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センランの正体

「ぐすっ……みんな酷いわ……」


 ライライは鼻をすすりながら、涙声で呟く。


 ボクらは温泉から上がった後、宿をすぐに出た。


 シャンシーとは入口で別れた。なんでも、門弟たちと集まってご飯を食べに行く約束をしているらしい。


 よって、現在は最初の四人組で『商業区』の町中を歩いている。


 すでに夕方から夜に変わりつつある空。往来する人の数も昼間に比べて落ち着きを見せていた。昼間は人混みのせいで満足に見えなかった反対側の店も、今では良く目に映る。


 ライライはお風呂でおっぱいを揉みしだかれたことをまだ気にしており、少ないながら目に涙を溜めている様子だった。


「す、すまない。少し戯れが過ぎたようだ」


「乳揉まれたくらいで泣かなくてもいいじゃないの」


 センランは申し訳なさそうに、ミーフォンは困ったように言う。


「ううっ……酷いわよぉ。好きでこんな大きくなったわけじゃないのに…………シンスイぃ」


 泣きながらボクの首に手を回し、抱きついてくるライライ。ボクは無言でその背中を優しくさすってあげた。


 なんでも彼女は昔から発育が並外れて良く、一一歳の頃にはすでにミーフォン並みのバストを誇っていたらしい。当時通っていた【民念堂(みんねんどう)】の同級生たちから「きょーにゅーう! きょーにゅーう!」と散々からかわれて以来、それがコンプレックスとなってしまったそうだ。


 ご愁傷様……。


 ライライをなだめながら、ボクは空を見上げた。


 夕日のあかね色は、東側から押し寄せる瑠璃色の夜闇によって西へ追いやられ始めていた。


 もうすぐ夜となる。


 楽しい時間はあっという間だ。


 今日一日は非常に密度が濃かったはずだが、時間の経過がとても早く感じる。そしてそれはそのまま、今日という日がどれだけ楽しかったのかを表していた。


 ボクは楽しかった。


 なら――センランはどうだっただろう?


 武法を好むという点で、ボクらは全く同じ種類の人間だ。なので、ボクの楽しみがそのまま彼女の楽しみになる。そう信じて、今日一日を本能のまま遊び倒した。


 センランはちゃんと楽しんでくれていただろうか?


 ボク一人による自己満足で終わっていなかっただろうか?


「ねえセンラン、今日は……楽しかったかな?」


 少しおそるおそるな響きを持ったボクの声。


 訊いた瞬間、手ぬぐいで眼鏡を拭いていたセンランはその手を止めた。歩く足もピタリと静止させる。


 うつむき加減だった顔をさらに下へ垂らす。


 その様子は、感動で打ち震えているようにも、何かに失望しているようにも見えた。


 いや、きっと表情が見えないから、正にも負にも捉えられてしまうのだ。


 我知らず唾を飲み込んでいた。


 だが、やがてセンランはその深いうつむきを保ったまま、はかなげな声で答えた。


「……楽しかった。こんなふうに思い切り遊んだことは、久しく無かったから」


「……センラン」


「ありがとう、シンスイ。私を振り回してくれて。今日は一分一秒すべてが、金銀財宝のように輝かしいものに思えたよ。キミとともに遊んだ事を、私は永遠に忘れないだろう」


 予想に反した感謝ぶりに、ボクは喜びを通り越して少し気恥ずかしくなった。


 永遠というのは少し言い過ぎかもしれない。でも、それでも「楽しかった」と言ってもらえたことは嬉しい。気恥ずかしさは再び喜びへと回帰する。


 ボクはセンランに歩み寄り、片手を差し出した。


「明日の試合、お互い全力で戦おう」


 それは、握手を求める手であった。


 今回の大会の一戦一戦は、ボクの武法士生命を賭けた綱渡りのようなものだ。


 どういう形であれ、勝つことが大事。それ以外の結果は認められない。


 しかし、今日一日で仲良くなったこの少女との戦いは、勝利にのみ執着したものにはしたくないと思った。全力を出し惜しみせず、真摯に挑みたい。たとえその先にどういう結果が待っているのだとしても。


 ボクが差し出したこの手には、そんな強い思いがあった。


 センランは一瞬戸惑った様子だったが、


「――ああ。よろしく頼む」


 すぐに自分の片手でボクの手を掴み、握手に応じてくれた。


 未だにこうべを垂れているため顔は見えないが、笑みを浮かべているのは声で分かった。


 今日あったばかりの彼女とそこまで分かり合えたことに、改めて嬉しくなる。趣味嗜好が同じであるならなおさらだ。


 しばらく固く結束を結んだ後、ボクらは手を離す。


 センランは手を引っ込めながら、もう片方の手に持っていた眼鏡をかけようとした。


「あっ……!」


 が、引っ込めた方の手を誤って眼鏡にぶつけ、取り落としてしまう。


 かちゃん、とレンズが弾む音。


「拾うよ」


 ボクは率先して、眼鏡を優しく拾う。眼鏡は高級品だ。丁寧に扱わなければ。


 手に持ったソレを、持ち主であるセンランに渡そうとした。


「――ん?」


 だがその時、ボクはふとある点に気がついた。


 眼鏡のレンズに注目する。


 レンズから向こう側には――代わり映えしない普通の景色があった。


 ……この表現では、分かりづらかったか。


 ボクが言いたいのは、レンズ越しに前を見た時、目に気持ち悪さを全く感じなかったということだ。


 つまり、レンズに度が入っていない。


 これは――


「伊達メガネ……?」


 思わず呟く。


 そう、紛れもない伊達メガネであった。


「――っ!」


 次の瞬間、センランはボクの手から眼鏡を乱暴にひったくり、かけ直した。


 気まずそうな顔で目を背けられる。


 さっきまで柔らかかった雰囲気が、一瞬で張り詰めたものになる。

 快晴を喜んで外を歩いている途中、急速に雨雲がかかった時のような気持ちにさせられた。


 今までの彼女らしからぬ強引な行動と後ろめたい態度に、ボクは首をかしげずにはいられなかった。


 さらに、疑念のようなものまで生まれた。


 伊達メガネをかけているところまではいい。ファッションの一言でケリがつく。


 ボクが気になったのは――お風呂に入る時にまでソレを着用していた事だった。


 最初はそれに対し、視力がかなり悪いからだろうという先入観を持った。


 しかし、そんなことはなかった。伊達メガネであったことがその何よりの証拠だ。


 目が悪くなかったのなら、お風呂にまでかけていた理由はなんだ? 湯気でレンズが曇るだけで、何のメリットも無いはずなのに。


 別にそれが分かったところで、何も起こらない。しかしなぜかひどく気になった。


「センラン、君は……」


 訊いてみたかったが、彼女の発する無言の圧力が「やめろ」と言外に訴えてきている感じがして、途中で言葉が途切れる。


 何か触れて欲しくない事情があるのかもしれない。


 もしそうだとしたら、ボクはこれ以上踏み込むべきではない。それはセンランのためではなく、自分の好奇心で動くことに他ならないのだから。


 センランを真に思うなら、次にこの言葉を繋げるべきだ。


 「ううん、何でもない」と。


 そうしようとした、まさにその時。


「――おい、嬢ちゃんたち。ちょっといいか」


 端から知らない声が割り込んできた。


 誰だよこんな時に。苛立ちを胸に秘めつつ、声の方向へと振り返る。


 そこに立っていたのは、鎧と槍を装備した四人の男の人。


 統一された武装を見て、彼らが【煌国(こうこく)】の正規兵であることがすぐに分かった。


 何でこんな所に兵士が? と一瞬考えたが、すぐに答えは出た。


『きっと、皇女殿下が宮廷から失踪されたから、探してるんだと思うわ』


 ライライは以前、確かにそう口にしていた。


 つまり彼らはこれから、ボクたちに皇女殿下らしき人を見ていないかを尋ねるつもりなのだろう。


 はっきり言って、そんなこと聞かれても困る。


 ボクは皇女殿下の顔なんて見たことが無いのだ。


 異世界(ここ)にはテレビどころか写真だって存在しない。媒体技術の発達した現代日本と違って、そんな簡単にお偉いさんの顔が見れる場所ではないのだ。


 ごめんなさい、知りません――そう答えてさっさと退散しよう。


 しかし、センランの方に思わず視線が釘付けになる。


 こわばっていた彼女の表情が、さらに緊張感を増していた。緊張しているのは主に唇と頬。目元は何かから無性に逃げたい感情を表すかのように細められていた。


 明らかに様子がおかしい。


 兵士たちが、そんなセンランへ目を向けた。


 が、顔を見られる前に、勢いよく首をひねる。


 ……その不審な反応が、兵士たちの強い関心を引いたのだろう。


「おいそこのお前、ちょっと振り向いて顔見せてみろ」


 一人が、センランの背中に手を伸ばしだした。


 石のように無骨な手が、肩へ近づく。


「――っ!!」


 しかし掴まれる寸前、センランは突発的にその場から走り出した。


 ――スタートダッシュの時、その片胸のポケットから何か光るものが落ちるのが見えた。


 野生の獣のような勢いで、彼女はボクらから遠ざかった。


「待てっ! 止まれ!」


 兵士たちは慌ててセンランを追い始めた。重そうな装備だが、訓練しているだけあってか、その足は一般人よりずっと速かった。


 しかし、センランは突如加速し、兵士たちとの距離をあっという間に広げた。間違いない。【心意盤陽把(しんいばんようは)】の歩法を使ったのだろう。


 しかし兵士たちはめげずに追跡を続ける。職務熱心なことだ。


 追いかけっこをするメンツが全員曲がり角に入り、見えなくなる。


 ボクら三人は、ポツネンとその場に取り残された。


「……何だったのかしら」


 連続した思わぬ展開に、ミーフォンがつぶやきをこぼす。


 ボクも同意見だった。


 伊達メガネをぶんどったり、兵士から逃げ出したり。彼女の不審な行動をいきなり連続して見せられて、頭が混乱していたのだ。


 例えるなら、映画の序盤から一気に飛んで、クライマックスを見せられた時のような混乱に似ているかもしれない。


 残った夕日の光を反射して輝く黄金色の物体が、整然と敷かれた石畳の上に転がっていた。


 さっきセンランが落としたものだ。


 拾って見ると、指輪だった。


 刻印されているのは、大きな太陽とその下に広がる町を抽象化したような意匠――【煌国】の国旗と同じマークだった。


 太陽を表す刻印の(まる)部分には、綺麗にカッティングが施された紅宝石(ルビー)がはまっている。


 指輪全体に使われているのは、ほぼ間違いなく純金。


 疑いようもなく、上等なシロモノだった。おそらく、質に売ったらひと財産だろう。


 ――これから、ボクはどうするべきだろうか。


 自分のするべきことを考える。


 しばらく地蔵のように固まって、頭を回転させ続けた。


 そして、「この指輪をセンランに返す」という方針が決まった途端、ボクはセンランが逃げた方向へ向かってダッシュした。


「あ、ちょっとシンスイっ?」


「ごめん二人とも! ボク、この指輪をセンランに届けてくる!」


 振り返りもしないまま、そう押し付けるように言った。


 落し物を届ける――それももちろんある。


 だが、もし落し物を届けたいのなら明日にすればいい。どうせ試合で会えるのだから。


 ボクにはもう一つ、動く理由があった。


 センランが逃げ出した理由が気になったのだ。


 はっきりしない事を、はっきりした事にしたいだけなのだ。


 全力で戦うと誓い合った手前、もやもやした疑問を直前に残すのは、やはり気持ち悪いと思ったのだ。


「二人はもう帰ってていいよ!」


 待たせないようにそう釘を刺してから、走る速さをさらに上げた。


「あの指輪……どこかで見たことあるような……」


 そんなミーフォンの微かなつぶやきを聞き逃し、ボクは去っていったのだった。











 夜に移るのは予想以上に速かった。


 太陽はすでに西の彼方へ埋もれており、瑠璃色の闇が空のほとんどを覆っていた。


 夕日と夜闇が5対5の割合になったところで、町の人たちは行灯や灯篭に火を灯し、【滄奥市(そうおうし)】にオレンジ単色のライトアップをもたらした。


 照明器具に恵まれた現代に比べれば、原始的かつ短調な光。しかしその分、人間という生き物の原始的感性がほどよく刺激されるため、悪い気分ではない。


 オレンジ光がぽつぽつと灯った【武館区(ぶかんく)】の大通りを、ボクは息せき切って走っていた。


 夜になって、この道はさらに寂しさが増していた。乏しかった人通りも昼間に比べてさらに少なくなり、人間は時々見かける程度しかいない。


 そんな中、ボクはある身体的特徴のみを絞って人探しをしていた。


 丸メガネ。オールバックになってさらけ出された額。後頭部で太い三つ編みとなったチョコレート色の長い髪。センランの特徴である。


 彼女は武法が好きだ。なので、ここに来ているかもしれないと踏んで探し回った。


 だが見つからぬまま、時間だけが無為に過ぎていった。もうかれこれ二〇分以上は走り回っている。


 日々の鍛錬の賜物で、体力的には全く問題はない。しかし大量ではないものの汗がまた皮膚表面に浮かび上がってきて、気持ち悪い。帰ったらお風呂に入り直すなり水浴びするなりしなければならない。


「ちくしょ、見つからない……!」


 息をかすかに切らせながら、ボクはぼやきをこぼす。


 いくら探して見つからない。


 ていうか、手がかりも何も無い状態で、この広い町全体を探そうという行為そのものが無茶なのだ。


 ボクが走り回っている最中、センランだって移動しているだろうし。


 そう考えると、こうして走り回る行為そのものが無駄なように思えてきた。


 一度足を止める。頭を冷やそうと深呼吸。


 その結果、頭はあまり冷えなかったが、代わりに見覚えのある顔と出くわした。


 シャンシーだった。


 しかし、彼女にはつい数十分前までの活発さは無く、まるで精根尽きはてたようにふにゃふにゃだった。両隣にいる二人の男が、その左右の肩を担いで歩いていた。


 彼ら二人も見たことがあった。シャンシーと初めて会った時、一緒にいた仲間の男たちだ。


「ううーん…………もう飲めにゃい……」


 でろんとこうべを垂らしたシャンシーは、ろれつの回らない口調でそう呟く。


 そして、彼女が近づいて来るたび、徐々に強くなってくる酒気。


 まさか。


「シャンシー! 君、お酒飲んでるの!?」


 ボクの驚く声に反応し、へべれけなシャンシーは舌足らずに言う。


「んあ? シンスイ? 違う違う、酒ひゃねーっへ。薬くせー変な飲みモン。飲んでみっと意外と美味くへ、体の奥がぽわーんとあったかくなっへぇ……」


「一〇〇パーお酒でしょそれ!」


 この国では、お酒は一八歳からと決まっている。しかしそれはちゃんとした法律に基づいた決まりではなく、慣習法や不文律みたいなものである。


 まあ、未成年の分際で飲酒していたことについては、またの機会に問い直すとしよう。


「それよりシャンシー、センランを見かけなかった?」


 そう問いかけると、シャンシーはいかにも不満たらたらな口ぶりでくだを巻いた。


「んだよぉ、センランセンラン! でけーケツの女ばっかし追っかけやがっへぇ! センランとあらひのどっちが大事だってんだよぉ!?」


「ええ!? 意味わかんないし! 唐突に何なの!?」


「とーとつじゃねーよぉ、ぎゅー」


「うわ! ちょ! 抱きつかないで!?」


「やだ。離さにゃい。このまま家に持っへ帰っへやう」


 シャンシーは腕と足をボクの全身に絡ませてくる。その細い手足には似つかわしくない、凄い力だった。


 夢見心地な微笑みを浮かべながら、ボクのほっぺに頬ずりしてくる。


 女の子の香りと酒気が混ざった蠱惑的な匂いがボクの鼻をつき、妙な気分にさせられる。


 もしかしてシャンシー……甘え上戸ってやつ?


 なんて冷静に分析してる場合じゃない。


「は、離れてシャンシー! ボク用事があるから!」


 ボクはできるだけ乱暴にならないよう、ヘビのように絡みついてくるシャンシーを剥がしにかかった。


 しかし彼女の手足の【(きん)】はかなり鍛えられているようで、手加減した力では全く解けない。なので、本気を出さざるを得なくなる。

 

 やっとの思いで引っぺがした。


 千鳥足で着地したシャンシーは頬っぺたをぷくっと膨らますと、うめくような声で告げてきた。


「……あいつなら、さっき広場に入っへくのを見たぞぉ。アンタらが今日の昼間、試合してた場所な」


「ありがとう! じゃあ行くね。もう飲んじゃダメだよ?」


 ボクはさらに、シャンシーを担いでいた二人の男にビシッと人差し指を向ける。


「いいかい君たち? 分かってるとは思うけど、酔ってる所を美味しくいただこうなんて考えないこと! いいね?」


「し、しねぇよ、んな事。俺らがシャンシー姐さんに殺されちまうわ」


「よろしい! ばいばいっ」


 きちんと釘を刺してから、ボクは再び足を走らせた。


 窓や灯篭からもれるオレンジの光が、前から後ろへ次々と流れていく。


 さっきと違い、今は踏み出す一歩一歩に迷いはなかった。アテが見つかったからだ。


 広場までの道のりはちゃんと頭に入っている。その脳内の地図をなぞるように移動する。


 あの場所にセンランがいる可能性は十分にあった。


 センランを追う兵士たちは武法士ではなかった。『商業区』もしくは『公共区』でなら水を得た魚のように動き回れるが、武法士ひしめくこの【武館区】では迂闊な行動はできず、慎重にならざるを得ない。剣や槍が通じない人間と揉めたくはないはずだから。


 それにあそこは、彼女が他流との試合を楽しんだ場所。思い入れがあるはず。


 兵士たちに探られにくく、なおかつセンランの心に残ったスポットだ。


 ソコにいなかったら、もう素直に『巡天大酒店じゅんてんだいしゅてん』に戻ってゆっくり休もう。明日は試合だ。どうせセンランともその時に会える。


 しばらく走って、ようやくその広場へと到着した。


 大通りとは違い、そこには照明が無かった。しかし遥か頭上に輝く満月が白い光で照らしているため、所々ひび割れた石畳の上に木々の影絵ができていた。


 そして、その影絵の中に――ボク以外の人影が一つ。


 センランが、途方にくれたように棒立ちしていた。


 声をかけるより先に、彼女がボクの存在に気づいた。


「……シンスイ?」


 驚いた顔で、かすれた声を発した。


「……どうしたのだ。こんな所まで」


「センランを探してたんだよ」


「……私を?」


 こくん、と頷いてから、ボクはポケットに入っていた金色の指輪を彼女に差し出す。


「あ……!」


 センランは目を大きく見開くと、指輪を慌てて受け取り、その胸に抱いた。


 その仕草が、指輪の大事さを示す何よりの証拠だった。


「ありがとう、シンスイ……この指輪は、大切な形見なのだ」


「形見?」


「ああ。昔、病で亡くなられた母上から授かった物だ。これが無いことに気づいた時は心臓が止まるかと思ったが、こうして君が拾ってくれたおかげで助かった。感謝する、本当に」


 深々と頭を下げられる。


 ボクは少し恥ずかしくなってきてしまい、思わず早口で言う。


「あ、はははは。どういたしまして。でも、センランも気をつけなよ。ていうか、そんなに落としたくなかったなら、指にはめておけばよかったのに」


「っ……そ、そうだな。そうかもしれないな」


 センランはぎこちない笑みでそう答えた。


 一瞬現れた激しい動揺を、作り笑いで塗りつぶしたかのようだった。


 ――今また、彼女の不審な反応を見た。


 それによって、センランに対する疑念が再燃する。


 ここで訊いてみよう。


 ――どうしてあの時、君は逃げたの?


 いや。そうじゃない。


「センラン。君は一体――”何者”なの?」


 彼女はショックを受けたように喉を鳴らした。


 それを見て、少し心が痛む。

 

 センランはうなだれ、そのまま一言も発さなくなった。


 ボクもそれにつられて、押し黙る。


 重苦しい沈黙が場を支配した。


 ――やっぱり、突っつくべきことではなかったかもしれない。


 自分の無神経さを後悔し始めた、その時だった。


「――ようやく見つけましたよ」


 静まり返った空気を、第三者の声が切り裂いた。


 鋭さと強さを持った、男の声。声質は比較的若い。


 それは、広場の入口から聞こえてきた。ボクが今背にしている方向だ。


 ボクと向かい合う形で立っているセンランには、その声の主が見える。


 そして、それを目にしている彼女の顔は、今まで見たことがないほどまでに強ばっていた。信じられない、といった表情。


 ボクはゆっくりと、真後ろを向いた。


 そこに立っていたのは、見上げるほどの長身をもつ美丈夫だった。


 ルックスは二枚目と形容できる端正さ。しかし、眉間に微かに刻まれたしわと鋭い眼差しの存在ゆえ、なよなよした感じは全くしない。垢抜けた顔立ち。騎士制服をアジア風にアレンジしたかのような紅色の長衣をきっちりと着込んでおり、そのスマートな体躯は一見細長く見えるが、目を凝らすと適度な太さを持っていた。


 多少近寄りがたさはあるものの、力強さと美麗さ、そして鋭さと三拍子揃った容貌である。男の理想像を体現したようなその姿は、元男のボクでも一瞬見とれてしまうほどだった。


 その男は、片手にある携行型の行灯を高く掲げ、ボクらの――より正確にはセンランの姿を照らし出した。


 淡いオレンジ光に当てられたセンランは、男から沈痛そうに目を背けた。


 男は呆れたように、それでいて心から安堵したように一息ついた。


「センラン、知り合いなの?」


 ボクは小声でセンランに尋ねるが、彼女は未だに沈黙を破ろうとしない。


 仕方ないので、直接目の前の彼に訊くことにした。


「あの……あなたは?」


 すると、至って事務的な響きを持った答えが即座に返ってくる。


「私は宮廷警護隊副隊長、裴立恩(ペイ・リーエン)


 まるで、それ以上の説明など必要ないかのような言い方だった。


 しかし、そんな事務的冷たさなど気にならなくなるほどに、ボクはびっくりしていた。


 この人――リーエンさんは「宮廷警護隊」と名乗った。


 宮廷警護隊とはその名の通り、皇族や要人の警護を主な職務とする人たちだ。以前に話した宮廷護衛官とは、そこで働く人たちの事を指す。例えるなら、警視庁警備部警護課(SP)のような存在だ。


 彼らは皆その職務上、卓越した武法の腕前を持っている。いわば、エリート武法士なのだ。


 普段のボクなら、そんな立場である彼に対して質問攻めを食らわせたくなっているところだが、今はそれどころじゃない。


 ――どうして宮廷警護隊の人、しかも副隊長なんていうポストの人が、センランに対して用がある?


 リーエンさんは歩み寄ってくる。その足音は全く聞こえない。


「そのような装いをされていても、私の目は誤魔化せません。幼き日よりあなた様を見守り、【心意盤陽把】の師として教鞭を取らせていただいていた、この私の目は。そして――その指輪が何よりの証拠」


 センランは指輪を胸に抱くように庇う。


 なるほど。この人が師匠だったのか。それなら【心意盤陽把】を知っているのも納得でである。


 しかし、師匠であるにもかかわらず、この妙にへりくだった態度。


 師弟関係を超える何かが、この二人の間にはあるのだろうか?


「ぐっ……は、離せ! 何をする!?」


「さあ、早く帰りましょう」


 しかしその思考は、センランの手を半ば強引に引っ張り込むリーエンさんを見た瞬間、一気に吹っ飛んだ。


「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!? 乱暴はやめ――」


 てください、と続く前に、ボクの首筋に白刃が突きつけられる。


 リーエンさんがもう片方の手で腰の直剣を抜き放っていた。


 ――ほとんど見えなかった。


 剣を持つために放り投げられたのであろう携行型の行灯が、コトリと垂直に落ちる。


「これも職務です。邪魔をするようならば容赦なく斬り捨てますよ」


 氷河のように冷え切った声色だった。


 敵愾心が一気に生まれた。


「――やってみろよ」


 突き殺すように視線を向ける。


 相手もまた、冷たい殺気を放ってくる。


 一触即発の空気がそこにあった。


「もうよい! 剣を納めよ! 見苦しい!」


 そこで、センランが悲痛にわめいた。


「――はい」


 すると、リーエンさんは驚くほどあっさりと剣を納めた。


 ボクも臨戦態勢を解く。


 センランは嬉しそうに、しかしそれ以上に寂しそうな眼差しでボクを見つめてくる。


「センラン、君は一体……」


「シンスイ。もうこれ以上、優しいキミをたばかる事は心苦しい。ゆえに明かそう。私が――いや、”(わらわ)”が何者であるかを」


 唐突に三人称が変わった。しかも、かなり仰々しいものに。


 かと思えば、眼鏡を外し、三つ編みをほどく。


 今度こそ露わになったセンランの素顔。そしてその彫刻めいた美貌に、真上からチョコレートにも似た色の長い茶髪がばさっと下りる。


 先ほどまでいた文学少女風の少女はいなくなり、代わりに、美しく風格のある少女が現れた。


 透き通った鼻梁。白皙(はくせき)の肌。威厳ある眼差し。そして流れるように伸びた、猫目石のようにつややな茶髪。


 その少女は、おごそかに名乗った。




「――妾の名は煌雀(ファン・チュエ)。【煌国】第一皇女にして、現皇帝の第二子。皇位継承権は第二位だ」




 えっ――――


 ボクは我が耳を疑った。


 頭の中がめいっぱい混乱する。


 皇女?


 誰が?


 センランが。


 いや、センランは偽名だった。


 本名は煌雀(ファン・チュエ)。いや、名前呼びは不敬だ。皇女殿下と呼ぶべきである。


 ごちゃごちゃになった頭の中身を再編成する。


 ――皇女殿下は素性を隠して、「羅森嵐(ルオ・センラン)」という架空の人物を名乗っていた。


 びっくりどころの話ではない。腰が抜けそうなほどの驚愕だった。


 だが――薄々、その可能性は心のどこかで考えていた。


 しかし、自分の中にある「常識」が、その可能性を無視していた。こんな偶然があるわけ無い、と。


 そう――センランが皇女殿下である偶然が。


 そもそも、あの兵士たちから逃げる理由など、それ以外に考えられなかったのだ。


 そして、あの指輪は彼女の母、つまり皇后陛下の形見。


 なるほど、これ以上無い身分証明だ。指にはめずに隠したくなるのも分かる。


 ――そして、そんなつじつま合わせよりも先に、ボクにはまずやるべきことがあった。


「――申し訳ございませんでした。知らなかった事とはいえ、皇女殿下に対する重ね重ねの非礼。どうかお許しを」


 ボクは恭しく地に跪き、謝辞を述べる。相手が皇族であると分かった以上、これまでのような馴れ馴れしい態度をとることは許されない。下手をすれば不敬罪だ。


 センラン――ではなく煌雀(ファン・チュエ)皇女殿下は、ひどく悲しそうな顔をした。


「……そんな慇懃(いんぎん)にしないでくれ。妾たちは友達だろう?」


「そんな。勿体無いお言葉です」


 ボクがそう首を横に振る。


 皇女殿下は吐き捨てるように呟いた。


「……だから、嫌だったのだ。せっかく趣味の合った友達も、妾が皇族だと知った途端にコレだ」


 対して、リーエンさんが淡々と述べた。


「殿下、それが皇族です。この【煌国】において絶対的支配階級を得て、何不自由の無い暮らしを約束される代わりに、身命を賭してこの【煌国】という名の御旗を支える義務があるのです」


「そんなことは百も承知だ! 父上達にも、そしてお前達にも迷惑かけたと思っている!」


 皇女殿下はかんしゃくのようにまくし立てる。


 リーエンさんは表情を全く動かさない。まるでその表情しか知らないかのように。


 彼はそのまま、再び終始冷静な口調で訊いた。


「殿下。どうして宮廷を脱走するなどというお戯れをなさったのですか」


「……「武法士」に、なりたかったからだ」


 ボクは無礼かもしれないと思っても、首を傾げずにはいられなかった。


 武法士になりたい? もうなっているではないか、と。


 しかし少し考えると、皇女殿下の言う「武法士」とは、そのままの意味より、もっと深い意味を持っているように感じた。


「妾は、昔から大変武法が好きだった。きっかけは幼い頃、帝都で演武会を見たことだ。その日以来、妾はすっかり武法という究極の体術に心酔した。リーエン、お前に教えを乞うたのは、それからすぐの事だったな」


「はい。あの時の事は、私も鮮明に覚えております」


「お前という(きっかけ)を得た妾は、以来、寝食を忘れて修行に没頭した。お前の熱心で丁寧な指導も相まって、妾は普通よりも速い速度で上達することができた。――だが、腕を磨くことはできても、”その先”ができなかった」


 皇女殿下は、寂しそうに笑った。


「妾は皇女。その身分が邪魔をして、周りの武法士は妾と手合わせをしてはくれなかった。応じても、必ず妾が勝てるように手を抜いてくる。いつもヒソヒソと聞こえてくるのだ。「試合を挑まれても応じるな。丁重にお断りしろ」「しかし断りすぎればご機嫌を損ねる。そうしたら素直に試合に応じろ」「そして応じてしまったら、ワザと負けろ。少しでも殿下を傷つけたら人生が終わる」「とにかく、皇女殿下のご機嫌を損ねるような事だけは絶対に避けろ」……分かってしまったよ。妾が「皇女」でいる限り、まともな「武法士」になることなど不可能であると」


 ――皇女殿下の「武法士になりたい」というセリフの本質が、分かってきた気がした。


「だから妾は――外の世界へ出たかった。「皇族」ではなく「一人の武法士」になりたかった。満ち足りた人間ゆえの贅沢極まる悩みである事は分かっている。しかし、妾はそれでも欲しかったのだ。真摯に手合わせに応じてくれる相手が。武をもって生まれる友が。そして妾は決めた。近々始まる【黄龍賽(こうりゅうさい)】をきっかけにして、少しの間外の世界へ逃げてみようと。【黄龍賽】でなら、相手は手加減などせず本気で戦ってくれる。今の妾にはおあつらえ向きの舞台だ。言ってしまえば、妾は優勝するためではなく、”出場するために出場した”のだ」


「……武法を好まれる殿下ならばさもありなん、と思っておりました。どうやら【黄龍賽】の予選が行われる地区を重点的に探った意味があったようですね」


 リーエンさんは、なおも落ち着き払った口調。


 皇女殿下の話を聞いて、ボクはその苦悩を十分に理解できた。


 確かに、ボクは皇女殿下を「羅森嵐(ルオ・センラン)」という人間だと思い込んでいた。偽りであると知らずに。


 だが、生まれ持った環境ゆえの悩みを秘めている――この事実は正解だった。


 彼女の苦悩は、ボクの苦悩とよく似ている。


 この異世界に転生してからの苦悩だけでなく、転生前の時の苦悩も、彼女のソレと似通っている。


 ――ボクらは「生まれつきの何か」が足かせになり、それに悩んでいる。


 さらには、武法というものに心惹かれた点。


 社会的立場は違っても、どうしようもないくらい、ボクらの境遇は似ていた。


 だからこそ、たった一日でここまで仲良くなれたんだと思う。


 ボクらはもう、立派な友達だった。


「……だが、それももうおしまいのようだ。リーエン、妾ではお前から逃げることはできない。素直に捕まって――帝都に帰るとしよう」


 心が激しくざわついた。


「御理解いただけて幸いです。あなた様はここにいるべき人間ではありません。特別な存在なのですから」


 リーエンさんの言葉が、途中からよく聞こえなくなる。


 手と背中に、嫌な汗が浮かび上がる。


 皇女殿下は、静かにボクに言った。


「さようならだ、シンスイ。残念だよ。キミとは立場など関係なく、仲良くできると思っていたのに。でもキミから初めて声をかけられた時、おくびにも出さなかったが、すごく嬉しかったよ」


 駄菓子屋の前で途方に暮れていた時と同じ表情だった。


 それはきっと、ボクと決別する意思の表れなんだと思う。


 ……ちくしょう。ボクは、何をやっていたんだ。


 数分前に戻って、自分の顔面を思いっきりぶん殴りたい。


 皇女殿下? 重ね重ねの非礼? 勿体無いお言葉?


 バカ野郎。


 それのどこが友達に対する態度だ。ホントにバカ。


「ま、待って!!」


 背を向けて去ろうとする二人を、ボクは呼び止める。


 二人は足を止め、こちらを見た。


 ボクは、心に用意していたセリフを口に出した。




「貴女は、いや、「君」はまだ――センランだ」




 皇女殿下――いや、センランが目を大きく見開いた。


 リーエンさんは一歩前へ出て、厳しい口調で告げる。


「その名は偽りであるとすでにご存知のはずです。それに加え、殿下に対する馴れ馴れしい言動。立場をわきまえるべきだ」


 馴れ馴れしい? 立場? 知るかそんなもん。


 そう悪態をつきたいのを我慢し、ボクもまた一歩前へ出る。


 リーエンさんと向かい合う。


 そして、


「――お願いします! 彼女を明日の試合に出してあげてください!」


 深々と頭を下げつつ、そう頼み込んだ。


 ボクの頼み事は「せめてボクとの試合が終わるまでの間だけは、彼女を「羅森嵐(ルオ・センラン)」でいさせてあげて欲しい」ということだ。


 どのみち、センランは帝都に帰ってしまう。彼女が皇女である以上、その結末は絶対に覆らない。


 唯一の心残りがあるとするなら、それは――明日、ボクと行う二回戦。


 このままセンランを見送れば、ボクは明日の二回戦を不戦勝にできる。そして、【黄龍賽】優勝までの一段を楽に登れる。


 なんとも思っていない相手だったなら、素直にラッキーと思えたかもしれない。


 でも、センランに対して、そんな勝ち方はしたくなかった。


 明日の戦いで全力でぶつかり、彼女の願いを叶えたい。


 その思いを込めて、ボクはさらに続けた。


「このままずっと自由にしてくれ、なんて言いません! 明日にやるボクとの試合だけでいい! 彼女を戦わせてあげてください!」


 顔を少し上げる。


 ボクを見下ろすリーエンさんの表情は全く変わっていなかった。


 それを見て、その先の答えが簡単に予想できてしまった。


 会ってまだ数分だが、この人は融通の利きにくいタイプだとなんとなく分かった。


 おそらく、断られる。


 リーエンさんの唇がゆっくり動こうとした時だった。


「――妾からもお願いする!!」


 センランも深く頭を下げ、ボク以上の力強さをもった声でそう頼んだ。


「シンスイが言っている通り、明日の二回戦が終わるまででいいのだ!! その後は勝敗に関係なく帝都に戻ると約束しよう!! それに、今日妾を看過したことで、お前の隊内での立場が悪くなるような結果には絶対にしない!! 妾の全ての力を使ってでもお前の立場を守る!! だから、伏して頼む!!」


 皇族の人間が臣下に頭を下げるという、普通に考えれば非常識な光景。


 しかし、「羅森嵐(ルオ・センラン)」は「皇女」ではない。一人の「武法士」だ。


 彼女は「武法士」として、頭を下げているのだ。


 広場中が静まり返る。どこかで鳴いている鈴虫の声のみが静かに響いている。


 最初にそれを破ったのは、ため息混じりなリーエンさんの声だった。


「……殿下。あなた様ともあろう御方が、そう軽々しく頭を下げるものではありませんよ」


 ボクとセンランは、同時に顔を上げる。


 リーエンさんは目を閉じ、口を半開きにさせていた。呆れたような、諦めたような、押し負けたような顔。


 ボクは彼の気持ちが分からなかったが、センランは少し希望を帯びた明るい表情をしていた。


 彼女とリーエンさんは昔からの仲だ。当然、彼の性格や癖をよく知っているはず。


 つまり、彼のこの表情は、良い返事を出す前兆であるということ。


 やがて、リーエンさんは明確な答えを口にした。


「――分かりました。明日の予選大会の二回戦が終わるまで、我々は待機し、殿下を見守る事にいたします」


 それを聞いた瞬間、心の奥底から間欠泉のように喜びが湧き上がってきた。


「やった! やったぞシンスイ!!」


 しかしボクが大喜びするよりも早く、センランが歓喜のままに抱きついてきた。


 普段なら少し恥ずかしくなるところだが、今は羞恥よりも喜びが強かった。


「うん! うん! やったね、センラン!」


 ボクもセンランの背中に手を回し、嬉々として抱き返す。


 そこで、リーエンさんが咳払いし、


「ただし、条件があります。殿下にはもうしばらく、今まで通りの変装をしていただきます。暗殺や謀略が起こる可能性に備え、この【滄奥市】にいる間は「羅森嵐(ルオ・センラン)」という架空の人間として過ごしてください」


「心得た。護衛は?」


「付きたい所ですが、我々が貼り付いていると、かえって怪しまれる可能性があります。なのであからさまな護衛はつけず、自然にしている方が気づかれにくいかと」


「分かった」


 頷くと、センランは含んだような笑みを浮かべた。


「ふふふ。頷いてくれると思ったぞ。なんだかんだで、お前は昔から妾に甘いからな」


「……そういう事は、分かっていても口に出さないのが花というものですよ」


 はぁ、とため息をつくリーエンさん。


 ともあれ、これで明日の試合は約束された。


 間近のセンランと目が合う。


 彼女は無邪気に笑い、


「ありがとう」


 ただ、そう一言口にした。


 それを見て、思った。


 明日の試合、忘れられない思い出にしてあげよう――と。

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