第一章 ドクロ杖の少女〈7〉
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紀里香の机にある時計が午前2時半をまわっていた。
「すか~ぷしゅるるるる。すぴ~ふしゅるるるる……ふがごっ!」
きちんとパジャマに着替えさせられ、毛布をかけられぐっすりと眠るのどかの寝息をBGMに、しのぶと紀里香とモヘナが車座になっていた。
式神のタカオが煎れた玄米茶をすすりながら、紀里香がしのぶへ訊ねる。
「それで首尾は?」
「悪魔をひとり片づけた」
「で? そいつが例の吸ケツ鬼だったわけ?」
「口のカタチがふつうだったからちがうと思う」
「ふう。3日連続空ぶりか」
紀里香が嘆息した。
「……ここにモヘナがいるってことは、おれたちがモヘナに内緒で〈悪魔狩り〉してたことがバレちゃったわけだね?」
しのぶの問いに、モヘナが少し気分を害したようすで答えた。
「当然です。しのクンは〈冥土の巫女〉であるこの私をあざむけると思っていたのですか?」
(むしろ、3日もあざむけるとは思っていませんでした)
と云うセリフをのみこんで、しのぶがかぶりをふった。
「いいや。ただモヘナに余計な心配をかけたくなかったんだ」
しのぶの言葉にモヘナがむくれた顔で心なしほおを赤くそめた。ひとり蚊帳の外だったことに腹をたててはいるものの、気遣ってくれたことがちょっと嬉しかったのだ。繊細な乙女心はいろいろとめんどうくさい。
世間一般には公にされていないが、このところ、しのぶたちの住む坐浜市のとなり、西へ位置する鳴鳥市で行方不明事件が多発していた。
いずれも事件・事故の痕跡が見出せず、行方不明者に共通項もないことから、捜査が暗礁に乗り上げかけたその時、奇妙なものが発見された。
20cmくらいの枯れ枝に似たものであった。モズのはやにえよろしく茶色くひからびていた〈それ〉は人間のしぼりかす、すなわち小型化したミイラだった。
散歩中の犬が植こみの中からくわえてきたものを、気味悪がった飼い主が通報してきたのだ。
ミイラから採取されたDNAが行方不明者と一致したため、行方不明事件は怪奇連続殺人事件と断定され、秘密裏に陰陽省へ捜査権が移行した。その後、式神を使役した広域調査で10数体におよぶ行方不明者のミイラが発見された。
ミイラを精査したところ、被害者全員の臀部にバッテンのような傷痕が見つかった。かみ傷であるらしい。
そのため犯人の正体は、尻にかみついて人間の血や生気をしぼりつくす吸ケツ鬼と推論された。
さいしょに紀里香からその話を聞かされたしのぶは、
「なんだそりゃ? 戦前のギャグか?」
とあきれ、のどかは、
「きゃはは! おしりかじり虫なんだよ!」
と笑った。
しかし、笑いごとではなかった。ミイラの発見場所が東西南北へ散りながらも、じりじりと坐浜市へ近づいているのだ。そんなわけで、陰陽省から紀里香・のどか姉妹へ吸ケツ鬼の情報がおりてきた。
「そもそも、吸血鬼は実体化しようとしている悪魔の可能性が高いですよね? どうして魔族の私に相談してくれなかったんですか?」
「あんたがそう云いだすと思ってたからだまってたのよ」
紀里香が赤いフレームのメガネを中指で鼻梁へおし上げながら、そっけない態度で云った。
ちなみに、人間には見えないはずのモヘナが紀里香に見えているのは、この特殊なメガネのおかげだ。陰陽師の必須アイテムで〈照見メガネ〉と云う(ネーミングセンスに難あり)。声もフレームから骨伝導で耳へとどく。
「あんたの魔法はしのぶがいないと使えないし、魔法は足がつきやすいから。吸ケツ鬼があんたに気づいて別の街を標的にしたら、私たちはやつの手がかりを失うことになりかねない」
モヘナは紀里香の云うことを理解してうなづいた。たしかにその通りである。
魔法は魂精を媒介に世界へ満ちる五大元素をとりこんで魔法へと変換する。
魔法の使用された場所は一時的に五大元素が希薄になる。
火の五大元素が大量消費されていれば、炎をあやつる魔法が使われたことを意味しているし、風の五大元素が大量消費されていれば、風をあやつる魔法が使われたことを意味している。
つまり、空間の五大元素濃度で、魔法の規模と種類を大雑把に推測できるのだ。
たとえば、モヘナが悪魔と遭遇して魔法で悪魔を倒したら、その痕跡がのこる。悪魔が人間相手に使う魔法の五大元素なぞたかが知れているが、魔族同士の闘いともなれば、膨大な五大元素が消費される。
〈冥土の巫女〉が魔界から降りてきたと云う噂が人口(悪魔口?)に膾炙していることをかんがみても、モヘナが動くのは得策ではない。〈冥土の巫女〉が〈悪魔狩り〉をしていると解釈されるのは自明だ。