取調室再び
睨んで人を殺せるような目線ってあるじゃないですか。
強面系の人のメンチとか。
あれって確かにビクッってなるよね。
でも今目の前にいるのはスッゲー笑顔なの、多分惚れる程に素敵な受付嬢の見本かという笑顔。
素敵な笑顔の筈なのに、ビクンって体が震えた。
お家に帰りたい、来たばかりだけど。
良ーく見ると、顔の中で眼だけが笑ってない、目の周りじゃないよ、瞳だけが語ってる。
何これ怖い。
凍てつく何かが放たれそうです。
「では参りましょうか、クロウさん」
「あ、はい」
俺だけ窓口対応では無く取調室で事情聴取の様なのですが、どうしたらいいのでしょうか、ってラノベ風か。
原因は何だろうなぁ、むーん、魔法薬の事は昨日終わってる。
店の手伝いをしてた事位だったら下宿の事を知っている筈。
わからん、放置したい、でも怖い。
勧められるがままに椅子に座ってしまった。
「で、昨日店をお手伝いになられたとか」
「ええ、よくご存じですね。
料理店とか酒場での給仕の経験はありましたからね」
「さて、何故、昨日ワイルド&キャッツが営業してたのでしょうね」
ん? 待てよ、もう一人の受付嬢が来てたから店を開いたのは知っているのは判るんだが、何で営業してた事でオコなのか。
「えーと、キティちゃんの病気が治ったからですよね」
「ええ、そうですね。一応は感染の可能性のある手足口病です。
看病する必要がありますから、ブーン氏が娘を放っておいて営業する筈も、リスクを承知の上で営業するはずが無いのですよ、ええ」
あ、クリスさんが帰った後にキティちゃんの病気治したわ。
「あー、アハハハ。
申し訳ございません」
謝罪を述べると共に、机に頭をつけて態度でも謝意を示しておいた。
ゴツンと良い音がした、頑丈だなこの机。
「怒っているのではなく、心配しています。
本当に不用意ですよ。
もう一人のあの子にはそれとなく理由をつけて、上手く誤魔化しておきましたけどね」
「有難う御座います」
「悪い事をしている訳でも御座いませんから、怒らないといけない訳ではないのですが。
本当に心配させてくださいます、はぁ」
心配してて態度があれって。
これはツンというのか、それともクーからのデレなのか。
アホな事を考える前に感謝だな。
知り合ってまだ一日である。
もしかしてとか思っちゃっていいのかな。
「クロウさんはコレクター期待の星ですから」
あ、そうっすね。フラグを立てる希望もなく折れた瞬間だ。
「その、今日来るように言われたのは」
「はい、今後のクロウさんの扱いについて先に相談させて貰いたくて」
「常識がないのはバレてますからね。
相談させて貰えるのは此方としても有り難いですよ」
はぁ、お茶が美味い。
自虐する訳じゃないけど、既にやった事がやった事だけにね。
「昨日お話しした通り、コレクターの窓口担当は少ない状態です。
冒険者側でもコレクターで採取依頼を受ける人は少ないのが現状なのでそれを利用してクロウさんの担当をしようと思っています。
但し、コレクターが少ないのは冒険者にも受付嬢にも人気が無いという事でもありまして」
クリスさん曰く。
コレクターの活動地域は森の奥、ダンジョン内部、さらには高山地域にまで及ぶのだとか。
様々な場所に生息している希少な薬草、鉱物、一部希少な動物の素材などを専門的に扱って採取してくるのだそうだ。
スペシャリストってことだよな。
希少種専門とかちょっと良い響きだと思うのだが、これが人気が出ないのには訳があった。
希少種などの採取になるだけあって、報酬も其れなりに用意はされている。
だが、赴くのは危険な地域。
情報だけで、本当にそこに在るか無いか判らない物。
無ければ当然報酬は出ない。
一攫千金に近いのね。
冒険者らしいっちゃらしい気がするけど。
お金を稼ぐだけならば、ダンジョンアタックなどで得られる魔晶石などの報酬は安定している、魔晶石を狙うなら敵を選んだりもしない。
そんな理由から、採取だけを専門にする冒険者はこの領都にはいないのだとか。
国内全体を見ても片手で数える程らしい、人気の無さが伺える。
現状、森林奥地に生息するような採取品は品薄どころの話では無い状態、大丈夫なのかね。
稀に手に入る採取品の殆どが、討伐の際に見つけ追認して買い取るような状態だって。
幸いにも、切り傷や解毒系、熱冷ましなどに使う薬草は新人の登竜門的な例の扱いで採取させているから問題は起こっていないが領営の組合としては看過できないそうだ。
「それで、クロウさんが望まないのにコレクターの仕事を頼む事になってしまうのではないかというのも気掛かりでして。
いえ、全部がその手の仕事にならないようにはするのですけども」
何をおっしゃるクリスさんである。
俺の一番得意な分野じゃないですかぁ。
まあ、気になる事だけは聞いておこうかな。
「えーとコレクターの仕事は単純に稼ぎのばらつきがあって人気がないだけですよね」
「そうですね、確実性がないだけで報酬は悪くはないです。
本当はもっと高額にできればいいのですが」
「なんで受付嬢の人気がない状態なんです。
別に担当する冒険者が少なくても、新人に振る仕事ばかりでも構わないと思うんですが」
「簡単な理由なんですよ。
冒険者に仕事を仲介する事が受付嬢の仕事です。
そして仲介した達成してもらえばそれだけ仲介した担当者に還元される仕組みなのです。
そうする事で受付の際に冒険者に渡す仕事も精査する事になり双方の利益を図ったのですけども」
「コレクターの仕事を受けるのが新人ばかりだと報酬額が低くて見返りも少ないって事ですね」
「はい。
そして専属担当者になるのが受付嬢の目指す一つの目標です。
専属担当になれば、その冒険者のアシスタントという事になりますから組合での地位と手当も上がります。
あと、専属を持つ冒険者は高額な依頼をこなしますので、そんな優秀な冒険者の専属になると分収入が増えます。
ですけれども、コレクターだと専門の冒険者が国内でも数える程しか居ませんから、担当にはまず成れません。
稼ぎも他よりも不安定になり、最終的には還元される金額が落ち込んでしまいますので受付嬢がシフトを作って担当を回しています」
お、恐ろしい話だぜ。ぶっちゃけすぎ。
でもそれが現実なのよね。
あれ、でもいいのかな。
「あの、そんな貧乏籤を自分から引くような部署だから簡単に交代出来るって言ってたのは判るんですけどね。
要は稼ぎが少なくなるってことでしょう、クリスさん的に問題は無いのですか」
「心配して頂いて有難うございます。
ですが大丈夫ですよ、こうみえて一応受付の統括をしてますから」
「統括ですか、それは受付のボ、取り纏め役に付いているってことですか」
「何を言い直したかは聞きませんけれど、お間違えないように。
一応役職としての肩書ならば、領営冒険者組合受付統括部長になります」
「そんな立場なのにいいんですか」
ちょっと吃驚だけど仕事が出来る女性ってのは判ってたからな。
「少し前までは現状を改善すべくコレクターの窓口にシフトも関係なく居たので問題はありませんよ。
恐らく感謝さえされるのではないでしょうか」
「稼ぎとか」
「フフフ、それは大丈夫ですよ。
二つの意味でですけどね。
まだお聞きになっていなかったようですけど、何れは誰かからお聞きになられますでしょうし、先にお教えしておきますね。
改めまして、クリスティーナ・フォン・ノルトマルクです。
あまり家名を出すのもどうかと思いますが、知っておいて頂いたほうがご安心頂けそうなので」
テンプレがこんな所に潜んでいやがった。
ティーナがどうこうとか言っちゃったよ。
真のテンプレならギルドマスターが領主一族って流れだと思ってたのに。
あれか夜逃げしかないか。
でも秘密はとっくに知られているし、どうすりゃいいのよ。
変な汗がでそう。
「あの、一応は領主の娘ですけど、ここでは只の受付嬢ですから、何も問題はありませんよ。
むしろクロウさんの破天荒具合に丁度いい存在だと自分でも思っているぐらいですから」
クリスさんまじで天使。時折殺戮モードになるけど。
「クリスティーナ様と呼んだら怒られそうですよね」
「ええ、様なんてつけたら怒っちゃいますよ。
それに、ティーナも禁止ですけどね。
でも、コレクタークインタプルになら許可するかもしれません」
このスマイルである。
微笑みながら注意する上に餌まで与えようとするとか、恐ろしいな。
勘違いする奴をどれだけ生み出すのか。
ティーナと呼ぶためにはどうすればいいのか、簡単な答えが示された。
クインタプル、つまり五つ星の冒険者になれと言う事ね。
いかん、大いに乗せられている気がする。
「では、クリスさん。
お言葉に甘えさせてもらいますね。
コレクターの担当宜しくお願いします」
「フフフ、承りました。
もう一つの意味になるように期待しています」
手のひらで転がされる感じってこういう事でしょうかね。