少年は森へと向かいたい
村の外れだろうか輝く翡翠のような麦畑に到着した。
季節は夏だしこの一帯は春蒔の大麦だろう。
既に穂があり収穫も間近な感じ。
野菜なんかはもっと中心部で育てられているのかまだ見えない。
周囲には動物除けの石垣か木の柵が組まれている。
その手前、つまりは森側には石の杭が打たれていて、そこから魔力の流れを感じる。
(あれは簡易的な忌避魔術ですね。人型や大型種や暴走状態には効果がありませんが、普段に過ごすならある程度の効果が見込めるかと)
只の村人には設置できないよなってことは設置したのは。
(はい、この杭は比較的に新しく、石垣などが用意できると言う事から、この地の領主は領民に対して悪い施政はしていないかと推測できます)
流行歌を口笛で吹きながら畦道を進み、長閑な景色を楽しむ。
忌避の魔術のお陰で魔獣は居ない。
まあ野犬辺りは出没する可能性はあったりするだろうけど。
森の中では戦闘の連続――態とではあるが――であったので緊張は大分ほぐれた。
畑の種類が変わり、野菜なんかが見え始めた辺りで漸く第一村人と遭遇したのだけれど。
畑から飛び出して来た人物は一生懸命に走っていた。
しっかし小さいな村人。
おっと、よく見ると子供か。
「こんにちは」
フレンドリー、アイムフレーンド的な歯が光っちゃう感じのスマイル。
目つきは変えられないからね、笑顔の力よ頑張れ。
「うわぁっ。
えっと旅人さんですか。
こんにちはです」
何故かそわそわとしたガキンチョ。
あれだよな俺が怖かったとかじゃないよね。
つか、そんなに急いでどこに行く。
因みにだが此処から畑はあったが人は居なかったしその先は森しかない。
一直線に駆け出して来たところを見ると森に行く気かね。
此処からなら子供の足でもたどり着けない距離ではないけどさ。
手にヒノキの棒的な物を携えている、由緒ある少年勇者の初期装備。
これは確定かな。
落着きを無くしてて、後ろに気を割くより森に行きたくてしょうがないみたいだね。
一応異世界の人との遭遇は初めてだし、見た目で判断はいけないと鑑定した結果がこちら。
この世界の鑑定だとごちゃごちゃしているので表示はちょっと手を加え済み。
名前:トーマス
年齢:10
性別:男性
種族:文人族
魂位:2
魔力生体障壁値:――130/130
魔力量:――――――145/145 (回復値1/M)
生命力:―――――― 87/ 87 (回復値5/M)
状態:正常
備考:――
技術
【隠遁:1】【投擲:1】【格闘:1】
見た目通りの普通の少年だった。
うーん自殺行為だよな。
この年齢で技術持ってるのは凄いのだろうか。
(遊んでいると稀に取れたりする物もありますね)
そんなんでいいのかよ技術。
(比較的1までなら何とか。其処からは努力か才能の世界です)
「じゃ、じゃあねおっちゃん」
視線に耐え切れないというより、森に向かうのがいけない事だと分かってて止められたくないという事だろう。
うん、だから急いでいて目が腐ったのかな。
「誰がおっちゃんじゃ。
つか、どこへ行く気だ少年」
ぐえっと声が聞こえたが気にしない。
襟首を掴んで引き留める。
あ、でも俺の見た目って今どうなってるんだろうね。
年齢ナッシングだから付与で老けてたりしないよね。
「ちょっとそこまで」
「そんな木の棒持ってか」
「そ、そうだよ。向こうで親と待ち合わせしてて」
「ここに来るまで、誰とも会って無いんだがな」
「あ、あれじゃないかな、隠れてて見えなかったり。
ほら森の中とかにいたのかも」
「いや、森を抜けてきたからな。
それは無いだろ」
「うぐっ」
「少年素直に話してみろ。
何処に、何しに行くんだ」
早口で捲くし立てるように言い逃れようとした少年の言葉を全て論破した。
大人げないんじゃないよ、交渉手段だよ。
異世界に来てしまって、というか人生にちょっと疲れていたって、基本的にお人よしと言われた俺が少年を放っておける筈がない。
長編ラノベタイトルっぽい理由だけど、袖すりあうもって奴だ。
「薬と滋養になる物でも取ろうと思って」
「森でか」
「うん」
「まあ、止めとけ。
お前がいった所で森にはいって少ししたら死ぬだろう。
そうなればその薬が必要な人がどう思うかわかるだろ」
「でも、父ちゃんと母ちゃん死んじまう」
テンプレだけど重い話だ、おい。
確かめる必要はあるけどな。
まあ、どちらにせよ両親が健在ってのは救いがあるか。
「他の大人はどうした」
「薬を買いに町にいってくれてっけど、間に合わねえんだ。
ウチの村に薬師はいねえし。
なんか村長の所にも薬が無くて、でも熱冷ましの草なら判るから少しでも良くなるようにって」
薬ねえ、錬金でどうにかなる問題だろうか。
(問題はないかと、熱冷ましに使う薬草以外にも其れなりには物がありますから)
んじゃ皮袋に出してくれ。
一応偽装ってね。
「少年、お前は運がいいな。
ホレ熱冷ましの薬草なら此処にあるぞ」
「そ、それ貰っていいんか」
「そうだな対価は村の案内でどうよ」
「分かった、案内する」
「交渉成立だな、俺はクロウだ」
「ありがとうクロウ兄ちゃん、おいらトーマス」
にぱぁっと笑顔になる少年トーマス。
焦ってた分喜びも一入だろう。
やはり笑顔は良いものだと思う。
村は木の板で土壁を補強した壁で囲われ、櫓も建てられていて自警団だろう人員が見張りについているようだ。
こうした村というのは基本的に閉鎖的だし、戦闘力を持つような者を普通は招き入れたがらない。
だが、トーマスのお陰で説明は簡単に済んで、薬草を持った修行中の旅人的な扱いで済ませてもらえた。
強ち外れてもいまい、現在進行形で修行中である。
まあ、トーマスは一人で森に行こうとしていたのがバレて村の兄貴分風な男に拳骨を貰っていたが、事情を知っている為かそれ以上のお咎めは無かった。
村長に挨拶をするのが筋目なのだけれども、先ほどの兄貴分が報告を入れておいてくれるらしくトーマスの家へと向かった。
村の家は木造で質素な作りが多く、その例に漏れずトーマスの家も平屋の大きい小屋といった作りだった。
「ここだよ、クロウ兄ちゃん。ただいま父ちゃん母ちゃん、薬草だよ」
トーマスはいち早く届けたいのか扉を開けて飛び込んでいく。
中からは咳き込む声が聞こえた。
六根清浄はあるけどトーマスに病気が感染するのは良くないだろう。
軽く消毒の魔術を展開してもらおう。
(了解しましたマスター、それと死ぬほどの病気ではありません)
そりゃ朗報だね。
「トーマス、おめえ、まさか森へ行ったんじゃなかろうな」
「大丈夫だよ、行こうとしてクロウ兄ちゃんに交渉した」
「は?」
「あの、うちの子が何やらご迷惑をおかけしたようで」
何がなにやら判らないでいるトーマスのご両親。
そりゃそうだろうな。
その説明じゃ判らんだろう。
起き上がるのは辛いだろうから、そのままでと言ったのだけれどせめてもの礼儀だと上半身を起こして対応してくれた。
鑑定結果は状態の所に病気、りんご熱と出た。
アイちゃん情報で大人でも稀に掛かる病気なのだとか。
熱も40度を超える症状で特効薬はこの世界では勿論存在しない、魔法による治療か解熱薬で何とかするしか無い。
あれかおたふく風邪の異世界版か、10才の子供が両親が死ぬと慌ててもしかたあるまいよ。
確かに両親のほっぺたが凄く赤い。
喋るのも辛そうである。リンパ腺が腫れるから辛いんだよね。
「これ、解熱薬で、月神草から成分を抽出した薬です」
アイちゃん謹製のお魔法薬です。
まあ解熱作用のある薬ってだけでなく、回復効果がある魔術やなんだと色々混ざってるっぽいけど程ほどの効果に押しとどめてもらっている。
「お薬なんて高価な物、お支払いできませんです」
「村の案内を頼んだ対価ですので気にしないで下さい。
基本的に自分で採取した物ですからお金掛かってませんので。
と言って納得し難いのは判るんで。
そうですね、この村だと宿が無いようですから一泊させて頂ければと」
「なんもねえ家ですが、よけりゃあ泊まってってくだせえ」
物々交換か若しくは調味料の買い取りだけの予定が逗留になってしまったが、成り行きっていうのだろうな、こういうのって。
ごくりと薬を飲んだ二人、旦那さんがトミー、奥さんがミランダ、は熱が下がった事に驚いていた。
アイちゃんちょっと効きすぎじゃないですかね、悪い事じゃないんだけど。
(出来るだけ効果を抑えたのですが――原因を検査、判明、六根清浄による薬品の効果増大、修正しておきます)
俺のせいでした。
そんな二人に村を案内してもらってきますと声を掛けて、トーマスと外に出た。
「ありがとうクロウ兄ちゃん」
「ま、熱が収まって良かったな」
本当は病気自体がもう治っちゃったんですけどね。