とある冒険者の日常風景
「よう、今日の稼ぎはどうだったよ」
「悪くねえな、まぁ、バスター・トリプル・ランクファイブの俺の実力からすりゃ、あんなの雑魚よ雑魚」
ちょっと騒がしい店内。毎日帰る度に思うけど、活気があって良いことだ。
こんなの風景は酒が入って少し気が大きくなった冒険者の態度だしな。
俺に害がなけりゃなんでも構わない。
スルスルと客席の間を抜けてカウンターへと向かう。
店に居るのは殆どが顔見知りだから「よう」とか「おう」とか手を振って軽く挨拶をしながら席に着く。
少し薄暗い店内、喧騒と音楽、妙に清潔な事を除けばよくある料理酒屋の風景。
既に時間は夕方を過ぎて太陽は沈んでいる。
この時間になればこの店に訪れるのは町の中で仕事を終えた労働者達よりも、街の外で一仕事終えた冒険者達の方が目立ってくる。
知り合いだらけだが、こいつ等は麦酒や蜂蜜酒などを飲む為にやってくる。
後から同じ卓に座った男に声を掛けていたり、店員の女性に声を掛けていたりする。
そんな冒険者がやけに目に付きやすいのは、特にこの店が領営冒険者組合ブレーブスに近いのと、元冒険者が経営していることで情報が手に入る冒険者の溜まり場的な場所になっている為だろう。
俺も騒いでいる彼らと同じく冒険者として依頼された薬草を採取して街の外から戻り、ブレーブスで依頼品の受け渡しを済ませ、稼ぎを得ている。
但し俺が此処にいる理由が彼らとは少し異なる。
飲み食いするという点だけは同じだが、俺はただ帰宅して夕食を取るためにいるだけだ。
下宿するとなった時に取り決めたんだが、飯を食べる場所は一階のカウンター席でってのが約束だからだ。
まあ多少五月蝿くても構わないさ。
こうしてカウンターに座れば何も言わないで最高の飯が出てくるんだから。
「よぉ、お前がチキンって奴か」
だがマイナス点としてはこういった悪酔いした見知らぬ冒険者が絡んでくる事だ……
よくある話だから仕方が無いと、とっくに諦めた。
理由はすぐに判るだろうが、何にしても迷惑な話だ。
「チキンが名前じゃないんだがな、そんな風に呼ばれたりしてるよ」
正直な気持ちで言わせて貰えば、こんなのに構っているのは馬鹿らしい、時間の無駄ってやつだ。
なんで俺のテンプレになっているのが解せない。
一月に最低でも一回とか定期便かよ。
大体は此奴みたいな冒険者なのだが、貴族だったりすることもある。
この街に来た奴が滞在して暫くするとこうして俺に絡んでくる。
まあ変な二つ名が原因になっているのもあるから仕方ない事も判るけどな。
主に絡んでくる要因は幾つかあるそうだ。
これは過去に絡んできた何人かの犠牲者に聞いたから間違いない。
曰く、冒険者らしい討伐系の依頼だと此奴等が思うような依頼を俺が受けない事。
曰く、ダンジョンに深く潜るような探索系の依頼も受けていない。
だから冒険者の風上に置けない臆病者だと思うのだそうだ。ほっとけ。
他の理由は別途述べよう。
「俺様達が有り難くも、チキンなお前をパーティーに誘ってやる。
知ってるぜ、噂を聞いたからな、持ってんだろ性能のいいマジックポーチってのをよ。
チキンなんだから大人しくコレクター辞めて俺様達の荷物持ちでもしろや。
もし荷物持ちが嫌だってならよ、ソイツをよこしな。
優秀な俺様達がそのお宝を使ってやるからよ。
ケケケ。
まったく酒も飲まないで酒屋に居るなんて、冒険者の面汚し――」
――チキン、それはコレクターメインの俺の二つ名である。
こうして絡んで来る奴はコレクター=チキン=芋引き=臆病者って意味でやってくる。
うん確かに俺の二つ名がチキンなのと採取メインのコレクターなのは間違っちゃいないが、少しは調べてから来いよと思う。
意図的にこいつ等誘導されてないかね、ホント。
まあどうでもいいんだが、売られた喧嘩は高い値段で買ってやろう。
だがしかしだ、これだけは先に言わせろ、酒を飲まないのは酒を飲むと頭が痛くなるからであって俺の勝手だ。
それに酒を飲んだら美味い料理の味が分からなくなるじゃねえか。
「おう、兄ちゃん其処までにしときな」
ちょっとムッとした俺が動く前に、そう言って絡んできた冒険者を押し留めたのはこの店のマスターのオッサンだ。
美味い料理を出す料理人でもある、外見からは想像もできないけど。
オッサンは怪我と結婚を機に冒険者を引退したという愛妻家にして、筋肉の塊である。
ギルドからもその引退を惜しまれた程の男だ。
因みに俺はこの人をブンさんと気軽に呼んでいるのだけど、まあ、それも詳しくはまた別に語ろう。
兎に角だ、其れ位の猛者でないと荒くれ者が集まる冒険者の酒場なんてやってられない。ブンさんは見事に眼光一つで俺に難癖をつけようとした男を黙らせた。
強面すぎて、俺でも睨まれたら怯む自信があるよ、しょっちゅうだけど。
「この街に限らねえ話だがよ、冒険者が仕事するんなら回復薬、傷薬、解毒薬って類の薬品は重要なアイテムだ。
それがこの街では豊富に揃えられている、それこそ他の街より豊富にな。
それを支えている採取系のコレクターに手を出すってことがどういう事か……幾らこの街に来たばかりのお前さんにでも判るだろう?」
「――ッ、だが、そんなのは初心者の仕事だろうが、それこそシングル以下の――」
「オメエさん馬鹿か? ここは領都と言えども辺境の街だぞ、そんなニュービーな奴らだけで必要量以上の薬草採取なんか出来るわけねえだろうが」
「酒場のロートルが、チキンを庇うってか、そんな小僧がいきがっ!?」
――ゴン
――バキ
「ウチのハニーが何だって!?」
「愛しのハニーが何ですって!?」
うわぁマルさんにキティちゃん……ソイツもう失神してるぜ。
それとハニーじゃねえぞ?
だからオッサンも睨むなよ!
元斥候の凄腕冒険者だったマルさん、ブンさんの嫁なのかよと思うぐらいの美人な人。
キティちゃんは二人の娘さん、とある事から俺に懐いてくれている。
マルさんの魔力を纏った右ストレートが綺麗に顎にはいって、追い打ちの如くキティちゃん愛用のお盆の一撃が綺麗に脳天に決まった、ご愁傷様としか言えない。
ある意味オッサンが殴るより綺麗に沈んだと思う、いや既に顎に入ってた時点で終わってるからオーバーキルだよな、死んでないけど。
「姐さん、キティちゃん……もうソイツ失神してるから声さえ出ないと思う」
「あら、いけないわ……オホホホホ」
「キャー怖ーい」
棒読みすぎて色々台無しだわー。
見た目で言えば美女と野獣と蛙の子、いや美獣……やめておこう、まだ死にたくないし。
他の理由の一つがこれかな。
理解して頂けたとは思うが、まあ簡単に言うとだな単純な話で、町一番の美少女と言われているこのキティちゃんのいる居酒屋、ワイルド&キャッツに俺が下宿しているからだ。
冒険者の野郎共、いや正確に言えばキティちゃん狙いの冒険者にとっては腹の立つ事なのだそうだが、下宿してるぐらいでギャーギャーと騒ぐな、ブンさんの娘に手が出せる訳が無いだろうが、出すときは殴り合いしないといけないんだぞ筋肉達磨と。
意識がモノローグに入ってた。
――ガタン
椅子を倒す音と共に崩れ落ちた冒険者の仲間が現れた。
「ジョージ、おい、でえじょうぶか、クソチキンが生意気だぜ」
「なにしてくれてんだ、チキン野郎が」
「ぶっ殺されてえのかァアン、このチキン野郎」
どうやら4人組のパーティーだったらしいが、こいつら鑑定するまでもなく、ほろ酔いを通り越して既に泥酔状態だ。
全く、チキンチキンと連呼しやがって。
装備や見た感じからすれば全員が前衛職でバスター・ダブル・ランクエイトってところだろうか。
冒険者はバスター、ハンター、コレクター、ガーディアン、シーカーの其々の分野で評価される。
ニュービーから始まってシングルからダブル、トリプルと評価が高いと星が増えていく。
さらに各星毎にランクワンから順にランクテンと同じ星の数でもこのランクが上がっていくほどに優秀な冒険者だと言う事になる。
強さを図るのはそんなランクが基準じゃないんだがな。
んでもって、ジョージと呼ばれた男が絡んできたのは俺であるが、途中で止めに入ったのはブンさんで、意識を刈ったのはマルさんであり、止めを刺したのはキティちゃんである。
だがまあしかしと言えばいいのか、お約束と言うか、この三人が絡んできたのはやはり俺だった。
嫌だねえ、こんな奴らに選ばれても嬉しくもなんともない。
酔っ払いの思考は良く判らんが、基本売られた喧嘩は高く買う主義である。
決してどこぞのタイムスリッパーの如くチキンと言われたからってキレた訳じゃないぞ。
「取り合えずだ、その喧嘩買ってやるから表に出ろよ」
まずは店の迷惑にならないようにしないといけない。
万が一でも俺の分の料理がこいつ等のせいで汚れたりしたら大変だ。
大事な事なのでもう一度言っておくが、チキンと言われたからキレた訳では無い。
「あー、またチキンさんだよ」
「うひゃひゃひゃ、やっちまえー」
仕事と言えば荒事になる冒険者ってのは「お前ら全員江戸っ子ですか」と問いたくなるほど喧嘩好きだ。
周囲の酔っ払い共も「また始まったぜ」ぐらいの感覚で煽って来るわけだ。
「コレクターが生意気な」
「女の前だからって恰好つけやがって、アァ」
「ヒック、望み通りやってやんよ」
中堅に差し掛かるあたり、ダブル後半の冒険者ってのは本当に性質が悪いのがいるね。
丁度このあたりから戦闘経験もこなした事で其れなりの力をつけてくるからだろうな。
それこそニュービー時分に苦労したゴブリン5匹ぐらいは苦も無く倒せる程に成長する。故に勘違いし始めるのだ、俺は強いと。
基本的に生活をしていても、ある程度までは普通に体は出来上がる。
勿論鍛えれば鍛える程に体は強くなれる、これは地球と変わらない。
だがこの世界では、魔物を倒すと魔素を吸収しながら肉体が大幅に成長する、そんなシステムがある。
狩りや討伐を請け負う冒険者は魔獣達を倒すことで一般人よりも早い速度で強くなっていく。
所謂、魂位の上昇に伴うステータス値の上昇や体の変化だ。
魔力生体障壁値が一般人よりもかなり高くなってくることから、攻撃に対しての耐久力が増したり、筋肉が増え体格が良くなったりする。
薄暗くなった店外に見物人がぞろぞろと増えだす。娯楽の少ない社会だから、こうした喧嘩も一種の見世物になる。
とは言えだ、決闘でもなく、ただ単なる喧嘩に開始の合図も無い。
店から三人組が出た瞬間に一番後ろにいる奴に水平に蹴りを入れる。
卑怯だとは思わない、だって喧嘩だもの。
それにこいつ等は馬鹿なのか武器を手にとって店を出やがった。
そんなの出されたら手加減なんてしてやる必要は無い。
背中からの一撃に全く対処が出来なかったのか「グエッ」とカエルが潰れたような声と共に綺麗に吹き飛んだ。
蹴り飛ばされた男が残り二人を巻き込んで転がっていく。
全く相手にならないな、後ろからの蹴りだけど。
いや元から酔っ払いなんだから相手にならなくて当たり前か。
後はそのまま顎に蹴りを加えて意識を刈り、魔法で拘束して終了。
勿論の事だが手加減はしたよ、魔力生体障壁があるから打撃による傷は少なく単純に脳を揺さぶられた結果と失神しただけだ。
攻撃魔法すら使ってないんだから優しいもんだよ。
迷惑料という名の勉強料をこいつ等の懐から徴収して、見物人の小僧の一人に中晶貨一枚を渡して衛兵を呼ばせる。
因みに飲食代ってのはこの世界ではほとんどの店で前払いである、だから迷惑料は減らないのだが。
高く買った結果だから諦めてほしい。
「おっし、ブンさんこいつらの奢りでみんなにエールを宜しく」
「ヒャッホー、卑劣王チキンさん万歳」
「偶に現れてくれる財布に乾杯」
「騙されてチキンさんに挑む馬鹿に万歳」
「いやオメエも昔挑んで同じ目にあってたべ」
「うるせえよ、この街の冒険者なら殆どの奴が通る儀式みたいなもんだ」
「ガハハハ、何はともあれエール万歳」
更に喧噪を深めていく店内で陽気な声が響いていく。
これがこの世界の俺の日常である。
誤字脱字があるかも知れませんがご容赦ください
拙作ですが最後までお付き合い頂ければ幸いです