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勇者

 治世とは、ごまかしと詭弁、おためごかしがモノを言う世界である。


 『琳泉郷(りんせんごう)』による今回の争乱で、帝都駐留軍は敵の策略で木偶の坊にされるという大失態を犯した。帝都を守るために鍛えられた精強な戦いのプロたちが、強力な武法を少しかじっただけの山賊にしてやられたのだ。潰された面子の数は計りしれない。


 君主が権力という武器を振り回しながら威張り散らして、国を動かす。それが帝政だ。しかし、威張り散らしたいのなら、民に王様や朝廷の力を信用させなければならない。今回の争乱のような大失態は、その信用を大きく崩すことになりかねなかった。


 だからこそ、そんな失態から民の目を逸らさせるための「英雄」が必要だった。


 その「英雄」として白羽の矢が立ったのが、ボクであった。


 政治的意図は確かにあるが、それだけではないと皇女殿下は言った。


 ボクが皇族を助けたことで、国が救われたことは紛れもない事実。それを讃えない訳にはいかないとのこと。


 どのみち、ボクは【琳泉把(りんせんは)】を習得、使用するという罪を犯してしまっている。それを見逃してもらうという約束を果たすには、これは避けて通れない道だ。


 ——そういうわけで、ボクは今『混元宮(こんげんぐう)』の謁見の間に来ていた。


 何度見ても目に痛いくらい豪勢な内装。


 壁の端々には、めかし込んだ老若男女が大勢立っていた。あれはみんな貴族だったり、高級官吏だったりという「お歴々」であるらしい。


 そのやんごとなき人だかりが、奥の玉座に座するさらにやんごとなき御仁へ向かって一本道を開けている。


 そんな現実離れした高貴な光景に、ボクは緊張せずにいられなかった。


 ボクが身にまとうのはいつもの服装ではなく、赤と金を基調とした豪奢な礼服。皇女殿下の御召し物を借りたものだ。そのせいか、胸の辺りだけブカブカだった。胸囲の格差社会。


 足がうまく前へ進まない。まるで関節が錆び付いているみたいだ。


 しかし、このまま動かずにいたら失礼にあたるだろう。早く動かなきゃいけない。


 ああっ、緊張するなぁ……!


 周囲の人だかりも、レーザーでも照射せんばかりにこちらを凝視している。その視線が「早く行け」と訴えているような気がしてならなかった。


 ……その中に一つ、知っている目を見つけた。


 それは何と、ボクの父である李大雲(リー・ダイユン)であった。


 そういえば父様も、位の高い官だったな。なら、ここにいてもなんら不思議じゃないか。


 その父様は、ボクとしばし視線を合わせていたが、すぐに背を向けて人だかりの奥へ消えていった。


 まるでお前の功績など興味も無いとばかりに。


 ……ふん。ハナっから好意的な反応なんか期待してなかったよ。


 ボクは心中で鼻を鳴らした。ていうか、興味ないなら来るなよ。


 けれど、そんな父親への反感のおかげなのか、さっきまで身を凍らせていた緊張が嘘のように消えていた。


 いつもはうっとうしいだけな父様の存在が、少し救いになった気がした。


 ボクは人だかりの一本道を通り、玉座へと近づく。


 玉座に座する皇帝陛下と、その両隣に立つ皇太子、皇女両殿下前で立ち止まった。……当然ながら、ルーチン様はおられなかった。ライライと一緒に遊んでるのかも。


 片膝を付き、こうべを垂れる。


 席を立つ音がし、足音がこちらに近づく。


(おもて)を上げよ」


 皇帝の言葉に従い、顔を上げた。


 厳格だが、どこか誠実さを感じさせる陛下のご尊顔が目に入った。


此度(こたび)はよくぞ、余と我が子らと、そしてこの国を救ってくれたな。命を削って尽くしてくれたそなたには、感謝の言葉もない」


「勿体なきお言葉」


「身体の具合はどうだ」


「まだ所々傷みますが、手厚い治療と保護のおかげでこうして生き長らえております」


「であるか」


 そこまでは世間話でもするかのような軽めの口調だったが、次からは重々しく厳かな響きに変わった。


「ここまで素晴らしい働きをしてくれたそなたには、何か褒美を与えねばなるまい。……何を望む、李星穂(リー・シンスイ)よ」


「褒美……」


 ボクはぽかんとした表情を浮かべつつも、内心ではめっちゃ混乱していた。


 てっきり、なんか勲章みたいなものを渡されて終わりだと思っていたから、こういう展開は予想外だぞ。


 どうしよう、何もらおうか。考えてるけど、全然答えが出ない。意外と無欲だったのね、ボク。


 ……いや、欲はあるにはある。


 それは【黄龍賽】で優勝することだ。


 けれど、いくら皇帝といえど、強引に優勝者をボクに仕立て上げることなんかできないだろう。【黄龍賽】は完全実力勝負なわけだし。


「どうした? 思いつかぬか」


 陛下のそんなお声によって、ボクはハッと我に返った。


「……も、申し訳ございません。褒美をいただけるなどとは夢にも思っておりませんでしたので、気が動転して答えが浮かびません、はい」


 微笑ましげな笑声が、人だかりからくすくすと聞こえてきた。


 ボクは顔が熱くなるのを感じながら、陛下に恐る恐る問うた。それこそ、崖から飛び降りるくらいの心持ちで。


「あの……申し上げにくいのですが、答えは……保留ということには、できませんか?」


 めちゃくちゃ恐れ多い質問だったと思う。


 微笑ましげな笑声を発していた人だかりが一転、不穏なざわめきを立てた。好意的な空気でないのは明らかだった。


 けれども、その不躾(ぶしつけ)な質問をぶつけられた本人である陛下は、可笑しそうにからから笑った。横に控える皇太子皇女両殿下もくすくす笑いしていた。


「余にそのような願い出をしたのは、そなたが初めてだぞ李星穂(リー・シンスイ)。あの生真面目なダイユンの子とは思えぬほどの、型破りな娘であるな」


 人だかりの中からまた微かな笑声が聞こえた。……それが嘲笑っぽかったのは、きっと気のせいだと思う。


「……良いだろう。褒美を渡すのは保留としておこう。そなたにはもう少し療養が必要のようだし、それに【黄龍賽】が再開されるまでは帝都にとどまるのだろう? その間に熟慮してもらいたい」


「あ、ありがとうございます」


 ボクは慌てて頭を下げた。


 陛下は部屋全体へ声高に訴えた。


「皆の者、我々は今ここに立つ、救国の勇者の姿を未来永劫忘れてはならぬ! 余が、我らが今こうして笑っていられるのは、この小さな勇者の武と勇があったがゆえ! だが、勇者にばかり頼ってはならぬ! 我々は、我々自身の手で、この煌国を恒久に光り輝かせ続けなければならぬことを、努努(ゆめゆめ)忘れぬように! 次は、我々自身が……この李星穂(リー・シンスイ)と同じ「勇者」となるのだ!!」


 瞬間、人だかりから溢れんばかりの拍手が轟いた。


 耳に痛い。


 しかし、悪くない。


 こうして平和な日々が戻っている。


 こうして笑い、拍手することができている。


 地獄と化した帝都の風景を思い出すと、そんな何気ないことが、かけがえのない奇跡みたいに感じる。


 ……ボクの流血は、報われたのだ。


 が、同時に、心の中に、井戸の底からささやきかけるようなおぞましい声が、小さく響いた。































































 オマエガコロシタ。

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