間は十二時半。今より一時間もまえだ。少し申し訳ない気がしてか、ユリは恐る恐るメールを開いた。
送信者:ショウちゃん
件名:(non title)
本文:よ! 元気?
俺は超元気だょ(°▽° )
勉強はドコモ難しい
しゅん(_ _※)
ユリは相変わらず
エリートかな?
なんてねー_(_^_)_
メールの内容を見て、ユリは笑う。そこにさっきまで居た不安は、どこかへ逃げていった。
件名:Re:
本文:おかげ様で(*^_^*)
エリートだよー。
きらーん☆ ふふふー。
勉強ね。だいじょーぶ!
ショウちゃんは
やればできる子よ(^_^)/~
送信。
「ショウちゃん……」
ユリは、ケータイを「ギュッ…」と、強く握りしめた。
●ユリは教室に戻り、席についていた。
不意に、授業中じゃないため、通常マナーモードにしておいたケータイが震える。 ショウタからのメールが届いたのだ。
さっきまでは、他の子に内容を知られることを恐れていたが、その注意はショウタのメールの内容が知りたい思いでかき消されていた。
その姿が気になってか、ユリの周りに数人の子供が集まる。
その中、一人の女の子がユリに、「誰からー?」と訊いた。
話し掛けられたユリは少し驚いていた。どうやら、子供達が近づいていたことに気付いていなかったらしい。
「ショウタ君から、だよ」
質問されて答えないのは流石に失礼だと思ったらしく、ユリは答えた。
「ショウタから!?」
数人の中の、一人の男の子が声を張り上げる。
「なんやアイツ! 俺にはなんも連絡ナシなのにー」
その男の子はショウタと仲が良い子で、ショウタとよく遊んでいた。
ユリもそれを知っていたから、一つの連絡も無いことに少々不自然さを覚えていた。
しかし、その疑念はすぐ消えた。
「お前、ケータイ持ってないやん」
「あ、そうやったな。ははー、ウッカリしとったわ」
「アンタぐらいだよ、持ってないのは」
というやり取りを聞いたからだ。
「で、なんち(なんて)書いとる?」
「え? えっとね…」
他の男の子が、メールの内容を知りたいと、目を輝かせる。ユリがそれに応じる。
この日からしばらく、こんなやり取りが続くことになる。
このやり取りこそが、ヒントであることに、ユリは最後まで気付けなかった。




