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酒乱博覧会


 【黄龍賽(こうりゅうさい)】では予選本戦を問わず、一試合終わった次の日を一日空けてから次の試合をおこなう、という感じで進んでいく。


 一日暇をもうけるのには二つの意味がある。

 一つ。選手を休ませること。

 一つ。観客に散財させて、開催地域の金回りを良くすること。


 ボクとトゥーフェイの試合の次の日も、その例にもれず、休みが入った。


 ――ただし、一日ではなく、三日も休むことになったが。


 理由はひとえに、ボクとトゥーフェイのせいだ。


 闘技場にびっしり張られていた石畳。あれがほとんど壊れてしまったから、その取りかえ作業をしなければならないのだという。


 数枚壊れた程度なら三日も休ませる必要はないが、ほぼ全部となると時間がかかるらしい。


 まして、次は決勝戦なのだ。妥協はなおのことしたくないのだろう。


 決勝戦――ボクと、劉随冷(リウ・スイルン)が戦う試合。


 あのツインテール三十路(みそじ)幼女の顔を思い浮かべるたびに、胸騒ぎを覚える。


 自分は、彼女に勝てるのだろうか。


 【道王山(どうおうさん)】の頂点に位置する武法士【太上老君(たいじょうろうくん)】。


 そんなとんでもない立場に立つ彼女の能力は、相手の未来の動きを読む、という規格外のもの。


 緊張するなというほうが無理な話だ。


 なので、与えられた三日という猶予の中、ほんの少しでも力をつけねばならないと思った。


 試合翌日の昼。帝都の東に広がる平原。


 ボクを中心に、ライライ、ミーフォン、センラン、シャオメイがぐるりと輪になって囲んでいた。


 張り詰めた沈黙を、ボクの一言が破った。


「――いいよ」


 瞬間、四人も硬直を解いた。


 四人は風のような速度でボクめがけて近寄り、それぞれの技を放った。攻撃の到達までにかかったのはわずか一秒未満だった。


 しかし彼女たちが殴った、もしくは蹴ったのは、ボクの残像でいろどられた空気であった。


 ボクはライライとミーフォンの間を紙のようにスルリと抜け、高速で圧縮する四人の輪から脱していた。【打雷把(だらいは)】特有の細密な歩法のなせる技。


 一番速く次の攻撃に移ったのはシャオメイであった。彼女がこの四人の中で最強かもしれない。もっとも警戒しなければいけない相手だ。


 シャオメイの姿が消えたかと思った瞬間には、すでにその正拳がボクの構えの「穴」をすり抜けて胴体に迫っていた。予備動作を極限まで削ることで稲妻みたいな速度を発揮して突く技【霹靂(へきれき)】である。


 けれど、構えに「穴」を空けたのは不注意ではなく、そこへ攻撃を誘い込むための「釣り」だ。いくら速い突きでも、どこに来るのか分かっていればそれほど怖くはない。


 ボクは体を横へ開くことでシャオメイの拳を紙一重でよけつつ、素通り。本当ならここで一発入れるのだが、「ルール」にのっとって、それはしない。


 続いて向かってきたのは、一番近くにいたセンランであった。


 突っ込んでくるのではなく、ボクの周囲を矢のような速度で不規則に駆けまわって、どこから来るのか予想できにくくする。肉体的速度ではなく「陰陽の転換速度」という心理的速度を体術に投影させたその動きは、あちこちの角度から放たれ飛び交う銃弾を思わせた。


 センランの思惑通りに混乱しそうになる心をしずめ、眼を閉じ、感覚をとぎすます。視覚に執着するから惑う。それ以外の感覚も開くのだ。トゥーフェイ戦で学んだことである。


 背後から迫ってくる、細く鋭い風圧を触覚が感じ取った瞬間、ボクは右足を軸にして時計回りに体を右へ向け、センランの突きを回避。そのまま離れる。


「ふっ!!」


 が、まだ気を休めるわけにはいかなかった。目の前にいたライライの跳ねるような蹴りを、上半身の反りで回避。


 鞭のしなりのような蹴りを連発し、ボクはそれを退いて避ける。


 避けてはいる。しかし、それは当てるためというより、任意の場所へ誘導するためという目的のほうが大きかった。


 背後にいるミーフォンの存在に気付いた時には、すでにミーフォンは技を十全に出せる状態となっていた。


「ごめんなさいお姉様っ!」 


 謝罪とともに、ミーフォンは稲光となった。出した技は、姉のシャオメイと同じく【霹靂】。しかしミーフォンのは出すのに時間がかかるため、ライライを使って誘導するしかなかったのだろう。


 前からは、とんでもない速度で詰め寄ってくるミーフォン。後からは、蹴りを真っ直ぐ走らせてくるライライ。


 二つの攻撃が接触するまさにその時、ボクは一気に横へ歩を進めた。


「うわっ!?」


「きゃぁっ!」


 ミーフォン、ライライが短い悲鳴を上げた。ボクという共通の敵を見失ったことで、互いに正面衝突。ぶつかって弾かれ、ごろごろと転がった。


 それからやってくる攻撃も、つぎつぎと回避していく。


 そう、「回避」。攻撃も防御もしていない。ただ「避ける」だけだ。


 この模擬戦は、そういうルールなのだ。


 けれど、この五人の強敵相手に、そう何度ももつはずもなく、


「うわっ!?」


 シャオメイの掌打を食らったことで、模擬戦は終了した。


 加減はされていたのでそんなに痛くはないが、勢いで草の上を転がった。


 転がって、足裏が地面に付いた瞬間に脚力で跳ね、立ち上がった。


「っはーっ、まけたぁー! それで、今回は何秒くらい耐えられたかな?」


 問うボクに、シャオメイが淡々と告げる。


「一分十七秒。前回よりも十秒ほど伸びたようだが、まだまだだ。【太上老君】に挑むとしたら、最低でも二分は耐えたいものだな」


「うえっ……二分かよ。長いなぁ」


「当然だ。本来、武法とは死線を生き残るための技術だ。準備をしすぎるということはない。まして、【太上老君】のような化け物相手ならなおのこと。いいか、二分だ。次からは常に「二分を超える」と意識しながら挑め。武法は肉体だけでなく意識も使う。ゆえに、それをするのとしないのとでは天と地ほどの差がある」


 もっともなことを言いながら、高ハードルなことを要求してくる【太極炮捶(たいきょくほうすい)】次期トップ。


 現在行っている模擬戦は、「回避能力」を養う訓練だ。この四人が攻撃してくるのを必死で避ける。ただそれだけ。


 逃げる技術は、ある意味戦う技術よりも大切だ。

 回避はもちろんのこと、圧倒的格上から逃げるのにも役立つ。

 【打雷把】の特徴の一つである「精密な歩法」も、その「逃げる技術」を宿しているのだ。


 それに、次に戦うスイルンは、相手の未来の動きを予想できるのだ。

 なので、攻撃は当たる確率よりも外れる確率のほうが高いと言っていい。


 【打雷把】の精密な歩法は、確実に相手に一撃を与えるためのものだ。攻撃をかいくぐりながら、自分に有利な立ち位置まで我が身を誘導し、打つためのものだ。


 つまり、たとえ「逃げる技術」であっても、歩法を鍛えるならば、それはそのまま「当てる技術」の鍛練に回帰する。


 攻撃と回避のつながりが強い武法、それが【打雷把】なのだ。


 ボクはお尻に付いた葉っぱを払いながら、シャオメイを見て言った。


「それにしても、君まで手を貸してくれるとは思えなかったよ、シャオメイ」


 シャオメイは冷たさを感じさせる美貌をふっと微笑みで緩めて、言った。


「私としては、鼻持ちならん【道王山】のお山の大将より、お前に勝ってほしいと思っている。いや、勝ってもらわねば困る。もし私を倒したお前があの女に負けでもしたら、「【太極炮捶】は【道王把】よりも劣る」というとらえ方をされかねん。だからこうして協力させてもらっているというわけだ」


 そういえば【太極炮捶】と【道王山】って仲悪かったんだっけ。


「それに、妹にあれだけ乞われてはな」


 呆れたような視線を、その妹に向けるシャオメイ。ミーフォンは手を振ってにこにこ笑っていた。


 その様子を見て、ボクは胸にあたたかいものを感じた。どうやら姉妹仲は、以前よりも良くはなっているみたいだ。


「それじゃあ、さっそくもう一戦やるとしようか」


 気を取り直し、ボクがそう声を張り上げると、ライライが言った。


「休まなくていいの、シンスイ?」


「大丈夫だよ。というか、あんまり時間ないから、少しでも避け続けられる時間を増やしたいんだ」


「でも、もう五回連続よ? あんなとんでもない試合を終えた次の日だっていうのに、無理しすぎじゃないかしら」


「平気だって」


 気遣ってくれるライライの発言を、ボクはやんわりと断った。


「では、今夜は私が良い酒を用意してやろうではないか! 今は訓練に熱を出し、夜には美酒を片手に英気を養おう!」


 そこへ、センランが威勢よく提案してきた。


 その言葉を聞いて、ボクとセンランを除く全員が「おおっ」と目を見開いた。


 一方、ボクはそんな変装皇女の首をがっちり押さえながら、遠くへ引っ張り込んだ。


「どうしたシンスイ、痛いぞ」


「はいはいごめんね。それよりも、いいのかい? 君はまがりなりにも皇女なんだろ? (いさお)を立てていない庶民にホイホイ施すのは良くないだろうに」


「ふふん、皇女の頭脳を舐めるなよ? たしかに私は皇女だが、今は「羅森嵐(ルオ・センラン)」という一介の武法士ということになっているんだ。酒も、ギリギリ合法的な筋から秘密裏に用意できる。私がこれまで何度父上の目を盗んで酒をやっていたと思っている? 甘く見るなよ」


 そんな会話を小声で交わすボクら二人。いや、それ威張れることじゃないよね。完全に不良皇女じゃないっすか。


「何を話している?」


 いきなりシャオメイの声が背後から聞こえ、びくっとするボクとセンラン。


 ボクはなるべく不審に思われない表情で、


「い、いや、別に何も?」


「そうか……ん?」


 ふと、シャオメイが何かに気付いたような顔をしたかと思うと、センランの顔を凝視した。


「……お前、以前どこかで会わなかったか?」


 再びびくっと身を震わせるボク。


 まずい。シャオメイは【太極炮捶】宗家の長女という立場上、皇族とお会いする機会があったはずだ。ここで今センランの正体に気づかれたら面倒かもしれない。


 ボクは心配になってセンランを見るが、さすが皇女というべきか、図星をつかれた気持ちをおくびにも出さず、にっこり笑顔で嘘を吐いた。


「いや、初めてだぞ。私は羅森嵐(ルオ・センラン)という。【太極炮捶】の宗家の者とまみえるとは僥倖(ぎょうこう)だ。以後、よろしく頼む」


「そうか……私は紅梢美(ホン・シャオメイ)。妙なことを言ってすまなかった」


 軽く握手を交わす二人を見て、ボクは胸をなでおろしたのだった。








 ――それから再び、ボクは回避訓練を行った。


 夕方まで続け、一分五十一秒を最高記録にしてから、ボクらは『吞星堂(どんせいどう)』に戻った。


 お風呂に入り、寝間着に着替えたあと、ボクの部屋にミーフォン、ライライ、シャオメイが集まった。


 センランも最後の一人として部屋に入ってきた。


 ――直径60厘米(センチ)ほどの酒甕(さかがめ)を肩に担ぎながら。


 ドカン! と重量感満載の音を立てて床に置かれたその酒甕の中身は、もちろん酒。


 しかし、ただの酒ではなかった。


「聞いて驚け! 『通天宝録(つうてんほうろく)』の果実酒だ!」


 というセンランの一言に、本当に全員驚いた。


 『通天宝録』とは、この煌国で最も有名で、かつ高価な銘酒の一つだ。

 極級、特級、一級、二級、三級の計五つの等級がある。

 一番下の三級でも、庶民の給料二ヶ月分の値が張り、ほっぺたが落っこちそうになるほど美味いらしい。


 センランが持ってきたのは、一級。


 これは飲まぬわけにはいかぬと、全員が乗り気になった。


 煌国では基本、一八歳以下は飲酒してはいけない。


 だがそれは司法書に書かれているわけではなく、人々の間で自然と生まれた不文律である。「法的には罪ではないが、道徳的にはあまり褒められた事ではない」というレベルだ。


 杯と(ツマミ)もセンランが準備してくれていたので、超高級酒を交えた宴がすぐに始まった。


 ミーフォンとセンランは喜び勇んで飲みまくった。


 ライライは最初は気が乗らない様子だったが、滅多に飲まない超高級酒というネームバリューに屈し、結局飲むというオチ。


 シャオメイも「酒は嫌いではない」ということで、普通に飲んだ。


 ボクはというと、一口も付けていない。もともと酒があまり好きではなかったので、ツマミをチビチビ口にしながら三人の飲みっぷりを見るともなく見ていた。


 高級酒の量は思いのほか多かったようで、夜ふけになった今でもまだ半分くらい残っていた。




 ――ボクの目の前に混沌が広がっていたのも、その頃だった。




「うへへへへ〜!! おねぇさまにあたひの匂い付けまくるのぉ〜! おねぇさまはあたひのナワバリぃ〜! ほかのオスとメスが寄ってこないようにするんらからぁ〜!! それっ、それぇ!!」


「シンスイぃ、なじぇキミは一杯も飲まんのらぁ? ほらほらぁ、美味いぞぉ? キミもたぁんと飲めぃ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! どうひて、どうひてみんなイジワルするのぉぉぉぉ!? わたしなにもしてないのにひどいよぉぉぉぉぉぉぉ!! ああああああん!! うおおおおおおおんっ!!」


「ふははははっ! な、何をそんなに泣いているんだ!? ははっ、はははははは!!」


 右隣から胸を擦り付けて甘えてくるミーフォン。

 左隣からしつこく杯を押し付けてくるセンラン。

 床に座りながらわんわん号泣しているライライ。

 そんなライライを見て爆笑しているシャオメイ。


 みんなに共通して言えるのは、酒臭いということだ。


 酔っ払っている。全員ひどい酔い方だ。


「んー、ちゅっ。おねぇさまのほっぺあまくておいしいれす! あたひのくちびるの跡つけまくっててってい的にナワバリ主張してやるぅ。んー、ちゅっ」


 何度も右頬へキスしてくるミーフォンは甘え上戸。普段よりもスキンシップの過激さが数割増しで凄まじい。


 押し返そうにも、ものすごい力でしがみついているので全然離れない。そうしている間にも、頬や首元にキスマークが増えまくる。


 どうしたもんかと思っていた時、むにっ、と、左頬に硬くて冷たいモノが押し当てられた。酒の入った杯だ。


「くぉらぁ! シンスイ! ミーフォンと乳繰り合ってばかりいないれ、キミも一杯くらい()っておけぇ! 『通天宝録』らろぉ? ここで飲み逃したらもう一生飲めんかもしれんろぉ?」


 その杯の持ち主たるセンランは絡み酒であった。さっきから何度断ってもこうして酒を勧めてくるのだ。


「いや、だからボクは飲まないって」


「ぬわぁにぃ!? おそれ多くも煌国第一皇女の出す酒が、飲めぬというかぁ!?」


 しかもなにあっさり素性バラしてんの。


 たちの悪い二人の酔っ払いに挟まれながら椅子に座るボク。


 そのすぐ前では、


「うええええええええええええええええん!! もぉやだぁ!! なんでみんな巨乳巨乳いうのぉ!? 好きでこんなにおっきくなったわけじゃないもん!! ママのせいだもん!! 巨乳ばっかりじゃなくてわたし自信のこともみてよぉ!! ああああぁぁぁぁぁぁん!!」


 床に女の子座りしながら、子供のように泣き叫ぶライライの姿があった。


 うん、これは見事な泣き上戸だ。


 ボクは迷子に話しかけるような口調で、


「ど、どうしたのかな? ライライ」


「ぐすっ……みんながね、わたしのことをいじめるの。巨乳だとか、爆乳だとか、乳牛だとか、胸にかんする悪口ばっかりいってくるの。とくにね、【民念堂】の男の子がね、すっごくね、ひどいの。搾って牛乳出せとかいってね、からかってくるの。でるわけないよぉ! わたし牛さんじゃないんだもん! もぉやだ! 男の子なんかだいきらいなのぉ! うああああああああああんっ!!」


 認識している時間軸がめちゃくちゃになっているようだ。子供の頃の事まで言っている。


 再び泣き出してしまったライライを見ていられなくなったボクは、慰めにかかった。


「みんな、ライライが魅力的だから、つい照れ隠しでいじめたくなっちゃうんだ。ライライが憎いわけじゃない。むしろ逆さ。君が可愛いんだ。ほら、小さい男の子ってそんなもんだから」


「ぐすっ……ほんとぉ?」


「ホント。だからもっと堂々としてなきゃ。ライライは凄く綺麗で可愛らしい女の子なんだから。ボクが保証する」


 ライライは無邪気な眼差しでこちらを見上げ、しばらく凝視した後、


「ありがとぉ! シンスイ! だーい好きっ!」


 子供のような満面の笑みを浮かべ、ボクの腰に抱きついてきた。

 その勢いで座っている椅子が倒れそうになるが、呼吸によって体重を勢いよく沈墜(ちんつい)させ、椅子の四脚を床へ押し付ける。バランスを強引に安定化させた。


 背中にライライの手が回り、それが締め付けてくる。同時に、常軌を逸したボリュームを誇る彼女の双丘がふにゅん、と押し当てられる。うわ、改めて見ると凄くデカい。


「えへへ、しんすい。しんすい。しーんすい」


「あの、ライライ。離れて欲しいんですけど……」


「やだ。わたしこのままがいいの」


 そう言って、幸せそうにボクに頬ずりしてくるライライ。


 いつもの大人びた印象とは百八十度違うその様子に、内心でどぎまぎする。


「ちょぉっとお!? なにおねぇさまにだきついてんのよぉ!? はなれなさいよぉ!」


「やー! やーっ! ここがいいのーっ!」


 ボクに抱きつくライライをひっぺがそうとするミーフォン。駄々をこねるように抵抗するライライ。……子供の喧嘩にしか見えない。


「ふはははは! いいぞ、ミーフォン! もっといけ! 攻めろ! ははははははっ!!」


 笑い上戸なシャオメイは、爆笑混じりにそうはやしたてる。ちょっと黙っててくれないかな。


 ともあれ、今の状況のひどさは伝わっただろう。古今東西の酒乱の数々。名付けて、酒乱博覧会へようこそ!


「ちょっと、ふたりとも、落ち着い――むぐっ!?」


 とりあえず、美少女二人の取っ組み合いを止めようとしたボクの口に、固いモノが押し付けられる。


「ほら飲めぇ! 皇女様の酒飲めぇ! ぐいっといけぇ!」


 それは、センランが押し付けた酒杯だった。


 甘くて酸味が強い液体が口内へと流れ込んでくる。ごくん。……飲んでしまった。


 薬臭い味を想像していたのだが、いざ飲んでみるとオレンジジュースみたいで、酒であることをほとんど感じさせない味わいだった。


 ……美味しい。


 押し付けられた酒杯から、ごくごくと酒を吸い取っていく。無意識の行動だった。


 それが、ボクが冷静にモノを考えられた最後の瞬間だった。









 鳥のさえずりと、窓から差す朝日によって、ボクは深い眠りから目覚めた。


 まず目についたのは、ボクの泊まる部屋の天井。


 鼻についたのは、甘酸っぱい果実酒の香りと、甘香ばしい女の子の匂い――それらが混ざった蠱惑(こわく)的な匂い。


 肌に感じたのは、寝台(ベッド)の掛布団の感触と、何もまとわぬ触覚。


 裸だった。


 しかも、ボクの上には温もりの塊が乗っかっている。


 裸になったミーフォンが、ボクの上で眠っていた。


 ボクはギョッと驚いてから、周囲を見回してさらにギョッとする。


 大きな寝台の上で裸になって眠っているのは、ミーフォンだけじゃなかった。


 ボクの右隣にはセンラン、左隣にはライライ、そのさらに後ろにはシャオメイ。もちろん全員一糸まとわぬ姿であった。


 何でみんな裸なの? どうして?


 酒と女の子の匂いの中で困惑していると、ボクの胸の上で眠っていたミーフォンが目を覚ました。


「んっ……おねぇ、さま?」


 寝ぼけ眼の妹分には悪いが、ボクは焦った口調でまくしたてた。


「ね、ねえミーフォン、これどういうこと? なんでボクも含めてみんな素っ裸で寝てるの?」


 だが、ミーフォンは頬を染めてうっとりとした笑みを浮かべ、衝撃的な答えを発した。


「ふふふふ……おはようございます。昨日のおねぇ様、すっごく雄々しくて、素敵でした……」


「は?」 


「あたし、はじめてなのに、あんな凄くて……もぉ、頭バカになりそうなくらい、気持ちよかったです…………ねぇお姉様ぁ、もういっかい、もういっかいあたしを極楽に連れてってぇ」


 猫のように甘い声をもらしながら頬ずりしてくるミーフォンの言葉に、ボクはさーっと血の気が引くのを感じた。


 もしかして、そういうこと? そういうことで、そういうことなの?


 嫌だ。信じない。信じるもんか。これは公明の罠だ。きっとミーフォンはボクを騙そうとしているんだ。


 そう自分に言い聞かせていたその時、左隣から「んうぅ……」とうなる声が聞こえた。ライライが目を覚ましたようだ。


 よく見ると、彼女の身体のあちこちには、唇の跡のようなものがあった。特に、その巨大で形の良い乳房に多く付いていた。


 ライライと目が合う。


「お、おはよう」


 ボクはとりあえず挨拶する。


 が、ボクを認識した瞬間、彼女はその寝ぼけ眼を大きく開き、さらには顔をリンゴみたいに真っ赤にした。


 ライライはボフン、と寝台に顔を埋める。涙で潤んだ目だけこっちへ向け、拗ねたような声で一言。


「………………シンスイのけだもの」


 ピキリ。


 ボクの心のどこかに、亀裂の入る音が聞こえた気がした。


 続いて、右隣のセンランも目を覚ますと、頬をほんのり染め、色気を感じさせる笑みを交えて言った。


「キミという女は……存外すさまじいのだな。もうすこしで、嫁げぬ体になるところだったぞ。そうなったら……極刑ものだからな?」


 もうやめて。ボクのライフはゼロだよ。


 シャオメイも目を覚ました。


「…………っ」


 何も言わなかったが、頬を染め、チラチラと切なげな顔でこちらを見る。


 やめてよ。どうしてそんな顔するんだ。美人のそんな表情は可愛らしいけどさ、今のボクには絶望しか感じられないよ。


 確定。


 ボクは最低だ。酔った勢いとはいえ、この美少女四人を……!


「うわあああああああああああああああああああああ――――」









「――――ああああああああああ…………あ?」


 ボクは一気に目を覚ました。とんでもない悪夢を見たからだ。


 ガバッと体を起こし、周囲を見回す。


 そこには、床のあちこちでぐったりしている四人の姿。服は――よかった、着てる。


 ボクも、床で眠っているうちの一人だった。もちろん着衣で。


 耳をすますと、みんなウンウン苦悩するように唸っていた。もしかすると、昨日のお酒が響いて頭痛とかするのかな。


 けど、申し訳ないけど、今はそんなことどうでもよかった。


「夢でよかったぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 とてつもない解放感とともに、ボクは天を仰ぎ見て言った。


 ちなみに、頭痛も吐き気もしなかった。








 



 教訓。


 酒は飲んでも飲まれるな。


 あと、ボクは結構強い方みたいだ。

 

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