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お姉様と姉上

 

 どうしたものか、と考えていた。


 シャオメイの勝利で幕を下ろした第二試合の後、ボクは【尚武冠(しょうぶかん)】を出て、西と北の大通りの間に張り巡らされた脇道を一人歩いていた。大勢の人が毎日往来する大通りにくらべると、石畳の舗装が粗めだった。


 試合が終わった後は、一日間を置いてから次の試合を行う。選手に休息時間を与えるためだ。なので今からあさってまで、余暇が与えられている。


 これからの試合に備え、他の選手の視察を行うべきかもしれないが、そんな気分にはなれなかった。ボクは次の相手の実力は見ているので、今はそれで十分だ。それに他の選手を見るのは今じゃなくて次の試合の日でもいい。勝ち上がった選手だけを見ればいいのだから。


 片手には、先程店で買った『甜雲包(ティエンユンパオ)』がある。売り切れかと諦めつつ訪れると、なんと一つだけ残っているという僥倖に巡り会え、迷わず購入。けれど、その幸運の『甜雲包』はあまり減っていなかった。


 それもそのはず。

 シャオメイの戦いぶりを目の当たりにしてからというもの、気が気でなかったからだ。


 ——相手の技を盗み、自分のものにしてしまう謎の技術。


 ボクは、いつの間にか、武法のことなら何でも知っている気になっていたのかもしれない。

 けれど、そんなことはなかったのだ。やはり武法の世界は広い。

 最初の武法であり、その他全ての武法を生み出した始祖たる流派、【太極炮捶(たいきょくほうすい)】。


 その大流派には、膨大な技術や修行法が凝縮されているという。が、「その全てが世に公開されたか?」と聞かれたら、「分からない」としか答えようがない。つまり、ボクの想像を絶する「何か」が、あの始まりの武法には存在するのだ。


 次に戦うのは、そんな得体の知らない相手なのだ。


 もし手を合わせれば、ボクの技も盗まれるのだろう。そうなった場合、ボクはどのように戦えばいい?


 けど、一方で思う。技を盗めるのと、それを使いこなせるようになるのは別問題じゃないか、と。

 シャオメイがランガーから得た【飛陽脚(ひようきゃく)】には、とてもじゃないけどランガーほどの速さは無かった。

……その点を見るに、シャオメイは技を盗むことはできても、それを盗んだ相手ほどの威力で使う事はできないのだろう。マネするのはあくまで技術のみというわけだ。


 付け入る隙があるのだとすれば、その辺りにあるのかもしれない。


 『甜雲包』をひとかじりし、口の中でカラメルにも似た刺激のある甘みを感じ取りながら考えた。


 シャオメイの技は、いわばコピー能力。


 だが、コピーできるのはあくまで技術のみだ。


 ならば——「あの技」が有効かもしれない。


 残った『甜雲包』を全部口に入れ、一息つく。


 一度試合のことを考えるのは中断し、今の目的へ意識を向けることにした。


 ボクの今の目的は、食べ歩きだった。


 この帝都は本当に広い街だ。もう一ヶ月以上ここにいるが、未だに見たことの無いものがたくさんある。


 特に食べ物だ。大通りと大通りの間に血管のごとく張り巡らされた脇道には、表通りにはないユニークな食べ物が結構ある。それを探すのが最近の楽しみとなりつつあった。


 誰かが一緒にいると面白いのだろうが、あいにく今一緒にいられそうな人は誰もいない。


 ライライは今日も仕事だし。ミーフォンもどういうわけか、開会式が終わってからどこにも姿が見当たらないし。


 荒い石畳を踏みながら、裏通りを物色していた時だった。


 今通り過ぎようとしていた薄暗い脇道の奥から、言い争うような声が聞こえてきた。


 少し気になったので、野次馬根性でその脇道へ近づいてみる。


 近づくたびに、言っている言葉が鮮明になってくる。


「う、ぐっ…………あ、あね……」


 知った声だ。

 自然と歩調が速まる。

 暗く影を落とした細い脇道が、徐々にくっきり見えてくる。


 ――長身の何者かに首根っこを掴まれ、壁に押し付けられたミーフォンの姿。


 両足が石畳を蹴った。


「おい! やめろ! 何してんだ!?」


 一瞬で間を詰め、ミーフォンの首をつかむ腕につかみかかった。


 が、次の瞬間、稲妻のごとき一撃がボクの体にぶつかった。


「ぐ――――!?」


 長身の人物は、何の予備動作もなく突発的にこちらへ踏み込み、拳を打ち込んできたのだ。何とか反応が間に合って掌で受け止めたけど、ギリギリだった。恐ろしく素早い。


 ――この技、まさか【霹靂(へきれき)】っ?


 ついさっきの試合で見た技とおなじものを使われたボクは、その人物の正体が【太極炮捶】の門人であると確信。


 いや、門人どころではなかった。


 暗い影に目が慣れ、視界の中で明確化したその長身の人物は——他ならぬ紅梢美(ホン・シャオメイ)だったのだ。


「ほう、今のを受け止めるとは大した反応だ…………んっ?」


 感嘆の声を漏らしたシャオメイも、ボクの正体に気づいたようで、そのネコ科の獣みたいに鋭い瞳を少し見開いた。


 けほけほと咳き込むミーフォンを無視して、シャオメイは再び眼差しを研ぎ澄まし、ボクを見据えた。


「……李星穂(リー・シンスイ)。なぜ私の邪魔をした? お前には関係ないだろう、引っ込め」


「そうはいくか。君がボクの大事な妹分をいじめているんだ。看過できるわけないだろ」 


「妹分、だと? 私達は本物の姉妹だ。なおさら貴様の入り込む余地などない」


 ……やっぱり、姉妹だったのか。


「でも、姉妹喧嘩にしては少し過激だったんじゃない。首絞めるなんてさ。ウチの姉様も頬っぺたつねるくらいしかしないよ」


「貴様の家のことなどどうでもいい。これは紅家の問題だ。この愚妹があまりにも恥をさらすものだから、姉として折檻(せっかん)していたのだ」


 うるさい、もう知らん。ボクはシャオメイを無視して横切り、地にへたり込むミーフォンへ歩み寄った。


「ミーフォン、大丈夫かい?」


「お、お姉様……はい、あたしは大丈夫です」


 そう言って力なく笑う我が妹分。


「お姉様? ……ふん、田舎拳法の女と仲良く姉妹ごっこか。その李星穂(リー・シンスイ)を私の代用品にでもしているのか?」


 シャオメイはミーフォンを見下ろしながら無慈悲に言った。


 その眼差しには、深海のように暗い軽蔑、失望感があった。……彼女はミーフォンを見るたび、そんな目をしている。


 ミーフォンは必死な顔で訴えた。


「ち、違うわ姉上! 失礼なこと言わないで! あたしはこの人をそんな風には――」


「どうだかな。努力と鍛錬を放棄し、【太極炮捶】という大看板を傘に着て威張り散らすだけだった貴様の姿を見てきた姉としては、そう思わずにはいられないんだがな」


「っ……そ、それは……」


「それだけでも見るに堪えないというのに、しまいには他流派の者を「お姉様」呼ばわりしてケツごと尻尾を振っているときたものだ。大きな木に寄りかかって、自分まで強くなった気でいる貴様に「恥さらし」以外のどのような形容詞がふさわしいというんだ?」


「――あの、さっきからうるさいんだけど」


 いよいよ我慢ならなくなったボクは、傍から口を挟んだ。


「勝手な憶測ばっかり並べないでよ。この子は純粋にボクを慕ってくれている。ボクもこの子がなんだか憎めないから一緒にいる。それだけだ。それを他流派に尻尾振ってるとか、恥をさらしてるとか言わないで欲しいな。はっきり言って余計なお世話だ」


 ……あれだけ過激なスキンシップをされてきた側だからこそ言える台詞だった。


 シャオメイは怒るわけでも、あざ笑うでもない、ただボクの言葉を音としてしか聞いていないような無反応さを見せていた。


「まあ、田舎拳法と馴れ合うのは目をつぶろう。この愚妹が起こした問題は他にある」


「問題?」


「そうだ。――こいつは負けたのだ。しかも、予選大会の一回目でな。まったく嘆かわしい」


「……だから何だ。試合で負けることだってある。そもそも、負けたことの無い武法士なんていない」


 【雷帝】と称された最強の武法士であるボクの師だって、一回は負けたことがあるのだ。「生涯無敗の達人」なんて、おとぎ話でしかありえない。


 シャオメイはため息をつく。まるで世間知らずな子供を相手にするような態度だった。


「一介の田舎流派であるお前には分かるまい李星穂(リー・シンスイ)。我が【太極炮捶】は全ての武法の中でも最古の歴史を誇る由緒正しき大流派。ゆえに、その威厳と面子を保つことは重要なことだ。そして、その宗家の人間の醜態は、そのまま【太極炮捶】の醜態へと直結する」


 シャオメイは一呼吸間を置いてから、さらに言いつのった。


「我ら紅家は今まで、「無駄な勝負はしない」という姿勢を貫いてきた。だがそれゆえに、その実力を疑い、侮る者がちらほら現れ始めた。このままでは座して面子が潰れるのを待つだけ。――だからこそ、次期当主である私は【黄龍賽(こうりゅうさい)】という公の試合に出場した。【太極炮捶】を再び偉大な流派にするために」


 なるほど。だから【太極炮捶】宗家の彼女はこの大会に出ていたのか。 


「そのためには、公の場で戦うに相応しい実力が必要だ。この愚妹は心技体ともに論外。次女も腕は確かだが私の方が上だった。それゆえに、長女であるこの私が行くこととなった。……だというのに、その愚妹は勝手に家を飛び出し、勝手に大会に参加したのだ。そして、見事に恥をさらしてくれた」


 その刺すような発言に対し、ミーフォンは一歩前へ出て抵抗の言葉を発した。


「あ、あたしも姉上みたいに、【太極炮捶】の役に立ちたくて――うぐっ!?」


 だがそれも、シャオメイに胸倉を掴み上げられたことで封殺された。


「黙れ、面汚し。貴様のような出来そこないは何もするな。歩いた数だけ恥をさらす。一歩も動かぬことが【太極炮捶】に対する唯一の貢献だ」


 燃え盛る業火を力づくで押し殺したようなその低い声色は、ミーフォンを青ざめさせた。


「お前は昔からそうだった。上達しない、姉に追いつけない辛さから逃げるために、【太極炮捶】という大流派であることに威張り散らすことに夢中になり、鍛錬を放棄した。わかるか? それがこの無様の根本だ」


「あ、姉上……あたしは」


 ミーフォンは言いたいことがありそうに口を開こうとするが、うまくしゃべれずにいた。姉の剣呑な気迫に圧されているようだ。


 そんな妹にさらなる追撃をかけるように、シャオメイは続けた。


「私は父上から当主の座を継いで、まずやりたいことは「流派の浄化」だ。【太極炮捶】の面子を潰すような要因を一掃し、綺麗な状態に戻す。私が当主になり次第――貴様を間引いてやる(・・・・・・)


「え……どういう事……? 間引く、って……」


 ミーフォンがこれ以上ないほど目を見開き、言葉を失いかけた。まるで初めて聞いたような反応である。……いや、今この瞬間初めて聞いたのだろう。


「そのままの意味だ。【太極炮捶】、紅家の両方から、お前の名を抹消する。そして家から叩き出す。あとはどこかで暴れるなりその女に擦り寄るなり、好きにしろ」


「ふ、ふざけないでよ姉上! いくらなんでもそんな事——」


「するさ」


 するわけないわよね、とでも言おうとしたミーフォンの声を、シャオメイが無慈悲に断絶させた。


 ひゅっ、と悲痛に息を呑む妹。


「私は【太極炮捶】のためなら何だってする。面汚しならば、血を分けた妹も切り捨てる。私はもうすぐ、それを行えるだけの発言力を手に入れる。その時がお前との別れの時だ、ミーフォン」


 ミーフォンは唇を震わせて頭を左右にイヤイヤ振りながら、


「い、いや……やめて姉上! それだけは嫌!」


「断る。もう決めたことだ。【太極炮捶】の大改革を行う上で、貴様は邪魔でしかない」


 ぼろぼろと大粒の涙をこぼし、悲嘆にゆがんだ顔で駄々っ子のようにわめくミーフォン。


「いや……やだ……やだやだやだやだやだやだぁ!」


 そんな様子が癇に障ったのだろう。黙らせようとばかりに片拳を振り上げた。




「いいかげんにしろ、この馬鹿姉」




 その拳を、ボクは掴んだ。


 シャオメイは剣呑に眼差しを細めてボクを睨んだ。小動物くらいなら視線だけで殺せそうな眼光であった。


「……離せ、田舎拳法。邪魔をするとただでは済まさんぞ」


 対し、ボクはひるまず、容赦なく煽った。


「正直言って教える義理は無いんだけど、自覚できてないのが可哀想過ぎるだから、親切心で教えてあげるよ。――今のキミの姿を見ても、【太極炮捶】の威厳なんかひとかけらも感じられない。むしろ失望さえ覚える。……ねえ? この場合【太極炮捶】の威厳を潰しているのは誰なんだろうね?」


 シャオメイの視線に宿る鋭さがさらに増した。


「貴様……私を侮辱するのか」


「侮辱? これは助言だよ。キミは【太極炮捶】の威厳を回復させたいんだろう? そのための手伝いさ」


 挑発するような態度を崩さず、つらつらと続けた。


「もう一つ。キミはしきりにボクを「田舎拳法」呼ばわりしているけど、そういう他派を見下した姿勢を続ける限り、キミ達が再び尊敬の眼差しを浴びることはあり得ないよ。だって、周りを下に見てるってことは、今の自分に満足しちゃってるってことなんだから。もうそれ以上の成長は望めないわけだね。こういうのをなんて言うんだっけ、ああそうだ、「驕れるもの久しからず」かな?」


 実をいうと、彼女の「田舎拳法」呼ばわりには地味にムカついていた。


 生まれの良さを鼻にかけて、人を見下している言い方だからだ。


 ボクの前世――人生の大半を医療施設で過ごしていたころの事を思い出す。


 あの頃のボクは、健常者に対してコンプレックスを持っていたきらいがあった。

 次々と退院していく患者がボクに向ける、憐れみの眼。彼らはボクを本気で可哀想だと思っていたのだろうけど、ボクはそれを「見下しているんだ」と捻じ曲った受け取り方をしていた。

 こういう言い方をすると地球の母さんに失礼だけど、望んであの母親から、病気持ちで生まれたわけじゃない。生まれ方を選べるのなら、みんな元気な子供として生まれたいはずだ。

 そんな「どうしようもない事」を比べられ、鼻にかけられることが、ボクは嫌いだった。


 それに、生まれの貴賤は必ずしも、優劣強弱とは結びつかない。


「少なくともボクの師匠――【雷帝】強雷峰(チャン・レイフォン)には、それが理解できていたみたいだよ。あの人はいくら強くなっても「上」を見続けてきたんだ。キミと違って」


 極め付けに、この言葉をプレゼントしてやった。


 レイフォン師匠はもともと【太極炮捶】の出身だ。同時に、【太極炮捶】が嫌う「門派の面汚し」の最たる人物。


 そんな武法士をヨイショして、相手の怒りをさらに燃え上がらせる。


 するとあら不思議。ボクを歯牙にもかけていなかったシャオメイの矛先が、はっきりとこちらを向くのだ。


「今……なんと言った?」 


 興味を失ったようにミーフォンを放置し、ボクの方へ真っ直ぐ向いた。その眼差しの奥底には、不倶戴天の敵を目の当たりにしたような憤怒がくすぶっていた。


「貴様は……あの【雷帝】の弟子だというのか」


「そうだよ。キミ達が大嫌いなあの【雷帝】のね。あの人はもともと【太極炮捶】だったみたいだけど、天下を震え上がらせた流派は【太極炮捶】じゃない。ボクの【打雷把】だ。そこを間違えないように」


 今の言葉はとらえようによっては、「【太極炮捶】よりも【打雷把】のほうが優れている」という意味になる。


 それは、いずれ【太極炮捶】を背負って立つ者にとっては、この上ない侮辱だろう。


 内に燃える怒りを飼いならすように、紅家の次期当主は口端を吊り上げて挑戦的に微笑んだ。


「…………今日は素晴らしい日かもしれないな。我が門の面汚しの弟子を、公の場で叩きのめせるのだからな」


 ネコ科を思わせる鋭い目には、もはやボクしか映っていない。


「あさっての二回戦までに、二つの覚悟をしておけ。痛い目を見る覚悟と、衆人環視の中で面子を潰される覚悟だ」


「そのセリフ、そのまま返すよ。特に後者の場合、君の方が潰れる面子が大きいんだし」


 数秒間無言でにらみ合うと、シャオメイは飲み込むように殺気を消し、ボクを横切った。


 そのままこの脇道から出ようとした、その時。


「待って、姉上!!」


 ミーフォンが、切迫した声で呼び止めた。


 長女の足が止まる。が、振り向きはしない。


 それでも話を聞いてはくれると分かったのだろう。ミーフォンは激しく言いつのるのを必死で抑えたような声で言った。


「姉上にとって……今のあたしは流派の汚れみたいなもので、将来、家から叩き出そうって考えてるのよね?」


「だからなんだ」


「教えて欲しいの。……何をすれば、あたしに対するその認識を変えられるのか」


 シャオメイから、微かに息を呑むような声が聞こえた気がした。


 が、すぐに淡々とした口調で、一つの「条件」を提示した。


「――私に一撃でもいいから、技を当ててみせればいい」


「え……それだけで、いいの?」


「うぬぼれるな。お前は長い間、鍛錬を怠ってきた。その間に私は、流派を継ぐために父上から特別な修業を施された。もはや私とお前の差は雲泥という言葉では言い表せん。――どんなやり方でもいい、本気の私に一撃当ててみせろ……用は済んだか? なら、もういくぞ」


「待って、あと一つだけ!」


 ミーフォンはそう引き止め、もう一つの用件を告げた。




「姉上、もし明日の試合が終わったら――あたしと立ち合ってください」




 ボクはその言葉に目を剥く。


 前を向いていた爪先をこちらへ向け直したところを見ると、シャオメイも少なからずの関心があった様子。


「もし、あたしが一度でも姉上に一撃当てられたなら、そのときは……あたしが流派にとどまることを許してください」


「負けた場合は?」


 即座に投げられた容赦ない質問に、ミーフォンは苦痛に耐えるような表情となりつつ、おずおず言った。


「……その時は、姉上の随意にしてください。あたしを追い出したいなら、そうすればいい」


 いきなりのとんでもない展開に、ボクは泡を食った。何を考えてるんだ、そんな一大勝負をこんな所で消費するなんて!


「ミーフォン、考え直すんだ。シャオメイとやり合うのは、もう少し修行してからでもいいだろう?」


「いいえお姉様。鉄は熱いうちに打て、と言いますよね? 今この時が、勝負に出る時なんです。もしここで引き下がったら、あたしはずっと姉上に尻込みするかもしれない。だから、すぐに勝負をつけたいんです」


 そうはっきり言い放つミーフォンの目は、いつもの能天気そうなソレではなかった。まるで死地へ向かう前の兵のように覚悟に満ちていた。


 それを目にしたボクは、今のこの子に何を言っても利かないと確信する。「好きなだけキスしてあげるからやめて!」と言っても意見を変えないに違いない。


 その時、シャオメイの鉄仮面に妙に人間臭い表情が浮かんだ。先程まで向けていた汚物を見るような顔に、興味の色を見せていた。


「……いいだろう。ならば第二回戦ののち、【尚武冠】の正面入口で待っていろ。勝敗の如何にかかわらず、必ず立ち合うと約束しよう」


 最後の言葉を多少柔らかめの口調で告げると、今度こそシャオメイは曲がり角へ消えた。


「お姉様」


 ミーフォンが呼びかけてきた。


 これから先に続く言葉を、ボクは一字一句先読みしていた。


「――あたしに、稽古をつけていただけませんか」


 

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