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生まれ変わりました(ただし女の子に)

 ボクは薄れた意識のまま、病院の天井にある蛍光灯の光をぼんやり見つめていた。


 手足に力が入らない。指一本さえ動かすのが難しい。


 呼吸がうまくできず、息苦しい。横隔膜がちゃんと収縮してくれない。


 心臓の刻む鼓動のリズムが不規則だ。早くなったり遅くなったりとせわしない。


 今、ボクが仰向けに横たわっているベッドの傍らには、心電図を始めとする、数々の医療機器。


 視線を下に落とすと、そこには男のお医者さんと数人の看護婦さん、そして、両親が立っていた。


 みんなそれぞれ違った表情でボクを見下ろしていた。


 初老ほどのお医者さんは一見落ち着いた表情に見えるが、微かに唇を噛んでいるところから、やるせなさを抱いているのがなんとなくわかる。


 看護婦さんたちは、気の毒そうな表情。


 そして両親は、強い悲しみを顔に表していた。ボクに悲しみを見せないよう必死に笑おうとしても、うまく隠せず、悲壮感がもれだしたような表情。


 ――みんな、今のボクに対して思っている事がありありと伝わってくる顔だった。


 ボクの命の灯火は、今、消えようとしていた。


 十数年という長いようで短い生涯に、今、幕を下ろそうとしていた。


 ボクは間違いなく――今日、息絶えるだろう。


 ボクは生まれた時から、難病を患っていた。


 日進月歩で進歩している現在医療でも手の施しようがない、いわば不治の病だ。


 生まれてから今日まで、この病院の中だけがボクの世界だった。


 外へ遊びに行くなんてもってのほか。年の近い子が元気に外を駆け回る姿を、病院の窓から何度羨望の眼差しで見たのか覚えていない。


 幸いにも、娯楽はあった。携帯ゲーム機やネットサーフィン、漫画やアニメを見たりなど。娯楽の多さという点では、文明社会に生まれることが出来て幸せだったかもしれない。


 中でも、ボクは本を読むのが好きだった。自分がしない、できない出来事を追体験させてくれるから。


 一番好きなジャンルは冒険小説だ。十五少年漂流記やロビンソンクルーソーなど、見知らぬ土地へ流され、そこで頑張って生きていくような物語は読んでて一番楽しかった。そういった作品の主人公からは、人間の持つたくましさを強く感じられるからだろう。


 病院のベッドの上で、いろんな本をむさぼり読んだ。


 ボクが欲しい本を言うと、お父さんはいつも一生懸命探して買ってきてくれた。お父さんには、今でも感謝してもしきれない。


 ――しかしボクはやはり、元気に動き回れる体と、一緒にあそんでくれる友達が一番欲しかった。


 同い年の子が入院し、退院する様子を、ボクは何度見ただろうか。


 そのたびに、強い羨望と嫉妬を抱いた。


 どうしてボクは、退院できないの?


 どうしてボクは、ここにいなくちゃいけないの?


 ボクも、外に出て遊びたいよ。


 ある日、とうとう我慢ならなくなって、両親へ八つ当たり気味にその気持ちをぶつけてしまった。


 心配性なお母さんは断固ダメの一点張りだった。しかしお父さんはある日、ボクをこっそり病院から連れ出してくれた。


 やって来たのは、ウミネコやカモメが鳴く岬だった。


 生まれて初めて肉眼で見る大海原。鼻につく潮の香り。人工物にまみれ、薬の匂いばかりの病院とは一八〇度違う場所に、ボクは大きな感動を受けた。


 しかし、その感動の代償とばかりに、ボクの容態が急変。急いで病院に戻った。


 幸いにも命に別状はなかったが、ボクを無断で連れ出したお父さんは、お医者さんとお母さんにこっぴどく責められていた。あの時の光景は今でも忘れない。


 なのでボクはそれ以来、一切の不平不満は言わないようにした。もし言ってしまうと、またお父さんがボクを気の毒に思い、怒られるようなことをしてしまうんじゃないかと思ったからだ。


 なるべく、人に迷惑はかけない。そもそも、存在しているだけで迷惑をかけているようなものなのだ。ならば、ボクから進んで面倒事の種は蒔かないようにしよう。そう固く誓った。


 「元気な体が欲しい」「外で遊びたい」、そんな叶わない思いは心の奥に封印し、ただただ本と空想の中だけで生きる。


 何年も、そんな代わり映えのしない生き方をしてきた。


 ――だが、そんな毎日も今日、終わろうとしている。


 薄れていた意識が、さらに薄弱となっていく。


 視界がぼやけ、両親の顔がよく見えなくなる。


 全身から力が抜け、ベッドに沈むような重さを感じる。


 心臓の鼓動が、弱々しくなっていく。


 ああ、分かる。


 もう、潮時だ。


 「ボク」という人生と、お別れする時が来たんだ。


 薄れゆく意識の中、ボクは祈った。






 ――ああ、神さま。


 ――もしも、あなたという存在が本当にいるとしたら。


 ――そして、「生まれ変わる」という事が本当にあるのだとしたら。


 ――ボクは、大きなモノは望みません。


 ――地位も、


 ――権力も、


 ――富も、


 ――そういった大きなモノは、何一つ望みません。


 ――ですが、ただ一つ、これだけは与えてください。


 ――元気な体が、欲しいです。


 ――普通の子供のように、外を遊び回れるようになりたいです。


 ――それだけで、いいんです。


 ――もしも、生まれ変われるのなら。


 ――どうかお願いします、神さま。






 そこで、ボクの意識は、ロウソクの火が消えるように途切れた。


















































 ――――と思った時だった。


 ボクの意識は、まだ残っていた。「まだ意識がある」と思えた時点で、それは明白だった。  


 しかも、先ほどのように消えかかった感じではない。もっと、はっきりとした感じ。


 体の調子も、先ほどのように絶不調ではない。


 手足がよく動く。


 心音もしっかりしている。


 体の奥底から、強い生命力を確かに感じる。


 視界は暗闇一色だった――目を閉じてるからだ。


 ボクは、ゆっくりと目を開けた。




 ――見たことのない人たちが、ボクを見下ろしていた。




 中華圏の伝統衣装を彷彿とさせるオリエンタルな服に身を包む、数人の見知らぬ大人たち。


 彼らの浮かべている表情は、先ほどの両親のように悲壮感に満ちたものではない。


 新しい命の誕生に対する、喜びと感動を感じているような表情だった。


 さらに、そこは病院ではなかった。知らない空間だった。


 屋内であることは間違いない。だが内装は全く違っていた。


 赤を基準とした内装。中国の伝統建築にあるような東洋的デザイン。




 ――何これ、どういうこと?




 そう喋ったつもりだったが、口から出たのは「あうおうあー」だった。


 うまく喋れない。舌っ足らずすぎる。


 ていうか、歯がない。


 見ると、ボクの手足は随分短くなっていた。


 見下ろす人の瞳に映るボクの姿は――すっぽんぽんの赤ん坊。


 ボクはギョッとした。


 さらに下半身――正確には、股下の辺り――に、何かが足りない感じがした。


 恐る恐る見ると、いつも有るはずの"象さん"がいなかった。


 驚きと、血の気が引く感覚が、両方した。





















 ああ、なんということでしょう。



 ボクはどうやら、生まれ変わることができたみたいです。



 神さま、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません。



 でも、もう一つだけわがままを申すなら――――また男の子に生まれたかったです。




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