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強敵再び


 ――おかしい。


 ボクがそう思い始めたのは、ライライに横っ面を叩かれてから約三十分後だった。


 今やボクら遊撃班と黒服軍団は、拮抗していると言っていい戦況だった。


 ボクらのほうが人数は上のはずなのに、「優勢」ではなく「拮抗」である点に【琳泉把(りんせんは)】の凄さを感じるが、それでも、劣勢じゃない。


 そもそも、この戦いで、必ずしも優勢である必要はないのだ。街の人達の安全を確保し、食糧をある程度持ち帰り、あとは援軍が来るまでの間【尚武冠】に立てこもりながら防衛すればいい。


 これは「殺し」ではないのだ。「守る」ための戦いなのだ——そう自分に言い聞かせ、槍にしたたる血から気持ちをそらした。


 それに「守る」という観点から言えば、ボクらの方が優勢と言えた。何せ、街の住民のほとんどを中央広場へ避難させることができたのだから。


 あとは防衛班が【尚武冠】前の軍勢を全滅させれば、逃走経路を確保できる。……聞けば、それももうすぐ達成できるとのこと。


 だが、しばらく戦っているうち、妙なことに気が付いた。




 そもそも敵は――何のためにここで暴れている?




 どれだけ戦っても、敵の目的が読めないのだ。


 連中の目的が、この国の陥落だとしよう。


 ならば、こんな市井ばっかり狙ってないで、宮廷へ一気に押しかければ済む話ではないか。


 しかし他の仲間から聞いたところ、そのような動きは一切無いらしい。


 それを考えると、敵の目的はこうかもしれない。


「陽動、かも」


 である。


 対し、ライライも下がってこちらへ歩み寄り、


「やっぱり、シンスイもそう思った?」


「うん。こいつらが暴れまわってる目的が分からないもの」


「――だったら、こいつに直接訊いてみればいいですわ。お姉様」


 皇女への伝言から戻ってきて、今は一緒に戦っているミーフォンはそう言って、ある方向を指さした。


 現在、ボクらがいる場所は、帝都南西に張り巡らされた裏通りの一角だった。そこに軒を連ねる建物の壁際に、ぐったりと横たわる黒服が一人。死んではいないようだ。


「【点穴術(てんけつじゅつ)】で麻痺らせておきました。しばらく動けないはずですから、尋問……いや、拷問でもしましょうか。この辺の敵は片付けましたし、ゆっくり話が聞けますよ」


 わざわざ「拷問」と言い換えたところに悪意を感じたのか、黒服が恐怖であえいだ。


 ミーフォンは容赦なく襟首を掴み上げ、あくどい笑みを浮かべて問うた。


「というわけだから、知ってること洗いざらい話しちゃいなさい」 


「ふ、ふざけんな! 言えるわけねぇだろ!? もしゲロしたら、後で俺が粛清を受け――」


 しゅぴん。ミーフォンが匕首(ひしゅ)を取り出し、その哀れな黒服の喉元へ突きつけた。


「その粛清とやらの前に、あたしに生殺与奪権握られちゃってるのを理解してる? いいから知ってること全部話せ。そうしたら、命だけは助けてあげる。あとは粛清されないように逃げればいいわ。そっちの方が生存率高いと思わない? 天使でしょあたし」


「っぐ……わ、わかったよ……」


 観念したような落ち込みを見せてから、黒服は語り始めた。


「……この市井で俺らが暴れている目的は、陽動だ。朝廷の眼が、市井にて行われる殺戮に向いているその隙を突く形で、首領が皇族どもを逃げられねぇ場へと誘導し、皆殺しにするっつぅ策だ」


「逃げられねぇ場、ってのはどこよ?」


「宮廷……【熙禁城(ききんじょう)】の地下にある避難場だと聞いてるよ」


 ソレを聞いて、ボクはあらゆる意味で衝撃を受けた。


 宮廷の地下にそんなものがあったことも初耳だが、それだけではない。


 「首領」というのは、こいつらのリーダーだろう。なぜそんなやつが、宮廷の地下に避難場所があるなんて、デリケートな事情を知っている?


 それを考えると、おのずと答えは出てきた。


 首領とやらは、宮廷内部の人間。


 それも、常に皇族のそばにいられるであろう立場。


 それはつまり――


「宮廷……護衛隊」


 その中に、黒服連中の音頭を取っている親玉がいるというわけだ。


 ライライ、ミーフォンも、ボクと同じ結論に至ったのだろう。顔がこわばっている。


「お、おい! もういいだろ! さっさと俺を解放してくれよ! もともと博打で作った借金のせいで自棄になって、首領の口車に乗っただけなんだよ! 本気じゃねぇんだ! 遊び半分だったんだよ!」


 そう急かす黒服の喉元に、ミーフォンは匕首の尖端をチクリと刺した。その顔には、冷厳な憤りの表情が浮かんでいた。


「……おい、今なんて言った? 遊び半分? その遊び半分とやらで、お前はなんの罪も無い人をいったいどれくらい殺した? もういい、お前はとっとと死ね。そのほうが世の中のためだわ」


「ひぃっ!!」


「やめろミーフォン! 約束は約束だ!」


 今まさに黒服の喉元を切り裂こうと動き始めていたミーフォンの匕首が、止まった。多少クールダウンした声で「はい……お姉様」と言った。


 ミーフォンは黒服にかけた【点穴術】を解いて麻痺から回復させると、思いっきり蹴っ飛ばして転がした。


「二度とその汚いツラ見せんじゃないわよ。そん時はマジで殺すから」


「へへっ」 


 まったく反省していないことを容易に分からせる笑声をかすかにこぼすと、その黒服は起き上がり、走り出そうとした。




 その首から上が突然消失した。




「裏切り者は粛清せよ――こいつも雇い主からのお命じの一つだぁ、悪く思うなぁ」


 突然聞こえてきた声。若いようで、妙に年季の入った男の声だ。


 ところどころ間延びしたその口調は、どこかで耳にしたことのあるものだった。


 あれは、そう……【甜松林(てんしょうりん)】の実質的支配者である富豪にして、「趣味」という形で娼婦を何人も殺していた真性の連続猟奇殺人者(シリアルキラー)馬湯煙(マー・タンイェン)の屋敷に潜入した時に戦った男。


 日本刀の一種「太刀」にそっくりな刀『苗刀(びょうとう)』を自在に操る凄腕の武法士。


 その刃は【硬気功】が通じない【磁系鉄(じけいてつ)】で出来ており、黒いのに虹色の光沢を放つ。そのことから、裏の世界では【虹刃(こうじん)】と呼ばれている。


 『人の心の機微を読める』という特殊な感覚を持ち、それによって難攻不落な強さを発揮する、盲目の人斬り。


(ジョウ)音沈(インシェン)……! なんでお前がここに……!?」


 あまりにも予想外すぎる人物の登場に、ボクは夢でも見ているような感覚を覚えた。


 ドレッドヘアーに酷似した無数の細い三つ編み。ヘソ周りを出した詰襟に長袖、カボチャパンツを思わせる膨らんだ長ズボンは、まるで道化師の衣装をスマートにしたような印象だった。


 突然現れた男、周音沈(ジョウ・インシェン)は黒服の首を斬った刀を血振るいすると、その金色の瞳をボクにまっすぐ向けた。……その目は全く見えていないはずなのに、まるで本当に見られているような気がしてならなかった。そんなぎらぎらとした輝きがあった。


「やぁ、久しいね、偽娼婦のお嬢ちゃぁん。おたくの【気】の揺らぎ方ぁ、あの屋敷での一戦から片時も忘れたことはねぇぜぇ」


「何でお前がここに……いや、そもそも、なんで生きてる?」 


「あぁ、あの一撃はぁ確かに死んでもおかしくなかったさぁ、並の人間ならなぁ。だが俺の【気功術】の功力はぁ並外れててなぁ、どうにか生きてられたのよぉ。まぁ、痛みはまだ少し残っちゃぁいるがなぁ」


 心底嬉しそうに微笑みながら、インシェンはボクが以前【冷雷(れいらい)】を当てた箇所を片手で撫でた。まるで宝物を抱えているように。


「それからすぐにぃ(ジャオ)……いや、新しい雇い主に拾われてなぁ。こうして帝都で暴れまわる任務を頂いたぁわけなんだがなぁ……まさかおたくとまた会えるたぁ思わなかったぜぇ。いやぁ、嬉しいねぇ、嬉しいねぇ」


 足元にある黒服の首なし死体を横へ蹴っ飛ばすと、インシェンは左半身を後ろへ引き、刀を左耳の隣で水平に構えた。切っ先は、ボクを向いていた。


「お兄さんなぁ、あの戦いからお嬢ちゃんのことが忘れられねぇのよぉ。これがぁ恋ってやつなのかねぇ。つーわけだかぁ、奇跡の再会を祝ってぇ――斬り合おうやぁ」


 ごぉっ!


 そんな暴風じみた擬音が聞こえてきそうなほどの分厚い威圧感が、肌にビリリと伝わってきた。


 やはり、あの時と同じ威圧感だ。それが、インシェンとの再会が「夢ではない」と思い知らせた。


 こんな時に、こんな化け物と戦わないといけないだなんて……!!


 おまけに、ここは行き止まりの一本道だった。大通りへ出るための通路は今、インシェンがふさいでしまっていた。あいつの横を通り過ぎるのは至難の技といえよう。


「そこをどけ! 今はお前の相手をしてるヒマはないんだ!」


「やぁなこったぁ。是が非でも斬り合ってもらうねぇ。恋は盲目ってことでぇ勘弁してくれやぁ。あぁ、もともと盲目だったなぁ俺ぇ。はははは!」


 分かりきっていたけれど、通すつもりはないようだ。


 どうすればいい? あの黒服の言うとおり、陛下やティエンチャオ様たちの命が危ないのだとすれば、一分一秒でも時間が惜しい。


 首領とやらは、おそらく、あの黒服連中の何倍も強いはずだ。下手をすると首領の【琳泉把】は、ボクよりも強いかもしれない。


 ソレを考えると、こうしている時間さえもったいない!


「シンスイ」


 ふと、ライライがボクの裾をちまちま引っ張ってきた。


「なにかな?」


「これ、貸しておくわ」


 そう言って手渡されたのは、一枚の純金製の円盤だった。その刻印された紋章は、玉璽(ぎょくじ)と同じものだ。


 これは、ライライが第二皇女ルーチン様の臨時の側付きとして雇われた時、宮廷を出入りするための身分証として渡された紋章だ。


 ライライは何も言わない。しかし、何を言わんとしているのかは分かる。


 この紋章を使って宮廷に入れ、と言いたいのだろう。


「どぉしたぁ? なぁんか武器でも貰ったのかぁい?」


 インシェンのその言葉に、ボクは合点がいった。


 そうだ。あいつは確かに感覚が鋭い。だけど目が見えない以上、物体の細かい容姿などは分からない。こっちからバラさない限り、これが宮廷に入るための証を意味することが分からないはずだ。


「ああそうさ! お前をやっつけるための絶好の武器さ! これでお前は死んだも同然だね!」


 ボクはそうハッタリをかます。


「へぇ、そこまで言い切るたぁ、興味が湧くねぇ。しかしこの匂い……鋼じゃあねぇなぁ。【磁系鉄】でもねぇしぃ。あまり嗅がねぇ匂いだぜぇ。だがぁ、嬢ちゃんの【気】は(はかりごと)を抱えているような揺らぎ方だぁ……こいつぁなんかあるなぁ」


 すんすんと鼻を鳴らしてひとりごちるインシェン。まずい。こいつは目が見えない分、他の感覚が鋭いんだ。早く動かないと怪しまれる。


「さあっ、行くぞ! 死ねぇ————!」


 我ながらキャラじゃないなと思いつつも、ボクはインシェン目掛けて突っ走った。


 盲目の人斬りは狂ったような破顔を見せ、戦う気迫を強めた。


 その間合いに体が入り込もうとしたその瞬間——


「今だ!!」


 ボクはそう発しつつ、インシェンの間合いを避けるように斜め前へと軌道を急変させた。


 途端、ミーフォンが投げつけた匕首が、一直線に飛んできた。


「うおぉ?」


 インシェンはおのれに向かってきたソレを難なく刀で弾いた。しかし、その声には拍子抜けした響きがあった。ボクが挑んでくると思っていたのに、その予想を破られたからだろう。


 さらに、双刀を手にしたライライが女豹のような俊敏さで肉薄し、その刃を振るった。長さは苗刀の方が上だが、手数は二本ある双刀の方が勝る。インシェンの意識は、弧を描いて連続でやってくるライライの双刃を防ぐことにのみ集中させられた。


 さらに、ミーフォンも落ちていた鉄製の天秤棒を持ち、突きかかった。ライライの左脇下をすれすれで通過してインシェンへと迫ったが、わずかに体をひねって避けられた。だがライライが伸ばしきられた天秤棒を真横から踏んづけるように蹴りつけ、テコの原理でインシェンへと振った。が、それも【硬気功】による肉体の硬化で受け止められ、ノーダメージ。


 ライライが深く腰を伏せさせる。すると、まるで示し合わせたようにミーフォンが回転。天秤棒に遠心力をつけながらインシェンの後方へと回り込み、やがてスイングさせた。けれど、それも【硬気功】で受けられてしまった。


 わずか五秒ほどの間に繰り出された二人の猛攻は、どれもインシェンには通じなかった。


 しかし、ボクがインシェンの横を素通りし、大きく差を開くくらいの時間は稼いでくれた。


「ありがとう! 無理しちゃダメだよ!!」


 インシェンを両側から挟み込むように立つ二人に向かって声高に言ってから、ボクは【煕禁城】に向かって全速力で走り出した。




 








「くくっ、くくくくっ……なぁるほどぉ、そういうわけかぃ。ギリギリで純金の匂いだと思い出したがぁ、あの嬢ちゃんが持っていたのは武器じゃなくてぇ、宮廷に入るための通行手形みてぇなモンだったってぇわけかぃ」


 不気味な笑声を漏らしながら、独り言のようにつぶやくインシェン。


 シンスイが出て行った方向に立つミーフォン。行き止まり側に立つライライ。


 すでに戦闘は始まっていた。


 二対一。数の上では、こちらが優っている。


 だが、この怪物の力を考えれば、二人掛かりでようやく対等な気がしてならなかった。


「いやぁ、それにしてもよぉ、人がせっかく気持ちよく殺り合おうとしてたのによぉ、そりゃぁねぇだろぉ、おぃ。久々にお兄さんなぁ……ムカッと来たぜぇ」


 殺気が膨張する。


 しかし今度の殺気は、先ほどのように、分厚い壁のような質ではない。


 まるで、インシェンの身体中から栗のように剣が生え、こちらに突き刺さってくるような……そんな剣呑な質だった。


 シンスイとの戦いを邪魔されたことに怒っている。そう確信した。


「覚えとけぇ、お嬢様方ぁ。人の恋路を邪魔する奴ぁ——刀に斬られて死んじまうんだぁ」


 構えられた【虹刃】の放つ虹色の反射光が、ライライの目に刺さる。


 ゴクリ、と喉を鳴らすライライ。


 ——父さんは、こんな化け物を一人で倒したのよね。


 父から受け継いだ古流の【刮脚(かっきゃく)】を大切に守り、次の世代に残す。それが、自分の武法士としての目標の一つだ。


 だが、目標はそれだけではない。


 父を超えること。それが秘めたる目標の一つだった。


 その目標は、もともとはシンスイの師であり父の仇【雷帝】を殺すために打ち立てたものだった。父を超えられないようでは、【雷帝】の息の根を止めるなど逆立ちしたって無理だからだ。


 しかし、今は違う。


 超えたいから、超えるのだ。


 こいつを一人で倒せないと、父さんには届かない。


 自分でも正気を疑いつつも、ライライはミーフォンに言った。


「ごめんなさい、ミーフォン。あなたは下がってて。私一人にやらせて」


「はぁ!? あんた、気は確か!? 覚えてるでしょ!? こいつがどんだけヤバい奴なのかを! あたしとあんたの二人がかりでも敵わなかったのに、それを一人でやるだなんて……どうかしてるわよ!」


 当然ながら、ミーフォンはそう猛抗議してきた。


 だが、ライライは駄目押しに、微笑みを交えて頼み込んだ。


「お願い。ミーフォン。危なくなったら逃げるから」


 嘘だ。我ながらそう思った。


 自分はきっと、最後の最後まで、この男と戦い続けるだろう。


 だが、その嘘を信じたのか、それとも信じたフリをしているのか、


「……死んだら、許さないから」


 ミーフォンは子供のような睨み目をこちらに向けてそう言うと、シンスイが向かったのと同じ方向へと走り去った。


 ——ごめんね、ミーフォン。


 心の中でそう謝ってから、ライライは両手の双刀を構えた。


「そうかいそうかぃ、お嬢様一人で、ねぇ。俺も舐められたもんだぁ、おたくの【気】が、本当に勝ちに行こうとしている揺らぎ方をしてやがるしよぉ。くくっ、くくははは、ははは、はは————はははははははははぁ!!」


 顔を手で覆いながらけたたましい哄笑をひとしきり出しきると、インシェンは再び刀を構えた。


 常に余裕の笑みを浮かべているその顔には、憤怒の形相が浮かんでいた。


「テメェごときじゃ千年早ぇよ——ユァンフイの馬鹿娘」

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