筋肉で見極めるらしい
冒険者組合で素材を納入する為の荷車を借りて、襲撃犯を乗せて領主の家、つまりクリスの実家へと伺った。
デカい、領都の最後の砦であり全員を避難させる事を考えて建てられたのだろう、街の中にもう一つの自然があって、庭から次の門まで相当な距離がある。
そして家とか館じゃなかったよ。
城だろこれ。
当初の俺の目論見では、門前で引き渡しをしてさようなら、帰り道にちょっと屋台でも寄りながらデート気分でも味わえれば幸せだろうな。
なーんて事を考えていた筈だったのさ。
なんで今応接室にいるん。
まぁ貴族をぶっ飛ばした、但し正義は我にあり、つっても事情は聴きたいか。
ロマンスグレーが似合う執事の方が案内してくれて、是非とも旦那様にと言われれば断ることも出来ない。
それにいい経験じゃないか、本物の貴族の城にお邪魔してこうしてお茶を飲む機会なんてこれが最初で最後だろう。
ドアがノックされて、辺境伯家の当主、つまりクリスさんの親父さん達の入室が告げられた。
「待たせた、ティーナ、それにお客人。
ヴォルフガング・ノルトマルクだ」
「もう、不愛想ね。
初めまして。
ヴォルフの妻のエレオノーラです、エリーでいいわよ」
「初めまして、クロウです」
ヴォルフガングさんにエレオノーラさんね。
正直に言おう、なんで知り合いになるオッサンは全員厳ついの。
この人って辺境伯家の当主なんだが、騎士ってやつかな、鍛え上げた武人って感じがする。
ブンさんといい勝負しそうな筋肉鎧だ。
知らない間に筋肉を量るのをブンさんの筋肉を基準にしてた。
エレオノーラさんはクリスさんのお母さんと納得する外見、マルさんといい、どうやらこの世界は母親遺伝子をきちんと娘に与えているようで何よりだ、悲劇は発生していない。
つかフレンドリーですねエリーさん。
「では早速だが」
「はい」
「勝負をし」
――スッパーン
事情を説明するのかと待ちかまえたら勝負を挑まれたんだけど。
そして次の瞬間にいつの間に持っていたのか、エリーさんがハリセンでヴォルフガングさんの後頭部を張り倒していた。
魔力生体障壁を貫いて衝撃を与えてるのか、そのハリセン、どんなアーティファクトだよ。
(衝撃を発生する術式は書かれていますが、ヴォルフガング氏の魔力が内包されているのかと。
故に魔力生体障壁を初めから無効化していますね。
攻撃力は非常に微弱でしょう)
突っ込みをしょっちゅう入れているからそんな変な物持っているのかよ。
つかアイテムバックか何かも持ってるな。
「痛いではないか、魔力を通して衝撃付で叩くと」
「貴方が行き成り婿候補の方に勝負など挑むからでしょう」
「えっと」
「何のことかしら」
話が噛み合ってないよねこれ。
事情説明中。
「そうか、我は遂に婿となる男性が現れて連れてきたと思ったのだがな」
「ええ、やっと結婚相手を見つけたのだと喜んだのに」
どうやら門で引き渡した侯爵家の次男と護衛の事は聞いてない、否、耳に入っていなかったのだとか。
慌てて処分を言い渡してた。
王都へ連行するってさ、犯罪者扱いだそうだ。
報告でクリスさんが男性を――俺の事だね――連れて帰ってきたと、そっちを聞いた瞬間に大騒ぎになったそうです。
なんでもクリスさんは、今までに男性の一人も伴って帰ってきたことが無いのだとか。
両親が恋愛結婚を果たした間柄だけあって、貴族ながらに娘にも恋愛結婚を推奨しているのだそうで、連れてきたのならば将来の婿だろうと断定。
そして父親の役目として、俺に勝負を挑んだらしい。
勿論そんな役目は存在しないので奥さんであるエリーさんが突っ込みを入れたと。
アイちゃん曰く。
この国には二種類の辺境伯家が存在する。
他国に接している対国家的な対応が必要な辺境伯家。
魔物の領域に接している、対魔物の監視と防衛の辺境伯家。
国の端に位置している点が同じだけで、対する存在が違う為に家の存在意義が違うのは当たり前になる。
ノルトマルク家の治めるこの辺境伯領は東に海、北に山、西に魔物の森、南に別の領地となっていて、海があるために一応は前者の部分も兼ねるのだが、圧倒的に後者の家となる。
王国の建国以来、連綿と辺境伯としてこの地を治め続けているのだそうで、貴族の中でも家柄も古く名門ではある。
しかし、領地が王都から遠い関係からか中央政治に関わらないでいる独立独歩の歴史を持つ。
別に他家と関わらないでもこの地を守ればそれでいいという立場なのだとか。
辺境伯と言う事で徴税権なども持っていて下手な貴族なんて相手にもならない。
国の中にあってほぼ独立していると言ってもいい。
当然ながら国王から寄せられる信頼は名門の貴族としても当主個人に対しても厚いらしい。
で、武人な親父さんがどうして国王からのどれ程に信頼を得ているかなのだけど、フレンドリーな母親エリーさんが王族からの降嫁、つまり現国王の王妹なのだとか。
しかも国宝とまで言われた王女様だったとか。
確かに美人だ。
美女と野獣カップルが流行っているのかね、この二人が恋愛結婚とかもう流行りじゃないと納得しないぞ。
他人の色恋の歴史を詳しく語っても嬉しくないから省略して言えば、ヴォルフガングさんは領主として戻るまで元近衛騎士団長だった、王様とは竹馬の友で無二の親友。
親友の妹と仲良くなったとか美少女ゲームの主人公かよ。
以上紹介おわり。
「あの欲呆け侯爵も老いぼれたか、耄碌して後添えとの間に出来た授かり子が可愛くて、我が家への婿入りを諦めきれなかったと見える」
「そうね、あの侯爵ならあり得るわね。
一応はやり過ぎかと思って普通の抗議に止めていたのに。
お兄様にお手紙を送っておくわ。
クリスを可愛がっているから見ものよね」
「うむ、突如襲い掛かるような息子を教育したのだ、貴族として親として責任を取ってもらおう」
「それで、クロウさん。
ついでだから我が家の娘をどうかしら」
「うむうむ、どう、っておい。
娘の婿は俺に勝つ事が、グハッ」
リッティ侯爵家が存続の危機を迎えるのは別段構わないよ。
でも、そこからついでの話でクリスさんの結婚相手ってどういうことだよ。
あ、ハリセンだ。
こっちは、ひぃ、絶対零度になってるよぉ。
「お父様、お母さま、どういう事かしら。
お父様のその勝負を挑む事は私は認めておりませんよ。
お母様のついでってどういう事かしら。
我が家は恋愛結婚容認でしたよね」
「だって、クリスちゃんが初めて連れてきた男性だし、今まで夜会以外で男性とまともに会話すらしてないじゃない。
夜会なんて毎回嫌々だったでしょう。
それに比べてクロウさんとは気易く見えて、息もピッタリだし。
なんだか会話してて楽しそうよ貴方。
しかもクリスって呼ばせたなんて男性相手に初めてじゃない。
そんな相手いなかったでしょ」
「それはその」
おお、初めてとか良い響きだね。
って関心してる場合じゃないな。
俺の秘密は話していない訳で、言い訳をしないでいてくれているんだな。
「あの、最初に言っておきますとクリスさんはとても美人ですし、お断りするとかそういう事ではなく、寧ろ嬉しいお話しなのですけれど事情がありまして」
「クロウさん、それは」
「いや、流石に出会って一日の相手を結婚どうこうの話になるのはクリスさんに申し訳ないよ。
領主ではなく両親に隠し事をさせるのって気が引けるからさ」
「でも、約束でもあります。
専属受付嬢になる予定なのですから親にも秘密にする事はありますよ」
「あらあらまあまあ、やっぱり息が合ってるわよね。
本当に出会って一日なの」
そこ、嬉しそうに笑ってないで。
もう一人は勝負したそうに見つめないで。
「じゃあクリスさんの判断でさ、領主であるご両親に話して問題はあるだろうか教えてほしい」
「問題は……無いでしょう。
父が組合統括者ですからクロウさんの事を知っておけばさらに便宜も図れますし。
国に対しても何かあれば母が対応できます。
メリットの方が遥かにあると言っていいです。
父は普段こんな感じですけど国王陛下からの信頼も厚く優秀です。
クロウさんの事を知っても強要したり無理を言ったりはしないでしょう。
そんな事をしたら私が一生許さないのも判る筈ですから」
「なら話しておいた方がいいよね」
「ずるいですね、クロウさん」
色々とやらかしたことを説明中。
魔法薬とか、実物を出したり、治癒魔法を見せてみたりして取り合えず驚いては貰えた。
でさ、なんでまた腕相撲の勝負なのよ。
「勝負しないと駄目でしょうね、父とブーン氏とは旧友なんですよ」
エンシェントマッスルブラザーかよ。
腕を交差して笑いあってる幻影が見えたぞ。
「ごめんなさいね、クロウちゃん。
でも怪我が治った全力のブーンさんと引き分けたのなら私も興味があるもの。
あ、全力出して勝っていいわよ。
そうすれば先ほどの話にも信憑性が増すものね」
「そうですね、打ち負かして構いません、寧ろ全力で勝って頂けますか、いい薬だと思うので」
「我の味方がいないだとっ、エリー、ティーナ何故だっ」
うーん、クリスの方はティーナって呼ぶからじゃないか。
その呼び方は嫌いらしいですよ。
エリーさんは面白がっているだけだから気にしない方が良さそう。
勝負のついでにブンさんの治療をホントにしたかどうかも判るかな程度の思惑だろうね。
「それでは、手を離した瞬間から勝負ですわ、レディ」
昨日ブンさんとマジでやりあった時に思ったのはやはり力だけじゃ駄目だって事。
体を自由自在にコントロールしてこそ身体駆動の本領が発揮される。
身体強化、属性:雷では無く全身に魔力を循環させる違う系統の身体強化をイメージ。
そのイメージは気、生命力の増幅。
筋肉を躍動させるんだ。
治療魔法で可能だと思うんだよ。
いける、全てはイメージだ。
生命力で強化した肉体を更に身体駆動の最大限に発揮できるように。
いくぜ。
両足で体を支え。
腰で力を貯めて。
全ての腕の筋肉を震わせる。
腕と腕の力を膂力で集めて。
そして。
すべての筋肉を同時に躍動させる。
「ゴゥ」
――ドンッ
「クロウちゃんの勝ちね」
「なんだとっ、我の筋肉が一瞬で!
なんと素晴らしい筋肉」
そこから更に二回勝負する事になりました。
なんだか嬉しそうに挑んでくる姿は微笑ましかったよ。
子供か。
「その筋肉の使い方の見事さ、うむ、婿になっても構わぬ」
「お母さま、そのハリセンを貸して頂けますか」
「ウフフ、照れなくていいのにね。あら、怒らないの、はいどうぞ」
――スパコーン
良い音だしてますねえ、そのハリセン中々の名工の作ですな。
「筋肉で私の婿を決めようとするのは止めて」
そりゃそうだ。
なんにせよ、領主であるクリスさんの両親にも認めて貰えた事は良かったよ。