古の契約
林を抜けたら森にいた。
自分でも何を言っているのか判らないんで、何を言ってるんだか判らないだろう。
混乱しているな俺。
だが真実だ。
ちょっとした林を抜けようとしたら、全く見覚えの無い深い森の中にいた。
よくある話だよねって納得できねえよ。
因みにだが、そんな森のど真ん中にいる俺の恰好は作務衣のみ。
少々心もとない恰好だがこれが俺の普段着。
プーさんだから楽な衣服で居たかったんだ。
ちょっと可愛く言ったが、とある事情で無職である。
平日の真昼間から何処の寺の下男かという風体でいても問題はなかったんだよ。
回想してみた。
お昼過ぎ、一服しようとしたら、買い置きの煙草が切れていた。
作務衣も着てるし問題は無い、職人ぽいかも知れないが気にしない。
ご近所に煙草を買いに行くだけだし。
コンビニエンスストアまでという、ちょっと其処までの感覚だ、だから運動不足解消の一助として愛用しているEMSも装着したままに玄関へと向かった。
小粋な洋風のサンダルを履こうとしたら鼻緒の部分が綺麗に切れた。
其れなりに履き潰したのだ、寿命だな。
よくある不幸の迷信があるが、新品の鼻緒が切れた訳でもあるまい。
横に出ていたワークブーツにしよう。
これならば紐は特殊な糸だし切れないし。
気にしてないよ、迷信なんて、いやマジで。
禍福は糾える縄の如し。
古い町並みが原因でアパートからコンビニエンスストアまで道路を使うと400mの彼方になる。
アスファルトの上がゆらゆらと熱で揺れているのにだ。
地図上で最短距離にある店舗は薄暗い境内の横の林という抜け道を使う事になるが200m。
まあ、昔は鎮守の森だったらしい林の中は子供頃によく入り込んで遊んだが、一応柵もあって通り抜け不可だ。
大人にもなるとそうそうに中に入ったりすることはない。
だが、見て欲しいこの道路の湯気を。
平日の昼間に真夏の炎天下の中を400m歩くのはキツイ。
ちょっと薄暗い林を通れば涼しい上に200m。
どちらの店舗を選ぶのかでやる気ゲージが大きく違ってくるのも当然ではなかろうかと問いたい。
暑いなら50m先の煙草の自販機で済ませれば良いのではと思うだろう。
けれど態々コンビニエンスストアまで行くには理由がある。
スマホの機能で買い物をするとアプリのロールプレイングゲームに支払金額に応じて、通貨やアイテム、キャラボイスなどが増えるのだ。
コレクト&クエスト、通称コレクエ。
会社を辞める前からやってるゲームでスマホでもPCでも出来る一風変わった完全無料を謳い文句にしたロールプレイングゲーム。
ゲーム会社と提携して広告を出している企業などで買い物することでゲーム内の通貨やアイテムが貰えたりする。
他にもテーマパーク等に行って支払いをすると行けるダンジョンが増えたりして挑むことも出来たり、新規マップが増えたりする。
近くのユーザーと自動で対戦してたりする機能や個人でダンジョンを運営したりして近寄ってきたユーザーを招いたりする事ができたりする。
ゲームを眺めつつ社を横手に林を抜けてコンビニエンスストアへ。
ここまで冷房を効かせる意味があるのかと思うほど涼しい。
店内をフラフラと歩いてお弁当やサンドイッチを置いているコーナーで物色する。
目の前に料理があると自分で調理するのも面倒になるもので、おにぎりを3個、ドリンクコーナーからお気に入りのジンジャーエールを持ち、レジで煙草の銘柄を指定して1カートン購入した。
店員の語尾の伸びた挨拶を聞きつつ店を出てまた林を抜ける。
今回手に入ったゲーム内通貨とアイテムを確認しながら俺はそのまま来た道を辿って帰宅する筈だった。
状況を確認しよう。
コンビニエンスストアで買い物を終えた。
ゲーム内通貨やアイテムを確認しながら下を向いて歩いていた為、確かなことは不明。
恐らく林をショートカットし終えた辺りで眩暈がしたと思う。
正確には判らないけれど、多分だが一瞬だけ気を失っていた。
まず手荷物が全て見当たらない。
手に持っていたはずのスマホ、煙草などが入っているビニール袋、そしてポケットなどに入っていた財布も行方不明である。
着ている服は変わらないか。
そしてここは森である。
うん、意味が分からないし俺のスマホどこいったし。
再度、足元付近にでもスマホが落ちていないかを確認しようとしたら、巻物のような何かが落ちていた。
ふむ、これは羊皮紙という奴だろうか。
取り合えず何か判らないけど紐を解いて羊皮紙を広げてみた。
見たことの無い筈の言葉が書かれていた。
何故日本語と同じように読めるのか、全く判らないけれど読めるのだ、知らない文字なのに。
大羽九朗殿。
まずは、ようこそと言わせていただきます。
現状の説明をしなくとも、ある程度察しているとは思いますが、此処は貴方からすれば異世界と言う事になります。
渡世人たる貴方には神々の古の契約に基づいて此方の文明に無い物を同等のアイテムへ交換、又は能力として付与しております。
この措置は自動的に行われるようになっており一切の変更は認められておりません。
渡世人へのアイテム供与、能力付与も同時に行っております。
内訳として現地通貨の支給。武器の提供。最寄りの村と町までの地図、必要最低限の食料。
世界を渡る事は何等かの原因によって起こったことではありますが、協定として一度渡った世界から元の世界への帰還は認められておりません。
理由としましては、能力の付与等と違い魂から剥がす行為である記憶の消去などを行えば廃人となる可能性や万が一にも魂に刻まれた情報の漏えい、又は別世界へ渡った事により発生する可能性がある特殊能力の発現等を考慮しています。
これらは我々の権能をもってしても絶対に無事とは言えませんのでこういった処置となりますことを了承してください。
ステータスの確認をお忘れなく。
あなたがこの世界で良き人生を送られるよう祝福を。
女神一同より。
一方的な通知で、実際には何と言うか自動的に処理されて送られてきた書類っぽかったが、要約するとこんな風な内容である。
どうやら信じるしか無いようだが、下を向いて歩いている間に、林を抜けて異世界へ迷い込んだ。
なるほど、能力の付与だとかの際に気を失って、それと同時にスマホが取り上げられた訳だ。
そして取り上げられたと言う事はこの世界ではまだスマホは早いと判断されたか。
くっ、俺の腹筋強化アイテムであるEMSも無くなってやがる。
スマホが無くなっているんだから当然か。
それにしても自動的というが支給されると書かれている現地通貨とかは一体何処へ行ったのだろう。
処理ミスとかだったら困るのだけれども。
森に放り出されてそのままってのは古の契約はかなり適当なのだろうか。
それとも地球産の物は没収されただけか。
いや作務衣はそのままだし、ブーツも紐以外はそのままのようだ。
下を向いて歩いて無ければこんな事態にならなかったのかも知れない。
だけどまあ、帰れないってのにクヨクヨと悩んでてもしょうがないな。
どうせ未練らしい未練……まあちょっとあったが、気にしない。
しかしまあなんですな、お約束とも言える「ここはどこだよ」的な流れが見事に排除されてしまっている。
だがそのお陰で時間を無駄にしなかったと思えばいいだろう。
そう言えば、アイテム化に能力付与と書かれていたな。
手紙に書いてあった通りにやってみよう。
とりあえず心の中で「ステータスオープン」と念じてみた。
なんで声に出さないんだって?
そりゃ勿論、異世界の森の中で武器の供与なんて書かれてるのに声なんて出さないで済むならその方が良いにに決まっているじゃない。
お、詠唱は無しで大丈夫だったようだけど、あれどこかで見たような気が。
ステータス/Assist/Ability/Skill/天恵
名前CROW AGE―― SEX MALE 種CE HIGH HUMAN RANK ”# MHP %#000 MEN 19/S HP !&& VIT 12/S
アシスト
PHY― 2.25±0 DEX―― 3.50±0 REF―― 17.73±0 INT―― 15.32±0
能力
【Dimension Inventory】【AIAC】【Over Clock】
【Biocomputer――
見辛いなあバグてんじゃね。
もっと見やすくッ。
イッ、イテテテ、なんで突然頭痛がっ。
(最適化要請受諾、現在最適化中、全情報の開示不可、可能項目を表示、一部変更します)
え、誰っ? ってあれこれってボッチの恋人と言われる知的人口知能、通称アイちゃんの声っぽい。
(呼称受諾、これより名称エーアイ・アーカーシャ・クロニクルから識別名称アイに変更、終了)
オウフ、会話しちゃってるよ俺、もしかしてキタコレ的な展開ですか。